2014/05/21

もしも一つだけ願いがかなうなら

おととい、ある方にメールを差し上げた。大野病院事件後にはじまった『周産期医療の崩壊をくい止める会』の募金活動に、自分の中で区切りをつけるためだ。亡くなった人を思う、という純粋な気持ち。心が籠っていると感じられないものを、これ以上、良い活動だと広めることができなくなったのだ。


見えないビジネス 『パブリックアフェアーズ戦略』は人と人とのつながりを遮断する その2  重篤な被害にも向き合って下さい!

これからのこと 見えないビジネスはこれで最後にして欲しい


でも、わたし生きていくわでも、わたし生きていくわ
(2009/11)
コレット ニース=マズール

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7年間、一生懸命だったから、心にぽっかり穴が空いたよう。急に一人になっちゃったなぁ。


寂しくなってやっぱり涙がでてしまった。どんどん悲しくなる。


半年前にブログをはじめたばかりで、使い方が今でもよくわからない。訪問履歴を久しぶりにチェックしてみた。


驚いてしまった。こんなに大勢の人が読んでいてくれたことに、はじめて気づいたから‥‥。


今度は嬉しくて、涙が出た。


ブログをはじめた理由。本当は、父の友人に「ありがとうございました」と一言お礼をいいたいからだった。はじめてのシンポジウムの原稿には戦場という言葉を入れた。


出産から、7年以上がたちましたが、私の心はいつも救命していただいた先生のそばにありました。ご存知のように、今、周産期医療は崩壊をしています。私が出産したときも、まるで戦場のようでした。執刀していただいた先生は、朝から立て続けに手術があり、 私の手術の前には床に座り込んでおられました。


まさか自分の父や友人が、戦場で命をかけて資源開発をしていたなんて。なかなか立ち直れないよ。


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【アルジェリア人質事件】軍に攻撃の自制要請/新谷さん、人質の命優先/日揮と緊迫のやりとり  47NEWS 2013/02/07 11:56 から一部引用

 新谷さんからの電話が鳴ったのは午前9時ごろ。英語を話すテロリストに拘束されたと伝えてきた。しばらくして再びかかってきた電話は「間もなくプラントに連れて行かれる。日本大使を通じ、移動中に攻撃しないようアルジェリア軍に要請してほしい」との内容だった。

 その時、上空にはアルジェリア軍のヘリコプターが旋回していたとみられる。新谷さんをよく知る関係者は「一緒に連行される人を守ろうとしての連絡だったのだろう」と話す。

 電話から約30分後「(プラントに)到着した」と短い連絡が入ったが、これが新谷さんとの最後の交信となった。日本大使館からはその後、アルジェリア軍に攻撃自制を要請したとの連絡が日揮側に入った。

 新谷さんは1月24日、指輪にあったイニシャルなどで最後に死亡が確認された。関係者は「最後まで社員らを守る責任を放棄しなかったはずだ。彼はそういう男だ」と話した。


父に聞いたら役員になった時に蘭の花をいただいたそうだ。「ご自宅にうかがってお線香を」と言ったらご家族とはそれほど親しくおつきあいしていないそうだ。いくら心で思っていても、こちらの気持ちを押し付けるわけにはいかないな。


でも、そこで諦めないのが私。こっそりブログをはじめた。


ブログを書いていたら、どこかで誰かとつながって、いつか願いが叶うかもしれない。そういう気持ちがあったのだ。これだけ大勢の方が訪問して下さっていたら、本当にそんな日がくるかもしれない。もしかしたら、献花にいらして下さった一万人の中のどなたかが、読んでいるかもしれない。そう思うと元気になった。


いつも読んで下さっている皆様、ありがとうございます。


これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。





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