2014/02/26

私と水俣病 罪悪感を抱えて生きていくということ

今日は子宮けいがんワクチンの副反応を検討する会議がある。先日の報道ステーションでは、原因はよくわからないが脳に何らかの影響があるかもしれないと伝えていた。昨年の12月25日の信濃毎日では「末梢交換神経に異常か」とあったが。


報道ステーション "子宮頸がんワクチン 復活か" とじさん @toji_ による TV 画面 キャプチャ。 togetterまとめ


sivadさんがツイッターで紹介していた津田敏秀氏の『医学者は公害事件で何をしてきたのか』をたまたま読んで苦い記憶が蘇ってきた。水俣病について書かれている。それも新潟での第二水俣病へと拡大しつつある当時の様子だ。この本は今は絶版になっているようだ。残念だな。



医学者は公害事件で何をしてきたのか医学者は公害事件で何をしてきたのか
(2004/06/29)
津田 敏秀

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水俣病における感覚障害が、末梢神経障害でなく中枢神経の障害に由来すると認めてしまうと、被害が甚大で国も昭和電工も困るから認めるわけにはいけない、ということが書いてある。そういう理由で第二水俣病を食い止められなかったとは知らなかった。


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第第二水俣病 wikipediaから一部引用

第二水俣病(だいにみなまたびょう)とは、昭和電工の廃液によって引き起こされた、1965年(昭和40年)に確認された四大公害病のひとつ。熊本県の水俣病と同様の症状が確認されたためにこの名がある。新潟県阿賀野川下流域で患者が発生した事から「新潟水俣病」や「阿賀野川有機水銀中毒」とも呼ばれる。


四大公害では最も発生は遅かったが、訴訟は最も早く提起された。その後、未認定患者による第二次訴訟、2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決を受けて2007年に提起された第三次訴訟と、主なものだけで3つの裁判が起こされている。


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小学校の国語の教科書には、わが子が水俣病で苦しむ母親の詩が掲載されていた。妊娠中、有機水銀化合物で汚染されているとは知らず「お腹の子どものため」と桜エビをせっせと食べていたそうだ。出産後も母乳が良く出るからと。「どうして私はあの時」と、後悔しても仕切れない苦しさを表現しているのだ。確か、「喉をチロチロならし」というような独特な言い回しがあったはず。


学校の先生は国やチッソをことさら非難するようなことは言わなかったが、「国やチッソは何てひどいことをしているんだ」と教室の誰もが思っただろう。私もその一人だった。


チッソの弁護士と親しく仕事をしてきたことを聞かされた時、目の前が本当に真っ暗になった。チッソだけでなく昭和電工ともつながっているんだろうか。これが私を苦しめてきた重い十字架だった。娘が「悪いことをしている」と思い込むのも無理はないと思うのだ。


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鈴木竹雄 wikipediaから一部引用

日本の商法学者。東京大学名誉教授。

家族・親族

鈴木商店(現味の素)第2代社長の鈴木忠治の三男。鈴木商店創業者の2代目鈴木三郎助は伯父。

妻は子爵の井上勝純の娘。兄に三楽オーシャン(現メルシャン)社長・会長を務めた鈴木三千代や、工学博士で昭和電線電纜会長を務めた鈴木松雄。

弟に通商産業省重工業局長等や日揮会長を務めた鈴木義雄や、経済同友会副代表幹事や昭和電工社長・会長を務めた鈴木治雄、三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現・三菱自動車工業)社長を務めた鈴木正雄、大蔵省国際金融局長や国際通貨基金理事等を務めた鈴木秀雄がいる。

娘は日本放送協会報道局長やパリ日本文化会館初代館長等を務めた磯村尚徳の妻。慶應義塾大学法学部教授の鈴木千佳子は娘。


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私が亡くなった方のために何かしたいと思ったのは、瀕死の状態から救命された、ということだけが理由ではない。本当は出産した日、手術室の中で私は天罰が下ったと思った。「人生ってよくできているんだなぁ。やっぱり神様はよく見ているんだ」と思ったのだ。


夫は私が無謀なことにチャレンジしようとした時、とめなかった。罪悪感を感じるのは当たり前だと、応援してくれた。たぶん友人の医師もそうなんだろうと思っている。


私のためにコラムを書いてくれたある新聞社の元論説委員も、私が罪悪感を持っていることがよくわかるから書いてくれたんだろう。「日本の不幸は失敗が前提の世の中でないことだ」と教えてくれた。


科学には失敗がつきものなのに、学校教育などではなぜか楽しさばかり教える。日本の科学教育のこのような姿勢はおかしいのではないかと思っていたそうだ。その通りだと思った。はやぶさが帰還した時、ノーベル賞をとった時だけ国民は大騒ぎするように思うからだ。ネズミの実験が成功しただけで、すぐに人に応用できるかのように報道するマスメディア。


そのかげで、振り落とされていく科学者がどれだけいるか。やりたい研究があっても、研究費など簡単に獲得できない。それでも目指したいと思う人だけが到達できるのだ。失敗があるのが当たり前なのに安心・安全ばかり伝えていけば、事故を想定した訓練などできないだろう。


いざ事故が起きた時に世論の猛反発を受けるのも当たり前だ。猛反発されることがわかるから企業や役所も、不祥事が起きた時に隠蔽しようとするのではないだろうか。そもそも安心・安全を求めリスクを引き受けようとしてこなった私達市民にも問題がないだろうか。私もお願いばかりしてきたような気がする。


こうして「どうしてこんなことになるんですか」と疑問を直接ぶつけられるようになったのだ。だから、罪悪感を持つこと事態悪いことではない。罪悪感をプラスの方向に変えていけばいいのだ。


子宮頸がんワクチンのキャンペーンがはじまった時、きっと今に同じことが起きると思った。「人の善意や、やり切れない気持ちを、薬やワクチンの普及に利用しないで下さい」と喧嘩になってしまった。


ある報道関係者が、推進してきた中心的な立場の先生がとても後悔しているということを私に教えて下さった。その方は私が心を痛めていることを知って、わざわざ電話をかけてきてくれたのだ。「嫌いになったらだめだよ」と言っていた。


弁護士に「利益相反を徹底してからものを言え」と言われたら何も言い返せないだろう。少なくとも私が娘だったら罪悪感を感じるだろう。もちろん報道の仕方、批判する側にだって責任はあるだろう。それでもやっぱり私はお金を受け取ることはよくないと思うのだ。


父はお金を受け取ることにはとても慎重だった。それがどうしてなのか今になってよくわかるのだ。きっと、自分の会社の技術に誇りを持っていたからだろう。


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『医学者は公害事件で何をしてきたのか』津田敏秀 p107

クリスチャンである椿氏は、冒頭に引用したように「神に誓って」とまで言いながら、新潟では、新潟水俣病の斉藤恒医師と次のような会話をかわしている。(『 新潟水俣病』斉藤恒著、毎日新聞社)。


汚染の事実がはっきりして、四肢の感覚障害があれば認定しても良いのではないか、と言う私の質問に対し、椿教授は、「斉藤君、君のいうことはわかる、それは今まで認定されているよりもっとピラミッドの底辺まで認定しろということだろう。しかし、そうなったら昭和電工や国はやっていけるだろうか?」といわれた。


私は驚いて、「椿先生ともあろう人からそんな言葉を聞くとは思わなかった。それは政治的に医学を歪めることではないですか」と言うと、椿教授は「でもねー」と言って黙ってしまった。


この会話は『 ジュリスト』という法律雑誌において「神に誓って」とまで主張したことが、本音と異なることを示している。椿氏は新潟大学医学部教授から東京都老人総合センター院長になるが、その後体調を崩し、水俣病事件の学者の主役は井形氏のみになっていく。この「交代」の背景には、椿氏が水俣病における感覚障害が、末梢神経障害でなく中枢神経の障害に由来するということを主張しはじめていた関係もあるかもしれない。感覚障害が中枢神経由来のものとなれば、昭和五二年判断条件やこれまでの「認定作業」の全面的見直しにつながりかねない恐れもあったからだ。


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ワクチンというものは、このようなキャンペーンをよしとするものなのか。ワクチンが次々開発されているが、そのたびに同じようなキャンペーンを繰り返すのだろうか。何が被害者やご家族、支援する方々を本気にさせたのか。怒りに火をつけたのか。おしすすめた方々は振り返るべきだろう。


そして、被害者のお嬢さん達が「産まれてきてよかった」と思えるようにするのだって、すすめた方々の責任ではないだろうか。


この前、集会に参加したのは、どうすれば泣いている女の子達が、少しでも笑ってくれるようになるか考えるためだ。彼女達が「産まれてきてよかった」と思えるにはどうすればいいのか、私に何ができるのかを考えていこうと思っている。


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絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート  第62回 「子宮頸がんワクチンを考える 第2回 その費用は誰が負担すべきか」配信日:2010-07-28 より一部抜粋

(略)

【予防接種法の改正は要注目 子宮頸がんワクチンが目玉】

私が注目しているのは予防接種法の改正で、論点は子宮頸がん予防ワクチンの取り扱いです。


6月16日の配信で、このワクチンが医学研究の画期的産物であることを紹介しました。長期成績や副作用の詳細については、今後の検証が必要ですが、既に100カ国以上が承認し、多くの専門家が期待を寄せています。


