2014/12/30

今年一年、ありがとうございました

ひつじさんにまたコメントをいただいた。11月に出版されたばかりなのに、もう『どーもの休日』は出版元にはなくなってしまったそうだ。増刷されて、今度はNHKが取り上げてくれたらいいな。


なぜ「がん難民」は生み出されるのか 池上彰さんにお願いしたいこと


どーもの休日―元NHK記者と家族の“末期がん闘病記”どーもの休日―元NHK記者と家族の“末期がん闘病記”
(2014/11)
近藤 彰

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著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

近藤/彰

昭和23年(1948)年大阪生まれ。大学卒業後、1971年放送記者としてNHK入局し、鳥取放送局に配属される。静岡、名古屋局で遊軍や県政、市政を担当。東京局時代にはディレクターやNHKのTV情報誌『ステラ』の編集長も経験する。名古屋局報道担当部長、同局広報部長を最後に2006年、NHKを定年退職。2012年10月(財)NHKサービスセンター名古屋支局長を退職。同年12月すい臓がん末期ステージ4bの診断を受け闘病生活に入る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



クリスマスをいつものように野沢温泉スキー場で過ごした。往復の高速道路で『姥捨』というSAを通る。『姥捨』といえば昔話、『姥捨山』をどうしても思い出す。貧しさのあまり、年老いた親を山に置き去りにしたという話だ。


ブログでたびたび取り上げてきた『どーもの休日』。この本は、元NHKのジャーナリストで、末期のすいぞうがんの患者さんだった近藤彰さんが綴った闘病記だ。この本に私がひかれたのは、幼い頃に読んだ『姥捨山』を思い出したからだ。


「ここに書いてあるのは、将来のあなたや、あなたの家族の姿かもしれないですよ」と神様に現実を突きつけられた気がしたのだ。


もしも、近藤さんの闘病記をみなければ、目をつぶって過ぎてしまったかもしれない。「そうはいっても、医療費が膨れあがるのはどこかで押さえないといけないんだよ。将来の若い世代が大変だから」と。親が亡くなるという現実を受け入れるのも考えるだけで恐いけれど、さらに経済的な負担も恐くなる。


もしかしたら今後、お金を出せば受けられる治療の幅が広がる可能性があるからだ。悩むだろうな。


超低出生体重児だった息子が成長できたのは、子どもだからだ。私や家族の身の上にもう二度と、同じような奇蹟は起こらないだろうと思っている。だからこそ、こういう問題から逃げようとする。すぐに解決できそうにない困難には目をつぶってしまえば楽。


そういう考えたくない気持ち、逃げようとする心を、グッと捕まれる感じがした。


これは他の誰かの話ではない。いつか自分や家族が通る道、自分自身の問題。今はそう思っている。


だから静かに広がって欲しい。多くの方が自分のことと考えてくれたらいいな、と願っている。


今すぐに解決できなくても、ほんの少し平坦な道のりにすることはできると思うから。


※    ※    ※



藤田正美の時事日想 団塊の世代に医療費が注ぎ込まれる時代 Business Media 誠 より引用


1割負担にするために毎年2000億円もの公費が投じられてきた。安倍政権は、法律どおり(もともと自民党と公明党の連立政権のときに、2割負担を暫定的に1割負担にしたという経緯がある)2割負担にするとしているが、結局、それが決まるのは7月の参院選後ということになるだろう(その前に争点になると票に響くという計算である)。


 それを前提としても、問題はその先にある。医療費が膨張し続けるのは、薬の無駄遣いや病院の検査漬け、過剰診療が主たる理由ではない。病気がある程度治るようになったから医療費が増加する。例えばガンでも、手術や投薬、あるいは放射線などの物理療法で延命率が上昇している。つまりガンを抱えたまま「普通の生活」を送ることが可能になっているということだ。


 もちろんガンだけではない。心臓発作や脳梗塞といったかつては「致命的」だった病気にかかっても、ある程度の生活を取り戻すことができるようになった。言い換えれば、医療技術や医薬品が進歩すればするほど医療費は増加するということである。つまりこれから日本は、高齢化による医療費や介護費の増加に加えて、医療技術の進歩による医療費の増加がすごい勢いで進むということだ。


 そうなる前に手を打たなければならないが、実際のところ、日本の政治は社会保障についていつも手をこまねいてきた。安倍首相が果たしてどこまでこの問題に切り込めるかは、まだ分からない。参院選の結果によっても変わるだろう。それでも安倍首相の歴史的評価は、まさにこの社会保障にどう切り込んでいくかで決まる。


※    ※    ※


2014/12/29

『薬害エイズ事件』を考える その4 NHKスペシャル『埋もれたエイズ報告』 は誤った報道だった? 

『薬害エイズ事件』を考える その3 薬害裁判 本来行われるべきことは何か の続き


櫻井よし子氏の『エイズ犯罪 血友病の悲劇』と武藤春光氏、弘中惇一郎氏の『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』には、当時の研究班でどんな議論がなされていたかが記載されている。同じことを見聞きしても、「悪い奴に違いない」という先入観があるのとないのとでは、導く結果が全く違うことがわかる。


埋もれたエイズ報告埋もれたエイズ報告
(1997/07)
桜井 均

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私は「悪魔は人の心が作り出すもの」と思ってきたが、まさにそれを証明しているようだ。櫻井氏が問題だと記していた、安部氏の会議での発言。発言だけを取り上げると確かに冷たく感じる。


「私どもは一例は、一人殺しているんです」


「私どもはね、毎日注射しているからね。これは毒が入っているかもしれないと思いながら注射しなければならないんだからね。それを待っててなんて、おれないよ」


「この間発表したのは、ごく最近死んだもの、それから今も次から次に毎日やっていますから、あした出るかもしれない」


気になったのは、弁護士が指摘しておられるNHKの特集番組の影響力だ。私も当時、テレビの前で怒りに震えた一人だったけれど・・・


「裁判所の証拠にも採用されて民事裁判に大きな影響を与え、ジャーナリスト界の賞も受賞した番組が、事実とは異なる内容だった」と主張しておられる。


番組の内容は、『厚生省が、アメリカの製薬企業が製造した濃縮製剤の1ロットが「エイズウイルスに汚染されているかもしれない」と、エイズ研究班に報告しなかった。そのため、エイズの被害が広がった』というものだった。


