2015/08/31

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その1「子どもの心の診療ネットワーク事業」(後編)

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その1「子どもの心の診療ネットワーク事業」(前編)の続き

◇  ◇  ◇
  • 数え年で15歳(満13、14未満)の少女の犯罪 放火事件

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【罪】

気分がすぐれないので休ませて欲しいと主人にお願いした少女に、雇い主は冷たく突き放した。少女が「やめさせて欲しい」と願い出ると「支払い済みの給与を倍にして返せ」と言われる。やめることもできず、とうとう過労のためにすり鉢の水をこぼしてしまった。そんな少女に、主人は棒で打ち付け罰を与える。

「このままでは殺されてしまう」と思いつめた少女は、家に火をつけた。焼き払うつもりはなく、解雇してもらうつもりだった。


【罰】

本来であれば火罪であるが、15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を兄に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 妻の不倫を疑い自害させてしまった夫

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【罪】

銭湯や買い物に出かければ、帰宅が遅く、酒に酔うこともしばしばだった妻を不倫をしていると思い込み、いつしか妻に無理難題を押しつけるように。たまりかねた妻は「疑いを晴らすために自害します」と喉に剃刀を押しつけた。「どうせ脅しているだけだ」と、止めずにいた夫の前で妻は絶命。


【罰】

自害をとめようとしなかったことと、妻が自害に至った経緯を偽って申告したことの二点が「不届」とされ、中追放に。しかしその後、自害したのはやはり不倫した事実があったのだ、ということになり、急度叱(きっと叱り)の軽微な処分になった。



  • 嫁ぎ先で夫と姑とうまくいかず、殺人を犯した数え年15際未満の少女 放火事件

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【罪】

後妻に入った嫁ぎ先で妻は妊娠。しかし夫と姑から「これ以上子どもが増えたら育てられない」と堕胎を強要された。さらにその後、姑は「自分と息子が堕胎を強要したという噂が迷惑」と何かにつけて、妻に辛くあたるように。しまいには二人だけで寝かせないようにした。

「こんな家にはいられない」と家を出た妻に、夫と姑は辛くあたり、謝罪しても聞き入れない。嫁入りに持参した品も返さず売り払った。耐えきれなくなった妻は、家を焼き払った。


【罰】

15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を親に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 江戸時代の親による子殺し 児童虐待

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6歳の娘が夏から下痢気味に。「ウンチをしたくなったら教えて」と言ったのに、またおもらしをして着物を汚してしまった。(もう冬になり)厳しくしつけなくては。躾のために夜中に裸にして外に出したところ、娘の姿が見えなくなった。

以前姿が見えなくなった時には、お向かいの家にいたから、今回もそうだ。でもお向かいに声はかけなかった。翌朝家の入り口に凍え死んだ娘の屍が・・・。

極寒の夜中に裸で外に出すとは慈悲のかけらもない。母親には斬罪が申し渡された。躾ではなく虐待とみなされたのだ。



こちらは身につまされたコラム。江戸時代の冤罪は=死罪をはじめ拷問のような重い刑罰が待っている。考えると恐ろしい。


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尋問の達人と評判の与力が思うところがあり、帰宅後与力の服装のままで下男を呼び、盗んでいないことを承知の上で「金を盗んだな」と詰問した。下男は驚いて否定したが、厳しく詰問されるうちに罪を認めた。罪を犯していない下男の自白する様子に与力は衝撃を受けた。


自分は、今までどんな強情な囚人も自白させてきたが、なかには冤罪の者もいたのではないか・・・そう気づいたからだ。恐ろしくなった与力は職を隠居した。

◇  ◇  ◇


この企画展が静かに人の心を揺さぶったのは、「江戸時代にうまれていたら、私も罪を犯していたかもしれない」あるいは「江戸時代にうまれていたら、私も冤罪で島流しになっていたかもしれない」と思わせるからだ。



入り口のすぐそばに展示されていた江戸時代の刑罰が今でも忘れられない。「鋸挽(のこぎりびき)」「磔(はりつけ)」「獄門(ごくもん)」「火罪(かざい)」など恐ろしい刑罰の数々だ。


◇  ◇  ◇
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◇  ◇  ◇


時代劇に出てくる「名裁き」が人々の話題になり、今日まで語り伝えられているのは、今とは比べられないほど「死刑」が執行され「冤罪」も多かったことの裏返しのようだ。今だって冤罪がなくならないのに、昔は、ひとたび濡れ衣をきせられたら最後。「島流し」「磔(はりつけ)」など、びっくりするような重い罪がまっている。さぞかし悔しく無念なことだろう。死んでも死にきれないだろう、と私は泣きたくなった。


そして江戸時代と比べ、経済的に豊かになっても、一方で自殺者を毎年、数万人も出してしまう今の日本。この企画展が私達の心を揺さぶるのは、ある意味当然といえる。



●「拠点病院事業」の何が問題なのか?


氏家さんのインタビューを読んでハッとする。この言葉は今も役所の中で生き続けていると思うからだ。


「役人としては自分の業績や点数のために、とにかく犯人を挙げないといけない。そして、挙げた限りは白状させないといけない」


自死を逆に増やしてしまった静岡県富士市の『パパ、ちゃんと寝てる?』キャンペーン、そして先月フジテレビ「みんなのニュース」がスクープした【精神疾患患者“囲い込み”】と、江戸時代の冤罪を生み出した構図はよく似ている。役所や役人は「間違っている」と気づいても、隠しきれないほどの犠牲者が出るまで、問題を先送りし続ける。


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犯罪抑止や自殺や虐待予防を考える上で、大切なことは、一律に縛る対策ではない。一人一人、事情が違うから、支援は個別に考えないといけないということだろう。国立公文書館の展示は私の心にこう語り語る。「市民の苦しみや悲しみは、当事者である市民が一番よく知っている。市民が主体にならないと、解決なんかできないよ」。


それにしても役人は、「人は間違えるもの」という観点がいつも抜けているように思う。日本という国は、江戸時代から変わっていないんだなぁ。


厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その2「子どもの心の診療ネットワーク事業」の不都合な真実 (前編)へ続く
2015/08/31

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その1「子どもの心の診療ネットワーク事業」(前編)