子宮頸がん予防ワクチンの普及を阻害しているのは、5万円程度を要する高額な接種費用です。この費用を誰が負担すべきか、決着がついていません。


私個人としては、命に直結する医療行為は公費で負担すべきであり、子どもを対象とする予防接種の優先順位は高いと考えています。


子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進委員会】


この議論に大きな影響を与えたのが、「子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進委員会」です。昨年から議論をはじめ、様々な活動を行っています。共同代表は、女優で子宮頸がん経験者の仁科亜季子さんと、国立がんセンター中央病院院長(当時、現癌研究会顧問)の土屋了介医師です。


(略)

この会は、ワクチン接種費用の公費助成を国に求めるための署名活動を展開し、7月21日に厚労大臣に5万2千筆あまりの署名を届けました。署名の数としては多くはありませんが、国民へ与えた影響力は絶大なものがありました。


【どうやったら国民に伝わるか:仁科明子さんの場合】


その理由は、共同代表の仁科亜季子さん、土屋了介医師が世論形成との仕組みを熟知し、上手くリードしたからです。


まず、仁科亜季子さんです。彼女は1972年にデビューした往年のお嬢様女優です。1970年代、多くの映画で活躍しました。例えば、1977年に公開されヒットした『悪魔の手鞠唄』ではヒロインの大空ゆかり役を演じています。しかしながら、1979年に結婚後、芸能界を引退。1991年に子宮頸がんを発症し、克服しました。その後、1999年に芸能界に復帰しましたが、往年の人気を回復するには至りませんでした。


仁科さんは、今回のキャンペーンを通じ、患者の立場を貫きました。世論に最大の影響力があるのはマスメディアです。社会の木鐸と自称するマスメディアは、弱者の視点から勧善懲悪で単純なストーリーを作ることを好みます。言わば「水戸黄門」の世界です。もっとも、単純化しなければ売れないわけで、これはメディアだけの責任ではありません。今回、仁科さんは患者という弱者を演じることで、メディアの好む絵を作りました。


彼女の凄いところは、今回のキャンペーンを活かして、女優として復活したことです。例えば、新聞への露出が大幅に増えました。2008年まで、大手新聞五紙に彼女の名前が掲載されるのは毎年10回程度で、子宮がん関係は2回くらいでした。露出に変化が生じたのは、子宮頸がん予防ワクチンが発売された2009年です。13の記事に掲載され、12ががん関係でした。2010年は約半年間で26回の記事があり、15回ががん関係です。毎週、何らかの記事が出ていることになります。また、2010年に入り、がんに関する記事も、それ以外の記事も大幅に増えています。


仁科さんは、子宮頸がんを梃子に飛躍した女優とみなすことが可能です。近いうち、仁科亜季子さん主演のドラマや映画が出来るかもしれません。


【女優たちが続いた】

今回のキャンペーンで目立ったのは、彼女のフォロワーが出現したことです。例えば、歌手の森昌子さんは、6月18日の産経新聞で闘病体験を語りました。22日には朝日新聞で女優の洞口依子さんが続きます。お二人とも、自分自身の経験をさらけだし、一般人のとは迫力が違いました。流石、歌手・女優です。


そして、もっとも影響力のあるフォロワーは、参議院選挙に当選した三原じゅん子さんでした。彼女も子宮頸がん経験者です。彼女の訴えはワイドショーなどで繰り返し報道され、新聞を読まない若者たちが問題を認識するきっかけになりました。


今回のケースが面白いのは、中年から壮年の女優にとって、病気体験が再売り出しのきっかけになったことです。団塊の世代ががん年齢に達し、彼らの共感を得たのでしょう。女優にとっても明白なメリットがあったため、協調関係が維持できました。


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2014/02/25

薬害オンブズパースン会議の記者会見を見て考える 日本の小児医療に足りないもの

薬害オンブズパースン会議がワクチン接種の中止を要望した。記者会見をみてはじめて知ったことがある。子宮頸がん予防ワクチン被害が社会問題化した原因は、厚労省が疫学調査を軽視してきからだそうだ。そもそも副作用を収集するシステムがないし、副反応は必ずでるとわかっているのに、これまで治療など全く考えてこなかったそうだ。


2月24日14時から、IWJCh4で中継された「HPVワクチンに関する厚労省審議会の検討結果を批判する意見書の公表」

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夜、意見書の内容について放送した報道ステーション

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国立精神・神経医療研究センター病院小児神経科部長
「私が診せて頂いた患者さんは
完全に治った人は誰もいない」



超低出生体重児の発達に関して、科学的に正しい情報はどうして出てこないんだとずっと不思議だった。例えば息子の総胆管結石という病気、実は同じ病院で産まれた超低出生体重児のお子さんもなったのだ。その他にも同様の症例をブログで見たことがある。だから科学的な分析のために、長期にわたるきちんとした調査報告をしないといけないんじゃないかと思っていたが・・・。


そもそも疫学調査という発想が厚労省にはないのか。


夫の知り合いには、お年寄りの健康について、長期にわたってデータを収集し分析している新開先生がいらっしゃる。だから子供にも当たり前に行われているのかと勘違いしていた。


「小児には可能性がある」と友人の小児科医に教えてもらった。しかし最近、小児がんでは晩期合併症が問題になっている。私は晩期合併症を扱った番組を見た時、立ち上がれないほどショックを受けて泣いたよ。超低出生体重児の母親は指針となるものがないから悩んでいる。超低出生体重児にも、そろそろきちんとした追跡調査が必要じゃないんだろうか。


お笑い芸人にまでなってがんばったのに、絶望し自ら命を絶った上野さん、どこか実の親に虐待され亡くなっていった子ども達とも重なって見える・・・。でも、実の親に殺されるんだから、上野さんのお父様のようなことを言ってはくれないよね。だから私は「お母さんが虐待する気持ちもわかる」だけじゃ子ども達が不憫でならないのだ。


がんをはじめとする、小児の深刻な病は、もっと社会で支えないといけないんじゃないのかな。もちろん重い食物アレルギーも副反応被害も一緒だと思う。


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晩期合併症に苦しみ自ら命を絶った正人さん
「僕は夢を追ったら必ず病気が襲ってくる」
お父さんの言葉
「産まれてきてよかったと思ったことが
なかったんじゃないのかな」



小児がん 新たなリスク クローズアップ現代

推計10万人といわれる小児がん経験者。厚生労働省が行った初の調査で、およそ半数が晩期合併症に苦しんでいる事が分かった。しかし、日本には、そうした患者を、医療的にフォローしていく態勢はない

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晩期合併症(Late effects)と長期フォローアップ 小児がん情報ステーション

晩期合併症(Late effects)とは?

がんに対する治療が終了して、数か月、あるいは数年が経過してから生じる健康上の問題を晩期合併症と呼びます。英語での「late effects」という表現が、晩期障害と和訳されることもあります。

なぜ、治療から長い時間が経過した後に合併症を生じるのでしょうか?

小児がんに対する治療はがん細胞だけでなく健康な細胞にも影響を与えます。化学療法や放射線照射による健康な細胞へのダメージが、症状につながり、合併症を生じる時期は治療中、治療直後だけでなく、長い時間の経過後であることもあります。晩期合併症の種類、リスクは、治療内容(薬剤などの種類、量、投与方法)、治療が行われた年齢などにより異なります。


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記者会見の内容を文字おこしし、記録を残しておく。


※文字おこしをするにあたり、薬害オンブズパースン会議の意見書「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)に関する厚生労働省の審議結果批判-接種の積極的勧奨の再開に強く反対する-」を参考にさせていただいた。


こちらは記者会見を中継したWJのオープンコンテンツ。


2014/02/24 子宮頸がんワクチン「いまだ有用だと判断できる情報が存在しない」~厚労省検討部会の判断を弁護士らが厳しく批判


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子宮頸がんワクチンは勧奨を再開すべきでない。医薬品には、有用性を示す科学的根拠が必要。安全性は予防原則によって判断しなければならない。有効性は科学的根拠が必要であるが、有効性を判断できるほどの証拠が存在しない。これでは患者の自己決定権を保障できるはずがない。定期接種にすべきでないワクチンだ。ごく一部の使いたい人のため、中止ではなく定期接種からはずせばいい。


氷山の一角というべき情報をもとに全体を論じ、疫学調査せず、接種との因果関係を否定したり、仮説を検討したりしている。


被害者が「こうなったのはワクチンのせいでなく、もともと精神病だったから」というように(医師から)言われている。しかし(6か月間で被害者49人の診察し、CRPSとの関連などを報告した)信州大学の池田修一氏も、「さすがに全部を心身のせいというのはおかしいんじゃないか」と言っていた。


スモンが「(整腸剤キノホルムによる)薬害である」というメカニズムを証明するには、被害がではじめた時点では難しかった。しかし、薬をやめたら症状がなくなった。薬害とは、薬を使われなくなると、立証されるということがほとんどだ。(被害者の訴えを)「心身の反応」とまとめるのは乱暴だ。


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朝日新聞掲載「キーワード」の解説 スモン

整腸剤のキノホルムが原因の薬害病で、足のしびれなどの症状から始まり、重症になると両足が完全にまひし、視力障害なども引き起こす。当時の厚生省は70年9月、キノホルムの製造販売と使用の中止を決定したが、72年までに全国で1万1127人のスモン患者が確認された。原因究明までに、感染説やウイルス説も流布し、患者は差別に苦しんだ。06年11月末現在の生存患者は全国で2430人で、県内では今年5月現在、患者約20人に特定疾患医療受給者証が交付されている。

( 2007-06-27 朝日新聞 朝刊 岩手全県 1地方 )


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「痛み研究班」について。被害を「痛み」に起点としてまとめてしまう。(被害者のためではなく、再開するために)安心して接種を受けるために、「「痛み研究班」があるから大丈夫」とつくっただけじゃないのか。国が本来すべきは、そうではなくきちんとした疫学調査だ。


公費負担、定期接種になっているんだから、すべての調査、疫学調査ができるじゃないか。厚労省は科学者として本来すべきことをしないでどうしてこんなに早く接種の再開をしたのか。何か特別な理由があるんですか?


