2016/12/20

給食死亡事故の教訓とは 社会の問題として社会の理解を得るということ

●事故の教訓とは 「『エピペン』を打て」なのか?


今日は給食死亡事故が起きた12月20日だ。すでに忘れている人が大半だと思うけれど、私は意外と命日を忘れない。


なんだか最近思う。私の街はあの事故から、一体何を学んだというのだろうか。


事故後、学校から配られるアレルギーに関する手紙には目を通してきたし、保護者が参加できる説明会に参加したこともある。しかしいつも何かが違う気がした。簡単に言えば『エピペン』さえ打てばいいという感じだからだ。


●なぜ「アレルギー」だけ?


そもそもアレルギー以外の病気や障害を抱えた子ども達だっている。しかも、私の街では「インクルーシブ教育」を目指すそうだ。だったら、なぜ『アレルギー』だけなんだろうーーーー


事故から学ぶ教訓は、もっと別にあると思う。


私は以前NHKで放送されたクローズアップ現代の『小児がん』の特集番組、最近あの番組を思い出す。インタビューに答えていた、イギリスで晩期合併症を抱えながら生きている女性の姿と医師の「子どもが大人になるにつれて、社会の問題になるんです」という言葉を思い出すからだ。


●小児がんの晩期合併症の問題は子どもの問題から、大人の患者が増えるにつれ、社会の問題になる

◇  ◇  ◇
小児がん 新たなリスク - NHK クローズアップ現代 2011年1月31日

(※こちらに番組を文字に起こしてあります)

(イギリスにある小児がん治療の拠点、バーミンガム小児病院の医師)

「晩期合併症の問題は子どもの問題から、大人の患者が増えるにつれ、社会の問題になってきます。小児がんの治療は彼らの未来の扉を開くものです。ですから彼らが社会に貢献しながら、自分らしく生きられるよう国が支えていくべきなのです」


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ロンドンに住む、アレクサンドラさんです。幼い頃に白血病の治療を受けたアレクサンドラさんは、低身長に加えて17歳の時に脳腫瘍を発症しました。放射線治療が原因の晩期合併症でした。腫瘍は定期的な検診により早期発見。さらに専門医のアドバイスを受けることで学校に通いながら治療を受けることができました。アレクサンドラさんは看護学校を卒業。今月から夢だった看護師として小児病院で働きはじめています。


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「私は小児がんの晩期合併症がありますが、上手く付き合っていけていると思います。やりたいことができて、自分の人生を生きています。幸せです」
◇  ◇  ◇

番組の最後に垣添忠生元国立がんセンター総長がおっしゃった「社会の問題として社会の理解を得るということが大切」という言葉もその通りだと思う。


アレルギー死亡事故から学ぶことって、『エピペン』を打て、だけじゃなくて、それこそ「社会の問題として社会の理解を得るということ」じゃないかと思う。さらに言えば、アレルギーだけでなく「どんな病気や障害を抱えていても、生き生きとくらせるように」、そういうことじゃないかと思う。


そもそも、そういった考えが、「インクルーシブ」というものだと思うし。



2016/03/26

アレックス・スコットちゃんの『レモネードスタンド』 日本には寄付文化が根付いていないから、お金が集まらない? 


●想像していた人と違う・・・


乙武洋匡氏の不倫報道が、世間を賑わせている。


◆  ◆  ◆


乙武氏 暴露された“奔放さ”「業界にいればだれでも知っていた」 2016年3月25日

夏の参院選に自民党が擁立を検討している乙武洋匡氏(39)が24日、週刊誌「週刊新潮」で報じられた自身の不倫問題について事実関係を認め、公式サイトで謝罪。騒動の収束を図ったにもかかわらず、芸能人や著名人からは批判の声が上がっている。

タレントの鈴木紗理奈(38)はツイッターで「なんで奥さんが謝るのだろう」「浮気は彼女が悪い?不倫は妻が悪い?そーいう考え方やだ!!」と記した。

小説家で思想家の東浩紀氏は「“妻である私にも責任の一端があると感じております”とは、奥さんも選挙に向け準備万端だね」などと皮肉り「乙武さんの奔放さは業界にいればだれでも知っていた」などと暴露した。



