2015/06/03

自衛隊員の自殺増でパソナが儲かる“戦争法案”の利権構造

『こころのケア』の改善を訴えてきた私にとって、黙っていられないようなニュースを発見!





私がPTSDという言葉を知ったのは、大学生の時だった。テレビでベトナム戦争の帰還兵のドキュメンタリーをみたからだった。


その数年前、ベトナム戦争を描いた映画『ディア・ハンター(The Deer Hunter)』をみたことがあった。ここに動画がある。はじめは、若く未来のある若者達がはしゃぐ様子が映し出される。しかし突然戦場の場面に切り替わる。



私が最も印象に残った場面は、捕虜となったアメリカ人の若者がベトナム兵とロシアン・ルーレットに興じる姿だった。



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戦争は狂気だとよくいわれるけれど、まさにそんな表現がピッタリの映画だった。しかし本当の戦争は人の心や絆をもっとズタズタに切り裂くに違いない、と深く考えさせた。


その数年後、帰還兵がPTSDの症状で苦しんでいる姿を、NHKのドキュメンタリーでみた。すぐに『ディア・ハンター(The Deer Hunter)』が頭に浮かんだ。映画が投げかけたことは、社会問題化していたんだと思ったのだ。その男性は、「自分の母親が朝おこしにきて軽く肩に触れただけで戦争を思い出す。『殺される』と身体が反応して母親の首をものすごい力で絞めてしまうんだよ」と頭を抱え苦しんでいた。


戦場に行くということは、日常を二度と取り戻せなくなるかもしれないということなのだと思った。戦場でもしも誰かの命を奪ったなら、死に向かうスイッチが入るほどの罪悪感を抱えることになるに違いないと想像した。


これほどの壮絶な体験をするかもしれない自衛官に、電話相談?それも、なんでまたあの『パソナ』なのだろう?


夫はもともと職場のメンタルヘルスに興味を持ち、運動生理学から免疫の研究に入っていった。人の心など数値化できないことがわかり、もっと科学的な裏付け、データが欲しいと新たな道を目指したそうだ。運動生理学は軍隊のトレーニングと関係が深い学問だ。そのため一緒に仕事をする研究者の中には、軍に所属しておられる方も多いし、留学先も軍の関連施設だった。だから「戦場に行った兵士の心のケアなど、はじめからできないと考えないとダメだ」と私によくいう。


その通りだと思う。せいぜい『見守る』、そんなことしかできないと思う。中途半端なケアなど、はじめからないほうがいい。ケアを受け、もしも絶望したら、かえって心の傷が深くなるからだ。


こころの専門家のケアを受け心に深い傷を受けた人の言葉を、どうして国は真剣にきこうとしないのだろう。


父の会社がアルジェリア人質事件に巻き込まれたこともあり、自衛隊の“戦地派遣″には複雑な思いが正直ある。だからこそ、このパソナの電話相談はあんまりだと思う。


浜松にある自衛隊の広報官に行けば、自由時間に滑走路を走っている自衛官の姿がみられるはず。竹中さんは、自衛官が黙々とトレーニングする姿を見たらいいと思う。あの人達には大切な家族がいるんだよ。本当に、いつからこんなに人命が軽くなってしまったんだろうと悲しく思う。


最後に、日刊ゲンダイの記事と、野田正彰先生の『自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む』を引用させていただく。


アフガン・イラク両戦争への派遣任務を経験し、帰国後に自殺した自衛隊員は54人に上ると報道があったばかり。遺されたご遺族は、こういう差別や偏見に苦しんでいるかもしれない、ということも報道して欲しい。


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自衛隊員の自殺増でパソナが儲かる“戦争法案”の利権構造 日刊ゲンダイ 2015年6月2日


安保関連11法案が成立すれば、自衛隊の“戦地派遣″の範囲は地球規模に拡大する。同時に自衛隊員の「心の闇」も広がるのではないか。イラクやインド洋に派遣された隊員が異常な頻度で自ら命を絶っている実態も判明したが、自殺する隊員が増えるほど、確実に儲かりそうな企業もある。竹中平蔵・慶大教授が取締役会長を務め、ASKA事件では政官との不透明な関係が露呈した人材派遣大手のパソナグループだ。


 アフガン・イラク両戦争への派遣任務を経験し、帰国後に自殺した自衛隊員は実に54人に上る――先週、衆院の安保法制の衆院特別委員会で防衛省が明かした数字はショッキングだった。


 両戦争に派遣された隊員の総数は、延べ約2万2560人。単純計算で418人に1人の割合で自ら命を絶っており、激務から自殺者が多いとされる自衛官全体(13年度)と比べても約7・1倍、国民平均(14年内閣府統計)の実に約11・9倍という高確率である。


 この異常な実態に、中谷防衛相は「(後方支援の拡大後は)さまざまな措置を講じて、隊員のメンタルヘルスケアの機関を充実させていきたい」と約束したが、防衛省はすでに自殺防止を含めた隊員の「心のケア」に取り組んでいる。