(検討部会は)自己免疫疾患としてすでに診断されている症例を、大規模な外国の疫学調査で否定されているからとはずして検討している。しかし、因果関係を認めるための研究は、接種群と非接種群を比較しないと比較できない。それを(きちんとした疫学調査を)しないで、自己免疫疾患と接種との因果関係を否定するのは非科学的。


各学会は自分たちがワクチンメーカーから貰っているお金や、それから学会のコメントを出している先生方の利益相反関係をオープンにしてからモノを言っていただきたい。HPVワクチンが子宮頸がんを予防すると証明されかのごとく勧奨をしようとするのが、一番問題。


スモンでは、ウイルス説を大きく報道し、キノホルム説を小さく報道した。マスメディアは反省すべき点があるのではないか。


費用対効果

厚労省が定期接種にあたり検討した。作業チームが根拠とした論文は、研究班の中のグラクソの社員が身分を隠して書いたもの。効果は9年分しかデータがない。13歳に接種して生涯有効として分析した。ワクチンの接種費用もゼロとして計算している。分析の基礎がなっていない。費用対効果が良好でない。


過去の薬害から学ぶ 徹底敵な疫学調査を

あらかじめ接種する群と、しない群を分けて、2年間ぐらい調査するのが理想。しかし今から打ってもらうのでは非倫理的。だから、地域を絞ってもいいから、接種していない人を調査したらいいのでは。地方自治体でやっているところもあるが接種していない人には調査をしていない。これは科学的な議論に耐えうるものではないので、少し残念だ。


インフルエンザに感染した時に、アスピリンを使用するとライ症候群を引き起こすことがある。


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ライ症候群 wikipediaから一部引用

インフルエンザや水痘などの感染後、特にアスピリンを服用している小児に、急性脳症、肝臓の脂肪浸潤を引き起こし、生命にもかかわる原因不明で稀な病気である。


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これは当時のアメリカのCDCが徹底敵な疫学調査をして「ライ症候群」を見つけ出した。「公衆衛生の勝利」という題の論文がニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに出ている。


なぜ、日本の厚労省は徹底敵な疫学調査をしようとしない。疫学調査を軽視している。子宮頸がんワクチンの場合、被害者を日本の公衆衛生のやむを得ない犠牲だとは言えない。あまりにも理不尽だ。科学的な分析をするための疫学調査をする、これが厚労省がすべきこと。積極的勧奨を再開するのが厚労省の仕事なのか。最近話題の津田敏秀さんが書いた本では、こうした問題に触れている。



医学的根拠とは何か (岩波新書)医学的根拠とは何か (岩波新書)
(2013/11/21)
津田 敏秀

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「痛み研究班」について

慢性疼痛の治療が日本は遅れているので、研究班をつくったんじゃないか。それ自体は良いこと。しかし、痛み研究班をつくったのは、再開するため。普段から作っておくべきだった。このワクチンに特化してつくるのはおかしい。


海外で報道されていないのは

本当に報道されていないからなのかわからない。すべてを網羅していないので入ってきていないだけかもしれない


日本だけで問題になっているのか

インドは接種勧奨を中止した。しかし、サーバリックスの比率が圧倒的に多いのは日本。こんなに特殊なアジュバント(新しいアジュバントであるAS04アジュバント複合体が添加されている)が入ったワクチンを使うのははじめてじゃないか。(ガーダシルにも、DNAの断片が残留していることが確認されている)


副反応の収集システムがない

日本では医薬品の使用者本人による副作用報告制度はないが、欧米等一部の国では使用者本人からの副作用報告の制度がある。そもそも、日本では副反応の収集システムがない。日本では疫学を非常に軽視してきた。厚労省にしっかりやって欲しい。


臨床試験の問題

サーバリックス、ガーダシルともに子宮頸がんを防いだ、というデータはない。異形成(前がん病変)が少なかったという臨床試験のデータだけ。


臨床試験の問題

前がん状態、粘膜の異形成が出た時点で治療するので、代替エンドポイントでよしとする。もし治療せず放置すると倫理的に問われるからだ。しかし代替エンドポイントで効果を上げたことが、本当に(がんを防ぐという)効果があるといえるのかわかっていない。それでも(定期接種にして)良いとするかどうかは価値観の問題だと思う。


効果の問題

子宮頸がんの原因ウイルスのうち、16型、18型を防ぐとされているが、ほかのハイリスクウイルスに感染しがんになる人もいる。ハイリスクウイルスに感染する人のうち、誰ががんになるのかまだわかっていない。(感染して)がんになるメカニズムがよくわかっていない。


「異形成を防止する」といって認可したり、接種をするのはOK。しかし(そのようなワクチン)を公衆衛生の観点から、すべての人に勧奨するのはおかしいのではないか。「異形成を防ぐ」といっても、いつまで続くのかがわからない。







2014/02/24

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その7」 二度の救急搬送と赤ちゃんパンダの死因・・・

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その6」 「あなたを一人にしない」という対照的なアメリカの運動 の続き

[ 退院後 二度の救急搬送 ]


◇  ◇  ◇ 
赤ちゃんパンダ死ぬ 上野動物園、肺炎で KyodoNews
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◇  ◇  ◇ 

一歳までは新生児科の主治医が引き続き、外来で発達を診てくれた超低出生体重児の母親にとったら、共に困難を乗り越えてきた主治医に会えるのは心強い。肺が弱い超低出生体重児は退院しても感染症との闘いが待っているからだ。育児に不慣れな母親ならなおさら、一歳までが一番不安だと思う。私の息子も二回、救急車で産まれた病院に運ばれた。


一回目は生後10ヶ月の時だ。軽い風邪をひいただけだったのに、そこから一気に悪化していった。夜、ミルクを飲ませていた時に誤嚥し、私の腕の中で呼吸が一時停止してしまったのだ。顔がみるみる白くなっていった。このまま死んでしまうと思った。


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ちなみに、冒頭で紹介したパンダの赤ちゃんは残念ながら死んでしまった。私はテレビに再び釘付けになった。原因は誤嚥による肺炎だったからだ。息子はあの時本当に死んでいてもおかしくなったのだ。


◇  ◇  ◇ 
上野動物園の赤ちゃんパンダ死ぬ、死因は肺炎 2012年 07月 11日 ロイター

東京の上野動物園で24年ぶりに誕生したジャイアントパンダの赤ちゃんが11日、死亡した。死因は肺炎だという。

同園によると、赤ちゃんは母親のシンシンの腹の上で動きがなく、心肺停止状態だったため保育器に移して蘇生を試みたが、息を吹き返すことはなかった。土居利光園長は、赤ちゃんは母乳を誤って吸い込み、肺炎を引き起こした可能性があると説明した。

赤ちゃんパンダは今月5日に誕生したばかり。

◇  ◇  ◇ 

二回目はその一ヶ月後だった。この頃なぜか、夜まとまって15分ぐらいしか眠らないようになっていた。泣きつかれた明け方、ほんの数時間眠るような状態だった。私はさすがに参ってしまった。実家の母に手伝ってもらったが、母も疲れてしまいある日大喧嘩をしてしまった。疲れていらいらしていたからだ。次第に疎遠になってしまった。夫も私の様子から何かを察し、デンマークへ行く予定を急遽キャンセルした。


発作はいきなり襲った。それまで笑っていたのに、体を折り曲げるように突然苦しみ出したのだ。小さな体のどこから出て来るのかわからないほど大きな唸り声をあげた。


この時も運良く産まれた病院に受け入れが決まったが、10人前後の医師が調べてもなかなか原因がわからない。息子は待っている間にぐったりしてしまった。エコーで胆管に胆石が見つかったのは搬送されて6時間ぐらい経過してからだった。胆管を拡張する薬を入れたところ、翌日には結石が消えていた。


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私はとりあえず、原因がわかりホッとした。外科の医師からは「胆管拡張症」の疑いがあるので、経過観察をしていくと言われた。今でも年に一度外来に通っている。



〜ここまでは2012年にかいた手記。ここから先は今回付け足したもの〜


この前、議員会館で子宮頸がんワクチンの被害者のお嬢さんとお母さん達の言葉を思い出す。特に目の前のすわっていた大手新聞の記者さんも苦笑した東大病院の医師の診療。


ワクチンのせいだと思うから
歩けなくなるんだよ。
お母さんが体調の変化を記録するから
お嬢さんもワクチンのせいだと思い込むんだよ。
お母さん、「パブロフの犬」って知ってる?
あれと同じですよ。



とその先生は言ったそうだ。それはないだろうと思うのは、この二度の経験からだ。


この前、重い食物アレルギーのお子さんのお母さんも同じようなことを私に言っていたよ。子どもが生死の境をさまよったということは、二度と経験したくないほど恐い経験だ。けれど一方で「原因がわかる」というきっかけでもあり、それ事態は嬉しいことでもあるんだよ。


