2015/07/17

医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その1

先日、医療ジャーナリストの伊藤隼也さんの「認知症予防のための簡単レッスン20」が朝日新聞で紹介されていたから購入した。ざっと目を通していたら、これまでのことが頭に浮かんできた。伊藤さんに出会ってからのことだ。


久しぶりにブログを書こうと思いたった。


認知症予防のための簡単レッスン20 - 文藝春秋BOOKS

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いまや65歳以上の4人に1人、約800万人が認知症およびその予備軍とされ、患者数は激増している。ひとたび認知症となれば、本人は徘徊や失禁等で日常生活に大きな支障をきたすばかりか、介護する家族には金銭、精神、肉体面で多大な負担がのしかかります。


では、認知症にならないために、どうすればいいのでしょうか?


じつは食事や運動など日頃の生活習慣に気をつけるだけで、認知症リスクは劇的に減らせることがわかってきました。とくに有効なのは、有酸素運動と脳内記憶の喚起を組み合わせた「デュアルタスク」と呼ばれるトレーニングです。さらに、常識を覆す「脳にいい植物油、わるい植物油」もわかってきました。


本書は最新医学研究が発見した認知症予防のノウハウを凝縮して一挙公開。テストや図解も豊富で、見てすぐわかります。まさに認知症予防のバイブルです。



これから日本には認知症の患者さんが爆発的に増えるそうだ。この前、友人の医師が私に言っていた。彼は四国地方にある大学病院に勤務している。「だいたい僕の病院に、患者さんになってやってくるお年寄りは畑仕事をしていても、ほとんど歩いていません。万歩計をつけてもらうと、一日1000歩とか1500歩とかなんですよ。田舎よりも、東京のお年寄りのほうが歩いていると思います」。


運動生理学者の夫も隣で頷いていた。家にはスポーツクラブにおいてあるようなエアロバイクがある。私が買って欲しいとお願いして買ってもらったものだ。だから「エアロバイクでもあればいいのにね」と私が言ったら、「お年寄りの場合は単に体を動かすよりも、とにかく外に出ることが大事なんだ」と教えてくれた。


伊藤さんの本を読んで「お年寄りが外に出ないといけない」という理由がよくわかった。



●「認知症予防のための簡単レッスン20」と「うつを治したければ医者を疑え!」


ふと、伊藤さんがかいた「うつを治したければ医者を疑え!」のあとがきが頭に浮かんだ。伊藤さんがこうして認知症について熱心に取材されたのは、きっと亡くなったお父様のことを考えておられるからだろうと思ったからだ。


「うつを治したければ医者を疑え!」 あとがき 伊藤隼也


実は当初、『SAPIO』の大型連載で精神医療を取りあげることには逡巡がありました。


僕は94年に父親を亡くしました。老人性の抑うつ状態にあった父親は精神科を受診しました。父や母は必ず治ると信じていました。ところが、通院を重ねるごとに状態は悪くなり、そのまま死を迎えたのです。「気分が落ち込んでいる」と精神科を受診した結果、「死」に至るという現実がどうしても納得できませんでした。


そのことが発端となり、僕は医療ジャーナリストとして活動を始め、医療分野の問題点を多角的に取材するようになりました。


しかし精神医療の問題だけには、他分野に比べ、積極的に立ち入ることができませんでした。つらい過去に遺族として正面から向き合うことができなかったからです。


この本を世の中に出すことが出来たのは、取材に協力してくれた方々のおかげです。とくに被害者となったご本人やご家族が、つらい経験と対峙して過去を語ってくれたことで、本書は多くの体験談を折り込んで、精神医療の実態に迫ることが出来ました。


また、現在の精神医療に危機感を抱く現場の精神科医や研究者による情報提供・取材協力がなければ、本書の論旨は成り立ちませんでした。立ちはだかる多くの難題に僕と共に果敢に挑んでくれた取材班にも深く感謝いたします。


本書は、「これ以上、新たな被害者を生みだしてはならない」、「自分がしたつらい経験を他人に味合わせたくない」という、精神医療の関係者や体験者の強い思いが込められた書籍です。約20年前に父親を亡くしたぼくにとっても、医療ジャーナリストとしての責任を果たす、感慨深い一冊となりました。


社会は効率を際限まで求め、多様性を認めるゆとりを失っています。その結果個人にしわ寄せがいき、大きなストレスを抱えている人は少なくありません。本書に取りあげた悲劇は誰にでも起こり得ることです。私達は解決策を模索しなければなりません。