地方にいくほどNHKの影響力は今でも大きい。公共放送の大切な使命とは、自分達が行ってきた報道をきちんと総括することでもあると思う。なぜなら、報道された人だけでなく、家族の人生をも左右するからだ。


いくら被害者の救済に報道が必要でも、事実とかけ離れた内容を報道されると、激しい揺れ戻しがおきる。その結果、次の被害者が救われなるという弊害につながるのではないか。


私は安部氏に責任はあると思う。しかし、事件当時報道されていたように、安部氏一人に背負わせる罪だとはどうしても思えない。何も知らない自分の部下を筆頭著者にして論文を書かせたり、アメリカに調査を依頼していた事実は櫻井氏が指摘したような「隠蔽」のためではなく、むしろ「医師としての良心」からくる行動だったと思うからだ。


私がこう思うようになったのは、夫が医学部にお世話になり、製薬企業とお付き合いをしてきたからだと思う。世の中にはその立場にならないとみえない景色があるのではないだろうか。


櫻井よし子著『エイズ犯罪 血友病の悲劇』文庫版によせてから


安部氏はこれまでエイズの危険性は察知してはいたが、その危険性はそれ程、高いものではなかった旨の発言を重ねてきた。


だが、第一回目の班会議では「最も強い危機感」を表明し、非加熱製剤に代わる安全な製剤を「待っててなんか、おれない」と言っているにもかかわらず、加熱製剤の開発で先攻していたトラベノール社に対し「1〜2社だけの先駆けは許さない」等の発言をした。


結果として、早期に加熱製剤を供給することの出来た社も、暫く待たされる形で、加熱製剤の承認は85年7月まで、大幅にずれこんだ。




武藤春光・弘中惇一郎著『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』コラム① NHK の『埋もれたエイズエイズ報告』


(第1回の研究会の発言を録音したテープから)研究会の全体の雰囲気も極めて楽観的で、安部医師と行政のみが危機感を表明しておりました。そして、その研究報告はエイズ研究班の審議に何も影響を与えていませんでした。


当時、郡司課長らは日本にエイズ患者がすでにいるかどうか、その本体は何なのか、ウイルスだとしたらどんな性質か、潜伏期間は、その発症率はなど、重要な情報を必死で探していました。


製剤の95パーセントを輸入に頼っている状況では輸入品の回収などは当然あるだろうと予想していましたので、そんなことは重要な情報ではないと思われていました。


ですから回収があったことを研究班に報告したかどうかは、報告した郡司課長も、報告を聞いた塩川氏も忘れてしまったようです。


NHKの組織倫理規定には「裁判中の事件に関しては慎重を期す」とあります。公共放送であるはずのNHKは倫理規定違反をしてとんでもない誤った報道をしてしまったのです。


(中略)


NHKは公共放送として徹底的な体質改善が必要です。


以下略



2014/12/25

『薬害エイズ事件』を考える その3 薬害裁判 本来行われるべきことは何か

『薬害エイズ事件』を考える その2 『安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図』なぜ安部医師は無罪なのか の続き


この本の気になる部分を引用させていただく。いくつかの活動をしてきてその通りだと思う気持ちと、これは理想にすぎないと思う気持ちが半々といったところだ。


※    ※    ※



『安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図』第三部 安部医師への誤った責任追求と「薬害エイズ裁判 第11章検察の陰謀———国策捜査・国策起訴


6 本来行われるべきことは何か


わが国のマスメディアには、悲惨な被害者が現実に存在するにも関わらず。誰の責任をも問えないという苦しい現実を受け入れられない弱さがあるのではないでしょうか。だから悲劇がある以上、その犯人が居るはずだ、という感情的な反応の終止し、事態を冷静に判断しようとしないのです。


(中略)


アメリカでは、1995年に、この悲劇に対し、医師の責任や行政の責任を問うのではなく、立派なレポート(HIV and The Blood Supply)が作成されました。そのまえがきは、「この報告は、上の期間における血液あるいは血液製剤によるHIV感染について、いかなる個人的な決定または集団的な決定に対しても、法的責任をとることを求めたり、非難を加えようとするものではない。


本委員会の結論と勧告は、血液と血液製剤の受血者におけるエイズ蔓延の流れを抑えようと努力してきた人びとの経験から得られた教訓を、将来の血液供給を担当することになる未来の指導者たちに提供することを目的としている」と明言しています。


悲惨な被害に対しては被害の救済が必須です。しかし、悲惨な被害をもたらしたことに対して責任を負うべきは何者かが必ず存在するというわけではないのです。責任を負うべき立場にない誰かに責任を取らせるという幕引きを行い、再発防止のための努力を怠ることこそ、悲劇というべきでしょう。



※    ※    ※



「薬害エイズ事件の真相」に書いてある、弁護士の主張はまさに私が関わってきた『周産期医療の崩壊をくい止める会』の『募金活動』の精神だと思う。福島県立大野病院事件の時に、私が福島地裁の裁判長あてに手紙を書いたのは、ここに書いてあることを願っての行動だった。


しかし、私は高度医療に救命された元患者であるが、同時に医療における被害者でもある。薬害被害者といっていのかわからないけれど、一応被害者としての活動もしてきた。救済への道筋を裁判をせず、行おうと考えた。私の関わった『募金活動』が、被害者の声を封じ込める圧力になってはいけないと思ったからだ。


病院には要望書を二通書いたし、法務局の人権救済窓口にも相談したし厚労省の調査に協力したこともある。それでも「改善された」とまではいえない。


※    ※    ※



厚生労働科学研究費補助金 医薬品・医療機器等 レギュラトリーサイエンス総合研究事業 「患者から副作用情報を受ける方策に関する調査研究」の『副作用報告に関するアンケート調査』への回答


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※    ※    ※



情報公開はすすんでも、本当に開示して欲しい情報は黒塗りだったり、表にださない。結局メディアにお願いして報道してもらわないといけなかった。


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開示された診療記録


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※    ※    ※



だからこそ思う。もし、このように弁護士として主張なさるなら、被害者が救済される道にも手を差し伸べるべきではないのですか?