厚労省は「拠点病院事業」が大好きだ。


先日、検診で成育に出かけた時にあることに気づいた。今までなかった施設が新たにつくられている。子どもの心に関する「拠点病院事業」が転換期を迎えているようだ。なんとなく嫌な予感がした。


だって、私が危惧してきたような悲劇が現実に起きていることがわかるから。


◇  ◇  ◇
【参考資料】

諮問庁:独立行政法人国立医療研究センター
諮問日:平成22年6月8日(平成22年(独個)諮問第11号)
答申日:平成23年12月5日(平成23年度(独個)答申第24号)
事件名:特定個人の診療録等の不開示決定に関する件


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◇  ◇  ◇


いつも思う。厚労省はどうして私達の心まで、しばろうとするのだろう?子どもの人権は一体だれが守るのだろうか。子どもを取り巻く環境は劇的に変化しているのに、そこにはあまり目を向けようとしない。 変わらないといけないのは、子どもではなく大人かもしれないのに。


◇  ◇  ◇
妻と間男に傷つけられた息子の心  憎しみの夫が取った行動は?(下) ダイアモンド・オンライン 露木幸彦 [露木行政書士事務所代表] 【第11回】 2015年8月29日 より一部引用

●妻の身勝手な行動のせいで
息子の心は崩壊していた…



「あとで分かったことですが…」


 健太郎さんはそう言い添えた上で、息子さんから聞いた話をまとめてくれました。妻の潜伏先は実家近くのアパートの一室。そこは真夏なのにクーラーも設置されていない劣悪な住居環境だったようです。妻は健太郎さんに一言もなくアパートを契約し、「帰省するから」という理由で最低限の荷物だけ持ち出し、子どもたちを実家近くの小学校、幼稚園に無断で転校させていたことが明らかになったのです。


このように「妻の離婚計画」のせいで、息子さんは今まで通い慣れた小学校、仲の良かった友達、そして信頼している先生を奪われ、新しい小学校への転校を余儀なくされたのです。


 息子さんにとって実家近くの小学校は縁もゆかりありませんが、新しいクラスに馴染めなかったようで、同級生たちにからかわれたり、無視をされたり、私物を隠されたりして、いわゆる「イジメ」に遭っていたのです。それでも最初の2週間は我慢して何とか登校していたのですが、イジメの程度はどんどんエスカレートしていき、最終的に同級生がよってたかって息子さんを殴る、蹴る、物を投げつけるなどの「集団暴行の被害」に遭ってしまったのです。


 こうして息子さんにとって、小学校はもはや危険極まりない場所と化したのです。2日に1回しか登校できず、また何とか登校できたとしても、イジメの悪夢を思い出してしまい、心身ともに支障をきたし、最後まで授業を受けることは難しく、途中で1人で下校せざるを得ない状況に追い込まれたのです。


さらに担当医師の診断によるとLD(=学習障害)を発症した可能性が高いようで、そのせいで普通学級には通うことができず、支援学校へのクラス替えを余儀なくされたのです。専門の精神ケアの先生なしには授業を受けることが難しくなり、その小学校には平日しか子ども専門の精神科医がいないので、息子さんの心理状態は改善するどころか、ますます悪化していくのは当然のことでした。


 食事が喉を通らず、夜もほとんど眠れない生活が続いており、ストレスに苛まれ、体はやせ細り、心は不安定になっていき、最終的には小学校に足を向けることすら難しくなり、完全に不登校の状態に陥ったのです。


「きちんと三食を摂って、決まった時間に就寝して、何の問題もなく小学校に通っていたんです」

◇  ◇  ◇


先週、国立公文書館の「江戸時代の罪と罰」展について書いた。引用させていただいた、展示担当をしておられる氏家幹人さんの言葉をもう一度引用させていただく。


◇  ◇  ◇
第1回「特別展ができるまで」 | 国立公文書館ニュースVol.1

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Q 虐待や冤罪など、現代に繋がるようなお話が多くて興味深いという声も聞かれました。


A 基本的に、現代に通じることだけに絞って展示をしました。たとえば、当時の未成年ということは、数えで15歳以下、つまり13、4歳なんですよ。そんな年齢で客商売させられたり、結婚して出産して堕胎させられたりというのは、日本ではなくても、外国では今まさに問題になっているでしょう。そのような社会が江戸時代にはあって、一方で、老人介護をしている息子が火事で父親を死なせてしまっただけで重い罪を受けたり、児童虐待で母親が罰を受けたり。


それから、冤罪の話。実は、12〜13世紀頃の中国の裁判実話集に出ているものと、現代の日本社会における冤罪の構造は何も変わっていません。


役人としては自分の業績や点数のために、とにかく犯人を挙げないといけない。そして、挙げた限りは白状させないといけない。江戸時代も全く同じ状況だったわけです。町奉行所与力が、無実だとわかっている家の召使いに言いがかりをつけて自白するかどうか試してみるエピソードをコラムで紹介しましたが、紹介だけで、展示資料はありません。


「読ませる」部分です。こういうエピソードを入れることで、個々の資料に繋がりができてくる。自分と関係のない事柄ではなく、「今」や「私」と結びついてくる。展示からそのような結びつきを感じて頂き、何かしら心揺さぶられる印象が残れば嬉しいですね。

◇  ◇  ◇


例えば、未成年がなぜ罪を犯すのかを考えると、そこには当然ながら犯罪に至る要因がある。この要因を1つ1つ取り除いていくことだって、「子どもの心」をみるうえで大切な観点である。実の母親が我が子に手をかける虐待事件に関していえば、江戸時代も今も、事件を引き起こす要因はあまり変わらないように思う。借金や失恋、親の介護や病気など、心中や自死に至る大きな要因も同様かもしれない。


私が昨年かいた『江戸時代の罪と罰』の記録をもう一度掲載してみよう。


厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その1「子どもの心の診療ネットワーク事業」(後編)

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2015/08/28

女性を惹きつけるマーケティング 平成26年特別展『江戸時代の罪と罰』

このブログはランキングに参加していない。なぜかというとーーーー


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私と息子は高度医療で救命された元患者だ。瀕死の状態から救命されたから、「亡くなった妊婦さんと残されたご家族のために活動する」という、『周産期医療の崩壊の崩壊をくい止める会』という活動に参加していたことがある。