医療者に対する、命を救ってくれた感謝の気持ちと、不安が理解されないというやりきれない気持ちは、別に考えないといけないのではないか。


「何かがおかしい」と不安を持つこと、それは決して悪いことばかりではないんだよ。母親の本能は、子どもの命を救う、唯一の道かもしれない。不安な気持ちを「病理」として捉えるだけではなく、母親にしかできないこともあるんだ、という目で見て欲しい。それを否定してしまったら、子どもは死んでしまうかもしれないよ。


また育児に悩む母親が事件を起こしたそうだ。しかしこの「育児ノイローゼ」と、私のような母親の訴えとを、同じように「育児の悩み」とくくって扱うのは無理があるんじゃないだろうか。私には悲しい事件が防げない原因がどこにあるのかわかる気がするよ・・・。

◇  ◇  ◇ 
母子心中図る? 1歳女児が刺され死亡 東京・武蔵野 2014.2.22  MSN産経ニュース

22日午前0時5分ごろ、東京都武蔵野市吉祥寺本町のマンション2階の一室で、この部屋に住む喜多七海ちゃん(1)と30代の母親がそれぞれ胸から血を流して倒れているのを帰宅した40代の父親が発見し、119番通報した。

警視庁武蔵野署によると、七海ちゃんの胸には3カ所の刺し傷があり、搬送先の病院で死亡が確認された。母親にも刺し傷があったが、命に別条はないという。室内に「一緒に旅立つ」と書かれたメモが残されていたことから、同署は母親が無理心中を図ったとみて回復を待って事情を聴く。

七海ちゃんは浴室の前で服を着た状態、母親は浴室内でそれぞれ倒れていた。七海ちゃんのそばには血の付いた刃渡り約25センチの包丁が落ちていた。母親は意味不明の説明をしており、同署は母親が育児ノイローゼだった可能性もあるとみて詳しい経緯を調べている。

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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その8」 虐待防止になるの? 保健師の新生児訪問









2014/02/21

虐待事件 あと何人死んだら変わるのか

学校給食の食物アレルギー対策は再発防止に向け前進している。学校の先生方があれだけがんばっておられるのは、一人の命というものがいかに重いか、ということでもあるだろう。


翻って、NICUを退院して実の母親に虐待され死んでいった子ども達の命はどうなんだろう。何人も死んでいったはずだ。私は昨日学校から帰ってきて考えちゃったよ。「天国に届くといいなぁ」というのなら、そういう子ども達のことも忘れずにいないといけないんだよね。

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生後8か月の男児死亡、21歳の母親逮捕 MSNニュース

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おととし、800グラムで産まれた次男が
ミルクを飲んでも泣き止まず
イライラが募っていった
「『心肺停止』という救急隊員の声が聞こえました」

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またこんな事件があったんだと胸がつぶれる思いで見た。この子は何のために産まれてきたんだろうか。本当はアレルギー死亡事故のように、一つの命が失われた時に、様々な立場の人が集まって考えなくてはいけないはずなのに・・・。


事件化し、裁判になると議論が違う方向にいくようで。なぜなら母親には弁護士がつくけれど、この世を去った子どもにはいないからだ。本当はどんな思いでこの世を去っていったんだろうか。もし言葉が話せたら何を言いたかったんだろうか。


声なき声にこそ耳を傾けなければ、きっと変わっていかない。


この前参加した議員会館の集会で、薬害オンブズパースン会議の水口弁護士の話にはっとした。子どもは一人では生きていけないから母親を支援する、という考え方は間違ってはいない。でも、殺された子どもの人権は誰が守るんだろうかと考えたからだ。

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児童憲章 wikipediaから一部引用

児童は、人として尊ばれる。
児童は、社会の一員として重んぜられる。
児童は、よい環境の中で育てられる。

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子どもの人権については母子手帳にだって、産まれた病院のサイトにも書いてある。でも日本では、医療をはじめ福祉や教育において子どもの人権にきちんと向き合ってきたんだろうか。「親が同意しても、被害を受けるのは子どもなんです」という言葉が胸に突き刺さるのだ。同じことが「母親のケア」にも言えると思うからだ。


なぜなら、精神医療の被害者の中には、実の母親との関係に悩む子ども達が大勢いたからだ。自分は本当に精神疾患なのか、精神障害なのかと悩んでいたのだ。親が良いと思うことが、子どもにとって必ずしもベストという訳ではないだろう。

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【薬害オンブズパーソン:水口真寿美】 子宮頸がんワクチン副反応検討部会の根本的な問題点

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被害が出るのは親ではないです。
そのお子さん達です。


◇ 

大切な10代を、薬で失った ソーシャルワーカー現場へ行く から一部引用

20歳間近になって、本人自身が、私たちの相談機関をようやく探してやってきた。こんな不幸なことがあるだろうか。

教育現場よ。子どもたちを手におえないからと、安易に医療につなぎ、それで終了していませんか。結局は児童相談所や学校も、18歳になれば、学校なら卒業してしまえば、中退してしまえば、それで終わり。

そんな子たちが18歳たらずで、子どもの支援機関から放り出され、私たちのところに、症状や副作用が改善しないまま、先のことがまったくわからず、援助者もいないまま、苦しんで、続々とやってきていますよ。ほとんど社会経験や、人とのやりとりを経験しないまま。何も出来ずに、大人になってしまいましたよ。

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「育児に悩む母親をケアする」というけれど、社会的支援がそもそも足りない。社会の理解も足りない。普通の子どもしか育てたことがないお母さん達の輪には入っていけない母親は多いだろう。でも、同じような母親同士で集まっても・・・。超低出生体重児の育児の不安なんて大きくならないと解消しない。自分の子どもが元気に成長したからといって「大丈夫だよ」などと個人の経験で語ってはいけない部分もあるんだよ。


ある有名な患者団体の代表の方が私に言っていた。「患者は医師の前では、良く思われたいから演技をするもの」と。超低出生体重児の母親は医療者にはお世話にならないから、不満や不安が正直にはき出せなかったりするんだよ。


ある心の専門家と言い合いになったことがあった。「一日でいいから、1時間でもいいです。超低出生体重児を育ててみればわかりますよ。実際に育てたこともないのに、わかったように思われることが一番辛いのです。支援が子どものほうではなく、支援者の方を向いているから事件がなくならないのです」。その気持ちは今でも変わらない。


夫に「日本の支援というものは、支援者のためにあるみたいだね」と言ったら「そうだなぁ」と笑っていたよ。


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【三重】 四日市の乳児虐待に周囲気付かず 状況把握難しく 2014年2月7日 中日新聞


生後八カ月の次男に暴行し、けがを負わせたとして傷害の疑いで四日市市札場町の食品販売員中河加純容疑者(21)が六日に逮捕された事件は、家庭訪問していた市職員も周囲も虐待の兆候に気付かず、育児に悩む母親をケアする難しさを浮き彫りにした。


 市は二〇一二年十二月二十日以降、亡くなる二週間前の一三年三月十四日までに計三回、保健師の資格を持つ女性職員が中河容疑者方を訪問していた。訪問はそれぞれ一時間ほどで、中河容疑者から育児の悩みを聞いたり、次男の様子を確認したりしていたが、虐待の疑いはなかったという。


 市担当者は「母親から育児の悩みをもっと引き出せていたら、何か兆候を見つけられたかもしれない」と悔やむ。市は訪問記録を見直し、対応が適切だったか検証する。


 中河容疑者の近所の男性(63)は「亡くなる前、赤ちゃんが特別、大きな声で泣いていたという覚えもない」と振り返る。子どもがいる二十代の女性は「上の子を抱いているのを見かけたことはあるが、下の子がいたことは、亡くなったときに救急車が来て初めて知った。近所の若いお母さんの輪にも入っておらず、育児の悩みがあったのかもしれない」と話した。


 八〇〇グラムで生まれた次男は、生後すぐ新生児集中治療室(NICU)に入り、十二月ごろまで入院していた。県子ども虐待対策監の中山恵里子さんは「母親の不安解消という点でも、在宅移行への支援は必要」と語る。


 逮捕の数日前に警察からの連絡で知ったという県児童相談センター(津市)と北勢児童相談所(四日市市)は、事件の概要を調査して再発防止に役立てる。センター担当者は「こちらから戸別訪問することはなく、家庭や市役所などからの通報がないと虐待を把握できない」と話す。


(佐野周平、井口健太、安藤孝憲)


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ルポ 児童虐待 (朝日新書)ルポ 児童虐待 (朝日新書)
(2008/07/11)
朝日新聞 大阪本社編集局

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第一章「殺人鬼」と呼ばれた夫婦 より一部引用

未熟児の双子を懸命に育てる、いいお母さん

出産から半年後、夫婦は保健師の家庭訪問を受けた。保健師は双子の身長と体重を測り、育児についての考え方を聞いた。「おうちもきれいにしているし、子どもさんもちゃんと育っている。あなたいいお母さんね」保健師が再び訪問することはなかった。

4歳ーー徐々に家に閉じこもり始める

この頃から洋子さんは家に閉じこもりがちになっていく。双子を連れて外に出るたびに「子どもさん、小さいね」と言われることが苦痛だった。佳奈ちゃんと陸君は生まれた頃からミルクをあまり飲まなかった。離乳食がはじまると洋子さんはできるだけ食材を細かくして食べさせようとした。それでも身長、体重はいつも標準以下だった。

