2014/03/31

日本トラウマティック・ストレス学会に伝えたいこと 私が地上に出た日 育児支援と人権と

●あるジェンダー研究者の言葉 「救命された命。その命の持つ力と助ける人間の力をもっと肯定的なものへと社会が変えていく必要がある」


平塚らいてう評論集 (岩波文庫)平塚らいてう評論集 (岩波文庫)
(1987/05/18)
平塚 らいてう

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元始、女性は太陽であった
今、女性は月である。
他に依って生き、他の光によって輝く、
病人のような蒼白い顔の月である


昨年私のこれまでの歩みを社会学の学会で、実名で発表していただいた。これまで紹介した手記は、そのために資料として書いたものだ。


小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その1」 手紙を書いてみる

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか 「後記 その1」 私がこころのケアに疑問をもったきっかけ



前回の記事で書いたように「もう遅いかもしれない」そういう気持ちはあるけれど、一方できちんとした学会で発表していただき記録が公式に残っているということは大きな強みになるだろう。今後虐待事件が起きた時には何かの参考になるかもしれないからだ。だからブログにも記録を残しておこうと思う。


●なぜ、未熟児の虐待事件がなくならないのか 

どうして未熟児が虐待されるのか。悲惨な事件が減らないのか。多くの国民の皆さんは疑問に思っておられるだろう。実名にしていただいた理由は虐待防止対策の中に出てくる「超低出生体重児の母親はこうである」という母親像に対する反発からだった。


超低出生体重児と虐待


超低出生体重児の母親とは10人いればそれぞれ皆違うはずだ。子どもの状態、夫との関係、実の親との関係、義理の親との関係、経済状態、学歴、地域との関係、仕事の有無など、どれをとっても同じということはないだろう。なぜ、どうして、いつからこうだとされるようになったんだろうか。


そもそも「育児は母親だけがするのでない。父親も育児に参加を」と 対外的には呼びかけるのに、実際の支援では、なぜか母親にケアをする。どこか官僚的な発想というか矛盾を感じてきた。


医療政策を研究している医師に聞いたことがある。虐待事件が続くと厚労省には「何をしているんだ」という批判の矛先が向かう。だから、専門家を集め報告書をまとめるのだそうだ。それが必ずしも困っている母親のためにならなくてもアリバイになるから・・・。


それが真実かどうかわからないが、私には思い当たることがあった。平塚らいてうの「他に依って生き、他の光によって輝く」という言葉がぴったりと当てはまるような経験をしたのだ。絶対に埋まらないジグソーパズルの最後のピースが埋まるような感じがした。


●私が実名で被害体験を学会発表していただいた理由 超低出生体重児はいくら夫が育児に協力的でも、育てるのが大変だと伝えるため!

実名にこだわったのは「私は違います」そう意思表示をするためだ。


ちなみに夫は育児に熱心で、夜泣きの世話もしたし料理も好きだ。ミシンで子どもの服をリフォームをし、私を驚かせたこともある。だから息子は、私と過ごす時間のほうが長いのに、「僕はお父さんのほうが好き」と私に言う。超低出生体重児はいくら夫が育児に協力的でも、育てるのが大変なのだ。


もしも、夫が新聞記者や救命救急医だったら、育児に協力的でなくても仕方がないだろう。父親が育児に協力的でないといっても、社会のあり方や働き方を考えないと解決しない問題だってあるだろう。


だから私は、支援というものは今の時代、個別にみていかないといけないと思うのだ。「実名で」と強くお願いしたのは、「超低出生体重児の母親」というくくりでなく、一人一人をみて欲しいという願いからだ。


彼女は医療系の大学に所属している。教えているのは社会福祉を学んでいる学生さん達だ。学生さんは学会発表のために一生懸命意見を出してくれたそうだ。彼女は学生さん達の意見を取り入れ、学会発表用のスライドショーをパワーポイントで作った。


●私の「社会的な活動に焦点があてられた」学会発表のスライド 

ところが発表がせまったある日、職場の育児支援の専門家に見せたところ、 またしても「母親の心の問題ではないか」と言われたそうだ。


急遽差し替えられたスライドショーは最初のものと大きく違い、社会的な活動に焦点があてられていた。私が子育てをしながら裁判所に手紙を書き、シンポジウムに登壇し、手記を発表したりと、これまで行ってきた様々な活動が写真とともに紹介されていたのだ。大野病院事件で先頭に立った亡くなった先生と一緒に映っている写真もある。さらに「当日、病院に送った要望書、シンポジウムの原稿、新聞記事などを会場で配布したらどうか」とすすめてくれた。


彼女が作り直してくれたスライドショーを見た時、これまでのことが走馬燈のように蘇ってきた。「ああ、私はこれでやっと顔の見える一人の人間として扱ってもらえる」そんな気がした。


●国立成育医療センター育児心理科医長の言葉 『育児支援は私たちがやるから、あなたは黙っていて」

以前「当事者の声を政策に反映して欲しい」と心の専門家に訴えたことがある。ところが、「私達がちゃんとやっているんだからあなたは黙っていて」と、とりつく島もなく拒絶された。


「あなたなんかに何ができるのか」。


あの時の心が凍るような言葉が私の心に火をつけた。どうして私達のための支援なのに、当事者の私が黙らないといけないの?「草の根でどこまでやれるかがんばってみろ!」と夫は言った。


●心の専門家だって、私たちから搾取しているじゃないか!

その心の専門家はジェンダーの研究者だった。彼女の研究は私に一体何をもたらしたというのだろうか。母親から搾取するのは男性や夫だと決めつけないで欲しい。

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手のかかる子どもの育児に追われていることは決して不幸ではないのだ。結婚生活や母親を不幸と決めつけると、カウンセリングは「家族解体」につながっていくという弊害もあるといわれている。


もともと我が国のジェンダー研究は、マルクスレーニン主義からくるものであり、「家族解体」を目指しているという批判は根強くあった。


●周防正行監督映画「それでもボクはやってない」を彷彿とさせる、国立成育医療センター育児心理科で起きた悲劇

その証拠なのか、妻からの訴えだけで一方的にDVの加害者にされた恐怖、親権を剥奪されたという父親の悲痛な叫びはネットに溢れている。私は女性であるが、同時に男児の母である。私にはすべてが嘘や偽りとは思えず看過できないのだ。診察室の中で何が起きていたのか。そろそろ振り返るべきではないのか。



お父さんはやってないお父さんはやってない
(2006/12/05)
矢田部 孝司+あつ子

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この事件と出会わなければ、僕の映画は生まれなかった----周防正行監督
 冤罪に巻き込まれた夫のために、家族は何ができるのか? 有罪率99.86%の
日本の裁判制度と闘い、逆転無罪を勝ち取った家族の、苦悩と愛情に満ちた感
動の手記。周防正行監督映画「それでもボクはやってない」の原点。


◇ 

答申日:平成24年3月12日(平成23年度(独個)答申第44号)
事件名:本人に係る外来診療録の不開示決定に関する件


オ 客観的な事実

父親は,母親失踪後約半年後に,特定児童相談所を訪れ,子の養育・子の心理鑑定を児童心理士に行ってもらっている。 その結果,

・父親の養育に何ら問題ない。自信を持って今の養育を続けてくれ
・子の心理状況も何ら問題はない。知能指数も一般的な年齢より半年くらい発達している

との回答を得ている。 これは約3~4か月間通って,児童心理士より得た診断結果である。またその後,特定病院にも診察させている。 その医師も,「子供の心理状況には,何ら問題ない」と診断している。仮に子の心理状況に問題が見られるのであれば,毎日通っていた特定保育園の保育士や,その姿を毎日見ていた保護者達が気付くはずである。

(中略)

父親と●の主治医とは,15分程度しか会話したことがない。 それをもって,父親の性格や行動を予測するほどの能力があると言うこと自体が誤りである。




答申日:平成24年3月12日(平成23年度(独個)答申第44号)
事件名:本人に係る外来診療録の不開示決定に関する件


イ 経緯

●の主治医による診療の過程で以下の事象が発生したと思われる。
a主治医は本人の父親,母親それぞれに対し矛盾した説明,会話を行った。
父親の考えは,本人の知的能力を把握した上で本人の能力に応じた教育,体制を構築し,将来的に自立するよう教育すべき。 母親の考えは,飽くまで本人は健常者の能力を有しているとの前提での教育をすべき。

主治医の対応としては,

1 父親に対しては,適正な検査を受けその結果を把握した上での 対応が必要。
2 母親に対しては,健常者としての教育を行うことが必要,検査 の必要はなし。

b この結果,父親,母親は双方の意見,主治医の見解に基づき議論 を行ったものの,当然ながら全く矛盾する会話が展開され,父親, 母親(夫婦)間の不信は回を重ねるごとに埋め難いものとなり,父 親,母親(夫婦)間の関係は修復し難い険悪なものとなった。


c 母親より父親に対し,離婚調停の申立てがあり,最終的に父親側 の抵抗により離婚調停は不調に終わるも,母親は別居用の居宅を借りた状態を継続し,現在も一発触発で一家離散の状況である。

◇  ◇  ◇

参考のために、基本的人権の尊重について引用させていただく。上記の答申書に記載されている、国立成育医療センターの育児理科(当時)で行われていたことは、まさに人権侵害だと私は考える。

◇  ◇  ◇
基本的人権の尊重 静岡県総合教育センター

人間が人間らしい生活をするうえで、生まれながらにしてもっている権利を、基本的人権といいます。日本国憲法では、「基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」によって確立されたものであり、「侵すことのできない永久の権利」として保障しています。基本的人権の内容には、自由権・平等権・社会権などの権利があります。また、現代社会の進展によって、環境権や知る権利などといった「新しい人権」が生まれてきています


