2014/01/31

私は死にかけているの!助ける方法があるなら手を差し伸べて!

映画「希望のちから」には治療法のないがんの患者さんの葛藤がえがかれている。その対極にあるのが、息子がお世話になった新生児医療かもしれない。治療法があるから医師も親もあきらめられないともいえる。あの頃の私は「もし治療法がなければここで命をあきらめることも出来るのに!」と何度思ったことだろう。(無料で読めます↓)


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(2013/02/28)
佐藤 秀峰

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内容紹介より一部抜粋
「NICU、そこでは正義と現実が命を巡ってせめぎあう。」
そんな中、新生児集中治療室(NICU:別名ベビーER)での研修が始まる。
わずか900gで生まれた双子の未熟児を担当する斉藤が目にしたもの。
それは、不妊治療、未熟児医療、障害、追い詰められていく両親・・・
新生児科医の日常は、医者と両親の苦悩と矛盾の日々だった。



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「希望のちから」
私は死にかけているの!
助ける方法があるなら手を差し伸べて


「希望のちから」が主に取り上げているのは「臨床試験」だ。私達は様々な薬剤で救命されたが、一つの薬を世に送り出すために、こんなに沢山の患者さんの涙があったなんて。だから子宮頸がんワクチンだってさすがに効果がなく「インチキ」ではないはずだ。


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臨床試験はなぜ三段階に分かれている? 薬の研究開発 日本制約工業協会
第一章 研究開発の道筋(2)治験から認可まで より一部抜粋
 

臨床試験は、ヒトを対象として有効性と安全性を調べるもので、くすりの研究開発の最終的な段階にあたります。非臨床試験をクリアし、有効性と安全性をかなり認められたくすりの候補が、実際にヒトに役立つくすりかどうか、その真価を問われることになります。

(1) 第1相試験(フェーズI)
 少数の健常者を対象に、くすりの候補(臨床試験では治験薬といいます)を投与し、主として副作用などの安全性を調べる試験です。

(2) 第2相試験(フェーズ II)
 少数の患者を対象に、同意のうえで、治験薬の有効性と安全性を調べる試験です。長い期間をかけて開発されてきた治験薬が、初めて実際の患者に投与され、効き目があるのか、安全に使用できるのかを試される段階です。

(3) 第3相試験(フェーズ III)
 たくさんの患者を対象として、同意を得たうえで、有効性と安全性を調べる試験です。第2相試験で得られたデータをもとに、実際に病院などで使用されたときの効き目、副作用などを、多くの患者によって確認していきます。



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臨床試験に参加できることになった女性達がおしゃれをする場面は、女性なら誰もが共感するのではないだろうか。がんの患者さんを苦しめるものの一つは、「治療法がない」ことだそうだ。


夫は私と息子のために山のような書類にサインをしたそうだ。使われた薬剤の中には治験のものや未承認薬・適応外薬もあったからだ。使える薬があることは幸せだけど、それを使ったからといって必ずしも期待する効果が得られるとは限らない。臨床試験をすすめていく課程で「望むような数値が得られないから切り捨てる」というような医師のセリフが何度か出てくる。科学には残酷な一面もあるのだ。きっと、周産期医療の発展の影には、何人もの母親の涙があるんだろう。


だからこそ私は、医療が救えなかった命のために手を差し伸べないと、という気持ちになったんだけど・・・。薬がなくて困っている患者さんと薬による被害を訴えている患者さんとの溝を深めたというか、対立構造を生んでしまった気がしてならない。


印象に残った場面
【 臨床試験に参加するのも大変・・・ 】


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「スレイモン先生」

「アポイントを先に」

「3時間もかけてきたの。マウスの抗体実験に参加したコールの母です新薬の臨床試験をなさるそうですね。ぜひ娘も」

「残念ながら条件が合わない」

「そんな。一回の投与で二年も生き延びたのに」

「臨床試験には厳格な適業基準が」

「薬だけ投与して」

「でもFDAが認可しません」

「娘は死にそうなの。あなたなら救えるでしょう」

「ムリです。お気持ちはわかりますが・・・ルールを破れば研究は打ち切りです」

「娘はまだ28歳です。小さな息子が二人。私の宝物なの。スレイモン先生、私から娘を奪わないで!お願いよ。娘を失いたくないの」



【 全員が第2相に進めるわけではない・・・ 】


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「申し訳ないティナ。第2相には進めません」

「先週も改善していると」

「改善はしている。しかし臨床試験を成功させるために比験者には様々な適合基準が。治療の効果が明確に測れる患者だけに絞られます」

「それは私よ。体重も増えたし、痛みもぜんぜんないわ。あなたも知っているでしょう?」

「ええ。しかしこの臨床試験のゴールはハーセプチンの認可です。僕としては治療を続けさせてあげたい。だが科学に必要なのはデータだ。第二相に進むには数値が低すぎます」

「先生お願いよ。私には三人の子どもが。夫もいます。費用はいくらでも払います。誰にも言いません。これまで人にすがったことなどありません。お願いします。命を助けて」

「申し訳ない。あなたにも家族にも」


【 力を持つ患者会 】


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「第三相試験を始めたいが被験者が足りない。どうか力添えを」

「じゃ、私が試験の詳細を書いて300人の患者に送るわ。お礼に私を含む活動家二人を運営に参加させて」

「認めます」

「それから資格のない患者にも薬の人道的使用を」

「そうしたいが・・・」

「絶対条件です。他にも治療法のない患者もいます。有効な新薬があるのに試すこともできないんです。FDAは第三相での人道的使用を認めています」

「薬の絶対量が足りない」

「増産して!」


第1相の結果を患者さんに伝える場面。スレイモン医師が「次はない」と宣告するシーンには心が震える。誰もが「科学は冷たい」と思うだろう。退場させられる患者さんは薬が使えなくなる。「死んでもしかたがない」と言っているに等しい。でも第3層へとすすむと「人道的使用」も認められる。さらにその後、承認されれば世界中の女性達に届けられるかもしれない。


最後は大勢の女性患者が拍手でスレイモン医師を迎えるシーンで終わる。「創薬」とは一人の患者のためでなく、その向こうにいる大勢の患者のため、と気づかせてくれるような気がした。人命を考える時、医師や研究者が「情」に流されることが良いことなのか考えさせられるのだ。


コンパッショネート・ユース Compassionate Use、人道的使用 日本薬学会 薬学用語解説より一部引用

基本的に生命に関わる疾患や身体障害を引き起こすおそれのある疾患を有する患者の救済を目的として、代替療法がない等の限定的状況において未承認薬の使用を認める制度。アメリカ、ヨーロッパ(EU)などではすでに導入されており、日本では現在、実施のための検討が行われている。



2014/01/29

ワクチンよりも大切なこと

幼い頃、いつも遊んでくれた曾祖母が突然病気になった。また一緒に遊んで欲しくて「いつになったら治るの」と尋ねたら「がんだから治らない」と言われた。「治らない」ということは死んじゃうの、と目の前が真っ暗になった。



