2016/09/21

『子供の生活実態調査』アンケートの回答 インクルーシブ教育を目指す前に、もっと小さなことに目を向けて欲しい  その2

●インクルーシブ教育 日本とカナダの違い

カナダで暮らしたのは、もう20年も前だ。私は空港に着いたその日、日本との差に驚いた。



新居となるコンドミニアムはエルム・ストリートという、オフィスビルが立ち並ぶ一角にあった。お昼ともなると、大勢の会社員の姿を見かける。皆、忙しそうに歩いている。でも、車椅子の人が通りかかると、立ち話をしながら、ごく自然にドアの開け閉めを手伝うのだ。


新居の近くには、世界的に有名な小児病院、トロント小児病院(シックキッズ)があった。一日に何度も、救急搬送のヘリが患者さんを運んでくる。


そしてすぐ隣の大型ショッピングモール(イートン・センター)には、病気や障害を抱えた方が働いていて、「私の病気はねぇ」と買い物客に話しかけていた。


当時私は婚約中で子どももいなかった。インクルーシブという言葉も全く知らなかった。でも、こういう社会はいいなあ、と心の底から思った。私もいつか歳をとる。どんなに気をつけていても、なにかしらの病気になるからだ。


人の命を救うということは、受け入れる社会の温かさがあって、はじめて成り立つのだ。あの時痛烈に感じた。


◇  ◇  ◇
東京都福祉保健局少子社会対策部 『子供の生活実態調査』への回答


中学生になる超低出生体重児(千グラム未満で生まれた早産児)を育てています。超低出生体重児は救命されるようになってから、まだ歴史が浅く、専門家や医師でも、どのように育つのかわからないといいます。


多くの超低出生体重児がそうであるように、我が子にも、発達の遅れがありました。しかし、遅れが僅かなために、療育先などは全くなく、これまで教育支援を受けたことがありません。生まれたばかりの頃、未熟児訪問で保健師さんが2度、訪問いらっしゃいましたが「珍しいものをみにきた」という感じで、がっかりしたことを覚えています。


ご存じのように●市は給食で、食物アレルギーのお子さんが亡くなりました。


事故後、食物アレルギーのお子さんを持つお母さんが私に言っていました。「これまでどんなに学校や行政に訴えても『神経質な母親だ』」というような目で見られてきた。でも、事件後、嘘のように親切に話をきいてくれる」


病気や障害を持つ子どもを育てている親にとったら、そう思うのはある意味当然だと思います。


例えば、我が子の通う中学には、特別支援学級がありますが、普段ほとんど交流がありません。普段から交流がないので、どんなお子さんが勉強しているのか、子ども達は知りません。


昨年知りあいのお子さんが特別支援学級にうつりました。その後、同級生が学期末にうつっていきました。何度か同じような出来事が続いたため、息子はとても怯えるようになりました。自分も成績が悪いために「●組にいきなさい」といつ言われるかわからないからです。


また、この前、ある慢性疾患を抱えるお子さんの保護者の方が不安そうに私に言いました。クラブの合宿で、長い距離を走らされたため、夜中に発作が起きてしまったそうです。「休んでもいい」と言われて入部したものの、顧問の先生は、病気のことをはじめ、発作の恐ろしさを理解していない。だから合宿中、一人だけ見学できる雰囲気ではなかったそうです。


別の保護者の方は、お子さんの健康問題のことで、●学校のスクールカウンセラーに相談したら、後悔したそうです。なぜなら、カウンセラーが守秘義務を守らず、何でも学校に伝えてしまうからです。


数年前学校から配られた手紙に「●市がインクルーシブ教育を目指している」と書いてあり、私は喜びました。


しかし今、そんな大きなことができるのか疑問に思うようになりました。


夫も教員なので、教育現場が疲弊していることもよくわかっているつもりです。ですが、現実問題として、人手も足りないのに、そのような大きな目標が目指せるのでしょうか?


せっかくこのような機会をいただいたので、正直に意見を書かせていただきました。


大きな理想を目指す前に、子ども達の抱える病気を知ることや、守秘義務を守るなど、もっと基本的なことに目を向けて欲しいと思います。まずは小さなことに目を向け改善しなければ、再び大きな事故が起きるのではないでしょうか。

◇  ◇  ◇
2016/09/21

『子供の生活実態調査』アンケートの回答 インクルーシブ教育を目指す前に、もっと小さなことに目を向けて欲しい  その1

●パブリックコメントやアンケートは、私達の意見を届ける、数少ないチャンス


夏休みのある日大きな封書が送られてきた。東京都福祉保健局少子社会対策部が行う 『子供の生活実態調査』というアンケートへの協力依頼だった。


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せっかくなので、いつものようにアンケートの自由記入欄にワードで作成した文書を添付した。