◇  ◇  ◇

●医療者に反発される内容が、外の世界に出た途端、沢山の共感や賛同を得られる

世の中にこんな偶然があるのだろうか。私のために発表してくれた社会学者もまたジェンダーの研究者だったのだ。それも、見過ごされがちな女性の人権問題を扱ってきた専門家で受賞歴のある優秀な方だった。だから私を一生懸命、外の世界に連れ出そうしてくれたのだ。「あなたの主張はジェンダーの王道」と言ってくれた。


当日、発表は大成功だったそうだ。参加者には「この問題は超低出生体重児の育児だけじゃなく、もっと普遍的な問題をはらんでいる」と言われたそうだ。そう、私はずっと願ってきた。退院後の育児支援は医療問題ではなく、「社会の問題」として扱って欲しいと。外の世界に出るのに10年かかったのだ。


医療者に反発される内容が、外の世界に出た途端、沢山の共感や賛同を得られるーーーーここに悲しい事件が減らない原因が隠されているのではないだろうか。


彼女の言葉を紹介する。


「重度障害児の在宅医療は大変であり、在宅で看ることが親の愛といっても限界があると思います。私は、医療中心の取り組みではなく、社会的福祉的支援が中心になるべきであり、医師は必要に応じて役割を果たすぐらいのほうがいいと思います。重度障害を抱えた子どもたちは医療の力がなければ生きられなかったのだとしても、子どもたち自身の生命力がなければ生きられなかったのも事実だと思います。救命された命。その命の持つ力と助ける人間の力をもっと肯定的なものへと社会が変えていく必要があると思います」。


クローズアップ現代が放送されたのは、学会の直前だった。まさに彼女の指摘しているようなことがテーマだった。当日の発表では、クローズアップ現代についても触れられた。


NHKクローズアップ現代「幼い命を守れ~小児在宅ケア・地域の挑戦~」田村正徳埼玉医科大学総合医療センター教授の言葉を一部引用させていただく


◇  ◇  ◇  
私は厚生省の研究班でNICUの長期入院児の問題を検討する研究班をまかされたことがあるんですけれども、福祉や障害(を受け入れる取り組み)をやっている方から、「あなた達はNICUのベッドをいかに空けるかということだけに気がちっていて、そのお子さんを帰した時に、お子さんと家族が出会うであろう生活とか福祉の問題とかに気を留めない」というふうに、注意をされたことがあります。


厚生省は2012年を在宅医療元年とよんで、在宅医療の他職種の連携とか拠点事業とかずいぶん、力を注いでおります。ただ、地域によって温度差がありますので。しかしながら、子どもの在宅医療を支えるということは患者さんや親御さんだけではなくて、国全体の子どもや赤ちゃん、お母さんの安全保障ということになりますので、国がイニシアティブをとって普及させる活動をさせるべきだと思います


65歳以上の老人に対する、国民一人あたりの国民総医療費は、15再以下の子どもの10倍ということになります。ぜひ、子どもにもお金を使っていただいて、より安心して住める社会にしていただきたいと思っています。この問題を子どもの問題でなく、社会の問題として捉えていただきたいですね

◇  ◇  ◇  


2014/03/25

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その17」 すべてを個人の「こころの問題」にしないで欲しい

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その16」 必要なのは教育者の温かな眼差し  の続き


[ 教育や福祉の不備は母親のこころの問題なのか ]


「母親のこころのケア」をする専門家には、ジェンダーの研究者も多いように思う。私はそういった「こころの専門家」のケアを、半ば強制的に受けさせられた。しかしこころが軽くなるどころか多くの疑問を感じずにはいられなかった。一体、彼らの研究は私に何をもたらしたのだろうか。


私のような超低出生体重児の母親が育児に悩むのは私のこころが弱っているからだろうか。もし母親がうつになって当たり前の状況があるのなら、その原因を取り除く努力をすればいいのではないかーーーーーー



「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち
(2008/02/25)
本田 由紀

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夫は家事と育児を手伝ってくれた。夜泣きの世話の半分も夫が手伝ってくれたのだ。お弁当作り、食事の世話、洋服の丈つめ、本棚もつくった。幼稚園に毎朝送って行くのも夫の役割だった。


独身の時には、子どものキャンプ教室やスキー教室の先生をしていた。そのため、息子が二歳になった頃から、背中にかついで登山をし、冬にはスキーにも連れて行った。今も勉強を教えている。しかし無理がたたったのか、心労から一度回復した病が再発してしまった。


我が家のように、夫がいくら協力的でも超低出生体重児を育てるのは大変なのだ。超低出生体重児でなくても今の社会で子育ては大変だと思う。だから私は「母親」の私だけを切り離し、カウンセリングするのはおかしいのではないかと思ってきた。


例えば、新聞記者や救命救急医はとても忙しい。そういう仕事をしている夫が育児に無関心だったとしても、私には夫だけに責任があるとは思えないのだ。これはつきつめていけば、社会の問題であり、こころの問題ではないと思うからだ。大きな意味で、社会のあり方や働き方を変えていかなくてはならないのではないだろうか?


そもそも育児は夫婦二人でするものだと思っている。母親ならば、どのような事情があれ、子供の相談をするのはまず夫だと思う。専門家も「育児は母親だけの役割ではない」というのなら、母親だけにケアをするのは矛盾しているのではないだろうか。


もしも母親として明らかに不適格ならば、カウンセリングや治療でなく、母親を交代させるべきでないだろうか。


育児支援といえば、いつも保育所の整備の話になる。しかし保育所は基本的に体が弱い子供のためにあるのではなく働く親のためにあるのだ。これでは重い病を抱えた子どもや、障害のある子どもには支援などいつまでたっても届かないだろう。


息子は預けたら死んでしまったかもしれない。私が二度の命の危機を回避できたのは、母親の本能であると思っている。「とにかく預けて働け」という世の中になっても、それはそれで怖い。私の代わりに一体誰が、手のかかる子どもの世話してくれるのだろう、と思うからだ。しかし同じ超低出生体重児の母親でも、働きたいと思う方もおられるだろう。人はそれぞれ違う。考え方が違って当然だ。


私は支援とは個別に行わないといけないと思っている。今の時代に行政が一律にしばったら必ず制度の隙間に埋もれる人達が出てくるからだ。


私の同級生や知り合いには障害のある子どもを育てている人達が少なくない。多くの人達はひっそりと暮らしている。中には子どもの世話だけでなく、介護までしている人もいる。この先大丈夫なのだろうかといつも心配になってしまう。


しかし私が尋ねてもなかなか本心を言うことはない。「世の中に出て行って訴えることなどとてもできない」と言われた。ただ一度だけ「健常児のお母さんはがんばっているね、としか言わないから」とポツリと言ったことがある。本当に支援を必要としている人というのは、声があげられないのだ。


国や政治家は本気で子どもの命を守るというのなら、まずは彼女達のような、声なき声にこそ耳を傾けて欲しい。支援や制度は、国や専門家、そして声の大きい人達のためにあるのではないのだから。


◇  ◇  ◇
幼い命を守れ ~小児在宅ケア・地域の挑戦~ NHKクローズアップ現代 2013年5月28日 から一部引用

(埼玉医科大学総合医療センター田村正徳教授)「我々医療者、小児救急とかNICUでがんばっている小児科医は赤ちゃんの命を助けるということに全力を投球して、それで日本の新生児医療は世一のレベルまで達しているんですけれども、その分だけ社会の福祉のシステムとかそういうお子さんがお家に帰った時に、お子さんと家族の生活の問題だとか、そういったことが十分わからないまま、お子さんを帰してしまっているということがあります」


先生御自身も医療と福祉の壁を感じたことがご経験でありますか?


「はい。私は厚生省の研究班でNICUの長期入院児の問題を検討する研究班をまかされたことがあるんですけれども、福祉や障害(を受け入れる取り組み)をやっている方から「あなた達はNICUのベッドをいかに空けるかということだけに気がちっていて、そのお子さんを帰した時に、お子さんと家族が出会うであろう生活とか福祉の問題とかに気を留めない」というふうに、注意をされたことがあります


お子さんや社会のためにも連携をしていって欲しいんですけれども、どうやっていけばいいんですか?