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それからまもなくして曾祖母は亡くなった。曾祖父もずっと寝たきりだった。祖母は実の両親である二人の介護をしていた。兄弟もいて資産家でお金はあるのに誰もしたがらないからだ。親のすすめで結婚した祖父とあまり仲が良くなく、食べることが唯一の楽しみだった。今から思えば、自分の人生を心から幸せだと思えなかったのだと思う。いつの頃からか糖尿病を患ってしまった。でもいくらいっても食事制限などできない。何のために食べたいものを我慢するのかわからなかったんだろう。


曾祖父が亡くなってやっと自分の時間を持てると思ったらパーキンソンという難病になってしまった。糖尿病も悪化し脳梗塞もおこして、ある日突然亡くなってしまった。まだ60代だった。心のどこかで私は、他の誰かのために尽くす人には幸せが用意させているのだと思っていたから、ショックだった。


私は次々病に侵される肉親を見て育った。仏教用語の「火宅」という言葉がぴったりかもしれない。幼い頃の思い出といえば、曾祖母と曾祖父が二人並んで寝ていた姿を思い出す。「もう治らないんだよ」という言葉と一緒に。


いつしか祖母を介護生活に追い込んだ「がん」という病が恐くてたまらなくなってしまった。がんは遺伝するといわれている。自分もがんになるかもしれない。どうすればがんなど、人生に深刻な影響を及ぼす病気にならずにすむのか。病気にならない方法があるんだったら知りたいと思うようになった。


大学に進んで夫の講義に興味を持ったのはそのためだった。「健康について正しい知識を身につけ、実践しよう」というものだった。はじめに学んだのは「ウエルネス」という概念だった。簡単にいえば、がんなどの重い病や障害などを抱えていても、考え方を変えれば誰もが「健康」である、というものだ。高齢化がすすめば、誰もが重い病を抱えて生きていくことになるかもしれない。健康至上主義というか、「病気でないことが幸せ」という考え方そのものが不健康かもしれないと思った。


ウエルネス wikipediaから一部引用

ウエルネス(Wellness)とは、世界保健機関(WHO)が国際的に提示した、「健康」の定義をより踏み込んで、そして広範囲な視点から見た健康観を意味する。1961年に、アメリカの医学者、ハルバート・ダンによって提唱され、ウエルネスの用語が作られた。より平易な言葉で言うならば、生活科学として、運動を適宜日常生活に取り入れながら、健康的に日々の暮らしを送ろうと言う主旨で提唱された概念である。


ちょどその頃、スポーツクラブに入会するのがブームになり、「エアロビクス」「有酸素運動」という言葉も市民権をえるようになっていた。


私も少しずつ運動を続けるようになった。はじめはトレッドミル(屋内でランニングやウォーキングを行うための健康器具)にのって20分もたつと辛くて仕方がなかった。歩くのがやっとで外でランニングなどとてもできなかった。


学生の頃は「体重が増えたら食べなければいい」という短絡的な考え方からダイエットに走ったこともある。摂食障害のようになったこともあるが、上手くコントロールできるようになっていった。


慣れてくるとトレッドミルでは物足りなくなってきた。夫と結婚してからいろいろな所に出かけた。カナダの州立公園でキャンプをしたのが新婚旅行だった。最近は冬でも山に行くようになった。


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結婚してしばらくして、健保組合ですすめている人間ドックにも一緒に行こうとすすめてくれた。家庭の主婦は自分の健康を後回しにするからと、よく授業でも言っていた。気づいたら手遅れということもあるそうだ。でも健保組合の方には「20代には無駄じゃないか」と言われたそうだ。夫は「早期発見することが、将来の医療費の抑制にもつながる」と訴えて私も連れていってくれた。当時は気づかなかったけれど、その検診の中に「子宮頸がんの検診」が組み込まれていた。もしなかったら、私はわざわざ婦人科に出かけて検診を受けたいたとは思えない。そういう女性は多いと思う。


たとえパートナーが一人であっても子宮頸がんになる人はいる。そこがあまり知られていないから患者さんは「不特定多数と性交渉を持つ人がなる病」という偏見に苦しめられるという。検診は重要だが100%ではない。だから「検診とワクチンで防ぎましょう」ということなのだ。


子宮頸がん 原因をめぐってこんな大論争ご存じですか 2013年08月18日(日) 週刊現代 賢者の知恵


私は子宮頸がんワクチンがカバーするとされるおおよその年齢に達した。これまでを振り返って、女性の健康を考える時、何が大切なんだろうと考える。私はやっぱり自分を大切に考えてくれる人と巡り会うことじゃないかと思う。異性でも同性でもいいんだけど。もし私に娘がいたら「あなたを大切にしてくれる人を一生懸命見つけ、あなたもその人を大切にしなさい」と教えるんじゃないかな。


そうお嬢さんのいる医師の友人に言ったら「それが理想ですけどね」と言われちゃった・・・つまり子宮頸がんワクチンはそうじゃない人をやっぱり想定しているということなのかもしれない。いずれにしても、「ウエルネス」じゃなくて「撲滅」を目指すからおかしな方向にいってしまったんだろう。


2014/01/27

R-1乳酸菌がインフルエンザワクチンの効果を高める

息子がインフルエンザにはじめてかかってしまった・・・かかりつけの小児科医の先生は「A型なんだけど、それほど重くない」と言っていた。


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ガジェット通信に「R-1ヨーグルト」についての記事があった。解説しておられるのは竹田先生じゃないか。免疫についてわかりやすく解説しておられる。担任の先生に「『 R-1ヨーグルト』とインフルエンザワクチンとどちらが効果があるんですか」と質問された。「R-1ヨーグルト」は確かに効果があると教えてもらったけれど、だからといってワクチンより効果があるとはいえないだろう。


「ワクチンはあたらない年もあるけれど、それでも重症化を防ぐために打っておいたほうがいいと思います。それにワクチンを接種したほうがトータルで安くすみますよ」と答えてしまった。正解は「併用すると効果的」だったんだね。


超低出生体重児が感染症に弱い理由の一つは、腸管など消化吸収機能が未発達だからだそうだ。息子が保育器の中にいる頃ビフィズス菌が投与されたので驚いたことがある。腸には、体ぜんたいにある免疫細胞の6割から7割が集まっているそうだ。腸は感染症を防ぐために大切な臓器なんだなあ、と思った。


夫は「免疫力を高めるためにつくられたヨーグルトだから、感染症が流行る時期だけ食べるといい」と言っていた。プロバイオティクスヨーグルトはただのヨーグルトじゃない。私には確かに効果があるようだ。ここのところ医療費ゼロが続いている。息子がインフルエンザにかかってしまったが・・・これから私はどうなるだろう。人体実験のようだ。がんばれ私。


一時期「買いに行っても売っていない」とよく言われた。製造ラインを増やしても製産が追いつかず、CMをストップしたこともあった。子宮頸がん予防ワクチンの啓発と比べると、「やっぱり違う」と思ってしまう。


