2014/06/16

旧日本軍とナショナルセンター 最後の陸軍大臣阿南惟幾は『凡人』なのか

文字おこしをお休みして、今日はもう一度『女性利権』問題。今月の終わりか来月のはじめには週刊誌が発売されるそうだ。 お一人は弁護士も決まったそうだ。お二人とも、ご自身の名誉の回復のため、そしてお子さんのためにがんばって欲しい。


最後の陸軍大臣阿南惟幾の自決―徹底抗戦を呼号した一軍人の生涯 (光人社NF文庫)最後の陸軍大臣阿南惟幾の自決―徹底抗戦を呼号した一軍人の生涯 (光人社NF文庫)
(2012/09/30)
甲斐 克彦

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【 遺書 】

一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル
昭和二十年八月十四日夜 陸軍大臣 阿南惟幾
神州不滅ヲ確信シツツ

【 辞世の句 】

大君の 深き恵に 浴みし身は
言ひ遺こすべき 片言もなし


阿南惟幾 wikipedia より一部引用


阿南 惟幾(あなみ これちか、明治20年(1887年)2月21日 - 昭和20年(1945年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。

1945年4月に鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣に就任した。太平洋戦争末期に降伏への賛否を巡り混乱する政府において戦争継続を主張したが、聖断によるポツダム宣言受諾が決定され、8月15日に自殺した。



【 NHKと精神医療の被害 】

あるサイトに書いてあった。『今話題の女子医大の精神科医はその中心的な役割を果たしてきた。モノアミン仮説、うつ病はセロトニン不足で起きるは嘘ですが、GSK社(パキシルの製造販売元)のサイトの監修もおこなっている』


ブログを書いても誰が読むだろう。はじめはそんな気持ちではじめた。今は、ブログの影響は結構侮れないと思っている。ほとんど誰にも知らせていなかったのに、いつのまにか訪問者数が増えていく。この問題もまた社会問題化するのだろうか。


DV シェルターの実態と『虐待冤罪』 『女性利権』が何をもたらしたのか その1 被害者の声も聞いて下さい


今話題の精神科医とは私の主治医とは別の医師。これは別の病院の話だ。ラッキーなことに私の通院していた病院では新薬が使えなかった。


この精神科医がすすめていたのは断薬が難しいといわれているSSRIなどの薬だったそうだ。一方的にDVの加害者にされ、子どもを奪われた男性が怒っているのは、この精神科医を取り上げてきたのがNHKだからだ。それも『女性のうつ』という番組に毎回出演していた。


どうしてあの頃、NHKは盛んに『うつ』の特集をしたんだろう?NHKの番組をみて「うつかもしれない」と精神科や心療内科に行ってしまったと被害者がよく言っているよ。


私にメールを下さった精神科医も「薬の情報は、学会誌と製薬会社の持ってくる情報がほとんどだった」と正直な気持ちを告白してくれた。


患者さんに断薬や減薬が必要だと思っていても、その方法がわからない医師もおられるだろう。それまで信じていた薬の情報が正しいとはいえないからだ。ここまでくると、十把一絡げに精神医療を断罪してもきっと解決しないような気がしてくる‥‥。


しかし、広告塔の役割を担ってきた方々は別だ。今日はこうなる運命を感じた、というエピソードを紹介しよう。私が書いた要望書も紹介するが日付に注目して欲しい。2009年4月1日二度目の要望書だ。これは民間企業ならすぐに対応するべき事例だったはずだ。


【 私の身におきた出来事 】

子どもが産まれた病院で、子宮筋腫の相談をした。その時に「超低出生体重児の育児に悩んでいる」といったら「育児相談ができる」ということですすめられた外来。そこがまさか「精神科」だったなんてーーー


何かがおかしいと思い、「要望書」を出したら「精神障害者」と決めつけられた。「『障害者手帳』を出すから一生薬を服用しなさい」と言われた。


それも、「私の診療に疑問をもったから」「私に逆らったから」という理由で。それまで穏やかだった表情ががらりと変わり、腕組をしながらイライラし出して、まるで別人のようだ。


あまりのことに、自分の身に何が起きたか理解できなかった。


納得できないから「正当な理由もなく、明日から障害者として生きよなんて納得できるはずがありません。死んだほうがましです」と抗議したら「その自殺願望こそが『障害』の証拠」と言われてしまった。