「特に小児の在宅医療に関しますと、一つは人材育成があります。大人の介護保険を中心とした在宅医療の医療資源はなかなか子どものほうを向いてくれません。子どもの場合は、医療ケアの程度が高くてしかも広い地域に散財しているので、なかなか大人のシステムではカバーできない。そのために小児の在宅医療をして下さる医師とか看護師さんとか介護ヘルパーさんを育成するということがまず大事になります。それと同時に医療と福祉をつなぐコーディネーターが、介護保険ではケアマネージャーという形があったんですけれども、小児の在宅医療にはケアマネージャーがタッチできませんので、ケアマネージャーに変わるーディネーターを育成するというのが二つ目の大きなキーになると思います」


◇  ◇  ◇

食物アレルギー 戸惑い広がる現場 2013年09月04日 (水) NHK生活情報ブログから一部引用

母親は、弁当を持参するので娘を保育所に入所させたいと去年から市に相談してきましたが、事実上、断られてきました。保育の現場にエピペンを持ち込ませないことが市の方針だったからです。


母親は「何とか持ち込めないかって交渉したんですけど、保育所は病院ではないのでとか、それはお母さんがやることであってそれを人に頼むなんてと言われた」と話していました。

(中略)

現役の教師は「万が一発症したときに的確に連携がとれて判断ができるかというところのプレッシャーと、エピペンが必要になったときに本当に必要なところで使えるのかというようなプレッシャーはあります。そのことで事故につながったらという不安をとても強く感じている職員が多いです」と話していました。


専門家は、現場だけに負担がかからない仕組みを作ることが大事だと指摘しています。食物アレルギーに詳しい都立小児総合医療センターの赤澤晃医師は「1人の先生に責任がかからないようにする、組織として学校、あるいは食物アレルギー対応委員会をちゃんと作って、そこできちんとコンセンサスを得る、学校できちんと責任取りますよ、行政が責任取りますよと言ってあげないと、現場の先生は動けない」と話しています。

◇  ◇  ◇


実は私は、結構絶望的な気分でブログを書いている。何度か引用させていただいている田村正徳先生のご発言は嬉しいけれど、もうあと5年はやかったらなぁ、と思うのだ。国にお金がないのに、HPVワクチンには大きなお金が投入された。それは子育て支援のお金だそうだ。製薬会社のようにお金があるところがそれとわからないように、ロビイストでも雇わない限り、もう無理じゃないのかな、と思うのだ。


だって我が国は以下にあるように、もともと育児にお金がまわらない仕組みになっているから。介護までしているお母さんに声をかけたのはやっぱり当事者が声をあげないと、どんな困難があるのか社会にはみえないと思うからだ。「まっていても支援は届かないよ」と言ってみたけれど・・・。もし、子育て支援に税金が投入されても障害がある子どもや病気を抱えた子どもの福祉にまわるんだろうか・・・。

◇  ◇  ◇

子育て支援財源不足 どうしてこうなった? THE PAGE 3月24日(月)13時0分配信

政府が2015年度から実施する予定の子育て支援策が財源不足に陥っていることが明らかとなりました。なぜそのような状況になってしまったのでしょうか?


当初、政府の子育て支援策は、保育施設の数を増やすといった「量的拡充」について約4000億円、保育施設の職員1人あたりの園児数の削減や職員の給与アップなど「質の改善」について約7000億円、合計で1兆1000億円の財源が必要と試算されていました。


このうち、消費税の増税分から充当されるのは7000億円であり、残りは予算編成過程における歳入・歳出の見直しを通じて捻出するとされていました。しかし、財源確保の見通しが立たないことから、政府では「質の改善」に関する支出を3000億円に減額し、全体で7000億円としたプランを提示。これを軸に具体的な検討に入ったわけです。


「質の改善」に関する支出が減額されることによって、私立保育施設の職員給与増額は5%から3%に引き下げられることになります。また職員1人あたりの園児の数を減らす措置については、3歳児のみを対象とし、1歳児や4・5歳児については見送りとなる可能性が高くなりました。3歳児については20人から15人になり、保育士の負担が軽くなりますが、1歳児については6人、4・5歳児については30人と現行のままとなります。保育士の研修制度充実の一部見送り、保育士による地域の子育て支援費の減額なども盛り込まれています。


1兆1000億円という費用は政策実施サイドから見たコストの積み上げですから、必ずしも財源の保証があって出てきたものではありません。予算編成過程において4000億円の財源を確保することが容易でないことは、あらかじめ分かっていたことですから、このタイミングでの費用見直し論には、確信犯的なイメージが拭えません。


ただ、日本は財政難が深刻化しており、十分な予算を確保できない状況にあるのは事実です。年金や医療といった義務的な経費が最優先され、子育て支援などの政策経費には予算が回りにくくなっています。その意味で、こうした分野には、最小のコストで最大の効果を上げることが求められているわけですが、まだまだ改善の余地があるとの声も少なくありません。


各地で待機児童の問題が指摘されていますが、既存の保育施設の運営団体の中には、保育施設の設置条件を緩和すると、これまでの高い利益率が維持できないとして、保育施設の増加に反対しているところもあります。また多額の税金が投入されているにもかかわらず、つい最近まで保育施設の経営状況について公開するルールさえありませんでした。さらに公立保育施設と私立保育施設の職員の年収に2倍もの開きがあるなど、業界全体の最適化が進んでいない面もあります。


子育ての問題は国民全体の問題ですから、保育士の待遇をどうするのか、設置基準をどの程度にするのかについて、最終的に決めるのは国民です。国民の側にも、ただ国に拡充を求めるのではなく、厳しい財政状況の中、優先順位をどうするのかといった現実的な視点が必要になってくるでしょう。

◇  ◇  ◇
 
2014/03/25

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その16」 必要なのは教育者の温かな眼差し

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その15」 発達検診の問題点  の続き

[ 必要なのは教育者の温かな眼差し ]

高校生の時、個人でやっている塾で数学と英語を教わっていた。塾の先生は近くの国立大学の大学院を出た男性で奥様も有名私大出身だった。ある時成績が悪く悩んでいる私に二人が言うのだ。「世の中にはバカな子どもがいて、いくら教えても分数すら理解できないんだよ。あなたは大丈夫」と。


社会起業家という仕事 チェンジメーカー2社会起業家という仕事 チェンジメーカー2
(2007/11/08)
渡邊 奈々

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その話を夫にしたことがあった。夫はびっくりしたように「その子はバカなんかじゃないぞ」と私に言った。


夫は大学院時代に家庭教師のアルバイトをしていたそうだ。子どもが好きでもともと大学教員を目指していたからだ。ある時、軽度の知的障害がある小学生のお子さんのお母さんに、「中学は普通学級に進学させたい」と頼まれたという。そのお子さんは分数がわからないために、「普通学級は無理だろう」と担任に言われたそうだ。


そこで、りんごを真ん中で割り、「こうするとりんごが一個しかなくても、喧嘩しないで二人で食べられるよ」と、一緒に食べたそうだ。すると、あっという間に二分の一が理解できるようになり、無事進学したそうだ。


夫は「その子は知的にちょっと遅れがあるのかもしれない。でもたとえ障害があっても簡単に諦めてはいけない。その子を理解し、教え方を工夫すれば大きく成長する」と私に言ったのだ。


私はこのエピソードが心にひっかかっている。親の愛情や情熱、あるいは教育の格差が、子供の人生を大きく変える可能性があるからだ。発達の遅い子供にとって必要なのは、受験テクニックのような教育指導ではない。


きっとあの塾の先生は、勉強とは偏差値を上げること、良い得点をとることだと勘違いしていたんだろう。その考え方は海外で通用するんだろうか。


夫がお世話になったカナダの大学院には、世界中から人が集まってきていた。彼らには「学ぶ」とか「教育」がどんなことなのか、教えてもらった気がする。


漢字の点が取れないからと、息子に毎朝テストに出る漢字を練習させたことがあった。そうするともちろん点数が上がるが、これは教育なんかじゃないと反省しやめてしまった。カナダにいた時のことが頭にあったからだ。


そもそも息子は、「将来●●になりたい」とか、「海外に出ていって●●をしてみたい」などという目標があって勉強をがんばっているわけではない。


これからの日本を取り巻く環境は厳しくなるに違いない。就職した会社の経営者が、ある日突然、中国系やインド系になる、ということだって当然あるだろう。カナダに住んでいた時、中には「母国の戦火から逃れ、難民となってカナダにたどり着いた」というような人もいた。そういう人達は必死に這い上がろうと寝る暇を惜しんで勉強するのだ。親にいわれて勉強するようでは、将来どの道にすすんだとしても、結局生き残っていけないと思ってしまう。


そう考えると、発達が遅れている子どもにとって必要なのは、その子の力を最大限に導き出そうとする教育者の温かな眼差しだと思う。「あれができない。これが足りない」と常に遅れを指摘されたら子どもは「産まれてきて幸せ」と思えるだろうか。何かを一生懸命がんばろうと思うだろうか。


いくら支援が不足しているからといって、その前にやるべきこともあるんじゃないだろうか。力のある教員をきちんと評価することも大切じゃないかと思う。


発達の遅い子供の教育は量より質だ。一時期ブームになった「新しい公共」にだって負の側面がある。私は民間がいいとは必ずしも言えないと思っている。民間のNPO団体も増えたが、中には人件費を安く抑えるために、あるいは効率を優先するために、学生アルバイトに療育を任せる、ということもあるからだ。


アルバイトが一概にダメだとは思わないけれど今の学生を取り巻く状況は一変している。私達の頃と違って就職するのも大変だし、生活も豊かではない。だから学生に頼っていいのか私にはわからないのだ。


夫のようにキャリアに結びつけばいいけれど、もしも責任だけ重くて給与が安かったり、あるいは事故が起きた時に責任を取らされたりしたら、と思ったりもするのだ。彼らの善意に頼ってばかりもいられないだろう。


先行き不透明な時代だからこそ、もっと公教育にお金を投入してくれればと願っている。


続きはこちら↓

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その17」 すべてを個人の「こころの問題」にしないで欲しい
2014/03/24

大きく変わったこと 「情緒学級」に思うこと

超低出生体重児は発達が遅れるという。それも、息子のように軽度の場合も多いようだ。だから多くの親は就学で悩むのだろうか。私も自分が超低出生体重児の母親にならなければ知らない世界だったと思っている。