再発防止のための努力を、ちゃんとしてきたといえるのだろうか・・・厚労省はわかっていても、なかなか動いてくれない。被害が隠せないほど拡大し、メディアが記事にするまで動こうとしない。


例えば、子どもの給食に『マーガリンパン』というパンが出される。なんで日本では、いまだにトランス脂肪酸が放置されているんだろう?


そしていつも思うけれど、「アメリカでは」などと、海外を引き合いに出すのは都合がいい部分だけだと思う。私は北米に住んでいたことがあるけれど、救いようのない人権侵害には以外と敏感だった。あるメガファーマは、そのアメリカで悪質な手口が認められ、米国史上最高額の和解金(罰金を含む)を支払っている。日本ではきいたことがない。


「自殺の原因は今も昔もあまりかわらない」と夫が私に言っていた。犯罪も同じかもしれない。「借金」や「病気」「家族の不仲」などから引き起こされる。確かに、国立公文書館の『江戸時代の罪と罰』で展示された当時の記録をみたら、夫の言葉を思い出した。


国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪


薬害を生み出す原因もまた同じだ。「利益相反問題」「利益至上主義」「プロモーションの問題」「現場の医師の知識不足」など。


むしろ薬を売るためのキャンペーンは、巧妙になったように感じてきた。今でも、薬剤を推進する立場の医師やジャーナリストが、利益相反問題を抱えるのは当たり前のようにある。しかしそういう方々にかぎって「被害は救済されるべき」といいつつも被害者の救済には力を貸そうとしないように思う。


いつしか私の中から、募金活動の精神が消えていった。薬剤を推進する患者や市民は、製薬企業だけでなくメディアや医療者も好意的で応援もしてくれる。私じゃなくてもいいじゃない。私がやりたいのは、そういう活動じゃない。もっと社会的弱者を守らないといけない、と思うようになった。


『薬害エイズ事件』を考える その4 NHKスペシャル『埋もれたエイズ報告』 は誤った報道だった? 


2014/12/23

我が家のクリスマスツリー

(冬休みになるのでしばらく更新がゆっくりになります)


私は自分の家のクリスマスツリーが一番好きだ。カナダに滞在していた時、近くのEaton Centreで買った。その店で一番小さいツリーだったけれど私の背の高さと同じくらいの高さだ。売り場に飾ってあるツリーは大きくてびっくりした。郊外にある家では、近くの森からモミの木を切って家に飾っていたりする。


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息子もいつのまにか、ツリーと同じくらいになった。もう来年には私の身長を追い抜かされるかも。


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海外に行った時に、一つずつ買い足してきたオーナメント。海外には、オーナメント専門店があって必ず立ち寄ってしまう。今は中国製も増えたけれど田舎の街には、その土地にしかない、凝ったオーナメントがあって面白い。


夫は好きなビールと、アメフトのボールを見つけて飾っている。


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息子は「スターバックスのコーヒーカップを飾りたい」といった。なぜスターバックスなんだろう?


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2014/12/22

『薬害エイズ事件』を考える その2 『安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図』なぜ安部医師は無罪なのか

『薬害エイズ事件』を考える その1 『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』 の続き


安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図 Amazon


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安部英氏が無罪ならば、あの頃の報道は何だったんだろう?


櫻井氏の『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』は主に被害者側からみた『薬害エイズ事件』についてだ。この櫻井氏の報道姿勢を「過った責任追及」と批判するのが、安部医師を無罪に導いた弘中 惇一郎弁護士と武藤春光弁護士の『安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図』である。


私は正直なことをいえば、弘中惇一郎弁護士にはあまり良い印象を持っていなかった。


弘中氏を一躍有名にしたのは「ロス疑惑」だった。薬害エイズに限らず、あの当時の報道は異常だった。「疑わしきは被告人の利益に」という言葉は日本にはないと思っていた。だから私は弘中氏の活躍を応援していた。


ロス疑惑 wikipediaより引用

ロス疑惑(ロスぎわく)とは、1981年から1982年にかけて、アメリカ合衆国(米国)ロサンゼルスで起こった銃殺・傷害事件に関して日本国籍の男性にかけられた一連の疑惑。報道の過熱化(被疑者に対する人権侵害)や一事不再理の原則などの問題を投げかけた。


しかし最近の弘中氏はどうだろう。なんだか「無罪請け負い人」という言葉がふさわしいように感じてしまう。とにかく無罪にするために活動する弁護士のようだからだ。


弘中惇一郎 wikipediaより引用

経歴・人物

クロロキン、クロラムフェニコール、日化工クロム職業病裁判(六価クロム)など多くの薬害事件を担当したほか、マクリーン事件などを担当。ロス疑惑の銃撃事件で三浦和義の無罪、薬害エイズ事件における安部英の一審無罪、障害者郵便制度悪用事件で村木厚子の無罪を勝ち取り、逆に大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件を見抜く小沢一郎の顧問弁護士でもあり、無罪を勝ち取り、「無罪請負人」の異名も持つ。芸能人など著名人の弁護人としてメディアに登場することも多い。また、茶道上田宗箇流の門人でもある。



