2014/04/21

No Sight But On Sight! 見えなくても 見えづらくても一発で登れる!  NPO法人 モンキーマジック

小さく生まれた超低出生体重児(未熟児)を待ち受ける大きな難関の一つに「未熟児網膜症」がある。

未熟児網膜症 wikipediaより引用

網膜血管の未熟性に関連し、網膜血管の進展不足により、網膜周辺部の無血管野が生じる。その境界部より新生血管・線維性増殖を生じ、網膜剥離に進展する。

出生体重1800g以下、在胎週数34週以下の未熟児に対しては定期的な観察が必要である。初回検査時期は生後3週目又は修正在胎週数29週を目処にする。


NPO法人 モンキーマジック 

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「見えないチカラ 視覚障害のフリークライマーが見つけた明日への希望」小林 幸一郎(著) amazon 内容紹介から一部抜粋

28歳で、失明の告知。不安と絶望に襲われ、失意の底に沈んだ日々もあった。視力を失うことで、自分にできなくなることばかりを数え、うつむいて生きていた時期もあった。でも今は、上を向いて生きている。

自分の手で自分の意志で自分の力で登ることを希望しなければ登れない。何かを期待して待っていても永遠に登ることはできない。


命の危機からようやく脱したと思ったら今度は失明の危機。息子も急激に進行しレーザー治療を受けた。しかし、思うような効果がなかなか期待できない日々が続いた。


季節はちょうど秋。ハラハラと舞い落ちる落ち葉のように、思い描いていた夢や希望が消えていくようだった。


息子の入院している子ども病院は、日本の小児医療を牽引するといわれている病院だ。しかし、この病院のまわりでも目が見えない人の姿をあまり見かけない。子どもの目が見えなくなったら、この先どんな生活がまっているんだろうーーー。学校は?就職は?結婚は?恐くてたまらなくなった。


夫の知り合いに小林幸一さんという世界的に有名なクライマーがいると教えてもらったのは、息子が幼稚園に通う頃だった。小林さんは視覚障害者だけれど、一緒にいると忘れてしまうほどパワフルな人らしい。


NPO法人を主催していて視覚障害者の子ども達のために、都内にあるいくつかの大学で授業をしているそうだ。もともとクライマーとして実力のある人だから、小林さんを応援しているスポーツ関係者は多い、と言っていた。。


どれくらい実力があるかというと、あの「ノース・フェイス」がモンキーマジックのためにTシャツを作っているほど、と教えてくれた。「えっノース・フェイスが!」と驚いてNPO法人のサイトを見ると、そのデザイン力の素晴らしさにまた驚いてしまった。夫がいうように小林さんが一流のクライマーだから、きっと一流の人達が集まってくるのだろうと思った。



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これは昨年訪れたアメリカのヨセミテ国立公園のハーフドームの写真。ヨセミテ国立公園はフリークライマーにとって聖地のような場所で、ハーフドームはそのシンボル的存在。


アウトドアメーカーとして有名なノースフェイスは1968年、カリフォルニア州バークレーで創業し、ロゴはこのハーフドームをデザインしたものだ。サンフランシスコにあるノースフェイスに行ったら小林さんのライバルといわれた日本人クライマーの大きな写真が壁面一杯に。小林さんのことを思い出さずにはいられなかった。


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こちらは小林さんとモンキーマジックを紹介した新聞記事。私は読んだ時涙した。一生懸命登る子ども達と小林さんの姿に息子を重ねてしまうのだろう。


周産期医療は、多くの母親の涙があってより安全により確実なものへと発展してきた。「目が見えない」「視覚障害」などと聞くと、今でも穏やかでいられない。偽善かもしれないけれど「見えなくても幸せ」と思える世の中であって欲しいと願っている。


病院の「お話し会」や「母親の会」もいいけれど、こういった活動に集まった中から、ごく自然に生まれる輪の方が私は好きだ。医療者のお膳立てではないし、子ども達が生きて行くのは医療医機関ではなく社会だからだ。小林さんのように当事者が社会に働きかけ、自らの手で居場所をつくっていくことが必要だろう。


「自分の手で自分の意志で自分の力で登ることを希望しなければ登れない。何かを期待して待っていても永遠に登ることはできない」


「見えなくても 登れる」2010年4月13日  朝日新聞


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クライミング 視覚障害者に自信 一部抜粋


岩や人工壁をよじ登るフリークライミングが、目の不自由な人たちの間で広がっている。命綱(ロープ)で安全を確保しながら自分のペースで挑戦でき、日常生活の自信にもつながるとして、活動に取り入れる盲学校もある。今冬、視覚障害者だけが参加する初の世界大会も開かれる予定だ。(三島あずさ)


「次は右手。11時の方向に10センチ」「さっきより高い所まで登れているよ」明治大学和泉キャンパス(東京都杉並区)の体育館にある高さ11センチメートルの人工壁。吐露つくが青光学泉(視覚障害教育部門、旧久我山盲高校)の小中学生が、放課後活動としてクライミングに挑戦している。声援を受け、つかみにくいホールド(突起物)を手探りしながら、少しずつ登っていく。


付き添いの母親らは、「障害があると、人との接点が少なくなりがちなので、こういう機会を積極的に活用している」「中学生はロープを持つ役を務めることもあり、仲間の命を預かる重みも感じている」と話す。こどもたちにも負けじと、息を切らして壁に挑む父母もいる。


指導するのは、NPO法人モンキーマジック(東京都武蔵野市)の代表小林幸一さん(42)。主に視覚障害者向けの講習会を運営している。合い言葉は「No Sight But On Sight!」(見えなくても一発で登れるぜ!)。「On Sight」は、始めてのルートを、落下せず登り切ること」を指すクライミング用語だ。


小林さんは28歳の時、進行性の網膜の病気が発症。できないことが増えて行く中、10代で始めたクライミングではあまり不自由がなかった。そこで、視覚障害者にも楽しめる機会をつくろうと2005年にNPO法人を設立。講習会にはのべ1200人以上が参加してきた。


危険で、高い運動能力が必要という印象を持たれがちだが、小林さんによると「視覚障害者に向いている」。自分のペースで、障害がない人とも同じルールで楽しめること、ロープで安全を確保できること、などが理由だ。


神奈川県立平塚盲学校は、体育館に人工壁があり、体育の授業や部活動で利用している。中卒や高卒者があんまなどを学ぶ理療科には、中途失明で楽他院していた人も、ここでクライミングに出会い、大きな楽しみを得たという人は多いという。



日本に寄付文化が定着しないのは、寄付してもらう側にも問題があるように思ってきた。社会貢献とは、きっと小林さんのような活動をいうのだろう。


日本のピンクリボン運動に協賛している企業の商品を買わなくなったのは、主役がタレントさんや企業だからだ。


その一方で最近私が、登山用品やランニング用品をノース・フェイスにしているのは、私にぴったりなXSがある、とうこともあるけれど、小林さんを応援するノース・フェイスに好感を持つ、ということも大きいのだ。



見えないチカラ 視覚障害のフリークライマーが見つけた明日への希望見えないチカラ 視覚障害のフリークライマーが見つけた明日への希望
(2011/12/17)
小林 幸一郎

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