 防衛省共済組合は「あなたのさぽーとダイヤル」と称する365日24時間対応の電話相談窓口を設置。この業務を04年度から独占的に受注してきたのが、パソナグループの「セーフティネット」(本社・東京都千代田区)なる会社だ。


■海自OBと防衛省のもたれ合い


「『セーフティネット』は海自の元幹部で退官後にパソナに再就職した山崎敦社長が、同社の南部靖之代表のバックアップを受け、01年に立ち上げました。ASKAの覚醒剤事件で、今年1月に1審で有罪判決を受け、現在は控訴中の栩内香澄美被告が逮捕当時、在籍していたことでも知られています」(人材派遣業界関係者)


 防衛省共済組合との契約額は年間約5000万円程度。民間調査会社によると、この間、セ社の売上高は約3億円前後で推移しており、自衛隊員のメンタルケア事業は大きなウエートを占めている。


 従業員12人というセ社にとって、社長のかつての職場は上のつくお得意サマだろう。


 セ社は自衛隊の幹部OBの再就職の受け皿となってもいる。受注開始の04年に調達実施本部に勤務経験のある空将補を皮切りに、11年には海上幕僚監部総括副監察官だった海将補を、12年には陸自中央会計隊副隊長だった陸将補を、13年には航空教育隊の空将補を、いずれも部長職で迎え入れているのだ。


 海自OBの経営会社が古巣の業務を一手に請け負い、防衛省は幹部の再就職先を確保する。この「もたれ合い」関係が新安保法制で深まるのは必至だ。戦地派遣で“心の傷”を負う隊員が増えれば、防衛省のメンタルケア事業も増額される。積み上がった“自殺利権”をセ社が手にするのは、ほぼ約束されたようなものではないのか。


 産業競争力会議などのメンバーとして、安倍政権の成長戦略の作成に関わる竹中氏は、安保法制のウラでパソナのグループ企業が潤う構図を承知しているのだろうか。安倍政権の中枢には文字通り「死の商人」が、まるで巣くっているかのようにも見えるのだ。




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平成25年(2013年)4月11日 中外日報 論壇

自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む 精神病理学者 野田正彰 より一部引用
 

どうして死んだのか、民事上の手続きで書き残されたものや証言等から自殺した人への精神鑑定書を作成するよう頼まれたとき、私は故人に向かって語りかける。どんなに無念な思いを残して亡くなっていったことか、私たちの社会はあなたの苦しみを聞きとる力がなかった、私は少しでも貴方の死の意味を知り伝えます、と手を合わせる。


日本社会は毎年3 万人ほどの老若男女を死に追い込んできた。ところが、故人を苦しめただけでなく、亡くなった後、遺族をさらに追い詰める社会であることを知っておられるだろうか。遺族は故人の思い出を整理しながら、遺失の悲哀に耐えていかなければならない。


同時に経済的な困難にも耐えていかなければならない。精神的にも、社会=経済的にも、二つの喪の仕事をやり遂げなければならない遺族に、私たちの社会はさらに非情な仕打ちを加えている。


(中略:家主や不動産会社からの補償要求に、自死遺族が苦しんでいる事例がいくつか紹介される)


借り主が損耗したものを回復するための費用請求は当然のことであるが、それをはるかに超え、お祓い料、過度のリフォーム費、精神的苦痛への慰謝料、近隣への慰謝料、数年にわたる家賃補償金などが請求されている。これらの法令上の裏付けとなっているのは、国土交通省による賃借契約に当たっての重要事項説明書であり、心理的瑕疵は告知しないといけないことになっている。


自殺は心理的瑕疵であり、告知しなければならず、告知すれば大きな損害が生じるというわけだ。国交省の法令は、自殺は心理的瑕疵とするという最高裁の判例によるとされている。


自殺がなぜ心理的瑕疵なのか。病死や孤独死した場合と、どのように違うのか。ここには死を差別し、自殺を穢れた死とする考えが流れている。


遺族がなぜお祓い料を支払わないといけないのか。一体、何をお祓いし、何を清めているのか。家主や不動産業者は借り手が遠のくことを理由に、過剰な補償を求めているが、それを動機づけているのは彼ら自身の差別や偏見ではないのか。


さらに自殺のあった建物を特別に忌み嫌う人々は、その理由を振り返ってみたことがあるのだろうか。病院に近づくのを恐れず、人の亡くなったベッドや病室で治療を受けることを拒んだり、入院費の減額を請求しないのは何故か。


国交省や裁判所は、自殺をなぜ重要な心理的瑕疵と主張するのか。私たちは切腹や特攻隊の自爆死のような権力の側によって強いられた死を美化しながら、私たちの社会の矛盾が強いた死を差別するのだろうか。