本書が生きづらさを抱える多くの人にとって、そして私達の社会にとって、深い闇を照らす一筋の光となることを切に願っています。


15年3月



●ご遺族の悲しみ 大きな岩のような悲しみはやがてポケットの中の小石に変わる


「うつを治したければ医者を疑え!」が世に出たきっかけを作ったのは、私かもしれない。私は私自身が、伊藤さんのような、(医療において)不幸な結果になられた方々を支援するための募金活動、「周産期医療の崩壊をくい止める会」の活動に関わってきた。だから、あとがきを読んだ時「よかった」と思った。


そして、あるご遺族に紹介していただいた「ラビット・ホール」という映画を思い出した。この映画のテーマは「グリーフケア(Grief care)」だ。私は遺族ではないから伊藤さんの悲しみや苦しみを想像するしかない。伊藤さんの歩んでこられた長い年月にも、同じような苦労があったのだろうと思う。





先月レセプトの開示請求をしたばかりだ。今までしようと思っても、なかなか勇気がなくて、実行にうつすまで3年という年月が必要だった。今でも開示請求をするには様々な困難がある。それでも私が医療機関にカルテやレセプトの開示請求ができるようになったのは、伊藤さんのような方々が活動してきたからだ。


でもーーーー


ネットで『伊藤隼也』と検索すると、これでもか、というほど沢山の悪口を目にする。根拠のない憶測も多いし噂話が真実のように書かれていたり。伊藤さんの人格を否定するような言葉も見当たる。


よく目にするのはこのような意見。



「父親が亡くなったのは医療事故だと裁判をしたけれど一審で負けた。だからその恨みから、煽るような批判記事ばかり書くようになった」


「医療不信を煽って儲けている」


「女優やモデルなど、女性の性を商品化するような写真をとっていたのに、いつのまにか医療ジャーナリストを名乗っている」



●伊藤さんに取材を受けた被害者の中で、伊藤さんを悪くいう人をきいたことがない


私は伊藤さんをよく知っているから、こういった書き込みを目にするたびに悲しい気持ちになる。


なぜなら「現場を取材しない」も「マトモな医師達から相手にされていない」も事実ではないからだ。私や夫の共通の知りあいの医師をはじめ、日本を代表するような名医とよばれる先生方と仲が良いことを知っている。


それに、伊藤さんに取材を受けた被害者の中で、伊藤さんを悪くいう人を私はきいたことがない。


伊藤さんが仕事をしておられる週刊誌やテレビは、ニュース性や特ダネ性を重視するので、よく取材対象とトラブルを起こす。被害者は覚悟して取材を受けるものの、出版社や局の事情で内容に制約を受けたり、掲載や放送が見送られることも度々ある。TV取材の場合は、放映された映像が被害者の意図とずれることも。にも関わらず、伊藤さんを悪くいう人はほとんどいないのだ。



私も言葉が少々キツいと思うことはある。けれどもそれは、悲惨な状況にある被害者を、素早く救済するためだと思っている。


でも、ふと立ち止まって考える。


伊藤さんご本人だけでなく、書き込みを目にするご家族は一体どんなお気持ちになるだろうか・・・


「認知症の予防レッスン」を手にとって、久しぶりにブログを更新しようと思ったのは、「うつを治したければ医者を疑え」のあとがきが浮かんだからだ。伊藤さんについて書いたら私もまた悪口を書かれるかもしれないけれど、それでもいいか・・・。


伊藤さんへの心ない書き込みは、そのまま私達被害者への差別や偏見へとつながっていくから。


(次回に続く)
2015/06/26

厚労省がカルテ開示をすすめている??? 厚労省調査 カルテ開示義務浸透せず

6月23日、日経新聞を読んでいたら、目が点になるニュースを発見!!


カルテ開示義務、患者の4割「知らない」 厚労省調査


何をいっているんだろう???このブログは厚労省の方もやってくるようだけれど・・・。私はナショナルセンターとよばれる第三次救急にカルテ開示をしたんだよ。開示してくれたけれどこんな感じだったんだよ。ナショナルセンターは厚労省の管轄なんだよね?「患者の権利を守れ」というけれど、私の権利を侵害しているのは一体どこの誰なんだろう!