しかし活動していくうちに、私は悩むようになっていった。私達がよかれと思っていても、それが本当に、亡くなった方やご遺族のためになっているのかわからなかったからだ。


いつしか活動から心が離れていった。しかし、キッパリやめてしまうこともまた、無責任じゃないかと悩んだ。父の友人が新聞記事にしてくれたことがあるからだ。


そこで考えたのが「ブログをはじめる」だった。どうせなら、悩む気持ちを素直に表現してみよう、と思ったのだ。


はじめは家族にも内緒で書いていた。もともと「亡くなった方」「ご遺族」のために、と思っていたら、ランキングにも参加しなかった。「いいね!」ボタンも押してくれた方がいたのに、外してしまった・・・。


しかし書き始めてからじょじょにアクセス数が増えていった。


ある時、コメントを書いてくださった方に教えていただいた。その方は私のブログに、複合キーワード(例えば「吉祥寺・ケーキ」など)できて下さったそうだ。ということは、ある程度、検索結果の上位に表示されている、ということなのだろう。


ちょっと嬉しくなった。やっぱり誰かが読んでくれるから『ブログ』だと思った。


SEO対策のために、ブログのアドレスとキーワードを入力すると、上位から何番目に表示されるかがわかるサイトがある。試しに調べてみると、このようなキーワードで読まれているようだ。


医療に関するものだと、





その他は、





医療に関すること以外にも、日本の地方都市について書いてきたのは、急激に過疎化がすすんでいるからだ。旅行にいって「良い場所だな」と思う時には、写真をとり、できるだけ丁寧に感想を書くようにしてきた。


写真をたまたま目にした方が「私も行ってみたい!」「これ、おいしそうだから食べてみたい!」と思ってくれたらいいな、と思っている。博物館や美術館も同様だ。後世に伝えていくためにはやっぱりお金がかかるからだ。海外ではあの手この手で寄付を集めている。日本ではどうなんだろう?


「もしかしたらブログに書いたら宣伝になるかも」と思ったのがきっかけだった。


●来た人、見た人の魂を揺さぶるような展示


今日、国立公文書館で、展示担当をしておられる氏家幹人氏のインタビューを見つけた。私のブログも、もしかしたらお役に立ったかもしれない。実は私も電車に乗っている時に、ポスターで特別展を知った一人。ほとんど電車に乗らないのに、たった一度目にして「どうしても行きたい!」と思ってネットで検索し、すぐに出かけた。


駅や電車の中には、お金をかけた宣伝広告がたくさんあるというのに!それも私だけでなく、私のような人が大勢いたのだそう。


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Q 平成26年特別展「江戸時代の罪と罰」の反響を教えてください。


おかげさまで、来場者が1万5千人を突破しました。ちょうど皇居の乾門の開放の影響があって普段より多くの人が訪れると言っても、せいぜいプラス3千人ぐらいかなと思っていたのですが、予想より多くて、とても嬉しいです。


反響というのは、ぼくはそこまで実感はないです。主催する側は、時たまパネルが落っこちていないかとか、ズレていないかとかを見るだけなんですよ。ただ、いわゆる個人のブログとか、そういうもので結構反響を呼んでいるみたいですね。前の「旗本御家人」の展示の時もそうだったんですが、ブログやツイッターなどを通して、全然歴史好きじゃない人や、関係ないような人が見に来てくれる。今回は特に、若い女性がとても多かったように思います。



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私は特に以下の部分に共感する。女性を惹きつけるために、女性に人気がある俳優さんをつれてくれば視聴率が伸びると思っているテレビ局の方に読んで欲しい。「国立公文書館・罪と罰」で検索して、感想が書かれたブログも一緒にね。これは女優さんや若い女性や子どもの患者さんを広告塔にし『がんの啓発』をすればいい!と考える方々にも当てはまることだと思う。


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Q 非常に盛り沢山な内容でしたが、展示品をリストアップする際にこだわった点はありますか?


いつも心がけているのですが、「凡庸なものは出さない」「貴重書は出さない」。国立公文書館が所蔵しているコレクションの中には、もちろん貴重書や重要文化財が沢山ありますが、貴重な本だから展示するというのは、それは普通なんですね。そうではなく、来た人、見た人の魂を揺さぶるような、そういう展示をしたい。だから基本的には見せる展示ではなく、「読ませる」展示です。ほとんど字ばかりですが、一通り周ると、何か揺さぶりを感じて出て行ってくれるように考えて、資料を選びました。


坂本龍馬や戦国大名などの有名人の展示をやっても、歴史ファンじゃない普通の人にとっては、「ふーん、でも、私と何の関係があるの?」となると思うんですよね。いわゆる偉人、有名人に焦点を当てた展示が多すぎる。それはそれで歴史をみる楽しみだと思います。最後のほうに鼠小僧や長谷川平蔵の資料を入れましたが、彼らについても、小説やお芝居に出てくる姿とはちがう、生の姿を伝えるようにしました。



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「最後のほうに鼠小僧や長谷川平蔵の資料を入れましたが〜」とありますね。こちらが私が書いた感想。まるで、企画の狙い通りに書いているようだと思いませんか?


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最後に、こちらが国立公文書館 罪と罰のGoogleの検索結果。1つ1つのブログを読んでいくと、「人の心を揺さぶる」ということがどういうことなのかよくわかると思います。


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2015/08/26

テレビ局の報道で起用できない『専門家』・・・

世間では、2020年東京五輪のエンブレムをデザインした佐野研二郎の過去作品について何かと話題だけれど・・・週刊文春で面白い記事を発見!