「がんが消えるなんて誇大広告」というように誤解しておられる方もいるようなので、記事を引用させていただいた。明治だけでなく、様々なメーカーが様々なプロバイオティクスヨーグルトをつくっている。自分にあったヨーグルトを見つけ上手く生活に取り入れてみようか、そういう感じで試してみるといいのではないだろうか。ちなみに私が健康食品やサプリメント、トクホといったものの中で継続的に取り入れているのは、味の素の「アミノバイタル」と「R1ヨーグルト」だけだ。


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プロバイオティクス wikipediaから一部引用

プロバイオティクス(Probiotics)とは人体に良い影響を与える微生物。または、それらを含む製品、食品のこと。

【概要】
人間は体内の微生物のバランスを崩すと病気になるという概念から、体内環境を整えるために、乳酸菌に代表される善玉菌を食品から摂取することで、消化器系のバランスを改善し、病気の発生を未然に抑えることができるとされる。この考えは、アンティバイオティクス(抗生物質)の副作用や、抗生物質によって生まれた耐性菌の発生に対する批判から生まれたものである。

植物性乳酸菌でできるぬか漬け、納豆、味噌なども酸に強く腸まで届くプロバイオティクス食品である。



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インフルエンザ予防にワクチン接種&ヨーグルトが効果的!? 研究者「R-1乳酸菌がインフルエンザワクチンの効果を高める」 より一部引用


「R-1乳酸菌がインフルエンザワクチンの効果を高める」


R-1乳酸菌を含むヨーグルトがワクチンの効果を高めるという気になる研究を発表したのは、順天堂大学医学部・免疫学講座の竹田和由准教授。「免疫の目的は病気を防いだり治したりすることではなく、異物や変な自分を排除することが目的で、その結果として病気が治ってしまっている」といい、免疫が正常な状態を間違って攻撃する例として膠原病やリウマチなどを、同じく免疫が無視した方が良い異物を間違って攻撃する例として、アレルギー・花粉症・アトピーを挙げて説明します。


ひと口に免疫といっても、運動や良い生活習慣で上げることができるものと、ワクチンの摂取することで付けることができるものがあるという竹田准教授。前者を「自然免疫」、後者を「獲得免疫」といい、双方が連携プレーで細菌やウイルス、がん細胞に対処して病気を防いだり治したりするとのこと。


また、自然免疫の代表格であるリンパ球の一種のNK細胞について、竹田准教授は「NK活性の低い人は、風邪にかかりやすく治りにくく、感染症での死亡率が高い。疫学的調査で、NK活性が低い人は癌になるリスクが高いことが分かっています」と話します。


その、NK活性を上げるにはどうすればいいのか? 竹田准教授は「食の改善でNK活性を上げるのが最も確実な方法」と強調。ヨーグルトや納豆、椎茸といった細菌が含まれた食べ物や菌体などのプロバイオティクスを摂取することが健康に良い効果をもたらすという報告がWHO(世界保健機関)でも2001年に出されていることを指摘。


実際にネズミを用いた調査で、R-1乳酸菌の産生するEPSを3週間投与すると、脾臓細胞のNK活性の上昇効果が認められ、腸の免疫活性化を介して全身のNK活性も上がるとします。


人間に対しての調査結果として、山形県舟形町と佐賀県有田町で実施された健常高齢者に対する長期摂取試験を紹介。R-1乳酸菌を使用したヨーグルトを毎日摂取した際に、NK活性が低い被験者の場合は正常値以上にまで上昇し、風邪を引くリスクも39%にまで減少させる効果があることが既に確認されているとします。


そして今回、「R-1乳酸菌がインフルエンザワクチンの効果を高める」ことが、新たに発表されました。2012~13年の冬に順天堂大学医学部の男子大学生40名を対象にして実施された調査では、R-1乳酸菌を使用したヨーグルトと、ブラセボ酸性乳飲料を1日1本、インフルエンザワクチンの摂取前3週間と摂取後10週間に飲んだ際に、ワクチン株の抗体について調査。結果、プラセボを摂取した被験者と比べてR-1乳酸菌を使用したヨーグルトを摂取した被験者はA型(H3N2)ワクチン、B型ワクチンを摂取した際に抗体変化率や陽転率が有効な数値まで上がったと認められました。


これにより、竹田准教授は「R-1乳酸菌がインフルエンザワクチンの効果を高めたと考えられる」と結論。


「NK活性は他の乳酸菌でも認められますが、R-1乳酸菌はばらつきなく数値が上がるので優位性がある。一般に誰が飲んでも効果があるのがR-1乳酸菌だと考えています」という竹田准教授によると、摂取して効果が出るまでに1~2週間かかり、2~3週間は持続するとのこと。継続的にR-1乳酸菌使用のヨーグルトを摂取することが、インフルエンザだけでなく風邪の予防にも繋がるとしています。


免疫学の第一人者でもある奥村康・順天堂大学医学部・免疫学講座特任教授も「期待以上のものが出た」という今回の調査。「英語では風邪とインフルエンザは別の言葉なように、まったく違う病気。インフルエンザは神経症状が出て子どもの脳症を引き起こすようなシリアスな病気。ストレスがかかる入学試験や期末試験前にはNK活性が必ず下がる」(奥村特任教授)というように、ワクチンの摂取だけでなく、日頃から健康に留意した食生活をすることが予防につながります。インフルエンザが気になる方は、ワクチン接種のみならず、日頃からR-1乳酸菌が入っている乳製品を採ってみてはいかがでしょうか。



2014/01/24

ソーシャルワーカーのまる子さん

AERA 2007年の広告が手元にある。AERA だけではない。息子が幼い頃、このような見出しが溢れていたように思う。「光とともに…」という自閉症の男の子のドラマもあったなぁ。あの頃は「発達障害」キャンペーンが展開されていたんだろうか。

AERA 2007年11月26日
増大号

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1歳半検診がこわい母親
「言葉遅い、他の子よりぐずりがち、
指さしできないわが子」に「もしかして・・・」
05に整備されたが、自治体まかせの検診
「早期発見」されても療育体制はなく、不安にさらされるだけ
密室育児を追い詰めるネガティブな情報



ある勉強会でたまたま知り合ったソーシャルワーカーのまる子さんがブログを書いている。

ソーシャルワーカー現場へ行く
この国の福祉を、医療を、社会を、とことん疑う。激アツPSWの発信ブログ


はじめてあった時、まる子さんは泣きそうになりながら、受け持ちの利用者さんが「突然死」してしまったことを私に話してくれた。どうしてそんなことが起きるのかーーーー


今の福祉は精神医療に簡単につなげてしまうからだ。本来あるべき適切な支援がないために、薬に置き換わることが少なくない。だから、つなげられた方は簡単に薬漬けになってしまうそうだ。亡くなった方も大量の薬を処方されていたという。精神薬には依存性がある。そのため、「薬がなくなったらどうしよう」という不安から押し入れにごっそりため込んでいる方もいると教えてくれた。


聞いていてため息がでちゃったけれど、その話をすぐに理解できる自分が恐くなる。


この前夫が元教え子から同様の話を聞いたと私に教えてくれた。彼の働く福祉の現場は、対応する市の職員も少ないから、子ども達を施設に送り込むしかないらしい。育てられない親が増えたんだろうか。


