2014/03/25

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その17」 すべてを個人の「こころの問題」にしないで欲しい

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その16」 必要なのは教育者の温かな眼差し  の続き


[ 教育や福祉の不備は母親のこころの問題なのか ]


「母親のこころのケア」をする専門家には、ジェンダーの研究者も多いように思う。私はそういった「こころの専門家」のケアを、半ば強制的に受けさせられた。しかしこころが軽くなるどころか多くの疑問を感じずにはいられなかった。一体、彼らの研究は私に何をもたらしたのだろうか。


私のような超低出生体重児の母親が育児に悩むのは私のこころが弱っているからだろうか。もし母親がうつになって当たり前の状況があるのなら、その原因を取り除く努力をすればいいのではないかーーーーーー



「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち
(2008/02/25)
本田 由紀

商品詳細を見る



夫は家事と育児を手伝ってくれた。夜泣きの世話の半分も夫が手伝ってくれたのだ。お弁当作り、食事の世話、洋服の丈つめ、本棚もつくった。幼稚園に毎朝送って行くのも夫の役割だった。


独身の時には、子どものキャンプ教室やスキー教室の先生をしていた。そのため、息子が二歳になった頃から、背中にかついで登山をし、冬にはスキーにも連れて行った。今も勉強を教えている。しかし無理がたたったのか、心労から一度回復した病が再発してしまった。


我が家のように、夫がいくら協力的でも超低出生体重児を育てるのは大変なのだ。超低出生体重児でなくても今の社会で子育ては大変だと思う。だから私は「母親」の私だけを切り離し、カウンセリングするのはおかしいのではないかと思ってきた。


例えば、新聞記者や救命救急医はとても忙しい。そういう仕事をしている夫が育児に無関心だったとしても、私には夫だけに責任があるとは思えないのだ。これはつきつめていけば、社会の問題であり、こころの問題ではないと思うからだ。大きな意味で、社会のあり方や働き方を変えていかなくてはならないのではないだろうか?


そもそも育児は夫婦二人でするものだと思っている。母親ならば、どのような事情があれ、子供の相談をするのはまず夫だと思う。専門家も「育児は母親だけの役割ではない」というのなら、母親だけにケアをするのは矛盾しているのではないだろうか。


もしも母親として明らかに不適格ならば、カウンセリングや治療でなく、母親を交代させるべきでないだろうか。


育児支援といえば、いつも保育所の整備の話になる。しかし保育所は基本的に体が弱い子供のためにあるのではなく働く親のためにあるのだ。これでは重い病を抱えた子どもや、障害のある子どもには支援などいつまでたっても届かないだろう。


息子は預けたら死んでしまったかもしれない。私が二度の命の危機を回避できたのは、母親の本能であると思っている。「とにかく預けて働け」という世の中になっても、それはそれで怖い。私の代わりに一体誰が、手のかかる子どもの世話してくれるのだろう、と思うからだ。しかし同じ超低出生体重児の母親でも、働きたいと思う方もおられるだろう。人はそれぞれ違う。考え方が違って当然だ。


私は支援とは個別に行わないといけないと思っている。今の時代に行政が一律にしばったら必ず制度の隙間に埋もれる人達が出てくるからだ。


私の同級生や知り合いには障害のある子どもを育てている人達が少なくない。多くの人達はひっそりと暮らしている。中には子どもの世話だけでなく、介護までしている人もいる。この先大丈夫なのだろうかといつも心配になってしまう。


しかし私が尋ねてもなかなか本心を言うことはない。「世の中に出て行って訴えることなどとてもできない」と言われた。ただ一度だけ「健常児のお母さんはがんばっているね、としか言わないから」とポツリと言ったことがある。本当に支援を必要としている人というのは、声があげられないのだ。


国や政治家は本気で子どもの命を守るというのなら、まずは彼女達のような、声なき声にこそ耳を傾けて欲しい。支援や制度は、国や専門家、そして声の大きい人達のためにあるのではないのだから。


◇  ◇  ◇
幼い命を守れ ~小児在宅ケア・地域の挑戦~ NHKクローズアップ現代 2013年5月28日 から一部引用

(埼玉医科大学総合医療センター田村正徳教授)「我々医療者、小児救急とかNICUでがんばっている小児科医は赤ちゃんの命を助けるということに全力を投球して、それで日本の新生児医療は世一のレベルまで達しているんですけれども、その分だけ社会の福祉のシステムとかそういうお子さんがお家に帰った時に、お子さんと家族の生活の問題だとか、そういったことが十分わからないまま、お子さんを帰してしまっているということがあります」


先生御自身も医療と福祉の壁を感じたことがご経験でありますか?


「はい。私は厚生省の研究班でNICUの長期入院児の問題を検討する研究班をまかされたことがあるんですけれども、福祉や障害(を受け入れる取り組み)をやっている方から「あなた達はNICUのベッドをいかに空けるかということだけに気がちっていて、そのお子さんを帰した時に、お子さんと家族が出会うであろう生活とか福祉の問題とかに気を留めない」というふうに、注意をされたことがあります


お子さんや社会のためにも連携をしていって欲しいんですけれども、どうやっていけばいいんですか?