多くの宗教者は葬儀にたずさわっている。とりわけ僧侶は徳川時代からの宗門改め制度により、ほとんどが日本人の葬儀で読経などの重要な役割を果たしてきた。


1998年度より2011年度まで14年間、毎年3万人を超す自殺者を出してきた日本社会。自殺された葬儀で読経し、遺族と会話をもたれたお坊さまは少なくないと思われる。


これらの亡くなられた人が、なぜ死ななければならなかったのか。そして遺族はどんな社会的、経済的負荷をかけられているか、関心を持っていただきたい。亡くなられた人への悲苦を想うよりも、自殺を穢れた死とする習慣がどれだけ遺族を苦しめているか、各宗教教団で調べ、それはいけないと教えてほしい。各宗門、全日本仏教会がそれを教えるだけでも、大きな力になるだろう。


遺された遺族への重圧は、借家の場合に尽きるわけではない。自宅で死亡し医師に往診してもらっていなかった場合、検死となる。県によっては、診断書を十数万の死体検案料を即金で要求するところもある。葬儀の後、遺族が子育て支援、奨学金申請、債務整理の相談、労災申請の手続き、法的な相談などを求めても、自死遺族と告げるだけで精神保険福祉センターへ行くように言われ、結局うつ病扱いされると訴えている。


私たちの社会は亡くなった人に対してだけでなく、遺族に対してもあまりにも理不尽である。せめて遺族への負担を少しでも減らすことで、故人に「安らかに」と手を合わせられる社会に変わっていこうではないか。






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2015/04/01

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 を読んで その2

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 を読んで その1 の続き


私にはどうしても気になったことがあった。助かったA先生の心の問題だ。


ご遺族が、A先生に証言を求めても主治医の判断で実現しないのだという。


津波襲来直前まで何人もの人影が校庭に 間一髪で生還した地域住民が目撃した大川小の姿 | 大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~ | ダイアモンドオンライン | 池上正樹 [ジャーナリスト] 【第10回】 2012年9月12日


「主治医の面会許可が出ない」
A教諭の取材を拒む市教委の意図


 A教諭の当日の行動に対し、遺族も含めて誰も責めているわけではない。ただ、ここに来て、証言に事実の間違いや齟齬があることがわかってきている。教諭にはプロの教育者としてもう一度、冷静に振り返れるようになったところで証言し直してほしい。


 私たちは、市教委を通じて取材を申し込んでいるが、「通院先の主治医から面会の許可が出ない」ことなどを理由に、A教諭からの説明を聞けずにいる。


 市教委によれば、主治医は、遺族からの質問書をA教諭に渡さなかった。それどころか、教諭の上司である校長や教頭、市教委にも面会させてもらえないという。これが本当なら、医師としての越権行為ではないのか。厚労省に問い合わせると、そのような医師の対応は聞いたことがないと驚いていた。


 市教委が、なぜ主治医に抗議しないのか、まったくもって不思議である。主治医自身が出てきて、この間の経緯の説明もない。市教委は、教諭の診断名も通院している病院名も公表を拒否しているため、主治医が面会を拒んでいる事実が本当かどうかすら、確認できない異常な事態が続いている。


 私たちが情報開示請求したところ、今年9月3日までの間に、市教委が上司にあたる学校長、教頭も含め、休職中の教諭の主治医とやり取りしたのは、昨年11月、今年5月、7月の3回のみ。その内容は、ほとんど黒字で塗りつぶされている。



PTSDという概念は、ベトナム戦争の帰還兵が大きなトラウマを抱えていたことが社会問題化し、うまれたといわれている。ベトナム戦争は、アメリカ国内で必ずしも受け入れられていた戦いではなかった。世界規模で反戦運動も盛り上がり、アメリカ社会には帰還兵を受け入れる温かさがなかったのかもしれない。


PTSDには、政治的な意味合いも濃いのだと思う。


このA先生の証言を巡って、A先生に真実を語らせようとしない教育委員会の対応は、残酷ではないかと思った。「A先生が真実を言っていない」ということは、いずれ明らかになるだろう。市民の証言やいくつかの事実から、ほぼ断定できるのではないかと思う。


『PTSDには、政治的な意味合いがある』ということが頭をかすめた。まさに、このA先生は、心の問題を政治的に利用されているんじゃないと思ってしまったからだ。


ある地方都市では、海に近い土地の地価が大幅に下落したそうだ。今まで一度も津波の被害を受けたことがないのに地価が下落したのは、大川小学校の悲劇と全く無関係ではないそうだ。この悲劇が社会に与えた影響はそれほど大きいのだそうだ。


これから先の日本で、東日本大震災を語る時、大川小学校の悲劇はきっと避けて通れないと思う。


だからこそ大惨事を引き起こした原因を明らかにし、公文書として残し、後世に教訓を伝えて欲しい。亡くなった方々の死を無駄にしないために、冷静に振り返ることが必要だと思う。