その市が抱える支援が必要な子ども達の人数を聞いて驚いてしまった。でも施設だって人手不足だから、結局薬漬けになってしまうそうだ。親の愛情が一番必要な時なのに、薬に置き換えていいはずがない。


超低出生体重児の育児にも同様の構造がある。もともと育児に悩みはつきものだが、超低出生体重児には育児書など通用しない。いくつかの相談窓口はあるものの上手く機能しているとはいい難い。相談されてもわからないことが多いからだ。


わからないなら、「一緒に解決していきましょう」と当事者の意見を取り入れてくれればいいものを、柔軟さがないのだ。特に病院の発達検診。育てるのは親なのに発達検診医が母親のこころを折ってどうするの、と不満に思ってきた。


私は発達検診に行くのをやめ、そのかわりに集団保育をしてくれるNPOを探し出した。子供は子供同士で成長するものだからだ。要望書を書いたり、資料をつくって先生に理解も求めてきた。私には子供に「診断名」をつけてもらうとか、「薬」を処方してもらうという選択はなかった。ちょっとばかり追いつくのに時間がかかるだけだから。


でも子供の発達に悩んできた友達が私に言っていた。「お母さんが診断名を求める気持ちがよくわかるよ」と。「お母さんのせいじゃなくて、この子が●●だからですよ」と言われると安心するそうだ。「障害名をつけたり、心理がどうのというよりも、お母さんの心が折れないようにすればいいんだよ」と言っていた。その通りだと思った。


そういう当たり前のことがなぜか進んでいかない。


ある新生児科医と言い合いになったことがある。その先生は超低出生体重児の母親が悩んでいると、病院にある心理センターを紹介するそうだ。サクラさんもどうですかと言いたそうだった。だから私は子どもの発達の遅れは「障害」とは違うと言ったのだ。「確かにいろいろな診断名がつくんだけれど、超低出生体重児の発達は、サクラさんがいうように障害とは違うんじゃないかと私も思ってきました」と言う。


だったら支援を見直さないと。「超低出生体重児には待つ時間も必要です」と社会に広めることもしていかないと。それをしないで「診断名」・・・?「間違った『 診断名』を根拠に投薬されたらどうするんですか」そう言うとその先生は「こちらも人手不足で疲れているから、誰でもいいから託したくなるんです・・・」と言う。


正直な先生だけど、「ちょっと待って!」と思ってしまった。


夫はアスペルガーの教え子を熱心に指導していた。「『 僕はアスペルガーなんです 』って紹介してくれたんだよ」と嬉しそうに教えてくれたことがある。夫はもともと障害のある子供の教育に関心があった。結婚前から私にいつも言っていた。「障害だからと簡単に諦めてはいけない。その子を理解し、教え方を工夫すれば大きく成長するから」と。


子供にとって大切なのは、決して見捨てず力を引き出してくれる教育じゃないのかな。どうして現場の先生の声は尊重されないの?あいまいな「診断名」に翻弄されるのは現場の教員なのに、という不満がふつふつとわいた。


ちなみに息子は最近勉強が追いついてきた。低学年の頃は私の努力もあるが、今は先生方の指導のたまものだと思う。あの発達検診医のアドバイスはほとんど役に立たなかったことになる。


私は医療関係者にも言いたい。「お母さん、がんばらなくていいですよ」ってどういうことなんですか。超低出生体重児の母親はがんばらないと子どもが生きていけないのだ。発達の遅い子どもを育てるには現場の先生にどれだけ理解してもらうかにもかかっている。親を孤立させないことは大切だが、教員と良い関係を結ぶことだって必要なんだよ。背中を押すことも大切だよ。


医療が高度化し、これまでだったら助からない子どもが救命されるようになっている。


公教育は今後、そういう子ども達をどうやって支えるのだろうか。
またアレルギー死亡事故のような悲しい事故が起きないだろうか。私は学校の先生にも、本当はどんな形でもいいから情報発信をして欲しい。そうじゃないと翻弄されるのは「子ども」だと思うから。


ところでまる子さんのブログを読んでいるうちに、気づいた。まる子さんはなんとなく私と似ているかも・・・。亡くなった方のために活動をはじめたのも同じだし。そういったら怒るかしら?一部引用させていただいた。


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ソーシャルワーカー現場へ行く
この国の福祉を、医療を、社会を、とことん疑う。激アツPSWの発信ブログ

決意のブログ、はじめました


私は。 この国の精神科医療に、福祉に、社会に。言いたいことがたくさんあります。 今の事業所で、必死に動いても、焼け石に水だーーーと感じてしまう。 少ない補助金、人員、24時間体制でもない。

でも、こころが折れてしまった人、人とうまく関係を作れない人、未治療のままに なっている人。孤独な生活を送っている人。

あとからあとから相談に来るじゃないか。電話がかかってくるじゃないか。 困っている人がたくさんいる。相談につながらない人はもっとたくさんいる。 私たちだけで、事業所だけで頑張っても追いつかない。 これは、医療や福祉を含めた、社会全体のことなんだ。

だから、発信します。


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2014/01/23

女性を怒らせると恐い 

数年前ずっとお世話になってきた老舗の山用品店が店をたたんだ。夫ががっかりしていた。手堅く商売をしてきたからどうしてなのか理由を尋ねたら「女性客をあなどっていたから」だそうだ。「うちの店は流行に飛びつくような女性のお客さんにきてもらわなくてもいい」そういう気持ちがあったそうだ。



女性のこころをつかむマーケティング女性のこころをつかむマーケティング
(2010/06/29)
ブリジット・ブレナン

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妹も登山が好きだが、「女性だから」が通用しないほど一生懸命だ。低酸素室に行ってトレーニングをするし、ちゃんとお金を出して道具をそろえる。年末にはあの有名な三浦雄一郎さんの会社の忘年会にも潜り込んでいた。三浦さんと一緒にとった写真を見せてもらった。お元気そうでなにより。妹の熱心さには、長年野外に関わってきた夫もびっくりしている。でも妹だけじゃないのだ。今の女性の登山ブームは「ブーム」では片付けられない真剣さがあるのだ。


「マーケティングは女性の心をつかみ損なうと恐いんだな」と夫がしみじみ言っていた。


子宮頸がん予防ワクチン」の問題はマーケティングを大失敗するとどうなるか、の見本だと思う。先日の報道に納得する人はどれほどいるだろうか?