夫も「要望書を出しただけなのにどうして『障害者』?どうして『生きるの死ぬの』になるんだよ」と驚いて電話をしてくれた。でもいくら「妻は障害者じゃないですよ」と言ってもがんとして譲らない。何が何でも私を「障害者」にしないといけないようだ。


【 病院に送った要望書 】

2009年4月1日に書いた要望書 より一部引用


育児にはもともと不安がつきものです。病気や障害のあるお子さんならば、 なおさら母親は不安になるでしょう。しかし、不安を感じた時に的確なアドバイスや情報をいただければ、解消されることも多いのです。


私が欲しかった一番のケアは、投薬とおざなりのカウンセリングではなく、心を開いて話し会える関係と、正しい情報です。そして、そのような関係を作ってくださるのが、ナショナルセンターの大切な役割だと考えておりました。


さらに前述に関係して、現在の●科には大きな問題があります。それは、社会保障費が国民生活を圧迫していくなかで、安易に障害者手帳をすすめる●医師の姿勢です。これは、見えない損害を国に与えているのではないで すか。


報道によれば、センターの借入金残高は343億円にのぼるとのこと。 障害者手帳を出すことは、ますます国に負担を強いることになります。これまで●科では、何人の障害者を作ったのでしょうか。


他の科の医師やスタッフの皆様には心より感謝しております。しかし、●科とセンターの対応には失望いたしました。これまで機会があれば、アンケート等にも積極的に協力させていただいたつもりです。


子どもの入院中、平気で指をさすような見学者の好奇な視線にも耐えてきました。院内感染の危険を犯してまで、病棟やNICUの見学を許可したのはなぜだったのでしょう。それは、ナショナルセンターの必要性だけでなく、日本の周産期医療や小児医療の厳しい現状を知っていただき、新たな予算を獲得するためだろうと理解して、 がまんしました。


改めてセンターの設置趣旨を拝見させていただくと、今回の対応や●科の治療方針はとてもそれに基づいているとは思えません。



【 阿南惟幾は凡人か 】

このままでは障害者にされてしまう。だから再び抗議をした。


私の仲人は二人おり、そのうちのお一人は元特攻兵だった。私の出身校は旧日本軍と関係の深い学校だったため、同級生には阿南さんという大日本帝国最後の陸軍大臣阿南惟幾のお孫さんもいた。


「私を『障害者』にするために都合良く話をすり替えないで下さい。『死をもって抗議する』それぐらいの覚悟が私にはあるということです。仲人は元特攻兵だし、同級生には最後の陸軍大臣、阿南惟幾のお孫さんもいました。私の中に『辱めをうけるくらいなら死をもって抗議する』という死生観があってもいいじゃないですか。あなたは、旧日本軍人の『自決』も『うつ』が原因と言うんですか」と抗議したのだ。


すると、その時はじめて私の話が『妄想』じゃないと思ったのだろう。首を横にふりながら、小さな驚きの声をあげていた。


あの時、引き返す勇気を持てば良かったのだ。


【 ナショナルセンターと旧日本軍 】

奇遇なことに、ナショナルセンターは旧日本軍と関係が深いそうだ。


国立国際医療研究センター wikipediaより一部転載


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私は阿南さんにあってから、はじめてA級戦犯について深く知りたいと思うようになった。それまでずっとA級戦犯は悪い人達に違いないと受け付けなかったからだ。阿南さんがそれだけ聡明な女性だったのだ。


昭和天皇が大好きだったという阿南惟幾は子煩悩で愛妻家だったそうだ。責任を取るためにうまれてきたような方だった。


諸説あるけれど、私は阿南惟幾が本土決戦を強固に主張したのは、500万といわれる陸軍の暴走をとめるためだったと思っている。


「阿南惟幾は凡人」と必ず書かれている。だけどどこが凡人なんだろう。今の世の中で責任を取れるリーダーがどれだけいるだろう。


私は、阿南惟幾があの世で嘆いて、私を元主治医の外来に連れていったんじゃないかと思う時がある。


阿南惟幾は介錯をこばみ自ら割腹し約3時間苦しみ抜いた、と言われている。だからこそ「私は何のために自決したのだ。どうしてこんな世の中にした。みえないからといって、卑劣なことをしてはならぬ」と嘆いておられるのではないだろうか。