しかし、このままでは公文書に記載されるのは、事実と異なる内容になってしまう。ご遺族の「子ども達の死に意味を持たせたい」という切実な願いが私にはよくわかる。


私はA先生のことも気がかりだ。助かったのはA先生だけだ。もしもA先生が真実を語れないのなら、これほど残酷で不幸なことがあるのだろうかと思うからだ。このままではベトナム戦争の帰還兵よりも、もっと孤独になってしまわないだろうか。


数年前、夏の林間学校の保護者向けの説明会で、担任の先生が言っていた。


「お子さんを無事に家に帰すことが、教員の仕事です」。


なにげなく担任の先生がいった言葉が、いつまでも心に残っている。勉強を教えるよりも、子ども達の命を守ることのほうが、大切だと気づいたからだ。


大川小学校の悲劇に対する教員の評価は、厳しい。


A 先生は教員だ。子どもを無事に帰せなかったことに関しては、謝罪したい、お詫びしたいという気持ちがきっとあるだろう。本来であれば、A先生の『こころのケア』とは、本当のことを話せるようにすることだと思う。


私は教員の妻だ。このままでは、A先生もきっと救われないんじゃないかと心が痛んだ。


それにしてもーーーーーー


A 先生に対しても、ご遺族に対しても、教育委員会の考える「こころのケア」とは教育委員会にとって都合がよいもののようだ。私には「こころのケア」が隠蔽工作の一環として思えてならない。不都合な真実を、個人のこころの問題にすり替えてはいけないと思う。


『こころのケア』は誰のためにあるのか  大川小学校の悲劇


私は助かった先生にも、生きていることに意味を持って欲しいと思う。亡くなった方々も、そう思って天国でみておられるのではないだろうか。



2014/06/11

東北大学大学院 門間陽樹助教・永富良一教授研究 『日常生活の改善・維持により、災害に伴う精神的ストレス耐性獲得の可能性』 

東北大学大学院の門間陽樹助教・永富良一教授の研究グループが、大規模自然災害時の心的外傷後ストレス障害(PTSD)について、研究成果を発表したそうだ。


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東北大学 プレスリリース



永富先生が被災地の仮設住宅でお年寄りの支援をしていることは知っていたけれど、この研究のことは知らなかった!


今から11年前のちょうど今頃ーーーーーー


子どもの様子がどこかおかしい。それなのに、夫はデンマークで行われる学会に行くという。私はなかなか寝ない息子のために実母と喧嘩し、それ以来疎遠になっていた。不安でたまらなかった。結局直前になってキャンセルしてもらった。


不安は的中し、総胆管結石の発作が突然襲った。キャンセルは結果的によかったけれど、永富先生には申し訳なくて今でも忘れられない。


その永富先生にまた助けていただくとは思わなかった。


PTSDという診断を巡っては諸説あるのでここでは省くけれど、『心のケア』ブーム以前は、こういう考え方が当たり前にあったんじゃないだろうか。


夫はもともとストレスに関心があった。運動とストレスには密接な関連があるからだ。でもある時、「人の心は正確に数値化できない」と気づき今の研究に関心が移った、と言っていた。


だからといって反精神医学ではない。もともと運動生理学は戦争と関係が深い。留学していた時には軍の関連施設にお世話になったからPTSDにも関心がある。問題は、「PTSDをどのようにケアしたらいいのか」ということなのだろう。


今回の東北大学の成果は、獨協大学の井原裕教授の『精神科臨床はどこへいく』の冒頭の座談会で取り上げていたことを裏付けるものではないだろうか。


私は超低出生体重児を産んだ母親が落ち込むのは、人として当たり前の感情だと思っている。「小さく産んで申し訳ない」などの喪失感や無力感を持つことは、母親だったらむしろ自然なことではないだろうか。


そのケアは必要でも、すべてを「PTSD」のように捉え、薬物療法で対処するとかえって心の回復を妨げてしまうと思うのだ。薬物治療で日常生活もままならないと子育てに支障をきたす。子育てができないと家族円満というわけにはいかないからだ。


私は、正しい情報が少なく社会に理解されない、ということや社会的支援がないことで悩んでいたのだ。だから、「一生薬を服用しなさい。障害者手帳を申請すればいい」という元主治医の指導はどう考えても納得ができない。


そもそも 『育児の相談をしませんか』といわれて行ったわけだし!!


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それよりも、深く傷ついたことがある。


子どもが産まれた病院には、重い障害や病気を抱えた子ども達が日本中からやってきていた。そういう病院だと誰よりも知っているのに、私に「障害者手帳」をすすめる矛盾に耐えられなくなったのだ。


社会保障費が国民経済を圧迫する中で、安易に障害者手帳をすすめることは、国に見えない借金をつくっているようなものだ。あの子ども達の支援だって足りないのに‥‥。ぞっとした。


あの頃、私は暇をみつけては運動を続けていたのだ。 少しでも体力を取り戻すために一生懸命だったのだ。だから体重が減少していたのだ。


そんな私を「運動していようがしていまいが、そんなの私知りません。だって!あなたやつれてみえるもの」と「病んでいる」と決めつけていたけれど、「適度な運動をしている人」と「病んでやつれている人」の区別もつかないのだろうか?