火宅の人 (上巻) (新潮文庫)火宅の人 (上巻) (新潮文庫)
(1981/07/28)
檀 一雄

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あらすじ wikipediaより一部引用

作家・桂一雄は、妻のほか、精神障害を持つ息子のほか3人の子を持ちながら、女優を愛人として、通俗小説を量産しながら、自宅をよそに放浪を続けている。


この前校長先生のところに伺ったら「この小学校にも情緒学級がやっとできるんです」とおっしゃっておられた。子どもの発達に悩んでいた友達に教えたら喜んでいた。


そういえば・・・思い出した。


数年前、PTAの係をしている時だった。校長先生が「学校の近くに変質者が出るから、PTAで腕章をつけて見回りをしたらどうだろう」と提案したことがあった。「女子生徒が怖がってトラウマを抱えるかもしれない」と大変心配しているようだった。俗にいう「露出狂」らしい。私も高校生の頃はじめてみてしまったけれど、確かに恐かったな。


でも・・・話をよくよく聞くと何かがおかしい。その男性はもしかしたら知的障害かもしれない。


私のインタビューがネットで公開された時、様々な意見が書き込まれていた。あるブログに、「予後は親の経済力に左右される」という部分に共感して下さる方々がそれぞれの意見を書き込んでおられた。私はその中の一つの書き込みに心が痛んだ。「私の親戚(だったと思う)が、もう成人しているんだけれど、よく痴漢に間違われて困る」というものだったのだ。


あまり表に出てこないけれど、知的に障害がある場合、親御さんが一番悩むのは思春期になった時の性教育だといわれている。障害がなくても日本は性教育に正面から向き合おうとしてこなかった気がしてならない・・・。もし自分の息子に知的に障害があって、それが軽度の場合、確かに痴漢に間違えられるかもしれないと思った。もしも息子でなく娘だったら、その反対に性犯罪の被害者になるかもしれない。


大学生の時に、群馬県の山奥に同級生と二人で温泉旅行に出かけた。帰りに在来線に乗っている時だった。30過ぎの男性が下半身を露出して母親とおぼしき女性と二人で車内を歩いている。それもトイレに行きたかったのか小さい方をしながらなのだ・・・。


でも誰も注意しない。むしろ目をそらしている。なぜならその男性に障害があることが 一目でわかるからだった。私も友達と二人、どうしていいかわからず固まってしまった・・・。


子どもが産まれてすぐに悲しい事実を知った。一昔前、子どもに障害があるとわかると母親に子どもを押しつけて逃げてしまう男性も少なくなかったそうだ。そのせいなんだろうか。都営の集合住宅には障害がある成人したお子さんと、年をとったお母さんの二人、という姿をよくみかける。


群馬の山奥で見た光景は一昔前の日本の障害者のおかれた現状そのものなんだろう。超低出生体重児を授からなければ目をそらしていたはずだ。


私は障害者が怖いです。差別になりますか? Yahoo!知恵袋


近くに私と息子が通ると必ず吠える柴犬がいる。いきなり吠えるから、目を合わさないようにそーーーっと通ってみたりしたけれど絶対に吠えられる。「私が嫌いなのかな」と悲しく思っていたら、夫が教えてくれた。息子のような子ども達が面白がって大声を出していたずらをするから、子どもを見ると警戒し、吠えるようになってしまったのだそうだ。


もしかしたら、「露出狂」にさせたのはまわりの人達かもしれないと思った。もしそうだったら、日本は何て悲しい国。だからPTAの会合の席で勇気を出して発言したのだ。


「お話を伺うと、その男性は露出狂ではなく知的障害かもしれません。その男性は叫び声に反応しているだけで、痴漢が目的じゃないかもしれないと思いました。日本では、知的障害のある方の教育が置き去りにされてきました。今、成人している障害者の中には、満足に教育を受けていない方もいるんです。もし子どもの時に適切な教育を受けていたら、犯罪者にならなかったかもしれません。知的に障害がある方とそのご家族は気軽に引っ越しなどできないそうです。その男性に障害がある場合、腕章をつけて家の付近を見回るとなると、人権侵害になる恐れがあります。」


そういえば、はじめて面会をした時校長先生は「私がいる間だったら、できる限りのことをする」というようなことをおっしゃって下さったのだ。もしかして・・・あの時のことをよく考えて下さったのかもしれない。


提案するのも勇気がいるけれど、実現させるのはとても大変だ。お金も、人の力も必要だからだ。


校長先生をはじめ公立学校の先生方は公務員だ。公務員は「私」を語ってはいけないそうだ。だから、「こういう良いことをしたんですよ」などと、はっきりとおっしゃってくれないのかもしれない。


今まで「行政はなかなか変わらない」と不満に思っていたけれど、こうしてブログに書いていくと結構変わっていっているんだなぁ。有り難いなぁ、と思わずにはいられなかった。





2014/03/20

超低出生体重児の就学問題 どうすれば成績がよくなるの? いろいろ試してみました

もともとアレルギー死亡事故のためにつくったブログだったが、超低出生体重児の就学問題にも同様の構造があると思うので最近はそういったことを中心に書いている。そのためか「超低出生体重児 就学」あるいは「超低出生体重児 算数」で検索していらっしゃる方が増えているようだ。


超低出生体重児の就学問題 算数の教え方と教員削減 「待つ時間」も大切です 


小学校に入る前の保護者の方が心配でご覧になっているかもしれないので、少し反省してしまった。今日は明るいことを書いてみようと思う。どうすれば勉強が出来るようになるのか。


たまたま、こんな報告を見つけてしまった・・・私もクラスの元気な男の子に言われたことがあるよ。「ねえねえ、どうしてこの子はバカなの?」その時は「バカじゃないよ!」と怒ったけれど頭の中は真っ白になったなあ。


今、その子は私にそんなことは絶対に言わない。数年間かけて「バカじゃない」と証明してみせたから。あの子のあの言葉があったから公文に行かせることを決意したのだ。ちなみに私はその子のお母さんに文句を言ったことは一度もないし、今でも仲がいいよ。その子がバカだと思っても仕方がないほど成績が悪いのは事実だからだ。子どもの正直さを怒ってもいけないと思ったのだ。

◇  ◇  ◇
平成 11 年度厚生科学研究費補助金(こども家庭総合研究事業) 分担研究報告書 周産期医療体制に関する研究 「超低出生体重児の就学に関する研究」 分担研究者 三科 潤 東京女子医科大学母子総合医療センタ より一部抜粋

1990 年生,680g,25 週:学習障害

1990 年生,980g,27 週:弱視,それによる学業の遅れ, 友人関係,通学の危険。

1983 年生,700g,24 週:現在高校 1 年生だが,同級生の言葉のいじめにより登校拒否。退学を考えている。(いじめの原因は暗い,のろま)

1984 年生,700g,26 週:中学 3 年生片側の軽度跛行あり。 性格が消極的で友人ができない。約1年間登校拒否。

1990 年生,26 週:不登校,下肢の痙性マヒ(+),サッカーをやりたいがやれない,自信をもってやれることがない。

1988 年生,645g,23 週:小学4年頃よりクラスでいじめられ,反動でもっと小さい子をいじめる。学業不振、小学4年 FIQ49, VIQ 57,PIQ50,小学1年のFIQ73。

1987年生,670g,25週:就学時のFIQ62(VIQ 67, PIQ 63) であったが普通学級へ入学。2年後の評価も同様のレベル。 8 歳以降いじめや仲間外れの問題が継続している。

1988 年,730g,25 週:未熟児網膜症による盲,最重度精神遅滞, てんかん(点頭てんかん)。盲学校に入学。入学前から盲学校 との関わりをもっていた。空腹時,体調不良時,未経験の活動 の時に落ちつきなく,あらゆる事に拒否的となり,時にパニックとなったが教育的効果で落ちつきを見せるようになってい る。

◇  ◇  ◇

私がここに書くことは一つの方法でしかない。子どもと親が一生懸命努力しても必ずしも良い結果に結びつくとは限らないかもしれない。もう少し皆で考えていかないと難しい問題かなあ、と思う。


ただ、息子の小学校には病気でほとんど通っていない子どもや、家庭の事情でなかなか学校に来ない子もいる。でも、その子を心配する声を聞いても、いじめなど聞いたことがない。そんな雰囲気の学校では副籍交流をしても上手くいかないだろう。「病気や家庭の事情でいじめるのは人として最低だ、卑怯だ」と、先生と親がビシッとすればいじめはもっと防げるんじゃないかと思う。


算数で大切なこと 本当に理解できているのかな?