「あの弘中さんの本か」と思うと、なかなか読む気になれなかった。どうせ大げさに書いてあるんだろうという先入観が私の中にあるからだ。


ところが、予想に反しなかなかおもしろい。この本の弘中氏の主張は頷く部分が多い。医療と裁判と、報道のあり方には改めて考えさせられた。


有名になった後の櫻井氏は「薬害エイズ事件」から逃げておられるように感じる。ジャーナリストを名乗るならをきちんと「薬害エイズ事件」総括するべきではないのか。事実と違うことで追い詰めていたのなら、それは報道ではない。結果的に、次の薬害被害者の声を埋もれさせてしまうことにもつながる。


ただ、この数年間活動してきて、弘中氏の主張にも全面的に賛成できない部分もある。


子宮頸がんワクチンの普及でいえば、中には製薬企業にお金を出してもらい海外に行ったり、あるいはロビー活動の一端を担っておられるジャーナリストや医師もおられる。故意であろうとなかろうと、人命に関わる正しい情報を伝えるジャーナリストや医師が、利益相反を抱えるのが当たり前の世の中になってはいけない。


今の日本には明らかに一市民にとってフェアでない現実があるのに、そこは不問、置き去りなんですか?と思う。


私は裁判という手段を選ばず解決してもらおうと要望書などを書いてきた。しかし、この国には「被害を最小限にくい止めよう」とか、「再発防止に取り組もう」とか、まして「情報公開を積極的にしよう」という姿勢をあまり感じない。


開示された診療記録

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ある医師が最近言っていた。今の日本の医療現場は20年前のアメリカにそっくりだ。これから様々な問題が噴出し、社会問題化するはず。僕たちは、勉強しようとしない同業者を守る必要があるのだろうか?産科にも、小児科にもダメな医師は大勢いるし、海外で通用しないようなことを学会で議論していたりする。それが今の日本の医療だよ。


私もその通りだと思っている。


民主党政権が誕生した頃、「医療が崩壊するから守ろう」という運動があった。けれど、「守ろう」では解決できない厳しい現実があることを知った。


もしも私が信じて疑わなかったら子どもは今のように成長していなかっただろう。いくら医療に救命されたからといって、すべてを信じるわけにはいかない。今は「信じて下さい」と言ってしまったことを何よりも反省している。



私は『薬害エイズ事件』から何を学べばよいのかいまだによくわからない。反省すべき点は一体何なのだろうか。あの当時、誰が何をどうすれば、被害を最小限にくい止めることが出来たのだろうか。たとえ原因がわかっても、改善されないなら意味がないじゃないか。


『薬害エイズ事件』を考える その3 薬害裁判 本来行われるべきことは何か



2014/12/19

アレルギー死亡事故 今日はご命日 

今日は死亡事故が起きた日だ。


亡くなった女の子のご遺族は「娘が亡くなったことは悲しいけれど、良い方向へ改善してくれれば」というようなことをおっしゃっておられた。


続発するアレルギー事故 学校給食で何が? クローズアップ現代 2013年2月21日


“娘の死をきっかけに、食物アレルギー対策の重要性が再認識され、多くの人たちが改めて動き始めるのであれば、娘は「うん、それならいいや」と言うような気がしています。彼女の未来に向けた思いに応えてほしいと思います。”


亡くなってしばらくして放送されたNHKのクローズアップ現代を見た時に、私はたまらなく悲しくなった。なぜなら、女の子は1ミリグラムにも満たないチーズでアナフィラキシーを起こし、亡くなったからだ。


どうして学校給食で人が死んでしまうんだろう?


私は疑問に思ったことは徹底的に調べる。いつものように報告書を読み、報道に一通り目を通した。多くの社会問題がそうであるように、複合的な要因があることがわかった。


あれから、現場は改善され、良い方向に進んでいっているように思う。


ただ、一つだけ強く思うことがある。どうして死亡事故が起きるまで、食物アレルギーの大変さが、社会に知られなかったのだろう。


ある重度の食物アレルギーのお子さんを持つお母さんが私に教えくれた。


理由は簡単だ。超低出生体重児の退院後の支援がないのも、薬剤による被害者がなかなか救済されないのも同じような理由だ。要するにこの国では人が亡くなったり、被害者を増やさないと現場が改善されない。当事者の切実な声が届かない仕組みになっているのだ。もっと簡単に言ってしまうとお金にならないところには、光がなかなか当たらないともいえる。


私の中には拭いきれない不信感がある。


「退院後の支援に予算をつけてあげられるかもしれないから」と私に手記を書くようすすめてくれた方は二人おられる。お一人は著名な医師でお一人は政治家だ。その方は教育がご専門で、当時重要なポジションについておられた。


2009年11月13 日、取り次ぎをしてくれた方にいただいたメールにはこのように書いてある。


(超低出生体重児の教育問題)とても大事な問題なので、サクラさんに文章を書いていただきたい、とのことです。

おそらく、個別に一人一人運動するのは大変です。声を文章で書いていただければ、そういう問題を知ってもらうこと、医学会行政がフォローを開始するための枠組みや予算をつけるよう、動くことができるようになります



しかし当時の記録をあたってみると、すでに『子ども手当』はワクチンへという流れがあったようだ。給食のアレルギー対策や、超低出生体重児に退院後の教育予算など、きちんと議論されたのだろうか?


報告書を読んだ時、アレルギー対策にもっと予算をつけてくれていたら、と思わずにいられなかった。予算がなくて、窓ガラスの耐震フィルムも諦めたというのに、どうしてワクチンが優先されたのか。同じ子どもの『いのち』に関わる予算じゃないか。


「ワクチンのほうが重要だと思うから」でも「現場を見たことがないから知らなかった」でも、どんな理由でもいい。人が亡くなっているから説明をして欲しい。そうでなければ、私は政治に対する不信ばかりが大きくなる。


私は思い当たる言葉をぐっと飲み込むしかないのだろうか?私をそういうきもちに変えたのがこの国の政治だ。昨年、校長先生に私が頭を下げた時に、先生は笑っておられた。けれど、現場で働く教員は声をあげられない仕組みになっている。私は光が当たらないところに光をあてるのが、本来の政治家の仕事だと思っていた。そして私に声をかけてくれたのは、そういう志を持っておられるから、だと思っていた。