私に運動の指導をしていた夫がびっくりしていたよ。


少しずつ体を動かすよう指導することだって、大切なケアのはずだ。それをしようとしなかったは、そもそも「治癒させよう」「日常生活に戻そう」という発想がない、ということではないだろうか。


驚くべきことに、カルテを開示したらその疑惑が思い違いでないことがハッキリした。元主治医の「ケア」とは育児の不安を薬で「鎮静」させることだったのだ。


見えないビジネス 『パブリックアフェアーズ戦略』は人と人とのつながりを遮断する  その1 NHKに伝えたいこと


最近、NHKに対して不信感がつのる。


なぜならNHKは、元主治医を『児童虐待の専門家』として取り上げていたからだ。それも『社会的養護が必要なこども』について助言を求めていた。でも実際に行っていたのはこういうことだ。


それなのに、NHKはいざ被害が社会がみえはじめると、今度は被害者のところにやってきて言うのだ。「専門家の言っていることは何だかおかしいですよね。取材させて下さい」と。


さらに番組をつくる段階になると今度は、「放送するために医師の証言が必要です。どなたか医師を紹介して下さい」。


なんだか腑に落ちないよ。どうして私達が論文を読んで医師を探し出さないといけないの?永富先生の研究をみればわかるでしょう。被害者にとって有利な論文は時間がたたないと出てこないのだ。


公共放送の使命とは一体何?受信料を払わせているんだから、「薬害」を生み出さない努力をしないといけないんだよ。NHKはどこを向いて番組をつくっているんだろう。


最近、ある方のところに直談判に行こうか真剣に考えている。このままでは薬のキャンペーンから子どもを守れないという危機感があるからだ。


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東北大 震災前の生活習慣などが災害後の精神的ストレスと関連すると発表 QLifePro医療ニュース


震災前のデータを分析


東北大学は5月2日、仙台市内の勤労者を対象に東日本大震災発生以前から行っていた健康調査のデータを解析し、震災発生前の身体状態や生活習慣が震災発生後の精神的ストレスと関連するとの研究結果を明らかにした。


同研究は東北大学大学院 医工学研究科 健康維持増進医工学分野の門間陽樹助教、永富良一教授のグループによって行われ、4月23日PLOS ONE(電子版)に掲載された。


同研究では、災害の発生に影響を受けず、かつ、修正可能な身体機能や生活習慣に着目することで、震災発生前の身体機能、生活習慣および既往歴などが、震災発生5ヶ月後の精神的ストレスレベルと関連が認められるかについて検討した。


2010年に研究に同意した健診受診者1,185名を対象に生活習慣に関するアンケートと人口統計学的特性、既往歴、脚伸展パワーを評価。さらに、災害発生後の2011年、震災による精神的ストレスの指標として改訂版出来事インパクト尺度(IES-R)の評価を行い、震災による家屋被害、人的被害および仕事量の増減についてアンケートを実施した。


追跡不可能者や欠損値を除いた522名を対象に分析したところ、男性においては脚伸展パワーが高い人はIES-R得点は低く、毎日お酒を飲んでいた人および抑うつ傾向であった人はIES-R得点が高いという関連が認められたという。また、女性においては、抑うつ傾向があったものはIES-R得点が高い関連が認められ、高血圧であった場合もIES-R得点が高いという関連が認められたという。


日常生活の改善・維持により、災害に伴う精神的ストレス耐性獲得の可能性


これまで大規模自然災害時の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の危険因子として被害状況や性別・精神疾患既往歴といった因子が特定されてきたが、これらの項目は災害が発生しないと評価できず、修正が困難もしくは不可能だった。


同研究は世界でも初めて、災害発生前の状態が災害発生後の精神的ストレスに影響を与え、日常の身体機能の維持・向上が災害時のメンタルヘルス悪化の一次予防策になる可能性を示すものだという。


災害の発生前に評価できる項目や修正可能な項目が災害後のPTSDに影響を与えると明らかにすることで、PTSDハイリスク者を災害発生前に把握し、日常生活の改善・維持により災害に伴う精神的ストレスに対する耐性を得ることができる可能性が示された。

(浅見園子)

▼外部リンク

東北大学 プレスリリース
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/


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『精神科臨床はどこへいく』 PTSDの乱発 「こころのケア」のいかがわしさ から


いじめや犯罪被害などにあって、家にひきこもっている患者さんたちに関わっているが、そういう被害者として名付けられた人は、被害にあった時点から時間がとまったかのように見える。


ストレッサーばかり強調されてしまって、そのストレッサーを被れば誰も彼もPTSD、しかも脳にまでこんな変化が起こる、というような方向にいってしまったのは、大きな間違いだった。今回の震災でもそうだ。減少をひとくくりにしまったのが間違いなのです。つまり、個々の問題を考えなくなってしまって、「こういうことが起こったから、これはみんなPTSDだ」としてしまう。


