2014/03/24

大きく変わったこと 「情緒学級」に思うこと

超低出生体重児は発達が遅れるという。それも、息子のように軽度の場合も多いようだ。だから多くの親は就学で悩むのだろうか。私も自分が超低出生体重児の母親にならなければ知らない世界だったと思っている。



火宅の人 (上巻) (新潮文庫)火宅の人 (上巻) (新潮文庫)
(1981/07/28)
檀 一雄

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あらすじ wikipediaより一部引用

作家・桂一雄は、妻のほか、精神障害を持つ息子のほか3人の子を持ちながら、女優を愛人として、通俗小説を量産しながら、自宅をよそに放浪を続けている。


この前校長先生のところに伺ったら「この小学校にも情緒学級がやっとできるんです」とおっしゃっておられた。子どもの発達に悩んでいた友達に教えたら喜んでいた。


そういえば・・・思い出した。


数年前、PTAの係をしている時だった。校長先生が「学校の近くに変質者が出るから、PTAで腕章をつけて見回りをしたらどうだろう」と提案したことがあった。「女子生徒が怖がってトラウマを抱えるかもしれない」と大変心配しているようだった。俗にいう「露出狂」らしい。私も高校生の頃はじめてみてしまったけれど、確かに恐かったな。


でも・・・話をよくよく聞くと何かがおかしい。その男性はもしかしたら知的障害かもしれない。


私のインタビューがネットで公開された時、様々な意見が書き込まれていた。あるブログに、「予後は親の経済力に左右される」という部分に共感して下さる方々がそれぞれの意見を書き込んでおられた。私はその中の一つの書き込みに心が痛んだ。「私の親戚(だったと思う)が、もう成人しているんだけれど、よく痴漢に間違われて困る」というものだったのだ。


あまり表に出てこないけれど、知的に障害がある場合、親御さんが一番悩むのは思春期になった時の性教育だといわれている。障害がなくても日本は性教育に正面から向き合おうとしてこなかった気がしてならない・・・。もし自分の息子に知的に障害があって、それが軽度の場合、確かに痴漢に間違えられるかもしれないと思った。もしも息子でなく娘だったら、その反対に性犯罪の被害者になるかもしれない。


大学生の時に、群馬県の山奥に同級生と二人で温泉旅行に出かけた。帰りに在来線に乗っている時だった。30過ぎの男性が下半身を露出して母親とおぼしき女性と二人で車内を歩いている。それもトイレに行きたかったのか小さい方をしながらなのだ・・・。


でも誰も注意しない。むしろ目をそらしている。なぜならその男性に障害があることが 一目でわかるからだった。私も友達と二人、どうしていいかわからず固まってしまった・・・。


子どもが産まれてすぐに悲しい事実を知った。一昔前、子どもに障害があるとわかると母親に子どもを押しつけて逃げてしまう男性も少なくなかったそうだ。そのせいなんだろうか。都営の集合住宅には障害がある成人したお子さんと、年をとったお母さんの二人、という姿をよくみかける。


群馬の山奥で見た光景は一昔前の日本の障害者のおかれた現状そのものなんだろう。超低出生体重児を授からなければ目をそらしていたはずだ。


私は障害者が怖いです。差別になりますか? Yahoo!知恵袋


近くに私と息子が通ると必ず吠える柴犬がいる。いきなり吠えるから、目を合わさないようにそーーーっと通ってみたりしたけれど絶対に吠えられる。「私が嫌いなのかな」と悲しく思っていたら、夫が教えてくれた。息子のような子ども達が面白がって大声を出していたずらをするから、子どもを見ると警戒し、吠えるようになってしまったのだそうだ。


もしかしたら、「露出狂」にさせたのはまわりの人達かもしれないと思った。もしそうだったら、日本は何て悲しい国。だからPTAの会合の席で勇気を出して発言したのだ。


「お話を伺うと、その男性は露出狂ではなく知的障害かもしれません。その男性は叫び声に反応しているだけで、痴漢が目的じゃないかもしれないと思いました。日本では、知的障害のある方の教育が置き去りにされてきました。今、成人している障害者の中には、満足に教育を受けていない方もいるんです。もし子どもの時に適切な教育を受けていたら、犯罪者にならなかったかもしれません。知的に障害がある方とそのご家族は気軽に引っ越しなどできないそうです。その男性に障害がある場合、腕章をつけて家の付近を見回るとなると、人権侵害になる恐れがあります。」


そういえば、はじめて面会をした時校長先生は「私がいる間だったら、できる限りのことをする」というようなことをおっしゃって下さったのだ。もしかして・・・あの時のことをよく考えて下さったのかもしれない。


提案するのも勇気がいるけれど、実現させるのはとても大変だ。お金も、人の力も必要だからだ。


校長先生をはじめ公立学校の先生方は公務員だ。公務員は「私」を語ってはいけないそうだ。だから、「こういう良いことをしたんですよ」などと、はっきりとおっしゃってくれないのかもしれない。


今まで「行政はなかなか変わらない」と不満に思っていたけれど、こうしてブログに書いていくと結構変わっていっているんだなぁ。有り難いなぁ、と思わずにはいられなかった。





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