この件に関しては、先日の『たたき台』に入れた。なぜ、はじめの約束と違う事態になっていったのか理由が知りたいからだ。


その一方、学校には手紙を書いた。校医の先生が「エピペンは万能じゃない」と保護者の前でおっしゃったからだ。「迷ったら打つにして下さい」「超低出生体重児の支援も同じです。もっと当事者の声に耳を傾けて下さい」。


この前、 ある人が私に言っていた。「日本の教育は世界から取り残されている。上からこれを勉強しなさい、と一方的に教えるような教育をしているのは、もう日本だけじゃない?」。


その通りだと思う。


「お医者さんのいうことを信じましょう」そんなことを子ども達に教えてはいけない。日本はこれから医療を産業にしようとしているのだ。信じる気持ちも必要だけれど、一方で頭を使って考えずに信じることは危険だ。


ただでさえ、日本は子どもの数が少ない。子ども達の声なんて、なかなか届かない。アジアの中でも存在感が薄くなっていく。


そろそろ「大人は間違うことがあります。世の中には改善したほうがいいことが沢山あります。そういうことを見つけたら声を出していきましょう。黙っていたら良くなっていきませんよ」ということを子ども達に教えて欲しい。それが国際社会では当たり前だからだ。


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

薬害オンブズパースン会議 調査・検討対象 DTC広告 から一部引用


1 DTC広告とは


DTCとは、Direct to Consumer(顧客直結)の略で、製薬企業が医薬関係者以外の一般人(薬事法67条参照)に直接働きかけるマーケティング活動のことを指す。DTC広告とは、DTCマーケティングの中で、マス媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど)上で一般消費者向けに打つ広告のことである。
DTC広告には次の3つのタイプがある。


♦リマインダー広告
病名には言及せず、薬剤名と製薬会社名に言及する広告

♦ 受診推奨広告
薬剤名には言及せず、病名と製薬会社名に言及し、病気の治療のための受診を推奨する広告

♦ 疾病啓発型広告
一定の症状を挙げ、それが病気であるということを示すことによって病識を持たせ、それを治療できる医薬品があるということを示す広告

2 取り上げた経緯

日本においては、医療用医薬品の一般消費者に対する広告(DTC広告)は、特定の場合を除き薬事法上規制されておらず、行政指導によって事実上規制され、製薬企業はこれを遵守してきた。ところが、2000年頃からDTC広告、とりわけ疾病啓発型広告が実施されるようになり、近年その数は増加している。

製薬企業によるDTC広告は営利目的であり、偏った情報提供となる危険性が高く、かかる広告から情報を得た一般消費者の行動は、医薬品の適正使用を阻害するおそれがある。そのため、一般消費者保護の観点から、医薬品のDTC広告は認められないとするのが世界の潮流である。

ところが、行政刷新会議は、世界の潮流に反し、規制・制度改革の平成23年度措置として、医薬品等適正広告基準による医療用医薬品等の広告の制限を撤廃しようとしていた。

そこで、当会議は、かかる行政刷新会議の規制緩和に反対すると共に、医薬品のDTC広告の現状及び問題点を指摘し、薬事法の改正等による広告規制の強化を求めるため、問題提起を行うこととした。

3 何が問題か

(1) 疾病啓発型広告の問題点
疾病啓発型広告は、広告の中に特定の症状を挙げ、一般消費者に病識を持たせることにより、医療機関を受診させて、処方を依頼させるという効果を持つ。一見病気の啓発という形をとりながら、結果的には偏った情報となる危険性が高く、広告で情報を得た一般消費者が医師に対して特定の薬の処方を求めるなど、医薬品の適正使用を阻害するおそれがある。

実際、アメリカで行われた研究では、DTC広告を見たとして特定の医薬品(抗うつ剤パキシル)につき語った患者の55%に対し、抗うつ剤が処方されたとの結果が報告されており、ニュージーランドにおいても同様の報告がある。



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2014/12/18

『薬害エイズ事件』を考える その1 『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』

もう少ししたら私がつくった『たたき台』をもとにある会合が開かれるそうだ。ブログを書き始めて一年。いろいろな出来事があった。


私にはロビイストはいない。政治家や弁護士、NPO団体などがついていたわけではない。よくここまでたどり着いたな、としみじみ思う。昔話の『わらしべ長者』のようなものだ。来年になったら、もう私の手を離れていくかもしれないーーーーー


エイズ犯罪 血友病患者の悲劇 (中公文庫)エイズ犯罪 血友病患者の悲劇 (中公文庫)
(1998/08)
櫻井 よしこ

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ちょうどよい機会なので、『薬害エイズ事件』について考えてきたことを書いておこう。


今から12年前の2002年、私は妊娠24週だった。前置胎盤による出血が止まらず、救急搬送先の病院で子宮口を縛る手術(シロッカー手術)を受けることになった。


手術の直前、執刀医から夫に厳しい話があったそうだ。「もしも出血が止まらない場合、緊急帝王切開に切り替え、子どもを取り出すかもしれない。その場合、子どもが正常に発達する可能性は5割ほど」。


祈るような気持ちで手術室に向かった。しかし手術がはじまってすぐだった。「緊急帝王切開に切り替える」と告げられた。手術室の中は慌ただしくなり輸血の準備がはじまった。


その時、頭をかすめたのが『薬害エイズ事件』だった。


薬害エイズ事件 wikipediaより引用


薬害エイズ事件(やくがいエイズじけん)とは、1980年代に、主に血友病患者に対し、加熱などでウイルスを不活性化しなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者およびエイズ患者を生み出した事件である。非加熱製剤によるHIV感染の薬害被害は世界的に起こったが、日本では全血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、うち約600人以上がすでに死亡しているといわれる。