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※   ※   ※



総合病院の国立病院とは、どんなところ? 総合病院で働きたい 総合病院に関する様々な情報をご紹介します。


厚生労働省直轄


国立病院機構に引き継がれなかった部分は、主に研究センター的な位置づけの病院で、国立高度専門医療センター(通称ナショナルセンター)として、現在も厚生労働省が直轄しています。


国立がんセンター、国立循環器病センター、国立精神神経センター、国立国際医療センター、国立成育医療センター、国立長寿医療センターの6つがそれにあたります。がんセンターなどはよく耳にするところですね。


これらはとくに国を挙げて研究すべき分野の病気を専門的に治療、研究する病院とされています。


このように、国立病院というものの範疇は少々複雑なものとなっているのですが、一般的にただ「国立病院」とよぶときには、独立行政法人である国立病院機構のもとにある病院と、国立高度専門医療センターの医療施設をまとめて指していると考えれば間違いありません。



※   ※   ※



医療機関のカルテ開示義務、患者の4割知らず 2015年5月8日 読売新聞の医療サイト ヨミドクター


カルテ開示が医療機関の義務であることを知らない患者が4割を超えていることが、厚生労働省のハンセン病問題再発防止検討会による大規模意識調査でわかった。カルテ開示を求めたことがあるのは1割にも満たず、患者の権利が十分に認識されていない実態が浮き彫りになった。


 調査は、患者への深刻な差別があったハンセン病問題を教訓に、患者の権利を守る方策を研究する同検討会が実施。昨年12月~今年1月、何らかの病気を持つ患者5000人からインターネットで回答を得た。


 患者へのカルテ開示は、個人情報保護法で、5000件以上の個人情報を保有する医療機関に義務づけられている。調査結果によると、医療機関のカルテ開示義務を「知らない」とした患者は42・2%に上った。実際に開示を求めた経験が「ある」としたのはわずか6・2%だった。


 また、主治医の診断や治療について他の医師の意見を聞く「セカンドオピニオン」を利用したことが「ある」とした患者は22・4%にとどまっていた。


 同検討会座長の多田羅浩三・阪大名誉教授は「患者の権利を守るためには、カルテ開示を求めることやセカンドオピニオンを得ることが国民にとって常識にならなければならない。いかに普及させていくかが今後の課題だ」と話している。




※   ※   ※


2015/06/22

レセプト開示請求 私が第一号 国民皆保険制度のこれから

大学の健康保険組合でレセプトを開示請求したのは、私が一番最初だったそうだ。担当の方が最後におっしゃってた言葉が印象的だった。


電通健康保険組合ーレセプト開示

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アサヒグループ健康保険組合 ーレセプト開示

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「今までレセプトの開示請求というと、医療過誤などネガティブなイメージを持っていましたが、今回の請求をきっかけにいろいろと勉強しました。どこの健康保険組合でも、今は開示請求を積極的に行っていこうと考えているようですね。それがなぜなのかがよくわかりました」。


大学の歴史は明治にさかのぼる。現在までに社会に送り出した卒業生は50万人を超えるそうだ。夫が母校で教員をしているという特殊な事情はあるけれど、母校の健康保険組合は学生も利用できる学生健康保険もあり、ひじょうに規模が大きい。だから建学以来長い歴史のなかで私が第一号というのはとても感慨深い。


「私もはじめて母校に貢献できた気がする!」と夫に報告したら驚いていたけれど、喜んでくれた。


かつて母校は、学生運動がとても盛んだった。


しかし私は学生運動があまり好きではない。学内に残り活動を続けていた活動家とよばれる方々のやっておられたことをみると、活動のための活動をしているように思えたからだ。人を暴力で傷つけたり、建物を破壊したりという非合法の活動が、本当に社会のためになっているのか疑問だった。


そういう校風にも関わらず、レセプト開示をしようとする人が私しかいなかったいうことが意外だ。


それにしても、これから、日本の国民皆保険制度はどうなるのだろう?


もう誰の目にもあきらかだと思う。だましだまし、問題を先送りしているに過ぎない状態であり、すでに崩壊している。


大手企業の健康保険組合が「レセプト」の開示請求の方法を、公式サイトなどに記載しているのは、自分の受けた治療に、もっとコスト意識を持って欲しいというあらわれなんだと思う。


家で安静にしてればそのうち治癒するような病の治療費は全額自己負担にし、がんをはじめとする重い病に手厚く支援をする。あるいは、ある一定以上の年齢の方への積極的な治療を保険では行わない、など、子ども世代につけをまわさないようにするためにどうすればいのか、議論をしないといけない時期だと思う。


私は超低出生体重児の親だから切実に思う。支援がないと生きていけない人達がいる。そいう人達を守ために、メリハリをつけないとどこの組合ももたないんじゃないかと思うから。


そして、患者も勉強しなくてはいけない。


薬害団体代表の方が私によく言っておられる。処方薬の治験で安全性が認められているのは単剤で、まれに2剤間で行われているににすぎない。それを、3剤、4剤と増やしていったら、別の薬だと考えるべきだ。安全性や有効性なんてわからないよ。


日本ならではの、漫然と行われてきた多剤大量処方は、患者が自ら学ばなかったことにも原因がある。自分の支払う医療費に対して、何にどれだけかかっているのか、コスト意識を持たなかったことにもある。だから医師や製薬企業に変われ!TPP反対!というばかりでなく、「その薬は私には必要ありません」といえるようになることも必要だと思う。