生まれてから一人ひとりが背負ってきた歴史というものがある。要するにここが大事。今、PTSDが氾濫して、肝心な主体「個人」を忘れてしまっている。すべてPTSDだ、トラウマだ、となってしまう。トラウマを抱えない人なんていない。みんなトラウマを抱えて、それを乗り越えて、あるいはずっと沈ませて生きている。


ホロコーストの人がどうやって生き延びてきたのかということに関心があるのだが。乗り越え方というものはみなささやかで日常的なものだ。派手な心理的アプローチや、海馬の異常を指摘されることで乗り越えられるものではない。


(東日本大震災では)規模が大きいにもかかわらず、PTSDの発生が少ないようだ。とても辛い思いはされているだろうが、東北の人たちにはその共同体の支えで、PTSDがそれほど簡単に起こらないかもしれない。


記憶というものは、思い出すたびに少しずつ上書き保存されるところがありますから、新しい経験を積むことによって徐々にフェイドアウトしていくのが一番いい。PTSDの人たちに対してなすべきは、生活の再建を促すことだと思う。


「勇気をもって、少しでもいい方向にもっていこうではないですか」という建設的な話をすることが大切で、お悩み相談をいくらやっても限度があると思う。


(その一方で都会でPTSDが増えているというが、どうしているのか)


PTSDという名前がつくと、被害・加害関係の検証にすぐに入ってしまい、何かというと、それがすぐに出てきて、そのたびに生活も時間もとまってしまう。事件のことを聞かない語らない時間を設け、非常に地味な日常の積み重ねを促したりすることもあるが、しかしそれだと寂しいらしく、ついついPTSDカウンセリングをしてくれる人の方にいってしまう。なかなか難しい。


人間というものは傷口に塩を塗りたがるところがある。何度も繰り返し思い出したり、自虐的なところがある。しかしそれは悪いことではないのではないか。それを何か新しい行動への原動力へを変えていけばいい。だけど実際にはトラウマをただ反芻するにとどまる人が多いのだ。


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ノバルティス社元社員を逮捕 降圧剤の誇大広告容疑 東京地検特捜部 産経新聞 6月11日(水)12時36分配信


製薬会社ノバルティスファーマが販売する降圧剤「ディオバン」の臨床研究データ操作事件で、京都府立医大の論文に虚偽の記載をしたとして、東京地検特捜部は11日、薬事法違反(誇大広告)容疑で、データ解析に関与したノ社元社員、白橋伸雄容疑者(63)=神戸市北区=を逮捕した。関係者によると、特捜部の調べに容疑を否認しているもようだ。


 逮捕容疑は、白橋容疑者がデータ解析作業に参加していた京都府立医大の臨床研究論文で、実験で得られたデータを改竄(かいざん)。平成23年10月ごろ、「脳卒中などを防ぐ効果が高い」などとする論文を海外の専門誌に投稿し、薬の効果について虚偽の記述をしたとしている。


 ディオバンの臨床研究は、東京慈恵会医大で14年1月に始まって以来、5大学で実施。京都府立医大では16年1月から始まり、白橋容疑者は初期段階から参加していた。


 京都府立医大の研究には31病院が参加、患者約3千人のデータをもとにディオバンの降圧効果や合併症の発症率を調べていた。


 白橋容疑者は、これまでの特捜部の聴取に「研究データの解析作業に関与したことは事実だが、改竄したことはない」と研究内容を意図的に操作したことを否定していた。


 厚生労働省が1月に刑事告発。特捜部は今年2月、同社日本法人(東京都港区)や大学などの関係先を家宅捜索。関係者から事情を聴き、捜査を進めていた。


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2014/05/02

「唐茄子屋政談」が私に教えたこと

やっと記録を残すことができるまでに立ち直った。ここまで来るのに7年ーーーー


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空は、今日も、青いか? 
傷つきやすくなった世界で
石田衣良
「自分に貼られたシールに負けるな」



私が「こころのケア」を望んだわけでもないのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう?おかしな診断名は勝手につけられるし、私の人生はこれで完全に「終わった」。そう思った。自分の身に起きたことがあまりにも不条理で、頭が真っ白になった。


どうやって家まで帰ったか記憶がない。これが「PTSD 」というものだろう。当たり前だ。「私」という人格を否定する言葉を投げかけられたのだ。


鮮明に覚えていることが一つ。


帰り道、偶然手にした「R25」に掲載されていた石田衣良さんのエッセーを読んで泣いたのだ。書かれているのは、私のことだと思ったからだ。


人の言葉で「もうダメだ」と思うこともある。でもその反対に「生きよう」と思うこともある。言葉はとても大切だね。ほんの少し、心の向きを変えてあげるだけで、人は生きていけるのかもしれない。