テレビの向こうの遠い話だと思っていたけれど、あのような不幸な出来事があったからこそ、輸血がより安全に、より確実なものへと変わっていったともいえる。


けれど、いくら安全になったとはいえ、輸血にはリスクが伴う。出産の数年前『狂牛病』(BSE問題)が社会問題化し、厚労省から通達が出された。1980年から1996年の間にイギリスに1日以上滞在した人からの献血が見合わせされたのだ。


1980年から1996年の間に英国に1日以上滞在された方からの献血見合わせ措置に関するQ&A 厚労省


妹と父はイギリスに滞在したことがあり、献血できなくなってしまった。私も突然、輸血しなくてはならなくなった。だから手術がはじまる直前「献血ぐらいしておけばよかった」と後悔した。


『薬害エイズ事件』といえば、私は真っ先にジャーナリストの櫻井よし子氏を思い出す。1995年、櫻井氏がかいた『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』は第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しベストセラーとなった。


ところが出産から数年後の2008年3月。新聞報道である事実を知って、驚いた。厚生省官僚だった松村明仁氏が業務上過失致死容疑で逮捕・起訴されていたが「最高裁は上告を棄却した」とかかれていたからだ。ちなみに、2001年3月には帝京大学医学部附属病院の医師だった安部英氏には一審で無罪判決が出ている。


どうして無罪になってしまったんだろう?その時の疑問が、私を大野病院事件へと駆り立てていったーーーーー


櫻井氏は『薬害エイズ事件』が社会問題化していった当時、日本テレビの夜の報道番組「NNNきょうの出来事」の看板キャスターだった。「きょうの出来事」では、櫻井氏自身が取材した安部武医師とのやり取りを、連日のように放送していた。


今でも鮮明に記憶に残っている場面がある。安部医師が駅のホームで激昇した様子だ。


当時の安部医師は、櫻井氏が「先生、一言お願いします」といくら頼んでも、ほとんど言葉を発しようとしなかった。だから櫻井氏は、安部医師が自宅を出るところから、最寄りの駅まで毎日ひたすらマイクを向け続けていたのだ。


その日もいつものように櫻井氏が安部氏にぴったり張り付き、最寄り駅まで追いかけ、ホームでマイクを向けていた。


ところが、いつも無言だった安部医師が、突然カメラマンを蹴飛ばしたのだ。蹴飛ばす様子だけ繰り返し放送されたように記憶している。


あの頃櫻井氏は正義の味方だった。テレビの前で憤っていたのは私だけではないだろう。「ああやっぱり。安部医師はカメラなんて、蹴っ飛ばしてもいいんだと思っていたんだ。血も涙もない非道な人なんだ」。


でも最近になり父や夫の友人の大学教員が私に教えてくれた。


「報道関係者はコメントをお願いしますと電話をかけてきて、一時間ぐらい平気で粘るんだよ。ひたすら雑談し油断させるんだ。そうやって、放送で使いたいことをこちらがしゃべるのをじっと待っているんだ。使えそうな言葉をしゃべった途端、『今のその言葉、使わせていただきます!』と電話を切ってしまう。ああ、しまったと思った時にはもう遅いんだよ」。


今から思えば、テレビ局はカメラマンを蹴飛ばすようなシーンが欲しかったのかもしれない。


『薬害エイズ事件』を考える その2 『安部武医師「薬害エイズ事件の真相」 誤った責任追及の構図』なぜ安部医師は無罪なのか




2014/12/17

次の時代 コンクリートから人へ (国立公文書館 平成26年春の特別展 高度成長の時代へ)

●高度成長の時代から、医療の時代へ 医療が産業になる、ということ

国立公文書館で『江戸時代の罪と罰』の資料を買った。一緒に売っていたのがもう終わってしまった春の特別展『高度成長の時代へ』の資料だった。「資料だけも面白いですよ」とすすめられ迷わず買った。たったの200円だからだ。


国立公文書館 平成26年春の特別展 高度成長の時代へ 1956 ー 1972

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今日、あるメディア関係者にお願いされた、『子宮頸がんワクチン』のロビー活動に関する資料作りが終わった。「単に、疑わしいではなくファクトが大事。とにかくファクトを積み重ねなさい」と言われ、膨大な資料から事実だけを抜き出し、一つの文書にまとめた。出来上がった相関図などを見るとお金の流れが見えてくる。


なるほど、だから「ファクト」が大切なんだ。


●私と、『華麗なる一族』

一息ついて、国立公文書館で購入したパンフレットをパラパラめくっていたら、タイムマシンに乗っているような錯覚に陥った。


私にはパンフレットの世界がとても懐かしく感じる。父がお世話になった鈴木会長とご兄弟は、『高度成長の時代』に日本を牽引した大企業の経営者だったからだ。以前放送されたドラマ、『華麗なる一族』をみた時にも作り話だと思えなかにも、そのためだ。




※    ※    ※
鈴木竹雄 wikipediaより引用

日本の商法学者。東京大学名誉教授。

【親族・家族】

鈴木商店(現味の素)第2代社長の鈴木忠治の三男。鈴木商店創業者の2代目鈴木三郎助は伯父。妻は子爵の井上勝純の娘。兄に三楽オーシャン(現メルシャン)社長・会長を務めた鈴木三千代や、工学博士で昭和電線電纜会長を務めた鈴木松雄。弟に通商産業省重工業局長等や日揮会長を務めた鈴木義雄や、経済同友会副代表幹事や昭和電工社長・会長を務めた鈴木治雄、三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現・三菱自動車工業)社長を務めた鈴木正雄、大蔵省国際金融局長や国際通貨基金理事等を務めた鈴木秀雄がいる。娘は日本放送協会報道局長やパリ日本文化会館初代館長等を務めた磯村尚徳の妻。

※    ※    ※

ちょうど今は「コンクリートから人へ」という次の時代への転換期だ。一つの時代が終わり混乱の中にいる、という感じだろうか。そこに私が連れてこられたことは意味があるのかもしれない。