・・・

検診や予防接種で病院に行くたびに
「食が細くて食べてくれないんです」と医師にも相談した。
「お母さん気にしすぎ。お母さんこんなに元気なんだから心配いりません。小さく生まれてきたんだから、ほかの子と比べちゃだめ」
看護師はそういうけれど、洋子さんにとっては深刻な問題だった。

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2014/02/20

学校の給食アレルギー対策

今日は学校で保健に関する保護者向けの説明会が開かれたので参加した。給食アレルギーへの対応について説明があると手紙に書いてあったからだ。


第一印象は、考えている以上に少ない予算でアレルギーに対応しているんだなあ、ということだった。除去食を作るスペースなんて私の家とあまりかわない。使っている調理道具の種類と数も・・・。これで毎日がんばっているんだと思うと、何ともいえない気持ちになってしまった。


「死亡事故が起きてから、一番改善された点はどこですか」と質問してみた。先生をはじめ校医の先生はちょっとびっくりしたかもしれない。かなり改善されていると思うのだが、私のように関心がなければ、どこがどんな風に改善されたかがわからないだろうと思ったからだ。


校医の先生は私と校長先生のやり取りを聞いておっしゃっておられた。「基本的に子供には自分の身は自分で守るように親が教育したほうがいい」と。私もそうだと思っている。しかし、校長先生に以前伺ったらお子さんに、「食物アレルギーだと伝えたくない」という親御さんがおられるそうだ。そういうお子さんにはどう対応したらいいんだろう?


校医の先生は「エピペンは万能ではない」ともおっしゃっておられた。たぶんそうなんだろうと思う。ただ市の報告書にあるように、研修を受けていたにもかかわらず、早い段階で投与できなかったのだから、教員や学校は責められても言い訳が出来ないのも事実だ。「教員は子供を無事に家に帰すのが仕事なんだからそれが宿命だ」と夫が言っていた。


では、事故を起こさないよう、「エピペンは万能ではない」という前提にたって重度のお子さんは、お弁当にした方がいいんだろうか。


友人が重度のアレルギーのお子さんがいるお母さんを紹介してくれたのでお話を伺った。お母さんは私がお弁当のほうがいいのか聞いたら教えてくれた。お子さんは皆と同じ給食が食べられた時「本当に幸せ」と言ったそうだ。こういうお子さんのために文科省は通達を出してくれたんだろう。私まで嬉しくなった。子育てで苦労したことがなければ、他の子供の病気に関心などいかないかもしれない。


ただその一方で、先生の仕事と責任が確実に重くなっている。私はとても気になってしまう。重くなったということが知られていないからだ。教員の妻でもない限り、教員の労働環境にあまり関心がないかもしれない。私は、命を守るためには、教員がここまでするのが当たり前、となっていくのがいいのかよくわからないのだ。


お母さんに聞いたら、軽度の親御さんと重度の親御さんとでは温度差があるから、声をかけても一つにまとまれないそうだ。


プラント・エンジニアリングの世界には、想定されるリスク要因を徹底的に排除してもなお起こる「ビヨンド・コントロール」(制御不能な事態)という概念があるそうだ。アルジェリア人質事件の時、多くの方が献花に来てくださったのはこれまで行ってきた「ビヨンド・コントロール」について、正しい報道がなされたからだろうと思っている。


学校の給食アレルギー対策を考える時、「ビヨンド・コントロール」とはどうすべきなんだろうか。マスメディアは再び救急搬送があれば「また事故」と報道するだろう。


深く考えてしまうのだ。


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増える子どもの食物アレルギー  アナフィラキシー発生が9年で5倍増!2014/02/20 12:00


2012(平成24)年12月に、東京都調布市立の小学校で学校給食を食べた女児が、急性アレルギー反応の「アナフィラキシーショック」で死亡した事件を覚えているかたも多いだろう。何らかのアレルギーがある子どもを持つ保護者にとっては、決して他人事ではない。実際に、食物アレルギーがある子どもはどれくらいいるのだろうか。最新の調査結果をもとに、教育ジャーナリストの斎藤剛史氏が解説する。

***

文部科学省は、小学校から高校までのすべての公立学校を対象に、食物アレルギーなどの実態について調査をしました。2013(平成25)年8月現在で、乳製品やソバなど何らかの食物アレルギーがある子どもの割合は、小学校が4.5%、中学校が4.8%、高校が4.0%となっています。

2004(同16)年に実施された同様の調査の結果と比較すると、食物アレルギーのある子どもの子ども全体に占める割合は、2.6%から4.5%へと1.7倍も跳ね上がっています。さらに、調査対象となった子どもの全体数を同一と仮定して計算をし直すと、9年の間に食物アレルギーがある子どもの数は37.8%も増えた計算になります。

アレルギー反応による呼吸困難など、「アナフィラキシー」症状を引き起こしたことがある子どもは全体の0.5%。2004(同16)年の調査では0.14%でしたから、約5倍も増えています。より重篤な「アナフィラキシーショック」に進行すれば死に至ることもあるのは、調布市の事件が示しており、アナフィラキシー発生の割合が増加している事実は見過ごせません。

アナフィラキシーの際に使用する、自己注射薬「エピペン(R)」を保持している子どもは全体の0.3%。保護者から医師の診断書などの提出が学校にあった割合は、食物アレルギーのある子どもの21.4%で、これはアナフィラキシーを起こした子どもの37.1%、「エピペン(R)」保持者の子どもの30.8%に過ぎません。アレルギーについては、学校関係者と同時に保護者などの意識の向上も望まれます。

出典:食物アレルギーの子どもの割合が9年間で約2倍に‐斎藤剛史‐―ベネッセ教育情報サイト


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2014/02/20

超低出生体重児と虐待 その2 親の経済が予後を変える?

昨日の続き。食べたがらない超低出生体重児の栄養について考えてみる。私もずっと悩んできたからだ。

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子供がお世話になった特定非営利活動法人 「ケンパ・ラーニング・コミュニティ協会」
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「民族・国籍・宗教・文化・発達・しょうがい
さまざまな違いを認め学び合う
笑顔の子育てコミュニティです」

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昨年11月23日に放送された、クローズアップ現代「高齢者こそ肉を?! ~見過ごされる高齢者の“栄養失調”~」を見て栄養と運動について考えさせられた。今は研究がすすんでいろいろなことがわかるようになっているからだ。


しかも番組には、東京都健康長寿医療センター研究所の新開省二先生が出演されていた。何度かお目にかかったことがある。今まで運動生理学やお年寄りの研究を地味だと思っていたけれど、長い時間をかけ、地道にコツコツ研究を続けると、こんな風に親世代に還元できるんだと感激した。「なんて親孝行な研究なんだろう」と思ったのだ。


同時に、超低出生体重児の栄養についても、もう少し考えないといけないんじゃないかと考えるきっかけを与えてくれた。なぜなら、「超低出生体重児は成人になってから糖尿病、高血圧、肥満など生活習慣病を発症しやすい」という研究報告があるからだ。一体それは何が原因なんだろうか。どこでどんな研究が行われ、その結果何がわかって何がわからないのか。


もし食生活や運動習慣で予防できるなら、子供にきちんと教えないといけないだろう。

◇  ◇  ◇
高齢者の栄養失調 その実態と背景 NHKクローズアップ現代

こうした、一見、元気な高齢者の栄養不足は、決して甘く見てはならないことが最新の研究で明らかになってきました。


東京都健康長寿医療センターの新開省二さんです。新開さんのチームは、東京と秋田で、目立った病気のない高齢者1,000人以上の栄養状態と、その影響を20年以上にわたって追跡調査しました。栄養状態を表すアルブミンなどの血液成分と生存年数、病気との関連について、詳しく解析を行いました。


その結果、アルブミンの値が低い人たちは、そうでない人たちより生存率が低い、つまり、長生きできない傾向があると分かってきました。ほかにも、認知症の前段である認知機能の低下を引き起こすリスクが2倍。脳卒中、心臓病のリスクは2.5倍に上がる、という結果も出ました。


アルブミンは、肉や魚などのたんぱく質をもとに体内で作られるもので、筋肉や血管、免疫細胞などの機能に不可欠な成分です。そのため、アルブミンが減ると、筋肉が落ち、血管がもろくなり、免疫機能も低下します。


年をとると、多くの場合、アルブミンを作る力が徐々に弱まる傾向にあります。これが、いわゆる老化です。だからこそ、高齢者は若い時以上に意識して、肉などのたんぱく質を多くとらないと、アルブミンの減少が加速。老化が早まり、さまざまな病気が進行する要因となるのです。



東京都健康長寿医療センター研究所 研究部長 新開省二さん「(低栄養は)なかなか自覚されにくいということですが、じわりと全身のいろいろなところに影響してきます。それが最終的な寿命とか、要介護の発生に結びついてくるのではないかと。」


この豊かな時代に、なぜ高齢者が栄養不足になってしまうのか。VTRの冒頭に出てきた関谷さんです。この日1日、食べたものを見てみると…。


朝は、パンと牛乳。昼は、ごはんと焼き魚。そして、夜のメインは、野菜炒め。1日3食、食べていますが、摂取した、たんぱく質の合計は39グラム。1日にとるべき量を満たしていませんでした。気になるのは、肉が全くないことです。肉を食べるのは、1週間に2回ほどだといいます。