行政が主体となって行う研究調査というものは、あまり期待できない。なぜかというと、あくまでも『仕事』だからだ。『仕事』以上のことはしてくれない。報道関係者も同じだ。基本的に、自分達が報道したいことを報道する。社会に伝えることが仕事だから、放送すればそれで終わりだ。


ただ、こうした行政が募集するパブリックコメントやアンケートは、一応は意見としてきいてもらえる。当事者にとったら、ダイレクトに意見をきいてもらえる、数少ないチャンスだ。


ちょうど夏休み前、私は学校に電話をした。学校でトラブルがあり、なんだかもう疲れてしまっていた。アンケートが送られてきたのは、「学校に無理に通わせる必要があるのかな」と考えていた時だった。


●超低出生体重児は確実に増えていくのに・・・


振り返ってみれば、行政の支援とは産まれた直後の未熟児訪問から一方通行だった。小学校に入学する前も書類を書いたし、校長先生とも話し合った。


その場では、話をきいてくれるし、改善されることもある。でも、あくまでも校長先生や担任の先生が、個人的に動くに過ぎない。翌年になり、教員が入れ替わると、また一から働きかけないといけない。


超低出生体重児は増えていくだろう。行政で情報を共有するとか、当事者から聞き取り調査をしてみようとか、そういう気持ちにはならないのだろうか?


●経済的に余裕がある家庭でも、教育格差は生まれる


私は最近、学校の先生に言われてがっかりする言葉がある。


「(お母さんは)がんばっていますね」だ。


いやいや、私が伝えたいのはそうじゃない。


「がんばれないお母さんはどうするんですか?」
「お母さんがいない家庭はどうするんですか?」
だ。


『子供の生活実態調査』アンケートは、社会問題化している「子供の貧困」を想定しているようだ。選択肢に「ローンがいくらですか」など、親の経済状況を尋ねる項目が多いからだ。


しかし、「子供の貧困」とは、経済的な問題だけなんだろうか?我が家は、私と教員である夫が勉強をみているからまだいい。でも、いくら経済状況がよくても、子どもの勉強を丁寧にみることができない家庭はどうなるんだろう?教育的支援が充実しなければ、超低出生体重児は、貧困へと転落していくかもしれない。


100歩譲って、特別支援学級で勉強したほうが、子どものためになるとしよう。でも、今の特別支援学級には、様々な状態の子ども達がいて、適切な教育が受けられるのか疑問に思う。「特別支援級があるからいいじゃない」「親御さんと学校が決めたんだからいいじゃない」で終わり、教育の中身があまり問われない。一番大切な、子ども本人がどう考えているのかが、社会にみえない。


息子の怯え方をみていると「恐怖」を与えるのは、教育じゃないと思う。


この前母が私に「でも、あなたの子どもにあわせるわけにいかないでしょう?」と言った。だから、このように反論したら「そうねぇ。新聞にも子どもの格差が広がるとかいてあるわね」と黙ってしまった。私が言いたいことがよくわかるのだ。
2016/08/31

全国中学生人権作文コンテスト 『報道と人権』 私達のすぐ近くにある戦場に、気づいて欲しい

●夏休みの宿題 法務省が募集をよびかける「人権作文」


せっかくの夏休みだというのに、息子は宿題がとても多い。私達の頃と比べて夏休みも少なくなった。部活も忙しいし、日本の中学生は会社員みたいで、自由な時間があまりない。


勉強ができるほうじゃないから、夏休みは、苦手なことろを復習する時間にあてたかったのに、そうもいかない。通信簿には「復習をしっかりしましょう」などとコメントがついたりするけれど、いったいいつやるんだろう?


私はずっと思ってきた。超低出生体重児を、日本の教育システムに合わせることって、虐待をすることと、紙一重じゃないのかな。


でも私が「学校に無理に行く必要もないし、嫌だったらやめてもいいんだよ」と言っても、息子は首を縦に振らない。学校が好きなのだそう。


夏休みは憂鬱だ。結局私が教えないといけないからだ。何のために学校があるのだろう?時々わからなくなる。でも、出された宿題のリストを見ていたらあることに気づいた。「人権作文」ーーーー


法務省 全国中学生人権作文コンテスト
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息子に、「宿題が多いと思わない?友だちにからかわれたりして、嫌だと思わない?」ときいてみたら「うん」と頷く。「だったら、そういうことを書いてみたらいいんだよ」とすすめた。でも、まだ一人で言いたいことを原稿用紙に上手くまとめ、書く力はない。私が指導することに。