これが被害者のおかれた厳しい現実。

https://twitter.com/toshi2133/status/420445982430470144/photo/1

子宮頸がんワクチン接種後に副反応被害者はいつ、どこで倒れるのかわからないので、こうやって首からカードをぶら下げているのです。このカードの中には、自分の名前・住所・電話番号などを記載しています。群馬では突然歩道に倒れてひかれた女子生徒も

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https://twitter.com/iaia015/status/407175339069042689/photo/1

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子宮頸がんワクチン副作用は「痛みに心身反応」(2014年1月21日08時02分 読売新聞)

子宮頸けいがんワクチンの接種後に体の痛みなどの重い副作用が生じている問題で、厚生労働省の有識者検討会は20日、こうした副作用は「接種による痛みや不安に対する心身の反応が引き起こしたもの」との見解をまとめた。

 現在、接種を積極的に勧めることを一時的に中止しているが、2月に開催予定の次回の検討会で最終的に安全性を確認した上で、再開の判断が出される可能性が出てきた。

 この日の検討会では、これまでの議論を踏まえ、接種後に起こる痛みなどの原因について話し合われた。その結果、患者の症状などから、ワクチンの薬液が神経の異常や中毒、免疫反応を引き起こしていると説明するのは難しいとの見解で一致した。

 また、医学的に局所の痛みは通常2週間以内に治まるとし、接種後、1か月以上たってから発症している場合は、接種との因果関係を認めるのは困難とした。接種後に起こった症状が3か月以上続く場合、その原因として、接種以外のほかの要因の関与も考えられると結論づけた。



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積極的勧奨再開には慎重な意見もあるのに、なぜかほとんど報道されない。


 1月20日の信濃毎日新聞

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信濃毎日には厚労省研究班代表の池田修一信州大教授のコメントが紹介されている。「子宮頸がんワクチンの検討委員会」の結果を受けて「心理的、社会的な要因だけで全てを説明するのは困難ではないか」とおっしゃっている。ちなみに私のまわりにいる専門家は池田先生と同様慎重な対応を望む方が多い。


そもそもこのワクチンは政治主導で「定期接種化された」という経緯がある。震災直後にさかんに流れたCMにはこんな裏があったのだ。あのCMで「がんにならないワクチン」と誤解した方は多いだろう。


週刊金曜日 2013 年 10 月 4 日 962号


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こちらはユーチューブにアップされた「おはよう寺ちゃん 活動中」という文化放送のラジオ番組。週刊金曜日の編集長が「ロビイスト」や「PR会社」について語っている。

子宮頸がんワクチンの真実!主役はロビイストとPR会社?


二つのグラフを比べてみよう。一つ目はこちら。

「『 ジャパンワクチン株式会社・グラクソ・スミスクライン社』All Women.jp 子宮頸がん情報サイト」で使用されているグラフ

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もう一つは厚労省が公開している別のグラフ。「子宮頸がんは若い世代に増えている」そうだが子宮のがんは一番下。ずいぶん印象が違う。

~地域・職域連携によるがん対策の推進について ~がん検診受診率向上を目指して~
厚生労働省健康局がん対策推進室長 鈴木 健彦



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ある報道関係者の方が「僕はわざと混乱する様子を放送させたんだよ」と教えてくれた。医療者からは「恐怖を煽る」と批判もあるがどうだろう。導入までの不透明なプロモーションの結果、「がんが100%予防でき、リスクもほとんどない夢のようなワクチン」と信じている人達が多いのだ。だから、ショック療法も必要だったんじゃないだろうか。


さて最近妹が言っていた。「知り合いには子宮頸がんで亡くなった人がいるけれど、それとこのワクチンをうつかどうかは別。皆そうじゃない」母も友達同士で集まると「このワクチンはなんだか怪しいよね」という話になるそうだ。母の世代がこのような感想を持つと、このワクチンの啓発は大失敗だったんだろうな、と思う。


校長先生にも被害者の支援が全くはじまらないので話をさせていただいた。有り難いことに校長先生は「私も被害者の女の子達のブログは読んでいたんだけど」とおっしゃって下さった。そうなのだ。被害者の女の子達の苦しむ様子は、やっぱり人ごとじゃなく思えるのだ。私の場合、保護者の方々が同年代ということもあり、「同級生が困っているんだ」とついつい感情移入してしまう。お医者さんの友達も、娘さんがいるとやっぱり人ごとだとは思えないみたい。不安や恐怖を煽るというが、救済がすすまないという厳しい現実がある。少しでも関心を持ってもらうために報道が必要なんじゃないのかな。


私が高校生の頃エイズが社会問題になった。あの頃、医療者も正しい知識を持っていなかったし、マスコミも恐怖を盛んに煽った。特効薬がなかったからだ。その結果「かかると死ぬ恐ろしい病」というイメージが一人歩きし、患者さん達が差別や偏見で苦しんだ。「銭湯でうつってしまう」という噂を信じている人も多かった。


ある時、エイズについて特別講義があった。「正しい知識を身につけ、差別や偏見をなくしましょう」という目的だった。その時思ったのは「エイズに限らず性行為には感染症というリスクがあるんだ」ということだ。たった一度の授業だったのに、あの時の教育は今でも私の中で生き続けている。それを思えば子供を騙すように良いことばかり伝え、ワクチン接種させるのでなく、まずは「性行為による感染症のリスク」をきちんと教えるべきじゃないんだろうか。


学校教育で教えるとしたら、「100%予防できないけれど、今はワクチンもあります。うつかうたないかは、一人一人よく考えてきめましょう」、その程度でいいと思う。


その前に、間違っていたら謝罪し、困っている人がいたら助けるのが大人だと思うけれど。それができない人達が公教育に入ってきたらいいけないよね。


三浦さんは歩く教科書だ。健康に生きるには「運動・栄養・休養」という運動生理学の基本をしっかり守っていくことだと教えているようだ。医学の前には生理学があると思う。どんなに素晴らしい薬剤が登場しても、地道な努力をないがしろにしてはいけないと思う。






2014/01/22

学校給食アレルギー対策

学校から手紙が二通配られた。「学校給食について」と「学校給食における完全除去食対応の見直しについて」。「学校給食について」には私が説明会に出かけて驚いてしまったことが書かれていたのでブログにもアップしておこうと思った。私のまちの給食はこれだけ一生懸命やっているのだ。「見直し」についてもどのような議論が行われ、その結果何を見直したのかがきちんと書かれている。こういう議論のすすめ方はよいのではないかと思う。


ところで給食アレルギー事故に対する批判の中に、「どうして日本の給食に韓国料理を出すのか」というものがあった。今の給食は一昔前と違って「食育」なのだ。給食も教材であり教育の一環であるという考え方にかわっている。ところが、「食育」ということがまだ多くの国民に理解されていない。とても良い取り組みなのに、理解されないということは大変悲しい。


私にも韓国籍の親戚がいる。もともとは韓国の国費留学で日本にやってきた留学生だった。お父さんは韓国で大学教員をしていて日本に留学したこともある。日本が大好きで「日本のほうがノーベル賞がとれる」と娘を日本にいかせたそうだ。彼女と子供の将来を考えると、せめて給食だけでも仲良くして欲しいと願う。国籍で差別されることはあってはならない。こんな時代だからこそ、食文化をとおしての国際交流は大切だと思うのだ。