日本に変革を促すために、『外圧』に頼ってきたのは、私たち自身でもある。


今回のレセプト開示請求が問いかけたのは、そういうことだ。学生運動に疑問を抱いてきた私にとって、第一号になったことは、とても名誉なことだ。

2015/05/22

第4回 自死遺族等の権利保護シンポジウム その3 自死への差別のない社会へ

第4回 自死遺族等の権利保護シンポジウム その2  『いじめ』による自死が、個人や家庭の問題にすり替えられる! の続き


最後は、今回のシンポジウムのテーマである、自死遺族が抱えている様々な、差別や偏見について。


全国自死遺族連絡会 田中幸子代表

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●医療者や支援者の持つ、『精神科への差別や偏見』


私は亡くなった方と、遺された遺族のための支援活動、「周産期医療の崩壊をくい止める会」に参加していた。だから野田正彰先生の主張にこころから賛同する。


ちなみに、これは私がある薬害シンポジウムで発言した時に書いた原稿の一部。私も精神科に通院歴があるということで、ずいぶんと差別や偏見に苦しめられてきた。それも、日頃精神科の受診をすすめている、医療者や支援者の持つ差別や偏見にだった。


精神科の被害者がいつまでたっても救われないのは、その深刻さが社会に見えないことにあります。死に至る重大な副作用があっても、亡くなった方は訴えることができません。


また、自死遺族が訴えても、「「うつ」はもともと死に至る病だから自殺しても仕方がない」と議論になりません。多剤大量処方で中毒死した被害者のご遺族には、「薬を欲しがる中毒患者だから死んでも仕方がない」という、聞くに堪えない言葉が投げかけられます。


例え、被害者本人が訴えたとしても、精神科の通院歴のために差別や偏見、言葉では言い尽くせぬ数々の困難が待ち受けています。医療者と一部の患者さんからは、あなた達の行動は精神科に対する差別や偏見を助長する、あるいは医療崩壊を加速させると、行く手を阻まれます。


だからこそ、私は今日、発言する決意をしました。



元主治医は私に向かって「私も向精神薬を服用しているけれど、私はあなたと違って、精神障害者じゃない」と思わず口にしていたことがある。他にも「どうせあなたに薬は効かない」と暗に私の人格に問題があるのだというような言葉を投げかける医師もいた。


しかし、私の後ろには、もっともっと、差別や偏見に苦しむ方がおられたようだ。本当に「私には差別や偏見がない」というのなら、自死遺族の声に耳を傾け、遺族の心の負担を一緒に減らしてほしい。


当日配布された資料の中に、野田正彰先生が『中外日報』に投稿した、「社会の非情な考え」があった。私が下手な文章を書き連ねるより、読んだ人の心に響くと思うので一部引用させていただく。


平成25年(2013年)4月11日 中外日報 論壇

自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む 精神病理学者 野田正彰  



どうして死んだのか、民事上の手続きで書き残されたものや証言等から自殺した人への精神鑑定書を作成するよう頼まれたとき、私は故人に向かって語りかける。どんなに無念な思いを残して亡くなっていったことか、私たちの社会はあなたの苦しみを聞きとる力がなかった、私は少しでも貴方の死の意味を知り伝えます、と手を合わせる。


日本社会は毎年3 万人ほどの老若男女を死に追い込んできた。ところが、故人を苦しめただけでなく、亡くなった後、遺族をさらに追い詰める社会であることを知っておられるだろうか。遺族は故人の思い出を整理しながら、遺失の悲哀に耐えていかなければならない。


同時に経済的な困難にも耐えていかなければならない。精神的にも、社会=経済的にも、二つの喪の仕事をやり遂げなければならない遺族に、私たちの社会はさらに非情な仕打ちを加えている。


(中略:家主や不動産会社からの補償要求に、自死遺族が苦しんでいる事例がいくつか紹介される)


借り主が損耗したものを回復するための費用請求は当然のことであるが、それをはるかに超え、お祓い料、過度のリフォーム費、精神的苦痛への慰謝料、近隣への慰謝料、数年にわたる家賃補償金などが請求されている。これらの法令上の裏付けとなっているのは、国土交通省による賃借契約に当たっての重要事項説明書であり、心理的瑕疵は告知しないといけないことになっている。


自殺は心理的瑕疵であり、告知しなければならず、告知すれば大きな損害が生じるというわけだ。国交省の法令は、自殺は心理的瑕疵とするという最高裁の判例によるとされている。