●小児の在宅医療の問題 テレビが取り上げるのに、一体、何年かかったのだろう


人権といっても、テーマは前回書いたことだ。超低出生体重児について、切々と訴えたところで、いつものことだ。「そうなんですか」で終わる。だから「一人の患者さんの意見ばかり取りあげないで」をもっと具体的にわかりやすく伝えてみることに。


海外で起きたテロや戦争などは、テレビや新聞がこのように大きく報道する。



私は国立成育医療研究センター子どもホスピス「もみじの家」をつくるきっかけとなった、NHKのクローズアップ現代の特集が今でも忘れられない。


退院後の、重い障害や病気を抱えたお子さん達への支援がないために、お母さん達がつきっきりでお世話をしている様子を紹介したからだ。こちらのお子さんは、3歳だというのに、心臓病を抱えているために、外出できないという。

NHKクローズアップ現代 幼い命を守れ ~小児在宅ケア・地域の挑戦~ 2013年5月28日
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テレビが小児の在宅医療の問題を、真正面から取り上げるのに、一体、何年かかったのだろうか?私は苦しくなり、番組をとても最後までみることができなかった。


本当に「人権」という言葉がふさわしい人達は、公の場所に出ていって活動することなんてできない。虐待されて亡くなっていった子ども達の中には、言葉が話せない赤ちゃんもいる。医療者は今でこそ「子どもの人権」にも目を向けてくれるようになった。けれど、私が訴えた時には、医療者と思われる人達から「文句をいうな。死んでも知ったことではない」などという書き込みまでされ、バッシングされた。


深刻化する『ネットいじめ』 どんな方法でも、どんな言葉を使ってもいいのか? その1
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●法務省の相談員も真剣に捉えてくれなかった


遠い国で起きたテロ事件も、祖父が勤めていた会社に関係する事件だ。息子にとったらテレビの向こうの特別な出来事ではない。


でも息子には教えた。戦場は、見えないだけで、私達のすぐ近くにもあるのだ。


一人の患者さんを私達の代表としてメディアに取り上げてもらえば、改善することもあるだろう。否定はしない。でも、だからといっていつも一人の人ばかりに光を当てないで欲しい。その後ろにいる、助けを求めている人達が社会に見えなくなるからだ。



作文を募集している法務省の人権相談員だって、私が相談したら深刻に捉えてくれなかった。「あなたは一人でがんばれるから、私達、応援しています」と言ったのは法務省の相談員だ。


すぐ側にある戦場に、多くの人に気づいて欲しい。
2016/07/13

深刻化する『ネットいじめ』 どんな方法でも、どんな言葉を使ってもいいのか? その2

●どんな方法でも、どんな言葉でもいいのだろうか?


私が、なぜ「ネットいじめの問題」を取り上げたのかーーー


これは最近息子の通う学校で配られた「いじめ相談窓口」の一覧表。昨年、いじめ相談の窓口から、医療機関の「こころの相談」がなくなったと喜んだけれど、残念ながらまた復活した。


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私にはいじめの被害者が、どうして、医療機関に相談するのかよくわからない。自死遺族の中には、子どものいじめを医療機関に相談したために、「家庭」や「個人」の問題にすり替えられたと訴える方もいらっしゃるからだ。そのため、同級生の脅しや暴力などがなくならず、お子さんは絶望して死を選んだという。


●法務省や文部科学省が行っている人権啓発を、医療機関でも行って欲しい


東京都の場合、相談窓口の中にある医療機関とは、東京都立小児総合医療センター。相談窓口の設置は、文科省や東京都の方針もある。仕方がないか・・・少々がっかりしたけれど、用紙をみてある矛盾に気づく。この用紙は、問題提起をするのに丁度良いかもしれない。


牧本医師に辛辣な批判を繰り返したのは医師。

ワクチンの被害を訴える被害者に向かってツイッターで「醜悪」という言葉を使って批判したのも医師。

そして、週刊金曜日に批判されたジャーナリストは医師免許を持っている。


大人、それも医師免許を持つ方々がこのような騒動をつくっているのだ。


だから私はこの用紙をみた時に、法務省や文部科学省は、いじめ相談の窓口を医療機関に設置するなら、人権啓発を医療機関でも行ってくれればいいのに、と思ってしまった。


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大人が変わらなければ、子どものいじめもなくならない。子どもは私達大人を映す鏡だからだ。


社会に問題提起する時に、あるいは誰かを批判する時に、どんな言葉でも、どんな方法でもいいのだろうか?