夫は算数の問題を出すと、理解しているか怪しい時には必ず口で説明させる。答えがあっていても、説明ができないと理解していることにならないからだそうだ。今から考えると、これは結構大切なことじゃないかと思っている。


かけ算を教えるための工夫


かけ算は暗記させることも大切だが、それよりも「一つあたりの数×いくつ分=全体の数」ということをはっきり認識させないといけない。暗記できているからと安心すると、文章題でつまづく。実はわかっているようでいないのだ。


今の教科書は工夫してあるので、私は教科書を基本にして教えた。ただ、それでは不安なので、例えば、お皿に同じ数だけあめを入れてこういう風に増えていくんだと見せた。ところが次の日になるとすぐ忘れてしまう。これじゃあダメだと思い、この「ドラえもん」の本を本屋で見つけて買ってきたところ、喜んで読むようになった。


今でも文章題になると足し算か、引き算か、かけ算か、割り算か、迷うところがある。そのたびに基本に戻り、図に書いたりしてわかるまで繰り返し教える。



かけ算・わり算 (ドラえもんの学習シリーズ―ドラえもんの算数おもしろ攻略)かけ算・わり算 (ドラえもんの学習シリーズ―ドラえもんの算数おもしろ攻略)
(2002/03)
小林 敢治郎

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こういったイラストで見せるとわかりやすいようだ

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私が作った3の段

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ノートの取り方を指導してみる


3先生の頃、授業参観にいくとあまり授業に集中していない。一人だけ手をあげて答えていないようだ。これじゃあダメだと思い、どうすれば授業に集中するようになるかと考えた。


ある時本屋で『東大合格生のノートはかならず美しい』という本が目に入った。そこで子どものノートをチェックするとやっぱり何が書いてあるかわからない。


「ちゃんときれいに書いてこないと週末にやり直し!」と言って指導した。きれいに書くためには授業に集中しないとダメだろう、そんな考えがあったのだ。


息子は、何のためにノートがあるのか理解できていなかった。大切なところを目立たせたり、書き方を工夫して見せた。「何を勉強したか確認するためにノートがあるんだ」と教えた。はじめはきれいな字を書くのに時間がかかったが、きれいなノートが完成すると自分でも嬉しいようだ。


これは以外と早く効果があった。社会や国語の成績が伸びたように思う。


三年生 理科のノート 改善前


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理科のノート 改善後


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どうすれば本を読むの?「こども小説 ちびまる子ちゃん 」は小説か



こども小説 ちびまる子ちゃん 1 (集英社みらい文庫)こども小説 ちびまる子ちゃん 1 (集英社みらい文庫)
(2011/03/01)
さくら ももこ

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息子は本をちっとも読んでくれなかった。絵本は大好きだったが、三年生になっても借りてくるのは電車の絵本ばかりでは・・・。はじめは 「公文の国語の問題があるからいいか」と思っていたが歯医者さんの待合室で小学生が「かちかち山」などを読んでいるのはちょっとどうかと思ってしまった。そこで、いつも楽しみにしている「ちびまる子ちゃん」の小説を見つけ買ってきた。どんな本でもいいから活字になれさせないといけないと考えたのだ。


ところが夫は「小説ちびまる子ちゃんは、本じゃない〜!」と私を怒った。


でも、息子は喜んで読む。夫もそのうちにあきらめたようだ。何冊か買い与えた。その後、大好きな電車に関する子ども小説なども読むようになり、去年は「坊ちゃん」や「トムソーヤの冒険」なども読むようになった。最近は大人の読む電車や飛行機の本を読んでいる。こうなると「ちびまる子ちゃん」を読んでいた頃がなつかしい気もする。


 
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※ 続きを書いてみました↓

超低出生体重児のキャッチアップ こども小説『ちびまるこちゃん』から新田次郎著『八甲田山死の彷徨』へ その1
2014/03/19

超低出生体重児(未熟児)の虐待事件 すべての親と家庭に育てられるのだろうか

判決が重すぎると激怒した鬼畜父が娘にやったこと―寝屋川1歳女児虐待死 yamadayamaさん NAVERまとめ より

左あごの骨折で食べ物をかむことができない状態だった。

大阪1歳児虐待死、左あご骨折で食べ物かめず 瑠奈ちゃんの体重は約6・2キロで、同年齢の平均約11キロより大幅に軽かった。

瑠奈ちゃんら3人の姉妹全員が真冬にもかかわらず、下半身はオムツだけで過ごしていた

喉に噛んだ跡のほとんどない肉まんが詰まっていた。瑠奈ちゃんはあごの骨を折っており食事ができる状況になかった。捜査本部によると、両親が虐待を隠ぺいするため故意に肉まんをのどに詰めたのだという。


私は幼稚園にはあまりなじめなかった。友だちの輪に入れず一人でいつも遊んでいた。


炎芸術 (No.59) 人間国宝・三浦小平二炎芸術 (No.59) 人間国宝・三浦小平二
(1999/08)
不明

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母が心配して、幼稚園の絵画教室に通わせた。絵をかくのが好きだったからだ。そこに「裸の大将」と呼ばれた山下清さんのような恰好をして、ふらっと現れる男性がいた。その男性はいつも「絵が上手いなぁ」と言って私の頭をなでてくれた。幼稚園になじめなかった私が幼稚園に通えるようになったのは、この男性の存在が大きかった。


園長先生のご主人で、後に人間国宝となった陶芸家の三浦小平二先生だった。


三浦小平二 wikipediaより引用

三浦 小平二(みうら こへいじ、1933年3月21日 - 2006年10月3日)は日本の陶芸家。1997年に人間国宝に認定された。

略歴

新潟県佐渡郡相川町(現在の佐渡市)出身。生家は佐渡無名異焼の窯元であり、三代常山の孫、三浦小平の長男として生まれた。1955年東京芸術大学美術学部彫刻学科を卒業後、加藤土師萌の元で青磁の伝統技法を学ぶ。

1961年に新日展に初入選、翌1962年の現代日本陶芸展での朝日新聞社賞をはじめ、数々の賞を獲得。1973年に父が他界した後、小平窯を継承する。1976年日本伝統工芸展に「青磁大鉢」を出品し文部大臣賞受賞、文化庁買上作品に選出される。1985年には浩宮徳仁親王(現在の皇太子)より「青磁花瓶」がイギリス女王のエリザベス2世に留学記念として贈られている。

東京芸術大学工芸科陶芸講座助教授を経て、1990年同大学教授、2000年には名誉教授に就任。社団法人日本工芸会理事等を歴任し、次世代への指導教育に務めた。1992年には相川町に「三浦小平二 小さな美術館」を設立。1997年6月6日に重要無形文化財「青磁」保持者に認定された。1996年には紫綬褒章を受章。



小平二先生にはお子さんがいなかった。「陶芸家として一人前になるまで時間がかかったから、私が働かないといけなかった」と園長先生が母に言ったそうだ。 子どもが大好きという理由のほかに、新潟の由緒ある窯元の長男だった先生にとって、子どもがいないということは大きな問題のようだった。繰り返しそういった話を聞いた。


その代わりに幼稚園に通ってくる子どもをかわいがっていた。幼稚園には障害のある子ども通っていた。


私が発達検診のあり方に疑問を持つのは、幼稚園の時の経験があるからだ。障害があろうがなかろうが一緒に過ごすのが当たり前だと思っていたからだ。小学校になったら勉強がはじまる。校長先生のおっしゃるように一緒というのは難しいかもしれない。幼稚園や保育園の時くらい、一緒に過ごしてもいいのではないか。


先生は私が大学生の頃、芸大の教授になった。「若い学生を指導できる」と、とても嬉しそうだった。


でもしばらくして、足が不自由になってしまった。体調も万全でなかったようだ。それでも芸大を退官後、「若い人が必要として、待っていてくれるから指導したい」と関東近県の大学まで指導に通っていた。車で片道数時間かかるような遠い場所に。


最後にお目にかかったのは子供が生まれて一年ほどたった頃だった。


まだ子育てに喜びを見いだせず不安な毎日を過ごしていた。私は最後に会った時の先生の言葉と表情を忘れることができない。小平二先生は、私が子供を抱いているのを見ると、車椅子で近寄って父に言ったのだ。


「子どもがいていいなぁ。僕は子どもがいないから孫もいないんだよ」


「子どもが欲しかった」と心の底から思っておられるようだった。「この子を一生懸命育てないときっと罰があたる」と思った。私が母になれたのは、今の日本だからだ。


それから間もなくして新聞のお悔やみ覧に先生の名前を見つけた。先生が亡くなった時、大勢の子ども達がお焼香に訪れたそうだ。中には、障害のある子どもの姿もあったと母が言っていた。


もしかしたら先生は人間国宝になるよりも、血のつながった子どもが欲しかったのかもしれない。亡くなってしばらくしても芸大のある上野に行く気になれなかった。どうしても思い出し、悲しくなるからだ。今もこうして忘れていない。


実の親に殺される子どもの事件が起きるたびに先生を思い出す。きっと先生のことだから、どんな子どもでも大切に育てただろう。実の親よりも、先生のような人のもとで育てられたらいいだろうな、と思ってしまうのだ。


私がプライバシーをさらして手記を書いた一番の理由。それは、今の日本で、すべての家庭と親に未熟児を育てられる余裕があるわけではない、ということを知って欲しいからだ。


自分が超低出生体重児の母となり、退院後のフォローアップのあり方には深く考えさせられた。私のような母親を必要以上に不安にさせる一方で、明らかに育児放棄をしていると思われる親から子どもを保護できないーーーーーどこかゆがんでいないだろうか。例えば、病院で見かけたように、暴力で威嚇するような親から子どもを素早く保護できるのだろうか。


虐待を生み出しているものは何なのか。親を厳罰に処すだけでは事件はきっとなくならない。超低出生体重児が増えている一方で、退院後の支援は不足している。消費税があがって、退院後の子ども達への支援が手厚くなるのだろうか。財務省が教員の数を削減したがっていることもあるけれど、私にはとてもそうは思えないのだ。



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虐待受け1歳長男失明、母親逮捕 神奈川県警 2013/10/03 【共同通信】


神奈川県警は3日、長男(1)を虐待し左目を失明させたとして傷害の疑いで、母親のアルバイト長谷川歩容疑者(31)=横浜市=を逮捕した。容疑を否認している。


県警などによると、長男は未熟児で生まれたため、市の担当者が定期的に長谷川容疑者の自宅を訪問。今年4月に長男の顔にあざを見つけ、説明を求めると「女の子がよかった。愛情が湧かない」と話したという。


逮捕容疑は3~5月、当時0歳だった長男を殴ったり蹴ったりして左目を失明させるなどの重傷を負わせた疑い。虐待をしたと疑った市が児童相談所に連絡。児相は6月、県警に通報、長男を保護した。