空は、今日も、青いか? 第70回 傷つきやすくなった世界で R25 石田衣良  一部抜粋


この10年間で、日本語も変わった。ぼくがデビューしたころにはなくて、今では毎日のように目にする言葉がたくさんある。格差社会、勝ち組負け組、ネットカフェ難民、仮面うつ、負け犬、メタボリック、自己責任、非正規雇用、ジコチュー、学級崩壊、地球温暖化・・・。


言葉には本来、社会や人間の傷に貼付ける救急絆創膏のような働きがある。だから、勢いこの時代についた傷をえぐりだしたり、カバーしたりする新語どうしても目につくことになるのだろう。


ぼくはときどき不思議に思うことがある。格差社会という言葉ができるまで、社会にたいした格差は存在しなかったのではないか。あるいは、負け組という言葉ができるまで、ほとんどの日本人は自分を中流階級だと単純に信じられてきたのではないか。

(中略)

このコラムを読んでいるあなたは、もしかするといくつもの身もふたもない新語に当てはまる生き方をしているかもしれない。格差社会の底辺にいて、非正規の不安定な職につき、自分を負け犬だと感じていて、もしかしたら仮面うつ病にかかっており、さらに夜はネットカフェで泊まっている。そんな状態では、明日への希望など簡単にはないだろうと、ぼくだって思う。


だけど、ここでいっておきたいのだ。自分に貼られたシールに負けるな。新しい言葉になど負けてはいけない。どれほど気がきいた残酷な言葉でも、あなたという人間全体をあらわすことなどできない。一人の人間は、現在の姿だけでなく、将来の可能性までふくめた未知数の存在だ。


シールを貼ることで(貼られる)ことでわかった気になってはいけない。それは自分に対しても、周囲にいる人間に対しても同じことである。今日こうして生きているけれど、明日には目覚ましく変化しているかもしれない。その可能性は誰にだって開かれているのだ。



私は最近、いろいろな方によく言われる。「やっぱり心のケアは必要ですよ」と。校長先生も私に言っていた。「うつになってしまう教員が多いんですよ」


医師の友人にも言われたばかり。最近医学部に入ってくる学生は優等生ばかりで、一度の失敗で立ち直れなくなってしまう。「うつ」の学生が増えている。そういう学生は入学した頃からどこかおかしい。でも、怒ったりしたら、彼らはすぐに心が折れてしまって二度と立ち直れなくなる。どう扱っていいかわからない。


そう言っている友人もまた、心が折れそうなのかもしれない。


私も何らかの支えは必要だと思っているよ。


でも、考えてみて。


例えば、裁判官という仕事はストレスが高いと言われている。そんな彼らが「カウンセリング」を受けませんかと言われて、仕事上の悩みを打ち明けるのだろうか。彼らには守秘義務がある。簡単に、打ち明けられるような人だったら、そもそも裁判官にならないんじゃないのかな。医師という職業だって同じでしょう?


「心のケア」は一歩間違えると怖いのよ。腕の悪い専門家のケアを受けたら、立ち直れないほど心に傷をおうからね。そう言ったら、友人は頷いていた。校長先生にも同じことを言った。


「校長の経験があり、同じような苦労をした人とじゃないと、本当の意味で、心が通じないんじゃないですか?」


問題なのは、ケアが必要であっても、ちゃんとできる人が、この国にどれだけいるのか、ということだろう。ケアというよりも、人と人との結びつきや、社会的なつながり、社会的支援がないことだって、問題じゃないのかな。一度きりの失敗で、立ち直れなくなるほど追い込んでしまう今の風潮だって。


いつも思うのだ。一体、今頃、死亡事故をおこした先生はどうしておられるんだろう。今、教育がやらないといけないのは、「人生はやり直せる」ということを教えることでもあると思うのだ。今日も報道があったように、事故後どんどん改善されていっている。だからこそ、もしも先生の心が置き去りにされてしまったら、と考えてしまうのだ。


昨年の夏の叔父さんの噺は「唐茄子屋政談」だった。まさに「人生はやり直せる」「情けは人の為ならず」というようなことの大切さを伝える噺だった。


石田さんのエッセーが、私に希望を与えたように。同じようなことを叔父さんとしていけたら、と思っている。



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調布市アレルギー相談1カ月 想定超える21件 2014年5月2日  東京新聞


調布市が常設する「アレルギー相談」が業務を始めてから、先月三十日で一カ月を迎えた。相談は保健師や管理栄養士が対応し、計二十一件あった。月一回で予約制の医師相談(定員四人)は、今月分の予約が既に埋まっている。担当者は「相談件数は想定を超えており、不安を抱える市民が多いことを実感する」と話す。

 一昨年十二月に小学校五年生の女の子が、給食後に食物アレルギーが原因で死亡した事故があり、市は本年度から再発防止策の一つとして始めた。

 担当保健師の沢里俊江さんは「医師にかかっていても、アレルギーは症状が長期化することが多く『このまま治療を続けていいのか』と不安を訴えるケースが多い」と言う。相談では「悩みの共有と問題点を明確にすること」を心がけ、一般的な治療法を説明したり、内容によっては医師への相談を勧めたりしている。