より多くの方々に給食について理解を深めてもらうためにはどうすればいいのだろう。今後は、保護者以外の市民の方々にも「食事会」などの啓発も必要ではないだろうか。


二通のお知らせから重要と思われる部分を引用させていただく。


■「学校給食について」

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「市では小・中校全校に栄養士を配置し、各学校で立てた教育計画に基づいて献立の作成と調理を行い、給食を活用した食事指導や食文化の伝達などの食育も積極的に進めています。食材については『●市学校給食物資食材取扱基準 』に基づいた安全な食材を使用し、●市産の野菜等も積極的に取り入れ、半加工品などは使用せず手作りを基本とした給食を提供しています。

なお食材の放射性物質につきましては、●市独自でも検査を実施し、その結果を市のホームページでも公表しております。


■「学校給食における完全除去食対応の見直しについて」


教育員会では、食物アレルギー事故の再発防止対策として平成25年度第2学期から導入した厳しい完全除去食について、この間、公益法人●市医師会との連携の下、見直し検討を進めてきました。

その結果、医師の助言により、下記の3項目について、食物アレルギーのある児童であっても基本的には接種可能なことや、重症な食物アレルギーでなければ除去が必要ないことが確認できたことから、児童・生徒の適切な栄養素の確保・生活の質の維持と併せて、調理上の負担の軽減を図るため、平成26年2月から取り扱いを見直すこととしました。


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2014/01/19

命日

今日はある方のご命日だ。


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(2013/12/10)
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2010年、私はある本のインタビューに答えた。ところが前回書いたような事態になり・・・落ち込んでしまった。そんな時、ある男性が裁判を起こしたというニュースを目にした。その方の奥様は軽い不眠をきっかけに心療内科を訪れ、数年間かけて多剤大量処方に陥り、最後は「薬物中毒」で亡くなったのだ。


これはやっぱり社会問題化しないといけないんじゃないか、そう思いコンタクトをとってみた。話はとんとん拍子にすすみ、ある医療系メルマガがその男性の手記を流してくれることになった。


反響は大きかった。あるジャーナリストの目にとまり、週刊誌の記事になったのだ。センセーショナルな見出しだったので、はじめは医療者から猛反発を受けた。


でも、今から思うとそれが狙いだったのかもしれない。その記事がきっかけとなり、少しずつ前進したからだ。学会でも多剤大量処方が議論されガイドラインもできた。大学病院に勤務しながら学会や御用学者を公然と批判する精神科医も現れた。私が訴えはじめた頃には考えられなかったことだ。


けれどつい最近知った。一審は残念な結果に終わってしまったそうだ。大きな目でみれば流れは変わっていったけれど、ご遺族の無念な気持ちにかわりはない。私はかえって残酷なことをしてしまったんだろうか、と思う気持ちもある。


天国の女性は私のことをどう思っているんだろう?


もともとご主人の気持ちが自分から離れていくのではないか、という不安から心療内科の門をたたいたようだ。だから「ご主人が悪い」という感想はとても多かった。


そのたびに私は反発した。考えて欲しいのだ。本来であれば必要なのは、薬よりもご主人との話し合いだろう。そういうことを女性に覚悟させる人が周りにいなかっただけじゃないかと思うのだ。もしその主治医が「あなたはここに来るよりも、ご主人と話し合うべきですよ」そう背中を押してくれれば・・・。


当然、薬を飲んでも不安は解消されない。精神薬には依存性と耐性がある。あっという間に多剤大量処方に陥ってしまう。こうなると自力で立ち直るのは困難だ。多剤大量処方に陥った患者に、「自己責任」「個人でなんとかしろ」というのはどうなんだろうか。


私が今でもその女性を忘れないのは理由がある。


処方された薬の中には「攻撃性や衝動性」という副作用がある薬があった。私がこころを打たれたのは、薬で自分を見失っていっても、衝動性をご主人に向けることがなかったからだ。


これが私だったら、絶対に夫に向かっていただろうと思うのだ。女性はどこかにちゃんとブレーキがあって、最後の最後までご主人を傷つけまい、と必死に抵抗していたんじゃないか。ブレーキになったのはご主人への愛情じゃないかーーー。そう思うと、同じ女性としてその優しさに惹きつけられるのだ。


今年もまた命日がやってきた。こころよりご冥福をお祈りいたします。




2014/01/17

遺族の気持ちも様々

私が気になっているご遺族の報道があった。昨年、ご遺族の気持ちも様々だと思ったのはこのお母様がたびたび取り上げられていたからだ。


会社の対応にどこか満足できない場合、残されたご遺族はどうやってやりきれなさを伝えればいいんだろう。求めているのは「真実」であり「心のケア」や「寄り添う気持ち」というわけではないんだろうと思う。


私は、まわりの風景にまったく溶け込んでいない、人工的なプラントがあまり好きではなかった。砂漠の中に忽然とあらわれる光景はどこか異様じゃなかと思ってきた。


でも、たまに「砂漠の真ん中にあるプラントが好き」という理由で働きたいという学生もいると聞いたことがある。「海外の現場では子供の目が輝いている」という亡くなった息子さんの言葉にその話を思い出した。一度あのような過酷な現場で働くと、惹きつけられるものがあるのだろうか。


昔は好きな光景じゃなかったのに、ふとした瞬間に砂漠の中のプラントを思い出すことがある。どんなところで働いて会社を大きくしていったんだろう。もし平和だったら、私も行ってみたいな、と思う。


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アルジェリア人質事件1年:愛息の最期教えて 解明進まず、募る母の思い/横浜 2014年1月16日 神奈川新聞社

日本人10人が犠牲になったアルジェリア人質事件の発生から16日で1年がたつ。息子はなぜ死ななければならなかったのか-。派遣社員として日揮(横浜市西区)のプラント建設に当たっていた長男内藤文司郎さん=享年(44)=を失った母さよ子さん(70)=愛知県豊橋市=の時間は、止まったままだ。

 もしも、事件当日の予定だった帰国の出発がずれこまなければ。なぜ、日本人が襲撃に巻き込まれたのか。

 頭から離れない「もしも」と「なぜ」。思いはめぐり、決まって一つに集約される。

 「ブンは、何のために命を落としたんでしょうか」

 文司郎さんが使っていた部屋に置かれた仏壇の前、さよ子さんが声を震わせた。

 帰国したら、44回目の誕生日を祝って家族で温泉に行く予定だった。「楽しみにしてるよ」。事件5日前の昨年1月11日の電話が最後の会話になった。

 事件当日の朝、作業員用の食堂前で大柄な日本人が銃撃された。生存者の証言として日揮から聞いた。ガス田運営会社の一つ、ノルウェーのスタトイル社による報告書にも似た記述があった。

 それが息子かどうか定かではない。

 「世の中には知らない方が幸せなこともある。でも、これは違う。私は文司郎を撃った犯人だって知りたい。あの子だってそう。小さいころから『なんで、なんで』と口癖のように聞いてくる子だった。あやふやなことが嫌いだった」

 日揮からは頻繁に連絡がある。保険金のこと、一周忌のこと。「寄り添おうとはしてくれる。でも本当に必要なことは違う」。捜査に当たる神奈川県警からも「捜査中なので」と詳細は伝わってこない。混乱を極めた異国での事件の解明が容易でないことは理解していても、知りたい。