関谷緑さん(88歳)「毎日食べようという気がない。それでも(栄養が)間に合っているんじゃないかなって。」


魚や大豆でも、たんぱく質をとることはできますが、肉は鉄分や脂肪など、ほかの栄養も一緒にとれるうえ、必要なたんぱく質を効率的に摂取できるのです。


東京都健康長寿医療センター研究所 研究部長 新開省二さん「高齢者は割合、魚とか大豆製品はとっているんです。全体を見渡して、より不足しているのが肉なんです。今の日本の高齢者は、もう少し肉の摂取を増やしたほうがいいと。」とはいっても、栄養失調の克服は、そう簡単ではありません。

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最後はお年寄りが皆で集まって食事をする場面で終わる。


「この日が楽しみなんです、私たち。」

「みんなでお話しながら食べたほうが、おいしいね。」



息子は勉強ができなくても学校が大好きになった。おいしい給食が友達と一緒に食べられるからだ。お年寄りだって一人より大勢のほうが楽しいだろうと思うのだ。外に出ればちょっとした運動にもなる。食事を届けるサービスよりも、来てもらう方が認知症の予防にもなるなるだろうな。小さく産まれた子供も子供同士のほうが楽しいんじゃないだろうか。


幼稚園に入る前、集団生活が心配だった。でも発達の遅れがわずかなので、市の療育には入れないと言われた。音楽教室などにいっても、「勉強」の雰囲気があって子供は楽しくないようだ。


そこで少し料金が高いけれど、発達の遅れている子供のことも考え指導してくれる特定非営利活動法人に預けることにした。「民族・国籍・宗教・文化・発達・しょうがいさまざまな違いを認め学び合う」というコンセプトも気に入った。以前暮らしていたカナダのようだからだ。ここではお弁当も頼めるのでとても助かった。私が作る料理よりも見た目もきれいで味も違うから、小食でも残さず食べていた。晴れた日は公園でお弁当を食べることもあった。母である私にはできないことをしていただいた。


お母さんが一人で毎食1時間半格闘するのはどう考えても大変。たまには息抜きできればいいよね。子供が食べることが楽しいと思えるような支援があったらなぁ、と思ってしまった。


以下にあることは大げさでもなんでもない。PTAの仕事をしていたらいろいろと厳しい話を聞いた。私がインタビューに応じた時、読んだ方が一番共感してくれたのは「親の経済が、超低出生体重児の予後を左右するんじゃないか」ということだった。そうじゃないことを祈るばかりだ・・・。

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約6人に1人の子どもが「貧困」水準に……現状と対策 2014/2/19 12:30 - All About

■日本の子どもの貧困率が高いのはナゼ?

子どもの貧困率が上がってきた原因は、景気の悪化による扶養する親の経済状態が悪化したことや、離婚によるひとり親の増加が挙げられています。

日本の子どもの貧困は、所得の再分配後の方が高いのも問題です。「再分配」とは、国が税金や社会保険料などで集めたものを、年金や生活保護費、児童手当、ひとり親なら児童扶養手当や遺族年金などの給付で返すことで、所得格差の調整などを行っています。

再分配後に子どもの貧困率が改善されていないばかりか、さらに現状からすれば、日本は低所得層への再分配について再考する必要があるのかもしれません。

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2014/02/19

超低出生体重児と虐待

※ (2018.6) アクセスが集中しているので、続きを書きました
超低出生体重児の退院後の支援と訴訟リスク 『医療観察法国賠訴訟』を傍聴しに東京地裁へ

成育の『育児心理科』は、なぜ『ベゲタミン』や『エリミン』を外来患者に処方できたのか? 私の副作用報告を握り潰したのは誰なのか? その1

超低出生体重児の就学(教育)問題  『障害名』をつけるのは最後の手段にするべき 教育問題は、教育の専門家で議論して欲しい その1

超低出生体重児と虐待 『東京・目黒区、5歳の女児の虐待』というニュースをみて

超低出生体重児と虐待 超低出生体重児はすべての家庭に育てられるのか? 

超低出生体重児と虐待 元主治医、成育の初代育児心理科医長は国の専門委員だった!? 前編

超出生体重児の長期予後 親の経済力は子どもの学力だけでなく、健康も左右するのでは?

超低出生体重児と虐待 成育の奥山眞紀子氏は、虐待防止のためにこれまで何をしてきたのか? 前編

超低出生体重児と虐待  ”保育器にいた時間が長いから愛情が薄くなる”のエビデンスはあるのか?

超低出生体重児と虐待 私が警察と連携した方が良いと思う理由 あなたには『偽善』が見抜けますか? 前編


今日は手記をお休みして書いた理由について触れてみたいと思う。どうして手記を書いたのか大まかな理由だ。


ブラックジャックによろしく 3ブラックジャックによろしく 3
(2013/02/28)
佐藤 秀峰

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内容紹介

「NICU、そこでは正義と現実が命を巡ってせめぎあう。」

病院に戻ってきた斉藤を待ち受けていたのは、
同僚の医師たちからの冷たい視線だった。
そんな中、新生児集中治療室(NICU:別名ベビーER)での研修が始まる。
わずか900gで生まれた双子の未熟児を担当する斉藤が目にしたもの。

それは、不妊治療、未熟児医療、障害、追い詰められていく両親・・・
新生児科医の日常は、医者と両親の苦悩と矛盾の日々だった。
社会的大反響を巻き起こす衝撃の医療ドラマ第3巻。
[開業医の誇り編]、[ベビーER編①]を収録!

「ブラックジャックによろしく」佐藤秀峰/漫画 on Web




超低出生体重児の母親は、虐待するリスクが高くなると言われている。「言われている」というのは一体どのような調査が行われ、そうされているのかがよくわからないからだ。


医療従事者による報告書なら沢山あるが、調査対象が誰なのかがはっきりしないのだ。福島県のサイトに虐待を予防するための支援について書かれている。これがよくある考え方なのだ。



(3) 虐待を予防するために ハイリスク児への支援 福島県

ハイリスク児への支援

虐待の発生には、子ども自身の要因が関係している場合もあると考えられます。いわゆるハイリスク児と呼ばれるのは、次のような子どもたちのことです。


第一は、「手のかかる子」「育てにくい子」と言われる子どもです。子育てが大変なのは親のせいばかりではないことを明らかにし、親を責めないように配慮しながら周りで支えたり、市町村保健センターなどの身近な施設で助言を受けることを勧めてあげましょう。


第二は、未熟児(低体重児)です。未熟児で生まれると、数か月間は子どもだけ病院に入院して親子の生活ができません。我が子という実感が持てず、愛情を感じにくくなる場合もあります。また心身の成長への不安も大きいものです。入院中に親子関係を形成できるような援助が重要です。保健所では医療機関と連携し、入院中から未熟児の親子と関わっていきます。未熟児で出生した場合は保健所に相談するよう伝えましょう。


第三は、障害のある子どもです。子どもに障害がある場合、それを受容し、子どもと生きていく心構えが持てるようになることは大変なことで、時間がかかります。母親を支え、父親の理解を促す援助が必要になります。理解しがたい行動をする子どもと生活することで、いらだちや怒りが生じるとき、周囲の人が、揺れ動く親の気持ちをしっかり受け止めることが大切になります。家族、保健婦、地域の人々の応援が必要となります。


これらの条件を持った子どもは、虐待を受ける割合が高いと言われており、関係者からのよりきめの細かい支援が必要となります。




医療従事者が「お母さんがんばらなくてもいいですよ」というのは「母親を責めないため」とされているからだろう。しかし私はいつも疑問に思ってきた。


「昼間預かってあげるからちょっと息抜きでもしてきたらどうですか」などに続く言葉だったら「がんばらなくてもいいですよ」と言われても納得できるのだけど、と。「がんばらなくても」と言われても預ける人もいないわけだし・・・。


そして超低出生体重児が産まれると別々に暮らさなくてはいけないから、母として実感が持てない、だから母性が育たない、というのも私にはピンとこない。


私の場合は、愛情があろうとなかろうとわが子なら育てるのが親の責任だと思うからだ。いくら疲れたからと言って、子供を家に1人にして出かけたりしたら無責任だ。それぐらいの自覚はあるし、親になるとは自分のためだけに生きることじゃないと思っていた。


かわいいとかかわいくないなどと考えている余裕などなかったけれどなぁ。


「心身の成長が不安」とわかっているなら、正しい情報を教えてくれるといいんだけれど、NICUで働いたことがなければ小児科医だってよくわからない。かかりつけの先生はNICUのある基幹病院の元小児科医長だったけれど、それでも24週はよくわからないみたい。


市から派遣されてくる保健師さんには「勉強しにきた」と言われたよ。


これは2007年4月16日、NHKの福祉ネットワーク「超低出生体重児 母親の悩みにどう応えるか?」で放送された内容だ。


NHKの福祉ネットワーク「超低出生体重児 母親の悩みにどう応えるか?」

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かつては生まれてきた命が救えるかどうか危ぶまれたのですが、医学の進歩により、ここ10年ほどで超低出生体重児の約8割が助かるようになりました。


しかし、NICUを出ると超低出生体重児の親には大きな苦労が待ち受けています。思うように進まない成長、いつ病気になるかわからない不安。しかし、一般的な体重の赤ちゃんと違い、超低出生体重児のデータはまだ少なく、医師もこの先どのように成長するか見通しを示す事が出来ません。普通の子どもなら「ささやかなこと」で片付けられることも、「命にかかわること」になるのではと、気の休まるときはありません。