「どうしてこの人は最近いつもテレビに出てくるんだろう」と思う人は、やっぱり何かウラがあるんじゃないかと疑ったほうがいいのかも。そういう話題が掲載されていた。私は『子宮頸がん予防ワクチン』のロビー活動でイタい目にあったから興味を持ってしまう。


息子はニュース番組の事件や事故の報道が大好きだ。


『警察24時』など、おまわりさんや刑事さん、そしてレスキュー隊の活躍する特集をよくみている。だからこの記事で紹介されている犯罪ジャーナリストのO氏の出てくる番組もよくみていた。O氏がすすめていた『防犯砂利』を「お小遣いで買いたい」と言っていたなぁ。


最近の報道場組はワイドショーとの境がないような気がして、見る気がしない、と先日書いたけれど。記事の中にも書いてあった。このO氏はテレビに出ているといっても、「ワイドショー」だけ。報道では使えないーーーーー


ドキッとする。


私の頭に、ある局のある番組が浮かんだからだ。やっぱり、あの局には『身体検査能力』や『インテリジェンス』がないということなのかも。もし報道がはじまったらどうするのかな〜。


週刊文春2015.8.27 「週刊新潮」が持ち上げる元敏腕刑事 O氏の恥ずかしい〝前歴″


「現場一筋30年、500回以上の受賞歴」。輝かしい肩書きを引っ提げ、「ワイドスクランブル」(テレビ朝日)などのコメンテーターとして引っ張りだこなのが、犯罪ジャーナリストのO氏だ。今年54歳になるベテランだが、古巣の神奈川県警では、「何であんな奴を使うんだー」とブーイングの嵐なのだ。


O氏は最近、週刊新潮でも大きく取りあげられた。「伝説の『泥棒刑事』が警告する『あなたの自宅は隙だらけ』」(8月13日・20日号)。神奈川県警で約30年間、窃盗事件のプロとして活躍してきたO氏が、夏休みの空き巣対策を啓蒙する4ページの特集である。


だが、これを読んだ神奈川県警OBは眉をひそめる。「彼が『伝説』だなんて大ウソですよ。『受賞歴500回以上』なんて月1回以上の計算になる。そんなことあるわけない。課長に褒められたくらいのことをカウントしているんじゃないか」しかも在職中は悪い噂が絶えなかったという。


「O氏は捜査で知り合った外国人との間で不適切な交遊をしているという疑惑で、監察官にマークされていた。O氏が手駒のように使っていた後輩がO氏のパワハラを理由に辞めたことがきっかけで疑惑は浮上したのです。結局、ウラは取り切れず、この件はうやむやのままO氏は退職した。


ただ、O氏は退職前に、実際よりも高く家賃を申告し、月6千円分の家賃補助をちょろまかしていた件で注意を受けた。この際、『調査を続けて懲戒処分を受けるか、辞職するか選択しろ』と迫られ辞職を選んだと聞いている」(同前)


テレビでのO氏の言動も不評を買っている。「O氏が川崎中1殺人事件などで、さも捜査のプロとして現場に出張っている姿をテレビでみて、みんなあきれ果てています。彼の専門は窃盗担当の捜査三課と外国人犯罪の国際捜査課。殺人担当の捜査一課経験は全くないですよ」(別の県警関係者)


ここでO氏に文春の記者さんが直撃すると、歯切れが悪い。「私は一度も懲戒処分を受けたことはありません」とおっしゃっているけれど・・・。


だが、テレビ局社会部記者はこう語る。


「O氏の評判はほとんどの社が県警担当を通じて把握しています。現在、彼を使っているのは、テレビ朝日とTBS のワイドショーだけ。両社も報道番組は起用に難色を示しています」メディア側の〝身体検査能力″が問われる。

2015/08/24

遠州の小京都 静岡県森町 その3 『やまめの里』

息子がどうしても「釣りをしたい」と言うので釣り堀を探す。川もあるし、自然がいっぱいだからすぐに見つかると思ったら、中心地からかなり離れた山奥に「やまめの里」という釣り堀があるらしい。早速車を走らせた。





大河内清流 やまめの里 公式サイト


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  • 釣り料金 ¥2,000-(5匹まで、竿、餌付、時間制限なし)

  • 場内美化協力費 ¥150-(小学生以上)

  • 焼き代 ¥500



案内板にあった道は、土砂崩れがあったため通行止めで通れず、細い山道を行くことに。天気も悪いし、本当にこんなところに釣り堀があるのかと思っていたけれど、ついてびっくり。公式サイトよりも雰囲気がとてもからだ。釣り堀は2つあって、入ってすぐの大きいほうの池で「ニジマス」、奥の少し小さな池で「やまめ」が釣れる。こちらは駐車場の近くにある「ニジマス」の池。


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私達は「今、放流したばかりだから」と、「やまめ」をすすめられた。


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やまめの釣り堀から、ニジマスの池をみたところ。


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「やまめの里」は入場料が1人150円。釣り竿もエサ付きで2000円ととても安い。バーベキューも、持ち込みでできるようだ。釣りをしない私におじさんが「奥に太田川の源流があって泳げるように整備してあるから、みてくるといいよ」と教えてくれたので早速行ってみることに。12月の紅葉のシーズンには、いつも来てくれるお客さんにハガキを出して、イノシシ鍋や芋煮などをご馳走するそうだ。釣り堀というより、キャンプ場という感じだから紅葉の時期はきれいだろうな、思いながら川のほうへ。


こちらが川の入り口。


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確かに、雨が降っているのに透明度があってとてもきれい。


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家の近くで見かけるカエルとちょっと違うかも。


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河原に降りてみるとまさに『源流』という言葉がぴったり。ここなら小さい子どもでも遊べるな、いいな、と羨ましく思う。

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川から釣り堀をみたところ。


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釣り堀に戻ると、放流したばかりだから順調に釣れている。


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きれいなチョウがお花にとまって密を吸っているので、パチッ。


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5匹つれたのでお終いに。炭火で焼いていただくことに。


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一匹おまけしていただいた。


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やまめをさばいていただき、炭火で焼いていただいたのに、魚は竿代に含まれているから私達がお支払いするのは焼き代の500円だけ。香ばしくでとてもおいしかった。魚の骨が苦手な息子も喜んで食べていた。


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今度は紅葉の時期にきてみたいな、と「やまめの里」を後にする。

2015/08/21

遠州の小京都 静岡県森町 その2 『大洞院(だいどういん)』 森の石松のお墓

遠州の小京都 静岡県森町 その1 『小國神社』 の続き


次に「森の石松のお墓」があるという『大洞院(だいどういん)』というお寺に行くことに。





私は「森の石松」というお名前を知っているけれど、「森の石松」が何をした人なのかよく知らない・・・。Wikipediaで調べるとこのようにかいてある。私はこの説明を読んで、「森の石松」の「森」とは、静岡県の森町のことを指しているということをはじめて知った。