 なぜ息子が海外の現場を飛び回っていたのかなら分かる。東京の人材派遣会社に登録し、ドバイやアフガニスタンで道路や空港の建設に携わり、アルジェリアに行ったのも初めてではなかった。心配する母に言った。

 「日本だと工事は『うるさい』と邪険にされるけど、向こうでは、子どもたちが目をキラキラさせて『何ができるの』って集まってくる。『これができたら、すごい便利になるね』って喜んでくれるんだよ」

 在りし日の息子の記憶をたどり、気づくと自宅近くの線路に歩み寄っていた。そんなことが何度かあった。

 「私はいつでも、ブンちゃんのそばに行ってやりたいと思っている。それなのにできないんです」

 ふと考える。東日本大震災でわが子を失った親たちは、その現実にどう向き合ってきたのか、と。「1年がたつけど、私はまったく前に進めない。けれど文司郎は『お母さんは残っておって、事件が明らかになるまでは、こっちに来ないでいいよ』って言ってくれている。それが、あの子のためなんだと言い聞かせ、何とか暮らしています」



2014/01/16

アルジェリア人質事件から一年 お礼をいうべき人

あれからもう一年がたった。


アルジェリア人質事件から1年 日揮が犠牲者を追悼しました FNN

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普段ほとんどつけないテレビを、あの日に限ってなぜかつけていた。本当にたまたま、ニュース番組をみていた。急に切迫したアナウンスが入りアルジェリアのプラントで働く邦人が人質になったという第一報が伝えられた。


幼い頃、石油コンビナートなどで大火災が起きると、父と母はニュース番組をいつも食い入るように見つめていた。どこの会社がつくったのか確かめるためだ。もし父の会社だったら大変なことになる。マスメディアはきっと一斉にバッシングするだろうからーーーー


そうした習慣は、いつの間にか私にも身についてしまった。アルジェリアときいて胸騒ぎがした。


不安は的中した。記者が告げた会社名は父が勤めていた日揮だった。


アルジェリア軍が突入する直前、父は夫に電話をかけてきた。「あの中に私の友達がいるんだよ」と言ったそうだ。珍しく取り乱しているようだった。どうして父の友達がいるんだろうか。父の歳から考えて不思議だ。何がなんだかわからない。でも、詳しいことなど今は聞いてはいけないと思った。


父の友人が一人だけ民間機で帰国した日、日経新聞を読んで私は号泣した。本当に何もしらなかった。一部引用させていただく。


「アルジェリア方式」吹き飛んだ安全神話  2013/1/26


太平洋戦争ぼっ発直後、旧日本軍はスマトラ(現インドネシア)の製油所を 真っ先に制圧した。設備の復旧・運営にあたったのが、日本の海外でのプラント建設の源流だ。以来、原油や天然ガスを掘り出したり、石油化学製品を生産したりするプラント建設で、日本企業は存在感を高めていった。


世界で開発が進む液化天然ガス(LNG)の製造設備は日揮と千代田化工建設の日本勢2社を含む4社が世界市場の8割を押さえる。日本企業は膨大な部品を扱い、多くの作業員を動員して納期通りに完成させることを得意とする。 資源国の経済成長を日本勢の「お家芸」が支えている。


その勤務環境は過酷だ。原油や天然ガスの産地は多湿のジャングルや炎熱の砂漠にならざるを得ない。日揮は地元の人間も入らないリビアの砂漠でガス田を開発し、戦争や革命に揺れたイランでは逃げることなくプラント建設を続けた。


資源獲得競争は激しさを増し、産地はより奥地へ、より厳しい場所へと移る。そうした場所でプラント会社の技術者は日本のものづくりの技術を守ってきた。


事件があっても重要性は変わらない。韓国や中国勢が追い上げる中で日本企業が事件から学ぶべきはリスクから逃げることではなく、どう最小化するかだ。


東洋エンジニアリングの永田雄志会長は「安全を追求していかなければな らないが、ひるむわけにはいかない」と語る。



テロ事件が身近で起きたのははじめてではない。テレビをつけた母が急に叫び声をあげたから、今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。父が働いていた丸の内で三菱重工ビル爆破事件があった。その頃本社はみなとみらいでなく丸の内にあったのだ。昭和40年代の日本は高度成長期が終わり、公害病など、社会の抱える矛盾に人々の関心が向くようになったのではないか。週刊誌やテレビもさかんにそういった報道をしていたように思う。デモやストライキなど珍しくなかった。

三菱重工ビル爆破事件

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三菱重工ビル爆破事件 wikipediaから一部引用

1974年8月30日に日本の東京都千代田区丸の内で発生した、東アジア反日武装戦線「狼」による無差別爆弾テロ事件。連続企業爆破事件の一つ。東アジア反日武装戦線の呼称はダイヤモンド作戦。虹作戦で使用する予定であった爆弾を流用した。



小学生の頃図書館に行くのが好きだった。ビル爆破事件から社会への不信を抱くようになった私は、公害病の原点と呼ばれる水俣病について書かれた本に引きつけられていった。小学校の社会科では絶対に教えてくれない企業や官僚、政治家の隠蔽体質が書かれていたからだ。


ところがある時、企業側の弁護士と父は仲がいいと教えられた。目の前が真っ暗になった。「父は絶対に悪いことをしてお金儲けをしている。大人は嘘ばかり言っている」いつしか私はそう思うようになってしまった。結婚してからもそうした不信は変わらなかった。ある事件が起きた時には一年間実家に帰らなかった。


それが徐々に変わっていったのは周産期医療で救命されたからだろう。子供が入院していたNICU(新生児集中治療室)は子供の医療だからあまりお金にならない。驚くことに、ほとんどが善意で行われているような医療なのだ。医師をはじめスタッフは命を削るように働いているし、名だたる大企業も影で支えている。


例えばオムツやミルクなど、小さな子ども達のためにメーカーが採算を度外視してつくっているのだ。周産期医療には高度医療機器がかかせない。ある時、夜遅く、メンテナンスを黙々としているメーカーの社員を見た時、私は間違っていたかもしれないと思った。同じ日本にこんな世界があったなんてショックを受けたのだ。


いつも目にする有名企業が私達を一生懸命支えようとしていることを知ると「がんばらないといけない」と思えてくるから不思議だ。見えないところで手を抜かずに社会を支えることこそ、真の社会貢献だと思った。夫は基礎研究にも関わっているから、私達のために、どれだけ巨額のお金がつぎ込まれているかよくわかる。日本には国民皆保険制度があり、東京都や市町村も私達を助けてくれる。私達が支払うのは全体からするとごくわずかな金額だ。もしこれがアメリカだったら数千万の請求書が届くのではないかーーー。


どうしてこういう良いことを世の中に知らせようとしないんだろう?そう考えると何かせずにはいられなくなった。だから、はじめてシンポジウムに登壇した時の原稿は「お金儲けは悪いことか」をテーマにした。一部引用する。