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両親に求刑の5割増し懲役15年 寝屋川虐待死 2012.3.21 21:28 [虐待]産経ニュース


大阪府寝屋川市で平成22年、三女の瑠奈ちゃん=当時(1)=を虐待死させたとして、傷害致死罪に問われた父親の岸本憲(あきら)被告(28)と母親の美杏(みき)被告(29)の裁判員裁判の判決公判が21日、大阪地裁で開かれた。斎藤正人裁判長は「今回のような重大な児童虐待には、今まで以上に厳しい罰を科す必要がある」として、両被告に懲役10年の求刑を大幅に上回る懲役15年を言い渡した。


 最高検によると、裁判員裁判で求刑より重い判決が言い渡されたのは19日までに20件。しかし、いずれも求刑をわずかに超える程度にとどまっており、5割も上回るのは初めて。


 斎藤裁判長は判決理由で、憲被告による暴行が瑠奈ちゃんの死因になったと認定。さらに、「両被告は遅くとも21年春ごろから暴行を加え始め、互いの暴行がエスカレートしても容認するようになっていた」と美杏被告の共謀も認め、両被告の無罪主張を退けた。


 その上で、児童虐待が大きな問題とされている近年の社会情勢も、量刑の際に考慮すべきだと指摘。暴行の態様は殺人罪に近く、検察側の求刑は事件の悪質性を十分に評価していないと結論づけた。


 判決後に記者会見した男性裁判員は「親しかすがるものがない子供が犠牲になったことを考えると、個人的には殺人より罪が重いと思う」と話した。


 判決によると、両被告は共謀し、22年1月、寝屋川市の自宅で、憲被告が瑠奈ちゃんの頭を平手で強打して床に打ち付けるなどの暴行を加え、同年3月に急性硬膜下血腫で死亡させた。



 大阪地検は「裁判員裁判による結果で、重く受け止めたい」としている。

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【寝屋川女児虐待死】真冬に姉妹全員オムツ姿 逮捕の両親、育児放棄か2010.4.12 14:17(産経新聞)


 大阪府寝屋川市の岸本瑠奈ちゃん(1)虐待死事件で、市職員が昨年2月に自宅を訪れた際、瑠奈ちゃんら3人の姉妹全員が真冬にもかかわらず、下半身はオムツだけで過ごしていたことが12日、関係者への取材で分かった。姉2人はひどい虫歯だったことも判明。寝屋川署捜査本部は、傷害致死容疑で逮捕された両親が、3人とも育児放棄していたとみる一方、三女の瑠奈ちゃんだけが暴力をふるわれた背景を調べている。


 関係者によると、市は昨年2月24日、未熟児で生まれたのに一度も乳幼児健診を受けていなかった瑠奈ちゃんの子育て支援のため、職員を派遣。母親の美杏(みき)容疑者(27)は四女を妊娠中で、瑠奈ちゃんと姉2人は上半身は服をまとっていたが、下半身はオムツだけだった。さらに姉2人にはひどい虫歯があり、瑠奈ちゃんの両ほほに青あざがあった。


 また、瑠奈ちゃんと姉2人はいずれも、市の乳幼児健診を一度も受けておらず、美杏容疑者は健診の日程などを説明しようとした職員に、「何しにきた。健診の行き方なんか聞いてへんで」と怒鳴ったという。このため、市は姉妹への育児放棄を疑ったという。


 一方で、瑠奈ちゃん以外の姉妹に目立った外傷は見つかっておらず、直接的な暴力をふるわれたのは瑠奈ちゃんだけとみられる。


 美杏容疑者は瑠奈ちゃんを妊娠していた際、妊婦健診を受けていなかった上、出産直後の入院中から面倒見が悪かったという。


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超低出生体重児(未熟児)の育児について書いた手記↓

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その1」 手紙を書いてみる





2014/03/18

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その15」 発達検診の問題点

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その14」 母親を追い詰めるもの の続き

【 発達検診の問題点 】


私はそれからすぐに、発達検診に行くのをやめた。常に「異常がないか」という疑いの眼差しで行う検診は、子どものためになるとは思わなかったのだ。



医療における子どもの人権医療における子どもの人権
(2007/10/30)
「医療における子どもの人権を考えるシンポジウム」実行委員会

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発達検診とは子どもが健やかに育つために行う検診である。しかし、障害があるかないかの判断はある程度時間がたたなければ専門家にもできない。その間はまるで脅されているようなものである。


私は、障害名をつけなくては支援がはじまらない今の支援のあり方はどこかおかしいと思っている。発達障害者支援法の精神は素晴らしいが、隠れるように療育に通う母親を私は何人も知っているからだ。

◇  ◇  ◇
発達障害者支援法 wikipediaより一部引用

発達障害者支援法(はったつしょうがいしゃしえんほう、平成16年12月10日法律第167号)は、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ者に対する援助等について定めた法律。全25条。平成17年4月1日施行。

特徴

長年にわたって福祉の谷間で取り残されていた発達障害者の定義と社会福祉法制における位置づけを確立し、発達障害者の福祉的援助に道を開くため、以下を初めて明文化した法律である。
発達障害の早期発見
発達支援を行うことに関する国及び地方公共団体の責務
発達障害者の自立及び社会参加に資する支援
具体的施策の打出しに向けた基本的法律として制定されたが、発達障害者支援センターの設立など今後の施策につながる概念も入っており、障害の早期診断・療育・教育・就労・相談体制などにおける発達障害者支援システムの確立を目指す法である。

◇  ◇  ◇

実際には、「あなたは異常」、「あなたは正常」と振り分け、両者の間に深い溝をつくっているような気がしてならない。超低出生体重児は発達がどうしても遅れる。検診を強化してもその後の受け皿は限られている。地方自治体によって大きなばらつきもある。


民間の受け皿も増えてはいるが、中には効率や採算を重視する施設もあり、民間の方が充実しているとは必ずしも言い切れない。発達の遅い子どもの療育とは、もともと手がかかるものだ。なかなか思い通りにはいかないから効率的には行えない。それなりに行き届いた民間の施設を利用すると、親には経済的な負担がかかる。通いたくても通えない家庭も出てくるだろう。


お世話になった民間の施設の先生が、ある時、息子の通っていた幼稚園にいて驚いたことがあった。どうしてなのか尋ねたら「私この幼稚園に転職したんです」と言っていた。非特定営利法人は労働条件が不安定で生活が苦しいようだ。発達の遅い子どものために勉強熱心な先生だったから余計、御自身の将来への不安があったのだろう。


大学には目が見えない新入生も入学してくるが、そのほとんどが教育大学付属出身だと夫が言っていた。私は盲学校にも教育の格差があると知り驚いてしまった。私が見学した市の療育施設の先生方も良い先生だった。受験テクニックのような指導ではなく、子どもの生きる力を引き出す教育となると、先生も常に勉強していかないといけない。生活が不安定では良い教員は育たないように思う。


だからこそもう少し、国や地方自治体が支援しないと厳しいような気がする。ただ現実的には、どこの地方自治体も財政が厳しく難しいだろう。私は、重い病気や障害のあるお子さんの支援が不足しているのなら、そちらを手厚くして欲しいと思う。


しかしそうなれば息子のようなわずかな遅れのある子どもは、このままでは制度の谷間に埋もれてしまうかもしれない。ある新生児科の先生が私が言っていたように超低出生体重児の発達は独特だ。発達検診に託すと「障害名」がつけられる場合が多いそうだ。しかし、その先生も私に「診断名に安心する親もいるが、泣いて取り乱す親もいる」と教えてくれた。

◇  ◇  ◇
新生児医療現場は日々の集中治療の模索、3-4 日に1回の3̶6時間以上の連続勤務などで なんとか当直体制を保っている状況で、その後のご家族のケアまで手と気持ちが回っている人間 は少ない。これも杜撰な状況だと反省する部分。


私自身も在宅で人工呼吸管理で集中治療をするようなご家族も含め、我々の課題は山積していて、NICU 医療自体の救命率が上がったことで生じるその後の生活への広がった役目に皆、現場はもがいている現状だと感じる。


一方、私のような集中治療医はいいフォローアップ医がいるのな ら信じて託したい、私は後遺 症を少なくすべく集中治療を探し出すことに心と力を尽くすから、私達の気持ちを受け継ぎ、そ の後のご家族とお子さんの未来を見守る方々がでてきてくれないかと願う気持ちがある。 適材適所で協力できる真の専門医が生まれてくれるのなら。


(発達検診で)ADHD、アスペルガー、自閉症などとすぐについて、私の外来で涙ながらにその時の話しをしてくれるご家族がいる。発達指数をだしてくれるだけで両親を支えてくれる雰囲気はあまりない。


私も早産児は発達にはムラがあり、独特なところがあると思っている。これを小児精神や発達の医師がみると ADHD、アスペルガー、自閉症と診断しているが、どうも早産児でないこれらの疾患のお 子さん達とその後の経過も違う気がする。

◇  ◇  ◇

それが正しい診断なら子どものためになるだろう。しかしそうでなければ子どもが健やかに育つのだろうか。そして、支援というものは親の心も含めてみていかないといけないだろう。どうすればいいんだろうーーーーー


障害があろうとなかろうと、子どもは子ども同士の関わりの中で成長する。軽度の子どもまで見つけ出すとなると人権侵害になりかねない。無理に見つけ出さずとも一緒に遊ばせてもいいだろう。あるいは、すべての子どもに療育が提供できないのならば、夫が家で息子を遊ばせていたような療育になるような遊びを教えればいいのではないだろうか。