◆  ◆  ◆


私の追っているある不正問題にもつながる話だ。


乙武氏の報道をみて思うのは、日本は障害がある人や、病気を抱えた人には甘いんだな、ということだった。障害者や病人はこうあるべきという理想像を、メディアが押しつけているのかもしれないけれど。


そういえば、私も取材を受けた時に、「想像していた人と違う。もっと弱々しいお母さんかと思っていた」といわれたことがあったなぁ。


弱々しい女性じゃないから、企画が通らなかったようだ。


でもあの時、テレビ番組にならなかったおかげで、現在の私がある。今はあの時とは全く違う理由で、声をかけていただくようになったからだ。


●日本の『レモネードスタンド』は、誰が主役なのか


この前、ブログを書くために、「レモネードスタンド」のアレックス・スコットちゃんの動画を久しぶりにみた。


『牧本事件』を追う その2 牧本敦医師の講演「すべては小児がんの子ども達のために」①


アレックスちゃんは自分が小児がんでそう遠くない日に天国に旅立つことを知っていたのだろう。レモネードを売って小児がんの研究費を集めたのだ。





私は番組をみて気づいた。日本ではじまった「レモネードスタンド」とは、全く違う気がする。


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三大ネットワークの1つ、NBCの朝の番組に出演した時の様子。辛い治療で目が虚ろ、声はかすれていた。そういう状態でのテレビ出演。


だって日本の「レモネードスタンド」は、小児がんの子ども達が主役というよりも、お客様にしているような感じがするもの。企業や大人がお膳立てして、すべてを整えて、「はいっ!患者さんは、この位置に立って下さいね!お行儀よくね!」という感じ。


一方、アレックス・スコットちゃんは、自分の命と引き替えに、テレビに出ようと決めたんだろうな。久しぶりに見て、また泣いてしまった・・・。


その差がやっぱり、金額に現れるのだろうか。こちらのブログを読んでビックリした!70億円以上集め、ちゃんとお薬になっていたからだ。


◆  ◆  ◆


ニューヨークの遊び方 アレックス・レモネード・スタンドの奇跡は終わらない

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この新薬の研究には、アレックスちゃんが残した基金からの寄付金も貢献。アレックスちゃんは、2004年8月、わずか8歳でこの世を去りましたが、彼女の思いに共感した多くの方々が、小児ガン研究のための寄付金を募る団体としてアレックス・レモネード・スタンド基金を支援し続けてまして、このCBSニュースによると、これまでに集めた寄付金は7,000万ドル(=1ドル100円換算で70億円)に達するそうです。


◆  ◆  ◆


●製薬企業のプロモーションや研究費の不正問題 私がメディアに期待すること 日本社会に問うて欲しいこと


アレックス・スコットちゃんのレモネードスタンドをみると、「日本は寄付文化じゃないから、お金が集まらない」という言い訳をしてはいけない気がする。


お金が集まらないのは、日本のメディアが、病気や障害を抱えた人に理想を期待する、ということもあるけれど、患者側も甘い部分があるからだと思っている。


夏の風物詩になっている某テレビ局のチャリティー番組に代表されるように、そもそも日本には「良いと思うことをしさえすればいい」という甘い考えがあるような気がする。


官僚が悪い、製薬企業が悪い、ナショナルセンターが悪いと私たちは大きな組織を批判しがちだけれど、患者や患者会そして市民にだって、甘いところがある。今回の乙武氏のスキャンダルは、それを象徴していると思った。


もしも同様に、患者側にも不正などがある場合、タブーを怖れずきちんと責任を問うべきだ。
2015/02/01

どうか安らかに

亡くなったジャーナリストの後藤健二さんが、昨年、2014年7月11日に「インデペンデントプレス」に投稿したというコラムを読んだ。


It means “Lost Age” really. これこそ本当に「失われた世代」だ Kenji Goto 2014年7月11日

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なぜ、彼らは死ななくてはならなかったのか?希望の光射す未来と無限の才能を持っていたのに。これから好きな女性ができて、結婚して、子どもを産み、家族を持てる十分な機会があったはずなのに。戦いに疲れ果てた人たちは口々に言う。「死んだ者は幸いだ。もう苦しむ必要はなく、安らかに眠れる。生きている方がよっぽど悲惨で苦しい」と。皮肉だが、本音だ。彼らは兵士でも戦場を取材するジャーナリストでもなかった。外国人と交流して異文化を味わうことを楽しみ、すべての時間を市民のために自分のできることに費やし、自分で思考錯誤しながら技術と得意分野を真っすぐに成長させて行った。