 市健康推進課の涌田俊幸課長は「不安を抱えず、気軽に相談してほしい」と話す。相談する際は、母子健康手帳を持参した上で「どのような症状がいつから出ているか」「困っていることは何か」を説明するよう呼びかけている。

 相談は、市文化会館たづくり西館(小島町二)四階の市保健センター健康推進課で、保健師や管理栄養士が常駐して随時受け付けている。医師相談は小児アレルギーの専門医が対応する。

 問い合わせは市健康推進課=電042(441)6081=へ。 (竹島勇)


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2014/01/17

遺族の気持ちも様々

私が気になっているご遺族の報道があった。昨年、ご遺族の気持ちも様々だと思ったのはこのお母様がたびたび取り上げられていたからだ。


会社の対応にどこか満足できない場合、残されたご遺族はどうやってやりきれなさを伝えればいいんだろう。求めているのは「真実」であり「心のケア」や「寄り添う気持ち」というわけではないんだろうと思う。


私は、まわりの風景にまったく溶け込んでいない、人工的なプラントがあまり好きではなかった。砂漠の中に忽然とあらわれる光景はどこか異様じゃなかと思ってきた。


でも、たまに「砂漠の真ん中にあるプラントが好き」という理由で働きたいという学生もいると聞いたことがある。「海外の現場では子供の目が輝いている」という亡くなった息子さんの言葉にその話を思い出した。一度あのような過酷な現場で働くと、惹きつけられるものがあるのだろうか。


昔は好きな光景じゃなかったのに、ふとした瞬間に砂漠の中のプラントを思い出すことがある。どんなところで働いて会社を大きくしていったんだろう。もし平和だったら、私も行ってみたいな、と思う。


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アルジェリア人質事件1年:愛息の最期教えて 解明進まず、募る母の思い/横浜 2014年1月16日 神奈川新聞社

日本人10人が犠牲になったアルジェリア人質事件の発生から16日で1年がたつ。息子はなぜ死ななければならなかったのか-。派遣社員として日揮(横浜市西区)のプラント建設に当たっていた長男内藤文司郎さん=享年(44)=を失った母さよ子さん(70)=愛知県豊橋市=の時間は、止まったままだ。

 もしも、事件当日の予定だった帰国の出発がずれこまなければ。なぜ、日本人が襲撃に巻き込まれたのか。

 頭から離れない「もしも」と「なぜ」。思いはめぐり、決まって一つに集約される。

 「ブンは、何のために命を落としたんでしょうか」

 文司郎さんが使っていた部屋に置かれた仏壇の前、さよ子さんが声を震わせた。

 帰国したら、44回目の誕生日を祝って家族で温泉に行く予定だった。「楽しみにしてるよ」。事件5日前の昨年1月11日の電話が最後の会話になった。

 事件当日の朝、作業員用の食堂前で大柄な日本人が銃撃された。生存者の証言として日揮から聞いた。ガス田運営会社の一つ、ノルウェーのスタトイル社による報告書にも似た記述があった。

 それが息子かどうか定かではない。

 「世の中には知らない方が幸せなこともある。でも、これは違う。私は文司郎を撃った犯人だって知りたい。あの子だってそう。小さいころから『なんで、なんで』と口癖のように聞いてくる子だった。あやふやなことが嫌いだった」

 日揮からは頻繁に連絡がある。保険金のこと、一周忌のこと。「寄り添おうとはしてくれる。でも本当に必要なことは違う」。捜査に当たる神奈川県警からも「捜査中なので」と詳細は伝わってこない。混乱を極めた異国での事件の解明が容易でないことは理解していても、知りたい。

 なぜ息子が海外の現場を飛び回っていたのかなら分かる。東京の人材派遣会社に登録し、ドバイやアフガニスタンで道路や空港の建設に携わり、アルジェリアに行ったのも初めてではなかった。心配する母に言った。

 「日本だと工事は『うるさい』と邪険にされるけど、向こうでは、子どもたちが目をキラキラさせて『何ができるの』って集まってくる。『これができたら、すごい便利になるね』って喜んでくれるんだよ」

 在りし日の息子の記憶をたどり、気づくと自宅近くの線路に歩み寄っていた。そんなことが何度かあった。

 「私はいつでも、ブンちゃんのそばに行ってやりたいと思っている。それなのにできないんです」

 ふと考える。東日本大震災でわが子を失った親たちは、その現実にどう向き合ってきたのか、と。「1年がたつけど、私はまったく前に進めない。けれど文司郎は『お母さんは残っておって、事件が明らかになるまでは、こっちに来ないでいいよ』って言ってくれている。それが、あの子のためなんだと言い聞かせ、何とか暮らしています」