この先生はとても正直な人だと思う。私自身もそうかもしれない。


医療者と親とが、こうして率直に語り合えないことが問題だったのではないだろうか。そもそも退院後の支援は医療機関だけで行うものなんだろうか。軽度の遅れならば、予算がなくても、皆で知恵を出し合い工夫で乗り切れることもあると思うが・・・・


続きはこちら↓

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その16」 必要なのは教育者の温かな眼差し

2014/03/17

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その14」 母親を追い詰めるもの

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その13」 退院後の子どもの支援を通して考える 真の国際化とは の続き

[ 励ますのに徹して欲しい ]


息子の発達の遅れはわずかだったため、かかりつけ医は「指示が通るから僕は問題ないと思うけれどなあ」といつも首をかしげていた。私が発達検診で「発達が遅れている」と言われ続け、あまりにも落ち込んでいたのだろう。ある時、お昼休みを一時間も削って相談にのってくれた。


かかりつけの先生にいただいた
遠城寺式乳幼児分析的発達検査法の表

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先生は「遠城寺式乳幼児分析的発達検査法」と呼ばれる子どもの発達の目安になる検査表を用意してまっていてくれた。「僕の出身大学ではこの検査表を目安に使っているけれど、検査の方法もいくつかある。表はあくまでも目安であって、この通りに子どもは発達しないんだよ。おおよその目安でいいと思うし、こちらの言うことが理解出来ていれば言葉がしゃべれなくてもいいんじゃないかな」と言っていた。


かかりつけの先生だって、NICUのある基幹病院で小児科医長をしておられたのだ。超低出生体重児の長期的な予後を知らないわけではない。今から思えば先生の言っていたことが正解だった。子どもなんてもともと一人一人違うし、成長のしかただって違って当然だ。その当たり前のことを忘れてしまうほど、発達検診は私を追い詰めていたのだろう。


その時私は、「市の療育施設に見学に行きたい」とお願いした。「発達検診医の指摘が正しいのか」という疑問もあったが、自分が家庭で子どものためにしてきたことが、療育の専門家から見て適切かどうか知りたかったのだ。先生は遅れはないから行く必要はないと考えておられたようだ。それでもなんとか説得して紹介状を書いてもらった。


市の療育施設の職員の方は親切に施設の中を案内してくれた。私の話も親身に聞いてくれた。広くて明るいお遊戯室もあった。「こんな所で訓練を受けられたらいいなあ」と思った。


施設でいただいたパンフレット
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しかし、お遊戯の時間だった。ダウン症や障害を抱えた子ども達の輪の中で遊ぶ息子を見て「ほら、お母さん。気にするほどの遅れはないわよ」とある職員の方が私に言ったのだ。その職員さんは、私が見学した理由をそう感じたのだろう。私は「息子に障害がないと確かめたくてここまで来たはずではなかったのに」と動揺した。


その時感じたのは、自分自身の中にある障害者への差別や偏見だった。この数年間私が苦しんできたのは、自分の気持ちとの葛藤だったのだろう。


私は自分自身に嫌悪感を感じ、家に帰って泣いた。


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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その15」 発達検診の問題点 










2014/03/16

超低出生体重児の就学問題 算数の教え方と教員削減 「待つ時間」も大切です

一般的に超低出生体重児は算数が苦手だと言われている。



知事記者会見 2013年9月9日

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私の心に再び火をつけた静岡県川勝知事の言葉

「最低というのは教師の授業が最低ということ。
教師は大人なので責任を持ってもらい、反省材料にしてほしい」



最近、息子の勉強をみていて驚いたことがある。分数の計算が急に速く正確になったのだ。ついこの間まで間違ってばかりいたのに。今までなら考えられなかった。


先日、コマを上手に回してみせた。夫が驚いていた。手先が不器用だからどうしても糸が細かくきれいに巻けなかった。それが、夫もムキになって競争するほど急に上手く回すのだ。一人でできるまで練習したそうだ。とうとう自分で練習することを覚えたんだと思った。


もし発達検診医がコマをまわす様子を見たら驚いただろう。「黒板の字がノートにうつせないだろうから、成績が悪くなる」とさんざん脅された。


最近理科や社会、国語は私がみていないけれどまあまあ点数がとれている。漢字だけはいくらいっても覚えようとしないから点数がとれない。よくみていると、 一つの漢字を三回ずつ練習して終わりにしている。これは子どもの障害のせいでなく、本人のやる気の問題だと思う。


今回のように、成績が良くなる前には必ず前触れのような出来事がある。友達に頼りにされたり、授業中に手をあげて答えられた、係の仕事を一生懸命したら、他の学年の先生に「よくできたね」と褒めてもらった、などの出来事が続くのだ。自信がつくと勉強も一生懸命する気持ちになるんだろう。


人間関係と成績の向上には相関関係があるように思う。


別に超低出生体重児だけでなく、考えてみれば当たり前のことだろう。その当たり前のことが当たり前でなくなるほど、子どもを取り巻く環境は厳しくなっているようだ。大人に余裕がないからだ。


この子に必要なのは「追いつく努力」よりもむしろ、「待つ時間」だったと思っている。超低出生体重児の就学問題を考える時、親が待てなくなるほど追い詰められることも問題ではないだろうか。子どもの発達は、ダイエットと同じように、急激に伸びる時期と停滞する時期とがある。伸びなやむ時期にいくらあせって勉強や訓練をさせても意味がない。


ちなみに「 ルポ 児童虐待」の第一章で取り上げている虐待事件は、小さく産まれた双子の母親が小学校の入学がせまり追い詰められ、虐待に走ってしまう。男の子と女の子の双子で、脳性マヒの男の子に母親は決して手をあげなかったそうだ。はじめから「できなくて当たり前」と考えていたようだ。



ルポ 児童虐待 (朝日新書)ルポ 児童虐待 (朝日新書)
(2008/07/11)
朝日新聞 大阪本社編集局

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子どもにとって幼児期は、親子の信頼関係を構築していくのに大切な時期だと思う。親というものは、困った時には自分を全力で守ってくれる存在なんんだと、信頼してもらわないといけないだろう。


私はお受験のための勉強が大嫌いだったこともあり、いくら子どものためでも、嫌がることを無理にやらせることに抵抗がある。食べないからといって嫌がるのに食べさせ、歩かないからといって長時間訓練する。一歩間違えると虐待になるかもしれない。


一年生の頃は、あまりにも勉強に追いついていけないので宿題を減らしてもらった。普通は逆に塾に通わせたり、家庭教師をつけたりするだろう。でもその頃は、勉強させる時期でないと思ったのだ。学校に行くだけで疲れて集中力が続かないからだ。水泳教室や登山に連れて行き、体力をつけることに重点を置いた。学校に行くのが楽しくなければ子どもも嫌だろう。


二年生の終わりになってはじめて公文に通わせ、一学年下の勉強をさせた。これは友達の医師のアドバイスだった。悩んで相談したら、「階段式にステップアップしていくから、どこでつまずいているかわかっていいですよ」と教えてくれたのだ。


教室に通う前のテストでは、実際の学年よりも、理解力がかなり下であることがわかった。本当は焦っていたんだけど、無理に詰め込もうとしても、4年生になったら必ずつまづくだろう。


「校長先生がおっしゃった4年生の頃まで様子をみたいという意味は、加減乗除がはじまるからだ」と夫に教えてもらった。一番の難関は分数であり、分数の計算は九九が完璧にこなせるかにかかっているそうだ。ここで、「なんとなく暗記して覚えていた」子ども達が一気に振り落とされてしまうそうだ。これは、教員ならば誰でも知っていることだが以外と知られていない。だから焦る気持ちを抑え、基礎からもう一度勉強させた。


私が作った100の4分の1

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50の2分の1

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公文に通っても成績は急激には伸びていかなかった。だからテストの点が悪いと隠してしまうようになった。そういう時には、ちゃんと見せて、わからないところをそのままにしないように何度も言い聞かせた。「テストの点が悪いことじゃなく、テストを隠すのがよくないんだよ」と、できないことをそのままにすることを怒った。



木製シリーズ よくわかる100だまそろばん木製シリーズ よくわかる100だまそろばん
(2009/07/30)
学研

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夫も毎朝2,30分勉強をみている。幼稚園の頃から使っている「100玉そろばん」で繰り返し数の概念を教えている。今でも「全体の30%」とは、具体的にはどのくらいなのかを見せるのに役に立っている。目で見せて教えると頭に残るようだ。


超低出生体重児を伸ばしていくには、「奇蹟の人」のサリバン先生のように、体を張って全力で教えないと届かないようなところがある。どれくらいか大きさがわからないけれど、そのコップに溢れるまで水を満たさないと理解できない、そういうイメージだと思う。コップの大きさが予想以上に大きいと途中で不安になるけれど、あきらめないで満たしてあげるのだ。そうしないと必ず次でつまづく。


昨日コマを回していた時、「二年生の終わりに、戻る勇気があってよかった」とはじめて思った。「子どもの成績が悪いからといって、一学年、二学年戻る勇気がないお母さんが多いんですよ」と、公文の先生が私に言っていた。そうだろうなあと思った。


根気よく指導してくれた学校の先生にも感謝した。特に今の担任の先生ははりきって指導して下さっている。まだまだ安心はできないけれど、入学した頃には考えられなかった。


だけど・・・。昨年の暮れ、気がかりな報道を知ってショックを受けた。財務省は教員を減らしたいようだ。


今回病院に手紙を書いた理由は、 この報道を知ったからだ。超低出生体重児が増えていっても、受け入れる教育現場に余裕がなかったら、追い詰められるお母さんと子どもが出てこないだろうか。せめてもう少し「ゆっくり育つ」ということが社会に知られれば。それだけでも違うのに。


教員はすぐには増やせないだろうと思っていたけれど、まさか削減の対象にされていたとは思わなかった。今でも激務でうつになって休職してしまう教員が多いのに。学校から配られた保護者からのアンケートの回答をみると、共働きが増えたため、学校に対する要望も増えているように思う。


お母さんが勉強をずっと教えるのは大変だ。でも、塾に通わせる余裕がない家庭もあるだろう。だから、手のかかる子どもを熱心に指導してくれる教員と学校をもっと評価して欲しいと思ったのだ。せっかく産まれてきたのに。「あれもできない、これもできない」じゃなく、「産まれてきてよかった」と思えるようであって欲しい。


超低出生体重児の就学問題 どうすれば成績がよくなるの? いろいろ試してみました に続く


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小中学校教員、大幅削減ってどういうこと?/財務省と文科省が真っ向対立 THE PAGE 2013年11月13日(水)14時11分配信


 小中学校の教員数や待遇に関して逆風が吹いています。財務省は現在2014年度予算の編成作業を行っていますが、その中で、文部科学省に対して教員給与の引き下げや教員数の削減を求めています。これはどういうことなのでしょうか?