森の石松 Wikipedia


森の石松(もりのいしまつ、生年月日不明 - 1860年7月18日(万延元年6月1日))は、清水次郎長の子分として幕末期に活躍したとされる侠客。出身地は三州半原村(後の愛知県新城市富岡)とも遠州森町村(後の静岡県周智郡森町)とも伝えられるが定かでない。浪曲では「福田屋という宿屋の倅」ということになっている。森の石松の「森」とは森町村のことである。半原村説では、半原村で生まれたのち、父親に付いて移り住んだ森町村で育ったという。



『大洞院』は小國神社のすぐ近くにある。お墓はお寺の外、駐車場のすぐ側にあり、このような大きな目印が。


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森の石松というと賭け事に強いイメージがあるようだ。お墓の側にある看板にかかれた説明文を読むと、今あるのは新しいお墓だそう。墓を削ってお守りにする人が多いから、お墓がどんどん小さくなってしまったそうだ。天国の石松さんは、これでは落ち着かないかもしれないなぁ・・・と思いつつお寺の中へ。


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お寺に続く入り口の脇には、小さな川が流れていて赤い橋がかかっている。


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駐車場の反対側から橋をみるとこんな感じ。


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大洞院は曹洞宗のお寺だそうだ。階段を上るとお地蔵様が。


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こちらが本堂のようだ。


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本堂を違う方角からうつした写真。


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境内には他にも古い建造物が。


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のぼってきた石段を振り返る。


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石段を下り、脇にある池を通って駐車場へ。


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2015/08/19

遠州の小京都 静岡県森町 その1 『小國神社』

静岡県東部にある夫の実家に帰省した時に、森町に遊びに行ってきた。静岡茶の産地として有名な町だ。





森町は山に囲まれた小さな山里で、町には静岡茶や和菓子の店がたくさんある。私はお茶と名物の『梅衣』という和菓子を買いに行ったことしかなかったので、てっきり森と山ばかりの町かと思っていたら、そうじゃないみたい。古くからの町並みが残り、昔から『遠州の小京都』と呼ばれてきたそうだ。「サクラさんの好きな古い神社やお寺がいくつもあるから、出かけてみるといいよ」とすすめられ、行ってみることに。


(※ 森町の公式サイトで観光地図がダウンロードできます↓)




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はじめに向かったのがこちらの小国神社。『森町』というと『小國神社』というほど有名な神社だそうだ。




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御祭神、大己貴命(おおなむちのみこと)は別名大国様(だいこくさま)とも呼ばれ、神話の中でも「因幡の白うさぎ」を助けられた「心の優しい神さま」として親しまれております。

創建から1400余年、悠久の時の中で徳川家康をはじめとする数々の武将からの篤い信仰を受けるとともに、人々から「遠江国の守護神」として国土開発・諸業繁栄・商売繁昌・家内安全など古くから篤い信仰を集めてきました。


神社の参道の脇にある案内板。『因幡の白ウサギ』という神話で有名な『だいこくさま』をおまつりしていると書いてある。


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駐車場のすぐそばにある、一の鳥居の横にあるお土産屋さん。お茶を売っている。


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こちらが神社の入り口にある一の鳥居。


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参道は森に囲まれている。公式サイトによるとおよそ30万坪もある広大な森だそうだ。


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少し歩くと左側に『手水舎(てみずや/ちょうずや)』が。


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こちらは御神木の大杉。


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樹齢1000年と言い伝えられているそうだ。残念ながら、昭和47年の台風で倒れてしまったそう。


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二の鳥居をくぐり、拝殿へ。


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参拝をする。


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小国神社は明治15年火事で焼失したそう。拝殿の横をみるとわかるように、それでも趣のある古い建物だと思う。


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拝殿の側には『打ち出の小槌』が。


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もう一度森の中の参道を通って駐車場へ。


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こちらはお参りした後に願掛けをすると願いが叶うといわれている『事待池(ことまちいけ)』。


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事待池(ことまちいけ)境内の自然|境内・施設|遠江國一宮 小國神社


本社に詣で願掛けをして「事のままに待ち」心願成就すれば池に鯉を放ち神恩感謝の意を表わす慣わしから「ことまち池」といわれています。

また、神さまのご加護が宿った御神水として池の水を汲み「いぼ」につけると「いぼ」がとれるという言い伝えから「いぼとり池」ともいわれています。

2015/08/17

フジテレビみんなのニュースの特集をみて がんばっている人達が第一に報われる社会であって欲しい 

伊藤隼也さんご著書『認知症予防のための簡単レッスン20 』が朝日新聞で紹介されたことから、書き始めたけれど、随分大げさなことになってしまった。


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このブログはメディアでお仕事をしておられる方も読んでおられる。なぜかというと、取材などを受けた時に、自己紹介のかわりにこのブログを紹介するからだ。私が長々と説明するよりもブログのほうがわかってもらえると思い紹介するようになった。


取材とは全く関係なくて、たまたま検索から辿り着いて読んでくださったメディア関係の方もいらっしゃる。メディアでお仕事をしている方は、自己紹介に書いてあることは気になるみたい。





●視聴者は報道番組に『ワイドショー』を求めているのか


国民には知る権利があるけれど、真の意味でその役割を果たしているメディアはどれだけあるのだろう?私がテレビでニュース番組をみなくなって久しいけれど、その理由はニュース番組とワイドショーとの境がなくなったから。


おいしいラーメン屋さんとかスイーツの新作情報とかググればいくらでも出てくる時代。芸能情報も同じ。人の好みはそれぞれ違う。テレビが報道枠で放送する必要なんて感じない。視聴者がバカにされているというか、「こんなものでもみせておけばいいか」というやる気のなさを感じてしまう。


残念ながら公共放送であるNHK だって同じだ。朝の番組をみれば首をかしげたくなる。NHKの使命とは民放のワイドショーと同じような番組を放送することなのだろうか?しかもNHKは権威が大好きだから、製薬企業のマーケティング戦略の一翼を担うような番組を放送してしまう。公共放送であるNHKが、『うつ病』の特集を何度も放送したから、「うつかもしれない」と病院に行ってしまった人だって多い。