●子宮頸がんワクチンのロビー活動は、草の根の市民活動ではない プロのロビイストが、厚労省でなく、経産省に働きかけた

集英社インターナショナルに掲載された、斉藤貴男さんの記事を読んだ時に私が注目したことは二つ。


一つは、子宮頸がんワクチンのプロモーションが、純粋な草の根の市民活動ではなく、プロのロビイストは介在した活動だったことだ。やはり私が疑ってきたように、草の根と見せかけたロビー活動だったのだ。


もう一つは、ロビイストが働きかけたのが、厚労省ではなく経産省だったことだ。

※    ※    ※
子宮頸がんワクチン問題を追う ワクチンビジネスの作法 HPVワクチンを起爆剤にしよう 2014年9月16日ジャーナリスト斉藤貴男 集英社インターナショナル

新日本PAはすでに2006、7年頃、GSKとの間でロビイングの委託契約を締結していたことがわかった。HPVワクチンに定期接種への道が開かれたのは民主党政権の時代だが、それはたまたまそのようなタイミングに当たっただけで、種は以前の自公政権下で小原氏らによって撒かれていたという。

永田町の事情通に聞いた話だ。

「HPVワクチンはGSKとMSDの独壇場。どちらも外資ですから、もともと厚生労働省の主流派はやる気なんかなかったんです。国内のワクチンメーカーを、いや、天下りをはじめとする業界との既得権益を守りたかった、ということじゃないですか。

(中略)

GSKに近い関係者に聞いた。

「新日本PAがHPVワクチンのロビイングを始めたのは、経済産業省のバイオ課が示唆を与えたからです。もっと言えば、GSKに繋いだのがバイオ課でした」

バイオ課は通称だ。正式には経産省製造産業局生物化学産業課。1989年に新設されたバイオテクノロジー関連事務を統括するセクションで、彼らはMMR薬害事件以降の予防接種行政のありように、産業政策の見地から頭を悩ませていたという。

日本のワクチン業界は確かに閉鎖的だった。競争にさらされていないので時代に対応した再編成も進まず、メーカーの規模も小さい。戦前の体質を色濃く引きずってもいるようだ。

※    ※    ※

きっと未来の公文書館では、この子宮頸がんワクチンの『ロビー活動』や『裁判』が取り上げられるだろう。


私は『戦後最大の薬害』が生まれたのは必然だったと思う。高度成長期の公害問題が生まれた背景とどこか似ていると思うからだ。


その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』


私が問題だと思うのは、ワクチンではなく、ワクチンを普及させる方法だ。今回の、子宮頸がんワクチンの混乱は、どうなっていくのだろうか。父が慕っていた社長さん達は、『フェア&リーズナブル』が座右の銘だから、私が考えてきたような悪い人ではなかった。


ロビイストと呼ばれる人達には同じような良心や優しさがあるのだろうか。

※    ※    ※
国立公文書館 『高度成長の時代へ』第二部 高度成長成長の展開 より 一部引用

昭和35年(1960)7月に成立した池田勇人内閣は、「寛容と忍耐」を基本に掲げ、新日米安全保障条約をめぐって二分した政治対立の修復を図るととも「国民所得倍増計画」を制定し、国民の関心を「政治」から「経済」へと変換させました。第36回国会において池田が述べたように、目標を10年間で実質国民総生産を2倍と設定し、経済成長の具体策として、社会資本の充実、石油・鉄鋼を中心とした重化学工業への転換、輸出の拡大、科学技術の振興を掲げました。



急激な高度成長の負の側面

  • 石炭から石油へのエネルギー政策への転換 

国内の石炭業が斜陽化 
昭和35年戦後最大の労働争議三井三池争議が起きる


  • 昭和34年農業基本法が改正 大型農業機の導入で農業が近代化

余剰が生じた労働力は都市部に流出
農村部は農業人口の減少、
都市部は過密が生じ、生活環境の悪化や教育・福祉問題の要因となる


先進国の例を見ないスピードでの経済成長は「経済優先」であり、
「水俣病」「新潟水俣病(第二水俣病)」
「四日市ぜんそく」「イタイイタイ病」といった四大公害病が発生
拠点開発地域や都市部における自然環境の破壊を招いた

※    ※    ※
2014/12/16

『それじゃぁ、オバサンの悪口レベル』です!

「動ける市民がどんどん行動することが大切なんです」と言われ、急いで書類をつくってみた。そうしたら「 それじゃぁ、オバサンの悪口と同じレベルだよ」とバッサリ切られた・・・。


夫が「サクラの言いたいことは大学院レベルだけど、それを文書にまとめあげる力が小学生レベル〜!!」と言っていた。


今までなら落ち込んでいたけれど、今回は落ち込むところが違う。「不満を口にするだけ。ただ見ているだけって無責任でしょう?そういう無責任な市民がいつしか大きな悲劇を生み出すんだよ」と言われて落ち込んだのだ。


大変だけど、もしOKをもらえたら確実に一つ変わる。


大学の入試が多様化し、AO入試が一時期増えた。教員が受験生に「君が一生懸命なのはわかるけど、でもそれって、社会貢献じゃなくて趣味じゃないの?」」というと途端に泣きそうになる学生もいたそうだ。


でも、この歳になって思う。


批判してくれる人がいないとよくならないよ。鍛えてもらわないと、強くならないじゃない。


その人は「ここがおかしいよ」と丁寧に説明してくれた。だから有り難いと素直に思えるわ。プロに指導してもらえるなんて幸運。大学には「マスコミ研究会」というマスコミ志望の学生の勉強会があった。けれど、ここまで指導してくれるプロはいるのかしら?


なるほど〜。私が大切だと思うことと、プロが大切だと思う点がずれていたのだ。


チャンスだと思ってまた一からがんばろうっと!