自殺がなぜ心理的瑕疵なのか。病死や孤独死した場合と、どのように違うのか。ここには死を差別し、自殺を穢れた死とする考えが流れている。


遺族がなぜお祓い料を支払わないといけないのか。一体、何をお祓いし、何を清めているのか。家主や不動産業者は借り手が遠のくことを理由に、過剰な補償を求めているが、それを動機づけているのは彼ら自身の差別や偏見ではないのか。


さらに自殺のあった建物を特別に忌み嫌う人々は、その理由を振り返ってみたことがあるのだろうか。病院に近づくのを恐れず、人の亡くなったベッドや病室で治療を受けることを拒んだり、入院費の減額を請求しないのは何故か。


国交省や裁判所は、自殺をなぜ重要な心理的瑕疵と主張するのか。私たちは切腹や特攻隊の自爆死のような権力の側によって強いられた死を美化しながら、私たちの社会の矛盾が強いた死を差別するのだろうか。


多くの宗教者は葬儀にたずさわっている。とりわけ僧侶は徳川時代からの宗門改め制度により、ほとんどが日本人の葬儀で読経などの重要な役割を果たしてきた。


1998年度より2011年度まで14年間、毎年3万人を超す自殺者を出してきた日本社会。自殺された葬儀で読経し、遺族と会話をもたれたお坊さまは少なくないと思われる。


これらの亡くなられた人が、なぜ死ななければならなかったのか。そして遺族はどんな社会的、経済的負荷をかけられているか、関心を持っていただきたい。亡くなられた人への悲苦を想うよりも、自殺を穢れた死とする習慣がどれだけ遺族を苦しめているか、各宗教教団で調べ、それはいけないと教えてほしい。各宗門、全日本仏教会がそれを教えるだけでも、大きな力になるだろう。


遺された遺族への重圧は、借家の場合に尽きるわけではない。自宅で死亡し医師に往診してもらっていなかった場合、検死となる。県によっては、診断書を十数万の死体検案料を即金で要求するところもある。葬儀の後、遺族が子育て支援、奨学金申請、債務整理の相談、労災申請の手続き、法的な相談などを求めても、自死遺族と告げるだけで精神保険福祉センターへ行くように言われ、結局うつ病扱いされると訴えている。


私たちの社会は亡くなった人に対してだけでなく、遺族に対してもあまりにも理不尽である。せめて遺族への負担を少しでも減らすことで、故人に「安らかに」と手を合わせられる社会に変わっていこうではないか。



●『うつ』だから死を選ぶのか?


その他に、細川弁護士と和泉弁護士から労災認定や生命保険における差別、家主からの不当な補償要求などの話が続く。


左から斎藤司法書士 大熊弁護士 細川弁護士 和泉弁護士


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自死した方の精神科受診率が高いせいだからだろうか。様々な社会問題を抱え精神的に追い詰められている人達に精神科の受診をすすめても、逆に自死のリスクが高くなるかもしれない、ということが、法律の専門家の間でも認知されているようだ。


そのため、会場からも、そして精神科医である野田先生からも、「(今さら精神科を受診しないほうがいいというけれど)『うつ病』という診断があれば、『労災認定』が受けられる、としてきたのは、あなた方法律家じゃないですか!」という批判が集中した。私もずっとその矛盾に怒りを感じてきた一人だから、その通りだと思っていた。


●『自殺防止キャンペーン』 製薬企業に責任はないのか?


静岡県富士市のキャンペーンのポスターを見ればよくわかると思う。仕事のストレスを抱え、眠れないほど悩んでいたり、疲れているお父さんは、仕事を休ませてあげないとダメなのだ。それを、薬を服用すれば仕事が続けられる、というようなキャンペーンをするなんて。ただでさえ、日本のお父さん達は、家族思いでまじめな働き者が多い・・・私はこのポスターを思い出すだけで、泣けてくる。


静岡県富士市『パパ、ちゃんと寝てる?』のポスター (野田正彰著 『うつに非ず』より引用)

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ガンバッてるお父さん
二週間以上の不眠は『うつ病』かも



でも、野田先生の追求がどんどん厳しくなり、ボランティアで発言してくださった先生達が少し気の毒になってしまう。


会場からも「先ほどから、精神科や向精神薬が問題だと話が出ているのだから、法律の専門家の先生達も、個人個人の問題で闘わないで、製薬企業を相手に闘えばいいじゃないですか!」という発言が出た。その通りだと皆賛成し、大きな拍手が。


最後に全国自死遺族連絡会代表の田中幸子さんの挨拶で終わりになった。「自死する人は一年間で3万人にもなりました。山のようなグラフがあるでしょう?3万人ていうけれど、一人一人の命でできているグラフなんですよ」という言葉がつきささる。