こうしたNHKのありかたに危機感をもって、精神医療の闇を取りあげようと名乗りをあげた若い方々がいた。でも結局ダメになっていった。上層部の圧力をはねのけて放送までこぎつけようとする必死さがないからだ。良い意味でも悪い意味でも彼らは優等生なのだ。冒険をしない。私には公共放送が、自分達の存在意義を見失っているようにみえてしまった。


しかしそれはNHKだけでなく、報道全般にいえるのかもしれない。


●フジテレビ みんなのニュース「告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護を食い物に」


そんな時に、ちょうどフジテレビのみんなのニュースで「告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護を食い物に」という特集があった。最近のフジテレビといえば、「視聴率が取れない」「視聴者からクレームが殺到」というニュースばかりを毎日のように目にする。あれだけ悪口を書かれているのに、がんばっている報道関係者がいるんだと私はちょっと目頭があつくなった。


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フジテレビ失速、これが最大の原因だ! ニュース番組の強弱が視聴率戦争の行方を左右する 現代ビジネス 2015年08月12日(水) 高堀 冬彦


フジテレビの失速が続いている。売り物だった連続ドラマは当たらず、バラエティーにも往年の勢いがない。だが、最も深刻なのはニュース番組の不振なのではないか。それが全体に波及している気がしてならない。


なぜ、そう考えるのか? 端緒は元日本テレビ経営陣の1人から得た証言だ。1980年代におけるフジ黄金期の話である。ライバル・日テレ側の話を聞いているうちに、昔のフジが強かった真の理由が分かった気がした。


並外れたバイタリティーを持っていたフジ報道局


フジは82年に初の視聴率3冠王を獲得し、それを93年までの12年間も維持し続けた。その後も他局にとって高い壁であり続けた。だが、日テレの元経営陣が、初めてフジの底知れぬ力に気付かされたのは85年だったという。それまでは負けながらもフジを侮っていた。


見方を一変させた分岐点は同年8月13日。群馬県・御巣鷹山の尾根に墜落した日航ジャンボ機から生存者が救出される様子を、フジだけが生中継した瞬間だった。「墜落現場付近は森林に覆われた険しい山岳地帯と聞いていましたから、呆然としました」(日テレの元経営陣の一人。以下同)


フジの生中継が始まったのは同13日の午前11時過ぎ。他局はすべてヘリコプターからの空撮だった。墜落は12日の午後7時前なので、約16時間しか経っていない。地元消防団らによる救助隊の現場到着とさほど違わなかった。


各社の取材班が御巣鷹山に登り始めたのは夜中。その上、墜落地点も夜明けまで不明だった。そんな過酷な状況下で、フジの取材班だけが計100キロ以上にもなる中継用の機材一式を背負って山に入り、いち早く現場まで辿り着いたのだ。


「あの日はやむなく途中で報道特別番組を打ち切りました。生中継をされたら、どうしたってフジには勝てないのですから」


取材陣の中には遭難しかけた人も複数いた。落石や滑落の危険も十分あった。重たい中継機材まで背負っていたフジ取材班の辛苦は想像を絶する。「この生中継を目の当たりにした時、フジが怖しい存在であることを痛感させられた。それ以降、何をやってもフジには勝てない気がするようになってしまった」



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日本の精神科医療の闇は、国連などにも人権侵害を批判されてきたにもかかわらず、長い間放置され続けてきた。戦場は日本社会にもある。皆が看過するから、そこが戦場だとわからないだけだと思っている。


今回のフジテレビの特集の意義は、これまで殆ど誰も知らなかった精神科通院医療と自立支援医療費の酷い実態を白日に晒した一言に尽きる。


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内部映像や理事長の人権無視をした音声を手に入れ、さらにそれらの実態が後追いで新聞各紙に報道されて、国会でも大きな問題になったことだ。

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ただ伝えるだけなら個人のブログで十分!被害者を救済するための最短の道を探し、行政や政治を動かさないと報道する意味がない。フジテレビは今回、それを見事にやってのけたのだ!


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●今回の報道 押さえるべきポイント インテリジェンス


「あなたのブログは難しい」とか「インテリジェンスがないとわからない」とよくいわれるから書いておこう。今回の報道で注目すべきは、伊藤隼也さんが厚生労働大臣政務官の橋本岳氏にインタビューしている点。どうして橋本氏なのでしょうか?


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『医療ジャーナリスト』を名乗る方は多いけれど、世論と政治を素早く動かし、救済までの道筋をつけられる方はどれだけいるのだろう。いずれにしても、塩崎恭久厚生労働大臣にお言葉を発していただかないと動こうとしない我が国の行政は、国民にとって悲劇だと思う。


以前はNHKに期待したこともあったけれど、民放じゃないとできない報道だと思う。民放の中でもフジテレビの報道は危機的状況だから感心しているだけじゃダメだと思って、私も早速行動した。「がんばっている人達が第一に報われる社会であって欲しい」と政治家の前で訴えたのは、私だからだ。


最後に、伊藤さんについて書いた記事をもう一度まとめて記載する。神様がみていたら、この先がさらに続いていくかもしれない。


がんばれ、フジテレビ報道局!!


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  1. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その1



  2. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その2  私もネットの書き込みを信じていた・・・



  3. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その3 味方がいない場所でも怯むことなく意見を述べる



  4. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その4 国立国会図書館で当時の記録を調べる



  5. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その5 市民の中に飛び込んでいくジャーナリスト



  6. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その6 本当の誠実さとは何なのか



  7. 告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護を食い物に フジテレビ『みんなのニュース』 2015 年7月23日放送 その1



  8. 告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護を食い物に フジテレビ『みんなのニュース』 2015 年7月23日放送 その2



  9. 告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護費まで・・・患者を囲い込む実態 フジテレビ『みんなのニュース』 2015 年7月24日放送 その1



  10. 告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護費まで・・・患者を囲い込む実態 フジテレビ『みんなのニュース』 2015 年7月24日放送 その2



  11. 大田区のメンタルケア支援員は問題ない? 『平成23年度包括外部監査結果報告書』



  12. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その7 命がかかっているから売れないと困る



  13. 医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その8 少数の意見を取りあげ、人権に向き合うジャーナリスト