オマールはあの時何歳だったか?革命を信じたお子ちゃまカメラ少年は、いつの間にか生き生きした映像を録る勇敢なカメラマンになっていた。ISISに殺された。

そして、ハムザ。戦争孤児や貧しい家庭1,000世帯に、毎朝パンを届ける慈善団体を切り盛りする天才肌の若者だった。7月10日、空爆の犠牲になった。

彼らは、いつも笑顔でこちらの頼みを聞いてくれた。一緒にお茶を飲み、甘いお菓子を食べた。感謝のしるしに日本製の時計を、コンデジを、プレゼントした。戦時下では、プレゼントできること自体が嬉しいものだ。

世界各地の紛争地帯で、私の仕事を手伝ってくれた人たちが、もう何人亡くなっただろうか?

でも、私はまだ生きている。生きて自国に戻り、「伝える」仕事に集中することができる。

彼らが死ぬなどと真にイメージしたことは正直なかった。

鮮烈に蘇る彼らの優しい笑顔。

ボー然としたところで、「なぜ?」と考えたところで、彼らはもう戻って来ない。

どうか、神様。彼らに安らかなる日々をお与えください。



私はやっぱり思い出してしまう。


アルジェリア軍が突入するという直前、家に電話がかかってきた時のことだ。


父の友人が一人だけ民間機で帰国した日の新聞で、はじめて資源開発の過酷さを知った。娘の私が全く知らないなんて。あまりのことに、その場に座り込んでしまった。


「しかたがない。三者それぞれが、少しずつ痛みをわけたんだ」と私に言っていた。


学生時代友達と海外に旅行に出かけると、現地で働く日本企業の駐在員の方が案内をしてくれた。父が私達を心配して友人や知人にお願いするのだ。


ある時、東南アジアに出かけたら、ある会社の若い駐在員の方が夜の繁華街を案内してくれた。


ところが連れて行ってくれたのは、なぜか女性の性を売りにする店。働いているのは私よりも若い、13歳から18歳ぐらいの女の子達だった。


その店のショーをみて、呆然としていたら、女の子達が大勢まわりに集まってきて「何か頂戴」と私に言う。駐在員の人が飲み物をご馳走すると、とても喜んだ。


これまで信じてきた価値観、善とか悪とかが、全く通用しない世界がそこに広がっていた。


『女性の人権』などと今、正義を振りかざしたところで、どうなるのだろう。もしも彼女達の仕事を奪ってしまったら、支えている家族が路頭に迷ってしまう。私は「彼女達が、せめてエイズにならなければ」と心の中で祈るしかなかった。


手のひらにのるほど小さな息子が産まれ時、東南アジアや中東でみかけた子ども達の姿を思い出した。NICUに足を踏み入れた瞬間、これは先進国だからこそできる医療だと思ったからだ。渡された命のバトンの重さを感じずにはいられなかった。


久々に生きることの意味や「命」について考えている。

2014/12/19

アレルギー死亡事故 今日はご命日 

今日は死亡事故が起きた日だ。


亡くなった女の子のご遺族は「娘が亡くなったことは悲しいけれど、良い方向へ改善してくれれば」というようなことをおっしゃっておられた。


続発するアレルギー事故 学校給食で何が? クローズアップ現代 2013年2月21日


“娘の死をきっかけに、食物アレルギー対策の重要性が再認識され、多くの人たちが改めて動き始めるのであれば、娘は「うん、それならいいや」と言うような気がしています。彼女の未来に向けた思いに応えてほしいと思います。”


亡くなってしばらくして放送されたNHKのクローズアップ現代を見た時に、私はたまらなく悲しくなった。なぜなら、女の子は1ミリグラムにも満たないチーズでアナフィラキシーを起こし、亡くなったからだ。


どうして学校給食で人が死んでしまうんだろう?