野田先生がおっしゃるように、自殺防止対策が間違っていたのなら、関わってきた方々はきちんと反省してほしい。そうじゃないと、亡くなった方々は報われないと思った。


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自殺遺族に突きつけられる高額請求 おはよう日本 NHK 2013年11月29日(金)


阿部

「今日(29日)から、ある電話相談が横浜で行われます。対象となっているのは、家族を自殺で亡くした遺族です。こうした人たちが直面する経済的なトラブルの相談に答えようというものです。」


鈴木

「その背景には、自殺した人の遺族が高額な賠償金を請求され、悩みを声に出せずに苦しむケースが相次いでいることがあります。」


自殺遺族を苦しめる 損害賠償請求


2年前に自殺した女性です。アパートで一人暮らしをしていました。うつ病が原因と見られています。母親は、女性と数日間連絡が取れず、心配になって部屋を訪ねましたが、すでに亡くなっていました。


母親

「つらかったです。親として、なぜ自分の命を絶たなきゃいけないんだという気持ちになって、悲しいより、悔しかったほうが多いですね。」


悲しみにくれる間もなく、遺族には思いもかけない事態がふりかかりました。遺体が見つかったその日から、アパートの家主が賠償金を支払うよう求めてきたのです。資産価値の減少は大きく、長期間にわたって借り手が見つからない恐れがあるとして、5年分の家賃と部屋の改修費。


さらに、隣接した部屋の住人にも精神的苦痛を与えたとして、200万円の慰謝料。あわせて420万円を連帯保証人である遺族が払うよう求めていました。こうした場合、遺族がどこまで責任を負うかは、明確な基準がありません。


自殺をめぐる問題に詳しい弁護士によりますと、判例では家賃の損害賠償や改修費用は認められても、隣人への慰謝料の支払いを認めた例はないということです。


母親

「(娘が)亡くなって、親としては、すごくつらくて。なにしろ、パニック状態でいたときに、そういうふうに言われて、ただ『すみません、すみません』と言うことしかできなかった。」


母親は弁護士を通して1年間にわたって交渉した結果、家主が減額を受け入れ、家賃2年分と改修費、あわせて100万円あまりを支払うことで決着しました。しかし、その後も心の傷は癒えていないと言います。


母親

「長かったです。家主との対話がどうなるか、不安になるのが先立って、子どものことを考える暇もなかったですし。すごく(負担が)大きいです。いまだに、もう2年たちますけれど、ダメージが残っています。そう簡単には、消えないかもしれないですね。」


遺族にさまざまな名目で請求がつきつけられるケースは相次いでいます。


仙台市の田中幸子(たなか・さちこ)さんです。長男を自殺で失ったことをきっかけに、5年前、全国の遺族を支える連絡会を作りました。当初は遺族の心のケアが目的でしたが、家主からの損害賠償の請求に苦しむ相談が毎年50件以上も寄せられ、驚いたと言います。


「金額は?」


全国自死遺族連絡会 田中幸子さん

「1,200万円。震えが止まりませんでしたって書いてあるけど、まさしくそうだと思いますね。」


このケースでは、外壁や屋根を改修した上で、建物と土地をすべて買い取るよう要求されました。他にも、マンションを丸ごと建て替える費用として1億円あまりを請求されたケースもあります。田中さんは、声を上げられない遺族は多いと考えています。


全国自死遺族連絡会 田中幸子さん

「恐れおののいているわけですよね、それはものすごく感じますね。怖いんだろうなと思います。何千万、何億(請求が)来るかわからない。私1人で受けて、年間40~50件。ほんの氷山の一角だと私は思っています。まだまだ、たくさん泣き寝入りして、本当に誰にも言わずに支払っている人たちも、たくさんいるんだと思います。」


一方、家主などでつくる団体は、法外な請求を行うケースは一部だとした上で、借り主の自殺による影響は極めて大きいと訴えています。


日本賃貸住宅管理協会 長井和夫さん

「事故物件に当たれば、すぐに次の方が決まるとは考えにくい。あるいは1年、2年、下手したら3年も覚悟しなければならない。請求できなければ、全部オーナーがかぶることになりますから、オーナーにとっては死活問題になりかねないです。」


阿部

「取材にあたった生活情報チームの山本記者です。こうしたトラブル見てますと、胸が痛みますよね。」


山本記者

「家族を失った遺族が高額の損害賠償に対応するのは、とてもつらいものがありますし、家主の側にとっても負担は大きいものがあります。問題は、どこまでを損害と認めるかなどの明確な基準がないことなんです。」


上野晃弁護士

「オーナーにもオーナーの事情があって、金銭的な請求を出来るだけしたいと。連帯保証人になっている遺族からすると、実際にどの程度負担すれば、自分が責任を果たしたと言えるのかが明確ではないのです。双方が不安に駆られ、過剰な争いになるのを防止するには、行政機関がガイドラインを示すといった対応が早急に求められていると思います。」