  14. 『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』を引用させていただくにあたって



  15. 『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』私を職場から追った言葉 その1



  16. 『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』私を職場から追った言葉 その2



  17. 『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 親に言えない! 仕事がない!家庭と職場を覆う差別と偏見 その1



  18. 『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 親に言えない! 仕事がない!家庭と職場を覆う差別と偏見 その2



  19. 『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その1



  20. 『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その2



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2015/08/11

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その2

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その1 の続き


●HIV 陽性者の8割が子供には知らせていない


一方で将来に向けた悩みもある。娘は小さい頃から母親が薬を飲む姿を見続けているが、何の薬かは知らない。


「娘にはHIV感染を知らせていません。以前、私が子宮頸癌を患ったとき、『癌は危ない』とテレビで知った娘はすごくショックを受けて『ママ死んじゃうの?』とばかり尋ねました。HIVは幼い娘にとって非常にデリケートな問題。彼女なりにきちんと考えられる年齢になってから伝えるつもりです」(レイさん)


実際、厚生労働省の研究班が09年に行った「HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査」報告書では、「同居者にHIV陽性を知らせているか」という質問に対し、子供と同居している人のうち、「知らせている」は19.4%しかおらず、80.6%が「知らせていない」と回答した。


レイさんは、老若男女にHIV の正確な情報がきちんと伝わっていない社会を憂う。


「子供たちが目にする図書館にあるHIV 関連の本は出版年が古く、エイズがいかに大変かを教える本ばかりです。今エイズは死なない病気になり、健常者と変わらず仕事できて幸せな生活を送れるという大切な情報が伝わっていません。(レイさん)


HIV陽性者の自立支援を行うNPO「ぷれいす東京」の生島嗣代表もこう指摘する。「HIV陽性を子供に伝えない母親の多くは、普段の生活から、“子供に病気を受け入れてもらえる”という自信があり、母子の関係が悪くなることを危惧していません。むしろ、病名を知った子供たちが世間の理解のなさに直面して、傷ついてしまうことを怖れているんです」


HIV陽性者は出産だけでなく、恋愛、結婚にも制約を感じている。


前出の厚労省調査は陽性者に、「HIV感染症をもって生活する上で、自分で制約したり、制約を受けていると感じることがありますか」と聞いた。回答は次の通りだ。


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性生活

「かなり制約あり」56.6%
「少し制約あり」32.1%


恋人との関係や出会い

「かなり制約あり」48.7%
「少し制約あり」29.1%


結婚や子をもつこと

「かなり制約あり」56.6%
「少し制約あり」12%


生島氏が言う。


「別の調査ではHIV陽性者の6割以上がパートナー関係や恋愛関係を押さえていました。陽性者には恋愛を無意識のうちに避けたり、相手には重荷を背負わせたりすることを受け入れられない方が多い。一方で恋愛できないことから、生きるモチベーションを失ってしまう方もいます」



●「死ぬ病気」だった時代のままの教育


正確な知識と情報があればHIV陽性者と健常者はわかり合い、分かち合える。HIV陽性者で50代女性のA子さんは、法律関係の勉強会で60代男性のBさんと知り合った。10年前のことだ。何度か会ううちに高まるBさんの好意に気づいていたが、病気を気にして交際に積極的になれなかった。


一方のBさんは、何事にも消極的で1 日5回、決まった時間にきちんと服薬するA子さんの姿を見ながら、「HIV陽性者では・・・?」との思いを強めていった。


「それからBさんはぷれいす東京にやって来て、HIVに関する勉強を始めました。不当な差別への憤りも感じられたようです。その後、A子さんが病名を告白した時、Bさんは優しく受け止め、彼女を支えることを申し出ました。現在、二人は結婚して一緒に暮らしています」(生島氏)


レイさんのように適切な処置をすればHIV陽性者でも問題なく出産できる。またA子さんのように理解ある男性と結婚して幸せに暮らすケースもある。しかし、先のアンケート結果を見る限り、多くの陽性者は恋愛や結婚、出産といった将来的な希望を抱けていない。


背景には世間の無知、誤解、偏見がある。レイさんが指摘するように、疾病としてのエイズには大きく姿を変えたのに、世間のイメージは昔から変わっていないのだ。この悪癖を打破するには何よりも教育に充実が必要だ。



さらに、日本のHIVは男性間の性交渉での感染が多い。5月末に公表された12年のエイズ発生動向でも新規HIV感染者報告数のうち同性間性的接触によるものが72%を占めた。そのほとんどが男性同性間を感染経路とする。


現在ゲイは日本人男性の3~5%存在するとされる。HIV感染の拡大を防ぐには同性愛などセクシャル・マイノリティーへの理解と啓発が必要不可欠なのだ。



HIVや同性愛について、公立中学の教育現場はどの程度教えているのだろうか。実際に使用されている学研の「中学保健体育教科書」では、エイズの仕組みやコンドームを用いた予防法は紹介されているが、エイズが「死なない病気」になり、多くのHIV陽性者が健康な生活を送っていることや、同性愛についての記述は見当たらない。


これでは無知、偏見、誤解を無くす教育とは言えない。行政はHIVの教育をどのように考えているのか。東京都に聞くと次のように回答した。


「中学校での学習内容は文部科学省の定める学習指導要領に則ったものです。文科省はエイズの発病概念や感染経路を理解し、感染予防法を学ことを求めています。もちろん社会的マイノリティーへの理解は大切ですが、中学校の保健ではエイズの概念を理解し、予防法を学ぶことが原則です」(東京都教育庁指導部)


エイズが登場してから四半世紀が過ぎた。教育現場には「死なない病気」になったことが前提として抜け落ちている。HIV陽性者を苦しめているのは病気そのものよりも偏見である。最新の知見と多様な生き方を認める感性を教育現場に導入する時期ではないだろうか。


2015/08/07

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その1

(※ これは国際情報誌「SAPIO」2013年8月号に連載された特集記事です。著者の伊藤隼也さんに許可をいただいて引用させていただきました)


『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 親に言えない! 仕事がない!家庭と職場を覆う差別と偏見 その2 の続き


[ 短期集中連載 ] 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 伊藤隼也と本誌取材班 SAPIO 2013年8月号 (07月10日発売)