 小中学校の教員は現在約70万人いますが、財務省は教員の定数を毎年2000人ずつ削減し、今後7年で1万4000人を削減すべきだとしています。一方の文部科学省は逆に7年間で3万3500人増加させたい意向で、主張は真っ向から対立しています。


 財務省が削減を要求している根拠は小中学校の児童生徒数の減少です。2000年に1100万人いた児童生徒の数は、少子化の影響でわずか12年で1000万人まで減少しています。一方、教師の数は66万5000人から70万人と逆に増加しているのです。高校教員の数が大幅に減っていることを考えると、確かに小中学校の教員は多すぎるということがいえるかもしれません(文部科学省は教育の質の向上が必要としています)。


給与1.7%引き下げも要求
 

 また財務省は給与の引き下げも求めています。現在、教員の平均年収は608万円(43歳)ですが、これを1.7%引き下げることで、合計で750億円の支出を減らせるとしています。教員の給与は労働組合が強いこともあり、他の公務員より優遇されています。これを通常の公務員並みに引き下げようというわけです。


 さらに海外と比較すると日本の教員はかなりの好待遇であることが分かります。OECDの調査では、同水準の学歴を持った民間企業の従業員と比較すると、米国の教師は約6割、英国の教師は約8割の給与水準です。同じ調査ではないので単純比較はできませんが、日本の40代の大卒社員の平均年収は533万円(賃金構造基本統計調査)ですから、日本の教員は民間の水準を上回っています。


地方公務員の中でも狙われやすい


 職種という枠組みで見ると確かに日本の小中学校教員は好待遇であり、少子化で子供が減っていることや、厳しい財政事情を考えると財務省の主張には一定の合理性があるといってよいでしょう。しかし、これを職種ではなく、公務員という身分に関する視点で眺めてみると、また違った景色が見えてきます。


 地方公務員の中で教員が占める割合は40%にも達しており、教員の給与は金額の絶対値が大きいという現実があります。また教員には児童生徒の数という分かりやすい指標が存在します。一般の行政職公務員と比較すると、教員は削減対象になりやすい存在といってよいでしょう。予算の削減というのは、このように分かりやすいところがまずターゲットになるのが現実です。政権交代によって教員の労働組合が弱体化していることも影響している可能性もあります。


(大和田 崇/The Capital Tribune Japan編集長)


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2014/03/15

STAP細胞論文問題 失敗が前提の世の中に変わればいいのに

いよいよ小保方さんの研究はなんだったんだろう、となってしまいそうだ。


夫は私の要望書にもこうしてペンを入れてくれた。友達のお医者さんも私が何かを書いたり、尋ねるときちんと読んでくれて、論文まで紹介してくれる。研究者でもない私に。だから小保方さんだけの責任だとはとても思えない。


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夫が言っていた。最近の若手の研究者の待遇は不安定なのに、その上、すぐに結果を出さないと生き残っていけないそうだ。競争が激しいから悪循環に陥っている、ということもあるんじゃないだろうか。


研究を続けるには、お金がないとできない。だからマスコミや企業の方々と幅広くお付き合いをしないといけなかったりする。でも、中には「ネズミを笑わせて下さい」というテレビ局の人もいるそうだ。効果が不確実なトクホなどの開発に関わるのも、お金儲けのためじゃなくて、研究を続けるため、ということもあるのだ。


これから小保方さん「だけ」を一斉にバッシングするんだろうか。


私のいとこは地道にコツコツ研究を続けているけれど、お金がなくて生活が苦しい。簡単に結果など出せないからだ。だから、小保方さんを無理に有名にしようとする人達がいるなら、その気持ちもわからないわけではない。私は理研のメデイア戦略を責める気にはとてもなれないのだ。


でもその結果、これ以上、研究者の労働環境が悪化したら、と思うと本当に悲しくなる。日本の基礎研究のレベルは今でも一流だと思っている。だけどそんな時代はこれで完全に終わるかもしれない。


父の友人が私に教えてくれた「科学には失敗がつきものなのに、日本は失敗が前提の世の中でない」という言葉を思い出す。ちゃんとそういうことも公平に報道して欲しいなぁ。


私は科学技術と社会の共進化という概念から相互作用のあり方を考えている。健全な共進化を実現するには科学技術側の課題もあるし市民側の課題もあるだろう。

市民側の課題としては人々の科学技術リテラシ-が重要であり、リテラシーの要素として「失敗の意義を理解する」「単純な因果関係が成り立たない場合がほとんどであることを理解すること」などを揚げている。

最近は、子供達の理科離れを食い止めるとか理科の面白さを伝えるといった取り組みが一種の流行のようになっている。しかし、そんなことで健全な共進化の場が構築できるのだろうか。



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STAP疑惑底なし メディア戦略あだに 2014年3月15日 中日新聞 朝刊


ピンクや黄色の実験室 かっぽう着アイデアも


 どんなものにもなる万能細胞「STAP細胞」の論文疑惑について、理化学研究所は14日、中間報告を発表した。しかし新たに解明された事実は少なく、謎がいくつも残った。小保方(おぼかた)晴子氏も姿を見せなかった。野依(のより)良治理事長はじめ、俊英を集めた理研で、どうしてこんな論文ができ上がり、世界に広まってしまったのだろうか。


 ■実在?


 STAP細胞は本当にあるのか。論文共著者の丹羽仁史氏は今も「実在する」と主張する。実験では細胞を培養し、多能性(いろいろな組織に分かれる能力)の目印が細胞に現れると蛍光が出る仕組みをつくっておく。論文発表後も蛍光の出現が観察されている。


 以前、理研に所属していた中武悠樹(ゆうき)・慶応大助教は「これだけでは多能性があるとはいえない。それを示すにはマウスを使った別の実験が必要だ」と述べる。理研も、その先の部分の再現には成功していない。


 有力なのは「死にかけた細胞が強い蛍光を発する現象(自家蛍光)」という見方だ。「再現が成功した」といったん報告した関西学院大の研究者は後に「自家蛍光を誤認した」と訂正した。会見でも実在、非実在の決着はつかなかった。ただ理研で研究グループが見ていたものは万能細胞といえるものではなさそうだ。


 ■演出


 意表を突くアイデア、人工多能性幹細胞(iPS細胞)をしのぐ実用性…。世界を驚かせた論文は、若い小保方氏をみこしにかついだ腕自慢の面々による共同作業だった。


 「刺激で万能細胞」という構想は、芸術的発想が豊かな大和(やまと)雅之東京女子医大教授と米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授が唱えていた。執筆は、再生医学で日本を代表する笹井芳樹理研副センター長が主導し、マウスの実験は名人として知られる若山照彦山梨大教授が担当した。


 小保方氏は、早稲田大で常田(つねだ)聡教授の研究室に所属した後、大和教授に学び、大和教授と知り合いのバカンティ教授のもとに留学し、万能細胞のアイデアを知った。小保方氏が若山氏を訪れたのは2010年夏。理研にいた若山氏は「ハーバードの研究者から頼まれてマウスの実験を引き受けた」と話す。その半年後に小保方氏は理研入り。若山氏は山梨大に去ったが、笹井氏や丹羽氏の知遇を得てユニットリーダーに就いた。


 笹井氏は小保方氏を大舞台に押し上げようと奮闘。会見に備え、理研広報チームと笹井氏、小保方氏が1カ月前からピンクや黄色の実験室を準備し、かっぽう着のアイデアも思いついた。文部科学省幹部は「笹井先生はうれしかったんだと思う。iPSが見つかるまでは、笹井先生が(山中伸弥京都大教授より)上にいた」。会見ではSTAP細胞の優位性が強調された。


 ■暗転


 だが暗転はすぐだった。メディア戦略は理研幹部が「予想を上回った」と驚く成功を収めた。あまりに目立ちすぎたため、疑惑探索の専門家が早速、動きだした。インターネット上での指摘が静かに広がり始め、理研も内々に調査を始めた。ネイチャーが論文を無料公開すると、さらに疑惑探索者が増え、坂道を転げ落ちるように問題点が次々に見つかった。
 

 
 大和氏は2月5日にツイッターで「博多行きの電車に乗った」との発言を残したまま。笹井氏は沈黙を続ける。疑惑はどこまで増殖するのか。中辻憲夫京都大教授は「底なし沼」と表現している。


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