鈴木

「国は何か対応しようとしてるんでしょうか?」


山本記者

「国も問題を把握はしていますが、具体的な解決法を定める道筋は、まだ見えていません。遺族の中には、家族を自殺で失ったことを打ち明けられない人も多いため、こうした問題をこれまであまり表面化してきませんでした。


遺族を支援している田中さんの団体では、今日から弁護士などと電話相談を行い、多くの事例を集めて、不当な請求が行われないよう国に対策づくりを働きかけることにしています。」



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2015/03/27

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 を読んで その1

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 を読んでいる。


あのとき、大川小学校で何が起きたのかあのとき、大川小学校で何が起きたのか
(2012/10/24)
池上 正樹、加藤 順子 他

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プロローグを読むと意外なことに著者のお一人、池上正樹氏が取材をはじめたばかりの頃、この悲劇に対する印象はこうだったそうだ。


「学校の教師達も子どもを助けようとして一生懸命だっただろうし、裏山への避難は危険だったからやむを得ず三角地帯に向かったという話を聞いているから、これは想定外の事故であり、誰も責められないのではないか」



ダイヤモンド・オンラインの連載を読むまで私もそうだったし、今でも多くの方が同じように思っておられるのではないだろうか。


ダイヤモンド・オンライン 大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~


しかし、連載を読み進めていくうちに、私が思っていたことが事実と異なることを知る。行政や学校そして教育委員会、さらには文科省の対応も、どこか今の日本という国を象徴しているような気がしてならない。誰も責任をとらない、見て見ぬ振りし、問題を先送りしてしまうなどだ。


3月11日に息子が言っていた。隣のクラスの先生は、大川小学校のあった場所を訪ね、この悲劇の話を皆に話したそうだ。


少しばかり意地悪な気持ちで、息子に私はこう尋ねた。


「それじゃあ亡くなった子ども達はどこで津波に襲われたのか知っている?先生は何ていった?」


「逃げている途中に津波がきたから・・・一生懸命逃げたけれど助からなくて、先生も子ども達も大勢死んじゃったんだよ」


「私もはじめはそう思っていたけれど違うみたいだよ。大川小学校に津波が来るまでの1時間弱のうち、実際に逃げたのは何分ぐらいか先生は教えてくれた?」


「わからない」


「考えてみてよ」


「30分か40分」


「ほとんど逃げていないの。地震がおきて津波がくるまでの50分もの間、校庭にいたんだよ。『早く山に逃げよう』と、先生に言った子供もいたのに、『校庭の方が安全だから』と先生に言われ連れ戻されたという子どももいる。裏山は急で子どもでは登れないのかと思っていたら、大川小学校では、しいたけ栽培を裏山でしていたんだって」


息子は言葉を失っていた。


この日、私が息子に伝えたこと以下のことだ。


●逃げたのは津波が来る1分前

子ども達は50分間も校庭にいて、津波到達の1分前に避難を開始した。津波に襲われたのは校庭。


●子どもの証言 『早く山に逃げよう』と言った

助かった児童が「『先生、早く裏山に逃げよう』と言ったのに、先生に連れ戻された」と証言している。


●裏山でしいたけ栽培をしていた

『裏山は急斜面があって登れない』と私は思い込んでいた。しかし大川小学校の子ども達は2007年頃まで裏山でしいたけ栽培をしており、体育館裏の斜面なら、低学年でも登れることがわかっていた。


●スクールバスが待機していた

大川小学校にはスクールバスがあり、学校前の県道にはスクールバスが待機していた。


●校長先生の対応

校長先生は、皆が必死に捜索している時に、現場にほとんど来ていなかった。


●助かった先生は本当のことを言っていない

学校にいた教職員11人のうち、助かったのは男性教諭1人だけ。しかしその先生は、本当のことを証言していないと思う。

なぜなら、「(先生の言っていることは)違う」という住民の証言が複数あるし、もしも先生の証言が本当だったら、科学的に説明のできない事実が判明しているからだ。(先生が上着のポケットに入れていた携帯電話が、先生の証言通りに津波に巻き込まれて濡れていたら、メールを送ることはできないなど)

先生はおそらく、津波が来る直前に裏山に逃げていて、山の上から津波が学校に押し寄せるところをみていたと思われる。


●報告書には重要な事実が抜け落ちている

教育委員会や学校は、聞き取り調査を録音せずに行い、自分達に不利な内容の証言を報告書に記載しなかった。それどころかメモを破棄してしまった。「先生が山から学校を見ていた」のなら、これらの行政の不自然な行動に説明がつく。