SAPIO 2013年8月号 (07月10日発売)

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最終回 結婚、恋愛、出産—————できるけど、できない 


エイズへの無理解、HIV陽性者への偏見は、本人だけでなくその家族も苦しめる。それ故、陽性者たちは家族を作ることに躊躇せざるを得ない。前号まで報じてきた医療現場、職場での差別同様、ここでも原因となっているのは世間の無理解だ。


*  *  *



都内の大手企業にフルタイムで勤務する30代女性のレイさん(仮名)は小学生の娘と二人暮らし。ちょっとわがままなところもある娘だが、レイさんが熱を出すと心配して保冷剤をそっと渡すような優しさがある。最近、責任ある仕事を任されて忙しくなり、愛娘と一緒に過ごす時間が減ったのが悩みのタネと、携帯電話に保存した娘の写真を見せながら相好を崩す。


レイさんは一見、どこにでもいる活発で幸せそうな母親だが、実はHIV陽性者。妊娠5ヶ月時の検査で医師からHIV感染を告げられた。「一瞬、何が起こったのかわからず、パニックになりました。自分の命や将来のことより、お腹の赤ちゃんのことが気になりました」(レイさん)


すぐに母親に電話したが、胸が詰まって事実を告げられなかった。当時、まだ籍を入れていなかったパートナーに連絡すると、病院近くの駅まで迎えに来てくれた。静かにHIV感染を告げると、彼は一瞬絶句してからつぶやいた。「俺のせいだと思う・・・」


◇  ◇  ◇



HIV陽性とわかったばかりの人へ | ぷれいす東京


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あなたはHIV陽性であることを知り、不安を感じたり、驚いてパニックになったり、あるいは冷静に事実を受け止めようとしているかもしれません。さまざまな気持ちや、状況の中でこのページをご覧になっていることと思います。

まずは、以下の6つのことを知ってください。

そして、もう少し詳しく知りたくなったら、相談窓口に連絡をとってみたり、リンク先のサイトやPDFファイルを読んでみたりするといいでしょう。



◇  ◇  ◇



●知られていない「母子感染は0.45%」


出産に同意し、応援してくれていたはずの彼はその後、「あきらめてくれ」「自分の体を大切にして」と繰り返すばかりだった。胎児への感染を怖れて、また母胎への悪影響があると勘違いして堕胎を求めたのだった。のちに詳述するが、母親がHIVに感染していても適切な処置を行えば母子感染を防ぐことができる。レイさんのパートナーにはその知識がなかった。


反対者は彼だけではなかった。帰宅後、レイさんから病名を告げられた母親は、テレビ番組などで得た知識から、「私達が差別される。恥ずかしい」と顔を背けた。父親と兄も反対し、レイさんはいたたまれなくなった。


◇  ◇  ◇



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◇  ◇  ◇



一方で受診先の病院のソーシャルワーカーは社交的な支援や制度を説明し、熱心に出産を勧めた。産みたいと思っていたレイさんの気持ちはより一層固まった。


「流産した経験があったので妊娠がとても嬉しかったし、絶対に産みたかった。パートナーには理解してもらえず、結局別れました。家族には反対されましたが、母子感染の確率が低いことを知り、ソーシャルワーカーの勧めもあって “産もう”と決めました」(レイさん)


厚生労働省が10年度にまとめた「HIV母子感染予防対策マニュアル第6版」は妊娠初期のHIV検査、帝王切開による分娩、服薬、断乳(人工栄養)の4対策を実施すれば、「HIV母子感染をほぼ防止できる」と太鼓判を押す。実際、帝王切開での分娩で乳児への感染率は0.45%とされている。


また、米国では今年3月、上記の対策を怠り母親の胎内でHIVに感染した女児に対し、出生30時間後から抗ウイルス薬を投与し、ウイルスの抑制に成功した臨床例がある。このケースは、母子感染した乳児が初めて「治癒」した例として大きく報じられた。


母親が陽性者の場合、乳児は出生48時間以内にHIV感染の検査を受け、さらに出生3~6ヶ月までに3度の追加検査を受ける。いずれも陰性なら9割以上の確立で非感染とされるが、確定診断は乳児が成長した1歳6ヶ月まで待たねばならない。


後の検査でレイさんの娘は陰性である、最終的に感染なしと確定診断された。だが、娘が生まれる前から早くも「区別」を感じた。


出産時の入院に際し、病院側は感染症用の容器や浴室を完備した個室を提供した。病院なりの配慮なのだろうが、レイさんは寂しい思いをした。「個室に入れられ、他のママさんと触れ合えませんでした。赤ちゃんの沐浴も最後にされて、こうやって区別されるのかと感じました」(レイさん)


退院後、住居区の保健師に「今後の治療や就労を考えると、子どもを慣れさせておいたほうがいい」と保育園に預けることを勧められ、娘を近所の保育園に入れた。HIV陽性者の母親は保育園側にカミングアウトせずに子供を入園させる場合もあるが、レイさんは万が一に備えてHIV感染を伝えた。そこでも区別を感じた。


「保育園で娘がプールに入るのは皆が終わった後、でした。また、娘が少しでも熱を出すと、『病院で検査を受けてください』と言われました。小児科に連れていくという意味ではなく、HIVの検査を受けてくれ、という意味でした。露骨な表現ではなかったけれど、娘のHIV 感染が心配なようでした」(レイさん)


HIVについて正しい知識を持っていなかったその保育園ではレイさん自身も心持ちが臆病になり、周囲の母親とほとんど交流ができなかった。


その後、引っ越しに伴い、転園した保育園でもHIV感染を告げた。今度は担当した先生が持病をかかえる子供を持ち、苦労した経験があった。周囲が子供を差別することを嫌い、「お母さんが病気でも子供は関係ないから」と諭されて嬉しかったという。


気持ちにゆとりが生じるとママ友もできた。何人かには病名を伝え、今でもお互いの悩みを相談し合う仲となった。家族に生じた亀裂は幼い娘の笑顔が修復してくれた。


「出産には反対だった両親は娘の顔を見て豹変しました。私はそれまでの確執に負い目があったので、両親が喜んでくれて励みになりました。兄も今では何かと手助けしてくれます」(レイさん)


『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その2