「特に小児の在宅医療に関しますと、一つは人材育成があります。大人の介護保険を中心とした在宅医療の医療資源はなかなか子どものほうを向いてくれません。子どもの場合は、医療ケアの程度が高くてしかも広い地域に散財しているので、なかなか大人のシステムではカバーできない。そのために小児の在宅医療をして下さる医師とか看護師さんとか介護ヘルパーさんを育成するということがまず大事になります。それと同時に医療と福祉をつなぐコーディネーターが、介護保険ではケアマネージャーという形があったんですけれども、小児の在宅医療にはケアマネージャーがタッチできませんので、ケアマネージャーに変わるーディネーターを育成するというのが二つ目の大きなキーになると思います」


◇  ◇  ◇

食物アレルギー 戸惑い広がる現場 2013年09月04日 (水) NHK生活情報ブログから一部引用

母親は、弁当を持参するので娘を保育所に入所させたいと去年から市に相談してきましたが、事実上、断られてきました。保育の現場にエピペンを持ち込ませないことが市の方針だったからです。


母親は「何とか持ち込めないかって交渉したんですけど、保育所は病院ではないのでとか、それはお母さんがやることであってそれを人に頼むなんてと言われた」と話していました。

(中略)

現役の教師は「万が一発症したときに的確に連携がとれて判断ができるかというところのプレッシャーと、エピペンが必要になったときに本当に必要なところで使えるのかというようなプレッシャーはあります。そのことで事故につながったらという不安をとても強く感じている職員が多いです」と話していました。


専門家は、現場だけに負担がかからない仕組みを作ることが大事だと指摘しています。食物アレルギーに詳しい都立小児総合医療センターの赤澤晃医師は「1人の先生に責任がかからないようにする、組織として学校、あるいは食物アレルギー対応委員会をちゃんと作って、そこできちんとコンセンサスを得る、学校できちんと責任取りますよ、行政が責任取りますよと言ってあげないと、現場の先生は動けない」と話しています。

◇  ◇  ◇


実は私は、結構絶望的な気分でブログを書いている。何度か引用させていただいている田村正徳先生のご発言は嬉しいけれど、もうあと5年はやかったらなぁ、と思うのだ。国にお金がないのに、HPVワクチンには大きなお金が投入された。それは子育て支援のお金だそうだ。製薬会社のようにお金があるところがそれとわからないように、ロビイストでも雇わない限り、もう無理じゃないのかな、と思うのだ。


だって我が国は以下にあるように、もともと育児にお金がまわらない仕組みになっているから。介護までしているお母さんに声をかけたのはやっぱり当事者が声をあげないと、どんな困難があるのか社会にはみえないと思うからだ。「まっていても支援は届かないよ」と言ってみたけれど・・・。もし、子育て支援に税金が投入されても障害がある子どもや病気を抱えた子どもの福祉にまわるんだろうか・・・。

◇  ◇  ◇

子育て支援財源不足 どうしてこうなった? THE PAGE 3月24日(月)13時0分配信

政府が2015年度から実施する予定の子育て支援策が財源不足に陥っていることが明らかとなりました。なぜそのような状況になってしまったのでしょうか?


当初、政府の子育て支援策は、保育施設の数を増やすといった「量的拡充」について約4000億円、保育施設の職員1人あたりの園児数の削減や職員の給与アップなど「質の改善」について約7000億円、合計で1兆1000億円の財源が必要と試算されていました。


このうち、消費税の増税分から充当されるのは7000億円であり、残りは予算編成過程における歳入・歳出の見直しを通じて捻出するとされていました。しかし、財源確保の見通しが立たないことから、政府では「質の改善」に関する支出を3000億円に減額し、全体で7000億円としたプランを提示。これを軸に具体的な検討に入ったわけです。


「質の改善」に関する支出が減額されることによって、私立保育施設の職員給与増額は5%から3%に引き下げられることになります。また職員1人あたりの園児の数を減らす措置については、3歳児のみを対象とし、1歳児や4・5歳児については見送りとなる可能性が高くなりました。3歳児については20人から15人になり、保育士の負担が軽くなりますが、1歳児については6人、4・5歳児については30人と現行のままとなります。保育士の研修制度充実の一部見送り、保育士による地域の子育て支援費の減額なども盛り込まれています。


1兆1000億円という費用は政策実施サイドから見たコストの積み上げですから、必ずしも財源の保証があって出てきたものではありません。予算編成過程において4000億円の財源を確保することが容易でないことは、あらかじめ分かっていたことですから、このタイミングでの費用見直し論には、確信犯的なイメージが拭えません。


ただ、日本は財政難が深刻化しており、十分な予算を確保できない状況にあるのは事実です。年金や医療といった義務的な経費が最優先され、子育て支援などの政策経費には予算が回りにくくなっています。その意味で、こうした分野には、最小のコストで最大の効果を上げることが求められているわけですが、まだまだ改善の余地があるとの声も少なくありません。


各地で待機児童の問題が指摘されていますが、既存の保育施設の運営団体の中には、保育施設の設置条件を緩和すると、これまでの高い利益率が維持できないとして、保育施設の増加に反対しているところもあります。また多額の税金が投入されているにもかかわらず、つい最近まで保育施設の経営状況について公開するルールさえありませんでした。さらに公立保育施設と私立保育施設の職員の年収に2倍もの開きがあるなど、業界全体の最適化が進んでいない面もあります。


子育ての問題は国民全体の問題ですから、保育士の待遇をどうするのか、設置基準をどの程度にするのかについて、最終的に決めるのは国民です。国民の側にも、ただ国に拡充を求めるのではなく、厳しい財政状況の中、優先順位をどうするのかといった現実的な視点が必要になってくるでしょう。

◇  ◇  ◇
 

コメント

非公開コメント