2014/12/15

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その1) の続き


江戸時代の判例集、『御仕置例類集(おしおきれいるいしゅう)』に記してある事件の紹介。一つ一つの罪にはそれぞれドラマがある。事件を通してみえてくるのは昔の女性の人権。かなり軽く考えられていたようだ。


  • 数え年で15歳(満13、14未満)の少女の犯罪 放火事件


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【罪】

気分がすぐれないので休ませて欲しいと主人にお願いした少女に、雇い主は冷たく突き放した。少女が「やめさせて欲しい」と願い出ると「支払い済みの給与を倍にして返せ」と言われる。やめることもできず、とうとう過労のためにすり鉢の水をこぼしてしまった。そんな少女に、主人は棒で打ち付け罰を与える。

「このままでは殺されてしまう」と思いつめた少女は、家に火をつけた。焼き払うつもりはなく、解雇してもらうつもりだった。


【罰】

本来であれば火罪であるが、15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を兄に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 妻の不倫を疑い自害させてしまった夫


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【罪】

銭湯や買い物に出かければ、帰宅が遅く、酒に酔うこともしばしばだった妻を不倫をしていると思い込み、いつしか妻に無理難題を押しつけるように。たまりかねた妻は「疑いを晴らすために自害します」と喉に剃刀を押しつけた。「どうせ脅しているだけだ」と、止めずにいた夫の前で妻は絶命。


【罰】

自害をとめようとしなかったことと、妻が自害に至った経緯を偽って申告したことの二点が「不届」とされ、中追放に。しかしその後、自害したのはやはり不倫した事実があったのだ、ということになり、急度叱(きっと叱り)の軽微な処分になった。



  • 嫁ぎ先で夫と姑とうまくいかず、殺人を犯した数え年15際未満の少女 放火事件

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【罪】

後妻に入った嫁ぎ先で妻は妊娠。しかし夫と姑から「これ以上子どもが増えたら育てられない」と堕胎を強要された。さらにその後、姑は「自分と息子が堕胎を強要したという噂が迷惑」と何かにつけて、妻に辛くあたるように。しまいには二人だけで寝かせないようにした。

「こんな家にはいられない」と家を出た妻に、夫と姑は辛くあたり、謝罪しても聞き入れない。嫁入りに持参した品も返さず売り払った。耐えきれなくなった妻は、家を焼き払った。


【罰】

15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を親に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 江戸時代の親による子殺し 児童虐待


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6歳の娘が夏から下痢気味に。「ウンチをしたくなったら教えて」と言ったのに、またおもらしをして着物を汚してしまった。(もう冬になり)厳しくしつけなくては。躾のために夜中に裸にして外に出したところ、娘の姿が見えなくなった。

以前姿が見えなくなった時には、お向かいの家にいたから、今回もそうだ。でもお向かいに声はかけなかった。翌朝家の入り口に凍え死んだ娘の屍が・・・。

極寒の夜中に裸で外に出すとは慈悲のかけらもない。母親には斬罪が申し渡された。躾ではなく虐待とみなされたのだ。



こちらは身につまされたコラム。ちょうど私も同じような経験を昨年したばかりだ。やってもいないのに一方的に決めつけられる苦しさはされた者にしかわからない。私はたまたま手を差し伸べる方があらわれたからよかったけれど。それでもいつまでも忘れないし、苦しい思いを抱えたまま生きていくことになる。江戸時代の冤罪は=死罪をはじめ拷問のような重い刑罰が待っている。考えると恐ろしい。


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尋問の達人と評判の与力が思うところがあり、帰宅後与力の服装のままで下男を呼び、盗んでいないことを承知の上で「金を盗んだな」と詰問した。下男は驚いて否定したが、厳しく詰問されるうちに罪を認めた。罪を犯していない下男の自白する様子に与力は衝撃を受けた。

自分は、今までどんな強情な囚人も自白させてきたが、なかには冤罪の者もいたのではないか・・・そう気づいたからだ。恐ろしくなった与力は職を隠居した。



その一方で、ささいなことで何でも重罪かというと、そうでもなかったようだ。江戸幕府の基本的な法典は『公事方御定書』というものだ。上巻・下巻の2巻からなり下巻は『御定書百箇条』と呼ばれていた。御定書には密通(不倫)した人妻は相手の男性とともに『死罪』と定められていた。例えばラブレターのやり取りだけでも『中追放』という重罪だった。


しかし、多くの場合は示談(お金)で穏便に済まされていた。間男(不倫相手)の男性が、夫に支払う首代(謝罪金)には相場まであった。面白いことに、江戸は7両2分なのに、大阪は5両2分と安かったそうだ。奉行も忙しく、いちいちお裁きをしていたら、大変ということは今も変わらない。


  • 江戸時代の手錠


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  • 江戸時代の囚人の食事


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池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公「鬼平」のモデル、長谷川宣以(はせがわ のぶため)に関する展示。火付盗賊改方の長である火付盗賊改役を務めたそうだ。今、人の心のつかみ方やマーケティングに関する本は数多く出版される。しかし、こうやって後世に伝えられるほど、人心掌握術に長けてる人はそういない。


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長谷川は以前はあまり評判がよくなったが、町人に人気があった。老中(松平定信)もしだいに長谷川ならば、と思うようになった。

長谷川は人気取りが得意で、借金がかさんでも配下の与力同心に酒や食事をご馳走し、夜中に罪人を連れてきた町人にも蕎麦をふるまった。お茶漬けを出しても喜ばないが、人を蕎麦屋にやって蕎麦を取り寄せると、町人はご馳走になったと有り難がるからだ。



  • あの『ねずみ小僧』の犯した罪一覧表


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「公文書」で後世に記録を残すということはとても良いことだ。国立公文書館は地味で目立たないけれど、素晴らしい施設だと思う。しかし公文書は今、次ぎ次ぎ廃棄されているそうだ。今は昔では考えられないほど、情報を保管する手段や媒体、場所が多様になった。人手も足りないから追いつかないのだ。


でも、その代わり個人でブログが書ける。ブログは、後世に何を残すのだろうか。『戦後最大の薬害』裁判が来年はじまるといわれている。なぜ『薬害』が生み出されるのか。後世の人達が考える一つのヒントになるかもしれない。