私は疑問に思ったことは徹底的に調べる。いつものように報告書を読み、報道に一通り目を通した。多くの社会問題がそうであるように、複合的な要因があることがわかった。


あれから、現場は改善され、良い方向に進んでいっているように思う。


ただ、一つだけ強く思うことがある。どうして死亡事故が起きるまで、食物アレルギーの大変さが、社会に知られなかったのだろう。


ある重度の食物アレルギーのお子さんを持つお母さんが私に教えくれた。


理由は簡単だ。超低出生体重児の退院後の支援がないのも、薬剤による被害者がなかなか救済されないのも同じような理由だ。要するにこの国では人が亡くなったり、被害者を増やさないと現場が改善されない。当事者の切実な声が届かない仕組みになっているのだ。もっと簡単に言ってしまうとお金にならないところには、光がなかなか当たらないともいえる。


私の中には拭いきれない不信感がある。


「退院後の支援に予算をつけてあげられるかもしれないから」と私に手記を書くようすすめてくれた方は二人おられる。お一人は著名な医師でお一人は政治家だ。その方は教育がご専門で、当時重要なポジションについておられた。


2009年11月13 日、取り次ぎをしてくれた方にいただいたメールにはこのように書いてある。


(超低出生体重児の教育問題)とても大事な問題なので、サクラさんに文章を書いていただきたい、とのことです。

おそらく、個別に一人一人運動するのは大変です。声を文章で書いていただければ、そういう問題を知ってもらうこと、医学会行政がフォローを開始するための枠組みや予算をつけるよう、動くことができるようになります



しかし当時の記録をあたってみると、すでに『子ども手当』はワクチンへという流れがあったようだ。給食のアレルギー対策や、超低出生体重児に退院後の教育予算など、きちんと議論されたのだろうか?


報告書を読んだ時、アレルギー対策にもっと予算をつけてくれていたら、と思わずにいられなかった。予算がなくて、窓ガラスの耐震フィルムも諦めたというのに、どうしてワクチンが優先されたのか。同じ子どもの『いのち』に関わる予算じゃないか。


「ワクチンのほうが重要だと思うから」でも「現場を見たことがないから知らなかった」でも、どんな理由でもいい。人が亡くなっているから説明をして欲しい。そうでなければ、私は政治に対する不信ばかりが大きくなる。


私は思い当たる言葉をぐっと飲み込むしかないのだろうか?私をそういうきもちに変えたのがこの国の政治だ。昨年、校長先生に私が頭を下げた時に、先生は笑っておられた。けれど、現場で働く教員は声をあげられない仕組みになっている。私は光が当たらないところに光をあてるのが、本来の政治家の仕事だと思っていた。そして私に声をかけてくれたのは、そういう志を持っておられるから、だと思っていた。


この件に関しては、先日の『たたき台』に入れた。なぜ、はじめの約束と違う事態になっていったのか理由が知りたいからだ。


その一方、学校には手紙を書いた。校医の先生が「エピペンは万能じゃない」と保護者の前でおっしゃったからだ。「迷ったら打つにして下さい」「超低出生体重児の支援も同じです。もっと当事者の声に耳を傾けて下さい」。


この前、 ある人が私に言っていた。「日本の教育は世界から取り残されている。上からこれを勉強しなさい、と一方的に教えるような教育をしているのは、もう日本だけじゃない?」。


その通りだと思う。


「お医者さんのいうことを信じましょう」そんなことを子ども達に教えてはいけない。日本はこれから医療を産業にしようとしているのだ。信じる気持ちも必要だけれど、一方で頭を使って考えずに信じることは危険だ。


ただでさえ、日本は子どもの数が少ない。子ども達の声なんて、なかなか届かない。アジアの中でも存在感が薄くなっていく。


そろそろ「大人は間違うことがあります。世の中には改善したほうがいいことが沢山あります。そういうことを見つけたら声を出していきましょう。黙っていたら良くなっていきませんよ」ということを子ども達に教えて欲しい。それが国際社会では当たり前だからだ。


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薬害オンブズパースン会議 調査・検討対象 DTC広告 から一部引用