●大川小学校だけが多くの犠牲者を出している

大川小学校のある釜谷地区はこれまで一度も津波が到達した記録がなく、ハザードマップの浸水域からも外されていた。そのため住民の中にも津波がくるとは考えていなかった方が大勢いたそうだ。だから、先生や市に危機意識がなかったとしても仕方がないかもしれない。

しかし、近隣の被災地の小学校では犠牲者が出ていないのに、大川小学校「だけ」が多くの犠牲者を出している。この事実は重い。


●訴えておられるご遺族の中には、教員がおられる

裁判で闘っておられる親御さんの中には教員がおられる。石巻市は都会と違い、何かとしがらみが多い地方都市だ。教員という立場で、学校や教育委員会を訴えるには、余程の理由があるのではないのか。



「なぜ時間があるにも関わらず、逃げられなかったのか」ーーーーーその疑問は本を読み進めるうちに次第に大きくなっていった。亡くなった方々のためにもその原因を明らかにするべきだと思う。それが教育であり、教育者の使命ではないのか。


これは本の冒頭にある、池上さんの言葉だ。


「不思議なことに学校管理下でこれだけ多くの犠牲者を出しながら、行政はその原因に目を向けることなく重く受け止めてきた形跡がない。主体となる学校や市教育委員会などの組織の責任の所在は総括も処分もないまま置き去りにされ、ずっと曖昧にされてきている。それどころか、本来速やかに情報を公表していかなければならない立場の責任を有するはずの当事者たちは、どこかふわふわ楽観的で他人事のように受け止めているとしか思えない」



「隣のクラスの先生は先生だから、学校や先生の悪いことは言わないのかな。


一人だけ助かった先生がいるんだけれど、その先生はどうやら本当のことを言っていないみたいなの。同じ町の人達が何人も、その先生が言っていることは『違う』と証言しているのよ。


教育委員会や市の人達に言わないよう、口止めされているのかもしれない。学校や、先生の責任にされたら困るとか、いろいろ事情があるのかもしれない。


その他にも、市の報告書に書いていることが事実と違う。メモなどの大切な記録が捨てられたりしているの。


でも、大川小学校だけが、学校で大勢の死者を出してしまっているんだよ。大きな地震だから『仕方がない』でいいのかな?


亡くなった子ども達は、本当のことを知って欲しいと思っているじゃない?本当は『早く山に逃げよう』と先生にお願いした子どもが何人かいたのに、大人が黙っていたら言っていないことにされる。先生だって、何人も亡くなってしまったから先生を責めているんじゃないと思う。


そうじゃなくて、本当のことを知ってもらわないと、もし自分だったら『悔しい』と思わない?」


『我が子の死に、意味を持たせて欲しい』と訴えておられるご遺族の気持ちが、私には痛いほど伝わってきた。


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大川小児童の遺族が立ち上がってから4ヵ月 明らかになった真実、隠され続ける真相とは | 大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~ | ダイヤモンド・オンライン より引用


実際に、聞き取り記録や事故報告は、遺族側から、調査の矛盾点の指摘を受けて、変遷を繰り返している。
 

 市教委は、震災から1年以上にわたって、校庭から子どもたちが「避難をした」と説明していた。


 2011年6月4日の説明会では、“避難”開始時刻は、「午後3時25分頃」。それが、2012年1月22日説明会では「午後3時30分頃~」に変わり、1年後の2012年3月18日には「午後3時35分過ぎ」となった。


 遺族の追及によって、実際には避難と言えるような実態ではなく、津波に襲われる1分ほど前に「逃げ始めた」といったほうが正しかったことが分かったのだ。


 校庭から避難をしなかった理由については、裏山に倒木があったためとしていたが、それも「倒木があったと思われる」と、市教委は途中で説明を変えた。


 また、児童が教諭に向かって「山に逃げよう」と言っていたという児童たちの証言が、調書にはひとつもないのに、説明会での指導主事からの説明の中には出てくるという不審な点もある。


 さらに、重要な資料を、長期間公表しなかったという問題もあった。


 唯一生存したA教諭が保護者宛にメッセージを綴ったファックスを、市教委が公開したのは受け取ってから7ヵ月以上も経ってからだった。また、震災から5日後という直後の時期に、当時の柏葉校長から聞き取った被災状況の調書が存在することが、私たちの情報公開請求で分かったのは、震災から1年2ヵ月が過ぎた2012年5月18日だった。


 このように、震災直後に市教委が混乱していた、という理由だけでは説明がつかない重要事項が、疑問の残る形で公文書に残されてきたり、あるいは、ないとおかしいことが、なぜかなかったことにされてきたりした側面がある。



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