2014/05/28

『神様からのプレゼント』 お金で買えない幸せ

今から7年前。スカイプに向かって私は泣いて訴えていた。学会でアメリカにいる夫に。こころの専門家に要望書を書いたら「私は患者の意見は取り上げない。あなたは病んでいる」とあっさり却下されたからだ。要望書は夫も一応目を通したはずだったのに‥‥。



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確か20分ぐらい、日本の医療崩壊について訴えたんじゃないだろうか?


あれから7年。スカイプに向かって今度はこんな報告をした。


「今日ね、すごくやさしい精神科医の先生に会ったんだよ」


ある勉強会に参加したら、精神科医の先生が参加しておられたのだ。私は嬉しくなって名刺をいただいてお話を伺ったのだ。


その先生にメールを差し上げたら、お返事が送られてきた。長いメールだった。


これからの精神医療について。ご自身が悩んでおられること。いろいろ書かれていた。一番驚いたのは、私のブログを読んで下さっていた、ということだった。


ブログを書いて半年ほど。ほとんど誰にも教えなかった。夫にブログを書いていいかきいたら「やめなさい」と言うに決まっている。はじめはいつばれるか、ドキドキしなから過ごしていた。


二、三ヶ月たった頃、急にアクセスが増えた。それなのに、コメントがつかないのは、もしかして誰かを嫌な気持ちにさせているのだろうか。


夫に、正直に打ち明けたら以外にも「いいんじゃないか」と言ってくれた。それでも「批判したらいけない」といつも私に言う。「批判したら自分自身に必ず返ってくるから」だそうだ。昨日も怒られた。


でも。


違う方向に行こうとしている『周産期医療の崩壊をくい止める会』を、「良い活動です」と広めた私には責任がある。今何もしなければ、私が私でなくなる気がした。


見えないビジネス 『パブリックアフェアーズ戦略』は人と人とのつながりを遮断する その2  重篤な被害にも向き合って下さい!


はじめの約束とは違う。目指しているのは「対話」ではなかったの?都合の悪い意見にふたをしたら、もつれた糸は永遠にほどけないよ。


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お産の悲劇に寄り添う 日経新聞 2010年6月6日 一部抜粋

しかし、遺族が求めているのは過失を認めた謝罪ではなく、人として真摯(しんし)に事態に向き合う態度なのかもしれない。医療者、患者側の双方の声を公平に聞き、対話を促す。そのプロセスにこそ、真の救済があると信じるからだ。「人として、どちらからも信頼されること」。それがもつれた糸を解くカギとなる。



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父は「水俣に来て欲しい」とある人に手紙をいただいたと言っていた。父には、なぜその方がそのようなハガキを下さったのかわからないようだった。(水俣病とは直接関係ないけれど)恐らく、意識せずとも、「双方の声を公平に聞き、対話を促す」ということをしていたんじゃないのかな、と思っている。


私と水俣病 罪悪感を抱えて生きていくということ


その父が娘のために一生懸命頭を下げ、新聞記事にしたのだ。『周産期医療の崩壊をくい止める会』の募金活動は、「無過失補償制度」にもつながる重要な活動だ。これは周産期医療だけでなく、薬やワクチンの普及にだって関わる。誰かの命に関わる重要なことだと考えている。


その気持ちを私は表現したらいけないの?


「先生すごい!がんばって!」というファンクラブのような役割は、私にできそうにない。亡くなった方は訴えることができないからだ。もし私がこの世を去っていたら、闘って欲しいと思う。


しかしその一方で、「批判したらいけない」という夫の意見も間違いじゃないと思っている。批判された方は傷つくだろう。私だってよくわかっているよ。


だから対話だったはずなのに。悲しくなる。


そんな時に、メールが送られてきたのだ。


精神科医の先生が私のブログを読んで下さっていたのだ。まさか、精神科医の先生が、私を見ていて、一生懸命メールを書いて下さる日がくるとは思わなかった。


お金では決して買えないものがこの世にはある。送られてきたメールは『神様からのプレゼント』だと思った。


患者が何よりも欲しているのは、こういう医師の純粋な気持ち。患者さんのために悩む姿、だと思っている。それがもっと多くの方々に伝わればいいなぁと思っている。


最後にもう一度、以前の記事をアップしておこう。


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子どもを失うということ もしも対話ができたなら


奥様を多剤大量処方で亡くしたご遺族がおっしゃっていた。「(遺族にとって)前向きに生きよなんて、偽善なんだよ。心の専門家は我々遺族が立ち直るのを邪魔しないで欲しい」と。


その方はある時私に「ラビット・ホール」 というニコール・キッドマン主演の映画を教えてくれた。以前ブログに書いた「大きな岩のような悲しみは、やがてポケットの中の小石に変わる」という言葉はこの映画のキャッチコピーなのだ。