1 DTC広告とは


DTCとは、Direct to Consumer(顧客直結)の略で、製薬企業が医薬関係者以外の一般人(薬事法67条参照)に直接働きかけるマーケティング活動のことを指す。DTC広告とは、DTCマーケティングの中で、マス媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど)上で一般消費者向けに打つ広告のことである。
DTC広告には次の3つのタイプがある。


♦リマインダー広告
病名には言及せず、薬剤名と製薬会社名に言及する広告

♦ 受診推奨広告
薬剤名には言及せず、病名と製薬会社名に言及し、病気の治療のための受診を推奨する広告

♦ 疾病啓発型広告
一定の症状を挙げ、それが病気であるということを示すことによって病識を持たせ、それを治療できる医薬品があるということを示す広告

2 取り上げた経緯

日本においては、医療用医薬品の一般消費者に対する広告(DTC広告)は、特定の場合を除き薬事法上規制されておらず、行政指導によって事実上規制され、製薬企業はこれを遵守してきた。ところが、2000年頃からDTC広告、とりわけ疾病啓発型広告が実施されるようになり、近年その数は増加している。

製薬企業によるDTC広告は営利目的であり、偏った情報提供となる危険性が高く、かかる広告から情報を得た一般消費者の行動は、医薬品の適正使用を阻害するおそれがある。そのため、一般消費者保護の観点から、医薬品のDTC広告は認められないとするのが世界の潮流である。

ところが、行政刷新会議は、世界の潮流に反し、規制・制度改革の平成23年度措置として、医薬品等適正広告基準による医療用医薬品等の広告の制限を撤廃しようとしていた。

そこで、当会議は、かかる行政刷新会議の規制緩和に反対すると共に、医薬品のDTC広告の現状及び問題点を指摘し、薬事法の改正等による広告規制の強化を求めるため、問題提起を行うこととした。

3 何が問題か

(1) 疾病啓発型広告の問題点
疾病啓発型広告は、広告の中に特定の症状を挙げ、一般消費者に病識を持たせることにより、医療機関を受診させて、処方を依頼させるという効果を持つ。一見病気の啓発という形をとりながら、結果的には偏った情報となる危険性が高く、広告で情報を得た一般消費者が医師に対して特定の薬の処方を求めるなど、医薬品の適正使用を阻害するおそれがある。

実際、アメリカで行われた研究では、DTC広告を見たとして特定の医薬品(抗うつ剤パキシル)につき語った患者の55%に対し、抗うつ剤が処方されたとの結果が報告されており、ニュージーランドにおいても同様の報告がある。



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2014/11/20

ぼく殺しちゃった―小学生殺人事件 『こころのケア』は誰のためにある

天国に届くといいなぁ 『神様からのプレゼント』 お金で買えない幸せに、アクセスが増えている。どんなに批判されても、私の心は変わらないな。


私が「こころのケア」に疑問を持ち、訴え続けたのは私自身、祖父の暴力をみて育ったからだ。


ぼく殺しちゃった―小学生殺人事件 (1980年) Amazon

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古書, 1980/12 林 晴生 (著)



祖父が亡くなるまで、子どもの頃からずっーーーと思っていたんだよ。大人はどうして子どもが逃げ込めるような場所をつくってくれないんだろう。子どもに我慢しろじゃなく、大人に反省を促すようなことをしてくれないんだろうーーーー


親戚の叔母さん達は私の話をいつもきいてくれた。でも、「おじいちゃんが働かなくても、ちょっとおかしな人でも、お金に困っていないからいいじゃない」でお終い。最後に必ず言われたのが「パチンコとか競馬とか、ギャンブルをやらないだけましよ!」だった。


いつしか私は思うようになった。大人は本音と建前を上手く使い分けて生きている。綺麗ごとしか言わない。親切そうに話をきいてくれても、子どもが心から望むことをしてくれない。


おそらくそういう背景があるから、推理小説が好きになったのだろう。


小学生の時、図書室で好きだったのは「江戸川乱歩」のおどろおどろしい本だった。内心、「かわいい少女歌手の●子ちゃんが、悲惨な事件に巻き込まれるなんて、子どものためになるのかな?」「どうしてひき逃げ事件のアリバイ工作について詳しく書かれた本を小学校に置くのかな?」なーーーーんて思いながら読んでいたけれど。