番組では超低出生体重児の男の子と女の子の双子の日常が紹介される。お母さんは女の子が食事を食べてくれないから大変そうだ。


酸素の管をのどに入れていた違和感からか、食べ物をほとんど口にしようとしないのだ。調理師の免許を持つお母さんは料理の工夫を重ねる。この日は沢山の野菜を細かく刻んでハンバーグに混ぜている。しかしいくらがんばっても食べてくれるのは男の子だけ。女の子はいつも食事の途中で逃げ出してしまうのだ。


お母さんは食事のたびに格闘をしていて、毎食1時間半もかけていた。思うように進まない成長。いつ病気になるかわからない不安。2歳近くなる今でもお母さんは眠れない日々が続いている。手をあげたくなる衝動を抑えるためトイレに駆け込むこともあったそうだ。


この番組の最後は、ある病院の母親の会が出てきた。皆で育児の不安を話し合うことで解消するのだ。でもこの時私は思ったのだ。女の子はあのままでいいんだろうか。私にはお母さんががんばればがんばるほど、子供が食べないように思えてしまったからだ。


お母さん同士で話しあうとお母さんの不安は解消できるかもしれない。でも、「がんばっているよね。うちも食べてくれなかったんだよ〜。」となるだろう。それで本当にいいんだろうか。


その反対に「1時間半もかけて食べさせなくても大丈夫だよ〜」と言うお母さんもいるだろう。その場合も、栄養がとれない状態が長く続くのはいいのかわからない。


私が相談されたら無責任な返事はできないからなんて言っていいかわからないよ。母親の不安を解消することと、それが医学的に正しいかは必ずしも一致するとは限らないと思うのだ。


だからこの番組をみて、お母さんだけで集まって解決することに限界を感じた。超低出生体重児の健康と心にとって何がベストなのか、専門家を集めてもう少し考えていかないといけないんじゃないかと思ったのだ。


ダウン症のお子さんが身近にいる友人も「ダウン症といっても、体の状態もそれぞれ皆違うし、家庭環境も経済的な状態も違う。だから教育の考え方一つとっても、何をよしとするかは皆それぞれ違うよ」と言っていたよ。


給食アレルギー対策にもいえるんだけど、「これをしなさい」と上から通達を出しても現場はそれぞれ違う。医学的に正しい知識や情報は皆必要でも、支援とは一律でなく個別に行わないと「絵に描いた餅」なんじゃないだろうか・・・


ある政治家の方に「超低出生体重児を育てるのは大変だ。予算をつけてあげらえるかもしれないから、訴えてみて」とすすめていただいたことがあった。大変嬉しく有り難く思った。けれどその時思ったのだ。私のような母親に特別な予算が必要なんだろうかと。


私はちょっとしんどいけれど、まあがんばればなんとかなる。「ゆっくり育つ」と理解してもらえばそれでいい。だから一体何に予算をつけたらいいのかわからなくなった。予算を必要としているのは「がんばれない」「訴えることができない」お母さんじゃないだろうか。


そもそも、障害のある子供が産まれた時に、すべての家庭と親に育てられる経済的、精神的余裕があるんだろうか。私が「ブラックジャックによろしく」という漫画を読んで今ひとつ感情移入できなかったのは、新生児科医や看護師が障害のある子供を、とにかく受け入れされることが「善」だと信じているからだ。


すべてがそれで丸く収まるんだろうか、と思ってしまったのだ。


いくら一生懸命まわりが支えても、中には育てたくない、あるいは育てきれない親だっているんじゃないだろうか。例えば、肺が弱い超低出生体重児の親がタバコを吸っていたら子供がかわいそうだな、と私は思ってしまうのだ。


虐待するお母さんは病院のお話し会に参加するんだろうか・・・できないから虐待するんじゃないだろうか。


「きれい事だけでは命は守れない」という前提じゃないと私は虐待が防げるとは思えないのだ。


「女児かわいくない」と62度の熱湯かける 堺・虐待で母親 起訴 2010.6.1


大阪府堺市南区で4月、長女(1)が熱湯をかけられる虐待を受けたとされる事件で、傷害 容疑で逮捕された母親の無職、井上夢麻容疑者(23)が「未熟児で手がかかり、産後からかわいいと思えなかった」と供述していることが分かった。

井上容疑者が「シャワーのノブを最高温度に回して(熱湯を)かけた」と供述していることも 判明。給湯システムの性能から熱湯は約62度だったとみられる。堺支部は同日、傷害罪で 起訴した。

起訴状によると、井上被告は4月9日午後8時半ごろ、府営住宅の自宅浴室で、長女の尻や右太ももにシャワーで熱湯をかけ、皮膚がめくれる重傷を負わせたとしている。




22歳母親、生後5カ月の乳児を虐待殺  2000.12.2

広島県警福山東署は2日、生後5カ月の長男に虐待を繰り返し死亡させたとして、同県福山市東深 津町6、主婦・合木春美容疑者(22)を傷害致死の疑いで逮捕。

合木容疑者は今年6月21日に殺害した長男を出産。未熟児だったため保育器で約3カ月間育てた後病院を退院したが、育児に疲れ、10月上旬ごろから龍太ちゃんの頭や体を平手でたたいたり板張りの床に落とすなどの虐待を繰り返し、今月1日、硬膜下血腫による水頭症で死亡させた疑い。合木容疑者は1日午後5時ごろ、長男が死亡していることに気付き119。搬送先のの病院が警察に通報 した。龍太ちゃんの胸腹部と背中には十数カ所の引っかき傷やつねった跡等、虐待の痕跡が見られた という。

容疑者は「子供が泣きやまず、夜も眠れなくていらいらが募って暴力を振るってしまった。かわいそうなことをした」と容疑を認めた。土木作業員の夫(22)と3人暮らしだが、夫は「別室で寝る などし、虐待は知らなかった」としている。
2014/02/18

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その6」 「あなたを一人にしない」という対照的なアメリカの運動

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その5」 一人になった退院の日 の続き

[『あなたを一人にしない』というアメリカのピンクリボン運動]

若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記
(2011/02)
藤谷 ペコ

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ある時、アメリカのピンクリボン運動について書かれた新聞記事を読んだ。私は羨ましくなった。告知の時に、「あなたを一人にしない」と言って、かばんにたくさんの情報誌をつめて渡すそうだ。これは大切なことだと思う。なぜなら、がんに限らず深刻な病を抱えた患者にとって正しい情報は命と同じだからだ。


一方、日本のピンクリボン運動は、患者のための活動といえるだろうか。いつの間にか、検診の重要性を訴えるキャンペーンにすり替わっているように感じてしまう。


キャンペーン期間中、街には「早期」「検診」「安心」などの文字が書かれた広告が並ぶ。その後には「私はがんでなくてよかった」と続くのだろうか。もし私ががんを告知されたばかりの患者だったたら、いたたまれない。これでは検診で早期発見できたとしても、その人はかえって社会で孤立していくのではないだろうか。誰のために、何のためにある運動なのだろう。


かつて世間を震撼させた、新興宗教団体の霊感商法があった。なぜ被害者は簡単に騙されて大金を差し出すのかずっと疑問に思ってきた。しかし自分が超低出生体重児の親になった時、悲しいことに騙される側の心理も理解できるようになった。

◇  ◇  ◇
1999年12月1日 「法の華」一斉捜査が行われた日 日テレDON!一部引用

「最高ですかー?」
 
東京・渋谷の街頭で叫ぶ白装束の集団。彼らは宗教法人「法の華」の信者たち。「法の華」は、その教祖福永法源が詐欺容疑で逮捕されるまでどのような活動をしてきたのか。950億円ともいわれる被害はどのようにして生まれたのか。

1999年のきょう、12月1日は、「法の華」一斉捜査が行われた日。

■法の華の活動

<アンケートによる勧誘>
 法の華が出す本にはさまれたアンケートを出すと、福永法源の講演会に参加しないかという電話がかかってくる。これが法の華に信者をよびこむ手口である。

<ターゲットは120の病院>
 アンケートによる勧誘以外にも、あたかも病が治るような嘘を病院の周りで吹聴し、信者を呼び込んでいた。

◇  ◇  ◇

彼らがターゲットにしていたのはがんなどの重い病を抱えた患者さんや家族だったからだ。いつの時代でも騙す者の方が一枚も二枚も上手だ。大きな病院に潜り込んで患者さんを見つけるのは容易に違いない。その後をつけ、敷地を出た所で偶然を装い本を渡し勧誘したそうだ。病院側が気づいても敷地外であれば咎めることは難しい。何から何まで、すべては計算ずくだ。私は胸が痛んだ。
 

息子がNICUを退院する時に「私は一人になった」。そう思うのは私だけではないはずだ。実際にNICUから出た後、事件の被害者や加害者になった母親は少なくない。せめてアメリカのピンクリボン運動のように「あなたを一人にしない」という活動があったらと思うのだ。


〜ここまでは2012年に書いた手記。ここから先は今回私がつけたしたもの〜


乳がんの患者さんだったペコさんのブログから引用させていただく。ペコさんは生前ピンクリボン運動に苦言を呈しておられた。私も乳がん撲滅のセミヌード広告にはムカムカしてしまった。セミヌードはどう考えても乳がんの患者さんへの配慮が足らないだろう。


活動するタレントさんやスポンサーの皆さんは気づいておられるだろうか。患者さんから様々なものを搾取しておられることを。御自身の好感度をアップするために患者さんがいるのではないのだ。私はあのセミヌード写真騒動以来、ピンクリボンのマークが入った商品は買わないようになった。友人の医師がいうように、日本の患者会の活動が治療研究に結びつかないのは、「日本のピンクリボン運動」をよしと思ってしまう私達市民に問題があるのだと思っている。


夫は大切な研究者仲間を乳がんで失った時、私に言っていたよ。「乳がんは『早期治療できてよかった』というような簡単な病じゃないんだな」と。

◇  ◇  ◇
若年性乳がんになっちゃった! 「治るのに」はどれだけ危険か

乳がん検診の際に「治るのに。」というポスターを見て検査して、
ステージ1で手術したら「治った!」って思っちゃうじゃないですか~。(中略)

何と、「ごく早期」の条件で計算しているにも関わらず、
10年で10%以上再発すると出ました(;・∀・)
思った以上に再発率が高くて私も((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルです。

これでも、「治るのに。」というポスターを
都の施設に貼ることができるのでしょうか?
95%が治癒します、って言えるのでしょうか?
その言葉を信じて、でも再発してしまった人に対しての配慮はないのでしょうか?