 医師の皆様、看護師の皆様はじめ、救急搬送をして下さった皆様、転院のための搬送も含め、三度も受け入れて下さった●病院の皆様、ご恩は生涯忘れることはありません。

 同時に、新しいお薬を開発している皆様、それを試して使えるようにしている皆様、未熟児用のミルクを開発していただいた皆様、未熟児用の保育器や監視機器を開発していただいた皆様、小さなオムツを作っていただいた皆様、ありがとうございました。

 私は経営学部出身ですが、企業は決してお金儲けだけをしているのではなく、社会貢献をしているということを知りました。皆様の善意によって私達は苦しい時を助けていただきました。今の時代だからこそ、日本だからこそ、助けられた命だと日々感謝しております。

 周産期医療、救急医療では、未知のリスク、将来の副作用を恐れていては、リターンを得ることができません。この先、どのような未来が待ち受けていようとも、母となる喜びは何物にも代え難い喜びです。

 この、素晴らしい、日本の周産期医療を次世代へ。どうかよろしくお願い申し上げます。がんばる人、努力する人、リスクを負う人が第一に報われる社会でありますように、心より願っております。


日経の記事で、私は生まれてはじめて父が資源開発に関わってきたことを知った。母も詳しくは知らなかったらしい。軍と一緒に仕事をすることもあるから、家族に気軽に話をするようではつとまらないのだろう。日揮にとってアルジェリアは特別な意味を持つ。アルジェリアでの成功をきっかけに大きく躍進したからだ。だから、亡くなった父の友人は会社を大きく発展させた功労者の一人だろう。高度医療には医療機器がなくてはならない。それらを24時間絶え間なく動かすには安定したエネルギーの供給が必要になるーーーー


もしかして、お礼をいうべき方々の中に父や友人だってはいるんじゃないだろうか。そのことに気づいたから涙がとまらなくなったのだ。


このブログを父は知らない。だからこっそり書いておこう。今まで悪いことをしてお金儲けをしていると信じてきたから私は結婚する時も何も言わずに実家を出てしまった。決して仲が悪いわけではないんだけれど、どうしてもこの言葉は言えなかった。


お父さん、今までありがとうございました。亡くなった皆様のご冥福をお祈りいたします。




2014/01/15

忘れない:世田谷一家殺害事件 遺族を支える女性刑事

こねこのななこちゃんが歌になりました。しばらく一番上に掲載します。

ちょっと ちがう(こねこ ななこ)

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東京新聞に掲載されたお母さんの言葉

「クラスのみんなも娘の急死がショックだったと思う。歌で心が癒やされるなら、うれしい」と母親は友だちのことをおもんぱかる。そのクラスメートたちも来春には小学校を卒業する。「それまでに、にしむらさんと一緒に歌える機会ができたら、親としてもうれしいですけど」と話している。


年末、気になるニュースがあった。世田谷一家殺害事件のご遺族をずっと支えてきた女性刑事さんについてだった。


「悲しみに寄り添う」とか「心のケア」って一般化したけれど、専門家と呼ばれる人はここまでしようとする覚悟があるんだろうか?私は常々そう疑問に思ってきた。あまり表面化しないけれど「心のケア」でのトラブルはたえないからだ。


私は目の見えない方のマラソンの伴走者のような覚悟がないとダメなんじゃないかと思っている。「自分にも出来るんじゃないか」などと気軽に引き受けてしまうと後悔するという。力強さに圧倒され、簡単に振り切られてしまうからだ。「あなたのためしてあげている」なとどいう奢った考えがあると、怪我をさせてしまうこともあるそうだ。


それと同じなんじゃないかな。


だからこの刑事さんを抜擢した上司は、人を見る目がある方なんだろう。心を扱う専門家はなりたい人がなるよりも、なって欲しい人がなった方がいいんじゃないだろうか。報道で凄惨な事件を知るたび、被害者やご遺族はこれからどんなふうに生きていかれるんだろうと思ってきた。どんな悲惨な事件にも、せめて純粋な心で寄り添う人がいればいいなぁ、と思わずにいられない。


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忘れない:世田谷一家殺害事件 遺族を支える女性刑事
毎日新聞 2013年12月29日 



2000年12月に発生した東京都世田谷区の宮沢みきおさん一家4人殺害事件で、遺族の支援などを担当してきた警視庁捜査1課の松森みつ子警部補(59)が来春、定年を迎える。世田谷事件の捜査に加わって11年。癒えぬ悲しみを抱える遺族を、いつも一番近くで励まし、寄り添ってきた。事件は30日で発生から丸13年を迎えるが未解決のままだ。「遺族が知りたいのは4人が殺された理由。その報告を一日も早くしたい」。残り3カ月、全力で捜査にあたる。


 今月12日、松森警部補は、さいたま市にある宮沢さんの母節子さん(82)宅にいた。「来年こそ、こういうポスターを作らなくていいようにと毎年思うんだけど」。情報提供を呼びかける新しいチラシを見せながら複雑な表情を浮かべた。


 節子さんは、事件解決に向けた協力とはいえ、多くの親類や友人が警察に事情を聴かれることに心を痛めてきた。「お父さん(夫良行さん)は『他人に迷惑が掛からないように』とよく言っていたのに」。松森警部補は「逮捕につながるならと、皆さん協力してくれていますよ」といたわるように話した。


 昨年9月、良行さんは病気のため84歳で亡くなった。「4人は宝。早く犯人を捕まえてほしい」が口癖だった。訃報を知り、自宅に駆けつけた松森警部補は「生きている間に逮捕できなくてごめんね」と良行さんの遺体にわびた。


 節子さんが1人暮らしになると、訪問の機会が増えた。「調子はどう」「今日は雨だねえ」。昼ご飯を一緒に食べ、世間話をして夕方まで過ごすこともある。電話では毎日のように話している。節子さんは「一人で食べるよりおいしい。ずっとお付き合いしたい」と感謝する。


 松森警部補は、みきおさんの妻泰子さんの母親のケアも担当していた。2年前に死去した母親は事件当時、みきおさん宅の隣に住み、凄惨(せいさん)な現場の第1発見者となった。「目をつぶると、あの光景が浮かぶの」。そうつぶやいた姿が胸に残る。


 「外に出て季節や風を感じたら、見えるものが変わってくるのでは」と、毎年春に花見に誘った。最初はためらっていたが、5年ほどたったころ、近所の桜を一緒に眺めた。「『本当に久しぶりに見たわ、こんなにきれいな桜』と言ってくれた。あの表情が忘れられない」


1972年4月に警視庁に入った。3年後に刑事になり、窃盗事件などを担当した。転機は新宿署勤務だった01年秋。世田谷事件を担当していた捜査1課長が署長として赴任し、「遺族対応をしてほしい」と誘われた。自信がないと最初は断ったが、何度も説得され、02年4月に1課に移った。


 「遺族がこれほど苦しんでいるとは思いもよらなかった」。それまでは犯人逮捕しか頭になかった。定年後のことは何も決まっていない。ただ、確かなことがある。「何かあった時に頼りになる一人でいられたら」。ずっと遺族のそばにいるつもりだ。【松本惇】