そろそろ考える時期に時期にきているだろう。


いつか牧本医師に、手をさしのべる医療者が現れることを願っている。




2016/07/13

深刻化する『ネットいじめ』 どんな方法でも、どんな言葉を使ってもいいのか? その1

●問題提起することで、寝た子を起こすこともある かえってネガティブな情報へのアクセスを促すことになるかもしれない


今回は、ネットに書き込まれたネガティブな情報が、どこのように当事者の心を傷つけるかについて。


前回、Googleの順位について書いたら、また少し順位が入れ替わっていた。順位なんて、それほど気にしなくていいかもしれない。でも、私が気にするのには理由がある。ある時、ブログを読んだメディアの方に注意をされたのだ。


「あなたは、良かれと思っていても、人は、ネガティブな情報に興味をそそられる。あなたが問題提起のつもりで、過去の記事などを紹介しても、書かれた方にとったら、知られて欲しくない情報へのアクセスを促すことになるかもしれないんだよ。注意しないと」


興味を持ってもらわないと、問題の本質が社会にみえない。けれど、知ってもらうことにだって、負の側面がある。1度損なわれた名誉を回復するのは本当に難しい・・・・。ネットに1度出した情報はなかなか削除できないため、再び炎上する危険性もあるからだ。


●私もネットに書き込みに傷ついた過去がある・・・


ちなみに私自身、ネットに書き込みに傷ついた過去がある。ネットで無料公開された、ある本のインタビューに実名で答えた時に、医療者と思われる方々にこのような意見をたくさん頂戴したからだ。


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ただ、今から考えると、批判が多くなるというのは当然といえば当然なのかもしれない。この本を出版した会社が、そもそも、匿名でネットで活躍するような医師に支持され、成長したからだ。


今でも、当時の出来事を思い出すのは辛い。私が牧本事件に興味を持ったのは、このように私自身に苦い経験があるからだ。


●法務省が呼びかける「インターネットを悪用した人権侵害」について


すでに日本の学校現場でも、ネットの書き込みが深刻な社会問題になっている。中には死を選んだお子さんもいるそうだ。子どもは、大人以上に書き込みを深刻に受け止めるからだそうだ。


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SNSから「SOS」が…ネットいじめ、トラブルなぜ起きる 教育評論家 武田さち子 2016年03月16日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/ichiran/20160315-OYT8T50062.html?page_no=2

「うざい」「きもい」「死ね」などの言葉も、閉ざされたグループのなかで複数の人間に投げかけられると、1人の相手から言われるのとは比較にならないほど深く心に突き刺さります。すぐに消える話し言葉とは違い、文字にしたものは残るので、相手はそれを見るたびに傷つきます。消したくても消えない記憶になります。

ネットが介在すると、いじめの情報は急速に広がります。部活のいじめがクラスに波及したり、塾や習い事の人間関係にも影響を及ぼすことがあります。いじめが原因で不登校になったり、転校したりしても、悪いうわさがついて回ることがあります。被害者はネット上でも、現実世界でも、居場所を失います。

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こちらは以前にも紹介した法務省の「インターネットを悪用した人権侵害をなくしましょう」という啓発を呼びかけるページ。

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インターネットを悪用した人権侵害をなくしましょう 法務省
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken88.html

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インターネットによりコミュニケーションの輪が広がり便利になる一方で,インターネットを悪用した行為が増えており,他人への中傷や侮蔑,無責任なうわさ,特定の個人のプライバシーに関する情報の無断掲示,差別的な書き込みなど,人権やプライバシーの侵害につながる情報が流れています。
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法務省は啓発のために動画もつくっている。ブログに直接貼りつけることができないので、藤川大佑千葉大学教育学部准教授のお話の部分を、引用させていただく。

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インターネットの向こう側 法務省チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=YGTE_Q5P6dw


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藤川大佑 千葉大学教育学部(教育法法学・授業実践開発)准教授

ネットは非常に手軽なので、問題の深刻さに比べるとギャップがあります。(略)掲示板など、誰もが見られるところに、悪口が書かれていると、それは新聞や雑誌に悪口が載っている感覚に近いようです。ネットの文字での攻撃はかなり辛いものだと思います。


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ネットいじめは一般のいじめ以上に、深刻な人権侵害と言えます。ネットで公開された情報は、転載されて多くの場所に残ってしまうかもしれません。いつどこで自分が攻撃された痕跡が公開されるかもしれない。誰かに見られるかもしれない。その思いを被害者は、ずっと抱えて生きていきますよね。このように、被害がそのまま残るという点で深刻な人権侵害と言えます。
◇  ◇  ◇


続く