再発だって「早期発見、早期診断、早期治療」が必要なのに、
どうして「既に罹患してしまった人」には情報を提供しないのですか?

治療方法や日々の生活のヒントを提供するだけで、
「乳がんになっても、仮に再発してしまっても、
治療をしながら、長い時間、今までと同じ生活を維持できる」ということを
アピールできるのに、なぜそういう方向に向かわないのでしょうか?

◇  ◇  ◇


そしてもう一つ、腫瘍内科医の勝俣範之先生の記事から一部引用させていただく。私がインタビューに答えたのは2010年だった。この手記を書いたのは2012年だ。こうした意見が腫瘍内科医から出てくることはとても嬉しい。少しずつ啓発キャンペーンも変わっていくのだろうか。そうであるといいなぁ、と思う。ペコさんが天国で喜んでくれれば私も嬉しいんだけれど。


◇  ◇  ◇
ピンクリボンキャンペーンに思う-勝俣範之 投稿日: 2013年09月27日 12時20分 ハフィントンポスト日本版 より一部引用

海外のピンクリボンキャンペーンは、「乳がんに対して理解を深める」というキャンペーンであり、あまり「検診」について強調されていません。また、キャン ペーンで得られた寄付金は、乳がんの治療研究に主に使われます。「海外では検診は既に普及しているので、検診を訴える必要がないからだ」とお叱りを受けそ うですが、もちろん、日本では検診がすすんでいないので、まずは、検診を広めることが大事であると思います。


では、「検診を広めるためにはどうすればよいか?」、考えてみたいと思います。現在、日本で行われている検診を広めようという運動は、ほぼ啓蒙活動のみです。国民への啓蒙が一番大事なのでしょうか?確かに啓蒙は大事です。どのピンクリボンキャンペーンを見ても、「検診に行きましょう!」と皆が口々に唱えて います。


日本のピンクリボンキャンペーンが盛んになってきたのは、2000年代に入ってからです。2000年(平成12年)10月に「あけぼの会」が東京 タワーをピンク色にライトアップしたことがきっかけと言われています。その運動の規模は年を追うごとに急拡大しており、りそな銀行、アストラゼネカ、アテニア化粧品、エイボン・プロダクツ、東京海上日動あんしん生命、ワコール、オーティコンなど、協賛する企業、市民団体は多数存在するようになり、大変な盛り上がりを見せています。企業もキャンペーンを奨めることにより、イメージアップを図ることができるので、企業宣伝にもつなげられるということなのでしょうか。


では、その結果、検診を受ける人が飛躍的に増えたのでしょうか?乳がん検診率を見てみると、2006年から、2010年までに、13.41%から、22.86%と確かに増えてはいますが、目標とするがん検診50%以上までにはほど遠い状況です。

◇  ◇  ◇


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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その7」 二度の救急搬送と赤ちゃんパンダの死因・・・



2014/02/17

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その5」 一人になった退院の日

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その4」 産まれた日 の続き

[一人になった退院の日]


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退院が迫るにつれ、喜びよりも不安が押しよせた。主治医だけなくNICUのスタッフはとても親切だ。天国のようだと思っていた。しかし、退院すれば NICU には二度と戻れない。これまで大勢のスタッフが行っていた世話を、これからは私一人でやっていかなくてはいけない。大丈夫だろうか?いつしか私はほとんど眠れなくなってしまった。

◇  ◇  ◇
NHKクローズアップ現代「幼い命を守れ~小児在宅ケア・地域の挑戦~」より一部引用 
新生児医療が進歩すればするほどNICUのベッドは必要とされすぐに埋まってしまう状況が続いています。妊婦と赤ちゃんの命を守るには、NICUに常に空きを保つ必要があります。そのため症状が改善し、自宅での生活が可能になった赤ちゃんは、退院して家族とくらしていくことを目指すことになります。


しかし、こうした子どもが自宅で医療を受けながら暮らしていく取り組みは地域にまだ十分あるとはいえません。NICUを出る時に感じたアンケート調査によると、「家族が一緒に暮らせる」など良かったことをあげた回答より、「不安だらけで孤独でした。これで退院してよいのか」などの声が二倍以上にのぼっています。

◇  ◇  ◇

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そんな時に、近所の踏切で母親が子供の将来を悲観して、電車に飛び込むというニュースを見た。これはもしかしたら将来の私かもしれないと怖くなった。まだ一歳になったばかりの赤ちゃんには心臓に重い病気があっからだ。


退院の日、その不安は現実となった。主治医からこれからの生活について一通り説明が終わった時だった。ソーシャルワーカーから話があるから待って欲しいと言われた。20分ほどしてやってきたソーシャルワーカーの話を聞いて、これからは私一人で生きていかなくてはならないと覚悟することになった。


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ソーシャルワーカーが渡したのは、パソコンがあれば誰でもアクセスできる、市の育児支援情報だったからだ。「ショートステイ」という文字を見て言葉を失った。これは健康に生まれた子供のための育児情報だ。 超低出生体重児はたとえ実の親であっても気軽に預けられないのだ。だからアンケートにもあるように、母親は退院となると喜びよりも不安に苛まれるのだ。


つい先ほど主治医から「一歳になるまでは感染症を防ぐためにも人ごみを避けて下さい」と言われたばかりだ。この大病院は日本中の子供のためにあるはずだ。それなのに、そこで働くソーシャルワーカーにさえ、超低出生体重児に関する情報は共有されていないのだ。この時の孤独感をどう表現すればいいだろう?私は家に帰って一人泣いた。



雪がちらつく寒い日だった。


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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その6」 「あなたを一人にしない」という対照的なアメリカの運動
2014/02/14

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その4」 産まれた日

小さく生まれたた子供を社会でどう支えるか「その3」 超低出生体重児の育児とは の続き

[産まれた時のこと]


ニューズウィーク日本版・新0歳からの教育 2001年4月1日
p.61 「小さな命を技術が救う」

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2002年7月だった。私は妊娠22週の時に、前置胎盤による出血で家の近くにある病院に入院していた。ついこの間、妊娠しているということがわかり喜んでいたら、出血・・・。


分娩予約をしようと訪れた病院で、「今すぐ入院しないとダメです!あなたみたいな人はね、私の勤務先の大学病院だったら、絶対安静なんですよ」」とはじめて会ったばかりの産婦人科の先生に怒られてしまった。看護師さんには「出血しているなら座って待ってなくていいのに!」と驚かれてしまった。


なんとか安静を保っていたものの二週間後の深夜再び出血してしまった。副院長先生が何時間も受け入れ先を探し、設立されたばかりの区内にある大きな病院に受け入れが決まった。副院長先生が誰よりも大喜びしていた。


救急搬送されたのは翌日のお昼過ぎだった。搬送先の病院までの通りは交通量のわりに道幅が狭く、いつも渋滞している。心細くて救急車の窓から通りを見た時にどこまでも続く車の長い列が見えた。私のために停車してくれているのだ。その中には、時間に追われ仕事をしなくてはいけないバスや宅配便、大型輸送車もあった。まさに命のリレーだ。私はあの光景を生涯忘れることはないだろう。


転院後も少量の出血は続いた。 転院して数日後、子宮口を縛る手術を予定していたが手術をはじめた途端、出血が止まらなくなり、そのまま緊急帝王切開手術となった。その病院が設立されてはじめての24週の緊急帝王切開手術ということで放送が入り手術室にはスタッフがどんどん集まってくる。


24週というのはマラソンでいえば折り返し地点だ。妹が差し入れたニューズウィーク日本版の特集には、「1000グラム以下の赤ちゃんは高度先端医療で救命できるようになった。しかし、予後はまだよくわからない。在胎24週あれば、深刻な障害を残さず順調に育つ可能性があるかもしれない」と書かれているだけだった。


お腹の子供はどうなるのだろう?私の人生もがらりと変わるかもしれない。私は『 命をつないでいただいたという感謝の気持ち』と、『 坂道を転がり落ちるように悪い方へ来てしまったという絶望感』と、二つの気持ちの間で激しく揺れた。


夫がつくっていたグラフ 息子の体重の記録
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その日の午後5時過ぎ、800グラムのほどの息子が産まれた。未熟児網膜症をはじめいくつも問題を抱えていたが、4ヶ月間ほどNICU(新生児集中治療室)に入院した後、なんとか退院となった。


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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その5」 一人になった退院の日