「ラビット・ホール」は幼い息子を交通事故で亡くした夫婦の再生をえがいた作品だ。ちょうど公開がはじまった当時、私は悩んでいた。自分がしてきたことがご遺族のためになっているのか自信を失っていたのだ。


ユーチューブで公開されていた予告編を見た時なぜか胸が一杯になった。惹きつけられるように、繰り返し再生したことを覚えている。ご遺族も「ある程度グリーフケア(悲嘆回復)がすんだ方にしかすすめられない内容」と言っていた。きっとあの頃、私自身何かから立ち直ろうと葛藤していたんだろう。結局映画館に足を運ぶことはなかった。


映画【ラビット・ホール】予告編


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息子の想い出をすぐにでも消したい妻


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息子の想い出をいつまでも留めたい夫


母親と父親とでは、子どもの死の受け止め方や表現方法が違うというのもリアルに迫る。予期せぬ事件や事故がおきた時、ささいな誤解が大きな亀裂をうみバラバラになってしまう家族も少なくないからだ。


人は深い喪失感から立ち直る時、やり場のない怒りや憎しみをもてあますという。しかしそのすべてを、家族だからといって受け止めきれるものではないのだろう。


ご遺族がおっしゃるようにすべての方にはおすすめできないが、「グリーフケア(悲嘆回復)」のあり方として大いに参考になるのではないだろうか。立ち直るために支援や援助は必要だが、本人が自分の力で立ち上がるしかない。支援者はその力を妨げてはいけない、ということだろう。


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もうひとつの世界には別のあなたや僕がいる
「別の世界」では楽しくやっているのね



この映画で私が注目したのは、母親が事故を起こした少年と偶然出会って話す場面だ。彼女には、少年が亡き息子を一日も忘れず生きていることがわかったようだ。


この日を境に彼女はじょじょに前を向いて生きていく。少年の言葉や行動がもしも嘘や偽りだったら、彼女の「生きよう」とする本能が芽生えないはずだと思った。


加害少年に接する彼女はやさしい。少年もまたこの日を境に前を向いて歩き出したのではないだろうか。少年の心の向きを変えるとしたら、やはり遺族しかいないのだと思う。


私が母になって不思議だと思ったのは、どんな男性に対しても母の目で見てしまう瞬間があることだった。この気持ちを母性と呼ぶのだろうか。だから遺族である彼女が加害者である少年にやさく接する場面を、「作り話だから」とは思わなかった。


「もしもこの少年が私の息子だったら」という気持ちもどこかにあるのではないかと思うのだ。


いや、被害者と加害者が対話するなど実際にはありえないと思う方もおられるかもしれないが、オウム事件被害者・河野義行さんは元服役囚と交流があるという。


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(4)妻の命奪った実行犯 面会続ける河野義行さん 産経ニュース2011.11.14 22:01より一部引用

「サリン噴霧車を製造し、懲役10年の刑を受けた元受刑者とも「友達」になった。出所後、申し訳なさそうな顔で自宅前に現れた元受刑者。服役中に学んだ職能技術をいかし、河野さん宅の庭木の手入れをし、釣りにでかける仲になった。「あいつはもうオウム(アレフ)には戻らない」

 なぜそこまで寛容になれるのか-。「それは私も『被疑者』扱いされたからだ」と即答する。

 平成6年6月27日の事件発生後、警察は河野さんの家から複数の薬品を押収。本来は被害者である河野さんを“犯人視”する報道が相次いだ。

 犠牲者の遺族らから「殺してやりたい」「お前がサリンで死ね」と書かれた手紙が何通も届いた。

 そんな経験を通じ、「恨んで、恨んで…。死刑が執行されて晴れ晴れするかといえば、そんなことは絶対にない。恨みを持ち続けながら生きていくことは不幸だ」と思うようになった。」


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ご遺族が興味深い話をしていた。PTSDから立ち直っていく課程で、もてあますような性欲があらわれるのだそうだ。映画の中でも、泣いてばかりいた母親が女性として美しく変化していく。


「生きよう」とする本能を表現しているんだろうか。予行編だけでも、本当によくできていると思ってしまった。


もし事件や事故の加害者(関係者)と遺族がこんなふうに自然に出会い、会話ができたら理想的だ。なかなかこうはいかないけれど、必要なのは「謝罪」の言葉ではなく、人として失った命に対し真摯に向き合う姿勢じゃないだろうか。


まわりにいる人達が悲しみを共有し、そっと見守り続ける姿も良かった。


日本の場合手や口を出しすぎるか、その反対に遠巻きにみていて何もしようとしないか、のどちらかのような気がしてならない。


いくら心で思っていても、その気持ちが伝わらないと意味がないように思うのだ。やはり「グリーフケア(悲嘆回復)」というものはキリスト教文化と深い関わりがあるんだろうか。こんなふうであったなら、と思わずにいられなかった。


今私は、この映画をみても以前のようには泣けない。私はきっと前を向いて歩きだしているんだろうと思う。








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