怪人二十面相―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)怪人二十面相―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)
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祖父は柔道が強く、おまわりさんに指導していたそうだ。私がいくらがんばっても力では絶対にかなわなかった。だからある時から空想するようになった。「計画的に殺人ができないのかな?」。


そんな時に図書館で見つけたのが「ぼく殺しちゃった」という本だった。小学生が人を殺すという、実際におきた事件について書かれたノンフィクションだ。当時まだあまり知られていなかった『少年法』についても触れていた。


でも、私は本を読んで殺人計画を実行しようと思わなかった。グッと腕を捕まれ「そっちに行っちゃダメ!」と引き戻された。


「やっぱり人を殺したらいけない。皆に悲しい思いをさせるな」


あの頃だって、子どもが殺人を犯す事件はあった。マスコミが大々的に報道するようになったから、社会問題化していった。でも、危機感を持った大人が何をしたかというと、事件を起こした子どもや親が、いかに「異常であるか」を探し出すこと。その結果「うちの子も・・・」と怯えた親や教師が何をしたかといえば、問題を起こしそうな子どもを精神科につなげた。こういう本も小学校に配布されるようになった。



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事件が起きたのは、むしろこうした「こころのケア」を熱心に行っていた地域だった。しかも、今回は加害者の父親まで自死させてしまった。相変わらず大人は本音と建て前で生きているんだな。「こころのケア」は別名「善意の陰謀」と言われているんだよ。


※    ※    ※



【同級生殺害】ヤリ手弁護士の父が自殺 加害少女は何思う 東スポWeb 2014年10月07日 より一部引用


だが、娘の事件が起きると、父親は弁護士稼業どころではなくなってしまった。父親は自らの代理人を立て、娘を診断していた精神科医とのやりとりや児童相談所への電話内容などを文書で公表。地元関係者は「箇条書きだったため言葉遣いが荒くみえたのでしょう。地元マスコミから『違和感がある』と代理人に対して疑問が出たそうです。それだけ父親は精神面で追い込まれていたわけです」と指摘する。結局、父親はこの事件で会見をすることはなかった。

 8月から加害者の少女は医療機関での鑑定留置に入った。かつて金属バットで父親を襲撃した少女だが、死の知らせに何を思うのか。



※    ※    ※



一線を越えるには、よほどの事情があるんだよ。少年法は加害者を守るというけれど、加害者になってからじゃ遅い。犯罪を未然に防がないとダメじゃない。私のように「殺したらいけない」と気づかせるのが、本当の「いのちの教育」だよ。悩んだり苦しんだりする課程を「こころのケア」だと奪ったらいけない。



今、私の子ども時代の話をすると、皆笑う。大いに盛り上がる。祖父はビートたけしさんの『たけしくん、 ハイ!』に出てくる飲んで暴れるお父さんそっくりだから。



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そうなのだ。暴力を奮うのは、一面で憎めないところもたくさんある。子どもを大人にしたような人だから数々のエピソードがある。


祖母が私と妹と、近所の子ども達にアイスをあげようとしたら、「何で俺に一番先にくれないんだ」と怒って先頭に並んでしまった、孫のために買って、物置きに隠しておいたコーラ1ダースを一晩で空にした、など。


末期がんだと宣告された時には、埼玉から東京の実家までマウンテンバイクに乗って母に知らせに来たし、夫にはじめて会ったのは入院していた埼玉の大学病院だった。夫の専門が運動生理学だということで、ベッドからムクッと起き上がり、腕立て伏せをはじめながら挨拶をした、とか。


だから夫は「良いおじいちゃんじゃないか」と今でも言っている。


祖父が末期がんだと知った時、私はやっぱり悲しくなった。けれどその一方で、叔母さん達が言ったように愛人に貢ぐとか、ギャンブルにのめり込むなどしなかったから、今「結果オーライ」なんだ、と思う気持ちもある。


今でも事件が起きるたびに心がざわめく。もしかしたら、悪い条件が重なったから、犯人は私だったかもしれないな、と。