2014/03/17

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その14」 母親を追い詰めるもの

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その13」 退院後の子どもの支援を通して考える 真の国際化とは の続き

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息子の発達の遅れはわずかだったため、かかりつけ医は「指示が通るから僕は問題ないと思うけれどなあ」といつも首をかしげていた。私が発達検診で「発達が遅れている」と言われ続け、あまりにも落ち込んでいたのだろう。ある時、お昼休みを一時間も削って相談にのってくれた。


かかりつけの先生にいただいた
遠城寺式乳幼児分析的発達検査法の表

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先生は「遠城寺式乳幼児分析的発達検査法」と呼ばれる子どもの発達の目安になる検査表を用意してまっていてくれた。「僕の出身大学ではこの検査表を目安に使っているけれど、検査の方法もいくつかある。表はあくまでも目安であって、この通りに子どもは発達しないんだよ。おおよその目安でいいと思うし、こちらの言うことが理解出来ていれば言葉がしゃべれなくてもいいんじゃないかな」と言っていた。


かかりつけの先生だって、NICUのある基幹病院で小児科医長をしておられたのだ。超低出生体重児の長期的な予後を知らないわけではない。今から思えば先生の言っていたことが正解だった。子どもなんてもともと一人一人違うし、成長のしかただって違って当然だ。その当たり前のことを忘れてしまうほど、発達検診は私を追い詰めていたのだろう。


その時私は、「市の療育施設に見学に行きたい」とお願いした。「発達検診医の指摘が正しいのか」という疑問もあったが、自分が家庭で子どものためにしてきたことが、療育の専門家から見て適切かどうか知りたかったのだ。先生は遅れはないから行く必要はないと考えておられたようだ。それでもなんとか説得して紹介状を書いてもらった。


市の療育施設の職員の方は親切に施設の中を案内してくれた。私の話も親身に聞いてくれた。広くて明るいお遊戯室もあった。「こんな所で訓練を受けられたらいいなあ」と思った。


施設でいただいたパンフレット
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しかし、お遊戯の時間だった。ダウン症や障害を抱えた子ども達の輪の中で遊ぶ息子を見て「ほら、お母さん。気にするほどの遅れはないわよ」とある職員の方が私に言ったのだ。その職員さんは、私が見学した理由をそう感じたのだろう。私は「息子に障害がないと確かめたくてここまで来たはずではなかったのに」と動揺した。


その時感じたのは、自分自身の中にある障害者への差別や偏見だった。この数年間私が苦しんできたのは、自分の気持ちとの葛藤だったのだろう。


私は自分自身に嫌悪感を感じ、家に帰って泣いた。


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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その15」 発達検診の問題点 










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