精神障害だろうと人格障害だろうと、『殴ることが治療の一環』など、あってはならないのだ。同様に正当な理由もなく、その人の人格を否定してはいけないし、簡単に「障害者」にしてはいけないのだ。


患者を殴りカルテ改ざんをした医師が今でも学会の重鎮なのが不思議だった。この医師は元主治医とも共同研究をしているようだ。調べていくうちにある答えにたどりついた。元主治医もそして地元の医師が教えてくれた元主治医の上司にあたる医師も、今話題の女子医の精神科医も、被害者からの訴えは同じだからだ。


結局は患者を一人の人格とみなしていない、ということなのだろう。


日本トラウマティック・ストレス学会に伝えたいこと 私が地上に出た日 育児支援と人権と


小保方さんの研究は次々と嘘が暴露されたけれど。彼らのPTSD研究やトラウマ研究は「だとされている」「かもしれない」で報告できてしまう。もう、なんでもありじゃないかと思えてくる。


要望書を出してから元主治医はいなくなった。ある人を通じていろいろ教えてもらった。最近、診療科名も突然変更されたようだ。


でも根本的に解決はされていない。「普通、先進国のナショナルセンターで、こんなことは許されない」と言われた。それだけ日本の厚労省は人権意識が低いということだろう。二度とこんなことが起こらないよう、その姿勢は正さないといけない。


2009年4月1日に書いた要望書 より一部引用

 
私の不信感はむしろ強くなりました。それは実害を訴え出たにもかかわらず、いまだ聞き取り調査や面接がないからです。センターには、専任のリスクマネージャーがいらっしゃるそうですが、機能しているのでしょうか。第三者の評価委員会はあるのでしょうか。また、●科に関する要望が確かに伝えられたのでしょう か。そして、厚生労働省へは報告をしていただけたのでしょうか。


民間では当たり前のリスク管理を、ナショナルセンターに求めるのは理不尽なのでしょうか。


心のケアにおけるトラブルは、すでに深刻な社会問題になりつつあります。 被害を訴えているのは、私だけではありません。「被害が社会に見えないのは、 被治療者が権威構造のなかで泣き寝入りをさせられたり 、 閉鎖構造のなかで隠蔽されたりするからである」と専門家より指摘されています。


代表的な具体事例として、日本トラウマティック・ストレス学会元学会長であり PTSD治療の権威、●医師の起こした暴力事件が挙げられます。精神科医であれば、ハラスメントも許されるのでしょうか。




昭和陸海軍の失敗―彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか (文春新書)昭和陸海軍の失敗―彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか (文春新書)
(2007/12)
半藤 一利、秦 郁彦 他

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元主治医は旧日本軍について書かれた本を読んだことがあるだろうか。旧日本軍の幹部は、以外なことに人間らしく勤勉でまじめで誠実だったりする。ただ、一人一人はそうであっても、組織になるとなぜか暴走してしまう。


何かに似ている。


そう。今のナショナルセンターや御用学会、官僚組織そしてNHKだ。


【 『周産期医療の崩壊をくい止める会』に伝えたいこと 】


「昭和陸海軍の失敗―彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか」の最後の座談会で印象に残った部分を書き出してみた。これはきっとナショナルセンターや官僚を批判してこられた『周産期医療の崩壊をくい止める会』『現場からの医療改革推進協議会』の先生方にも当てはまることだと思っている。


「医療は、医師だけでなく、医師と患者が一緒になって築き上げるもの」「熟議」とおっしゃっていたけれど、実際にしていらしたことはそうだったのだろうか。私が訴えた頃には、利益相反にそれほど関心がなかったはずだ。


今日、ここに書いたことを読んでいただければ私達が利益相反を素通りできない理由がご理解いただけると思う。それに、夫をはじめまわりにいる研究者や医師は利害関係者と距離を保つよう、日々涙ぐましい努力をしている。私はそれが当たり前だと思って生きてきた。


もし、ウヤムヤに終わらせてしまうのなら、医療者による出前授業など、教育への参入に一定のルールを設けなくてはいけないだろうし、排除も考えなくてはいけなくなるかもしれない。


薬のキャンペーンから子どもを守ることもまた教育の大切な使命だからだ。被害者のおかれた状況はあまりにも厳しい。「当時はわかりませんでした」が子どもに通用するとは思えない。


きっと私にだって、できる範囲でやろうとすればできるだろう。ある方に相談したら「話を通してあげる」と言って下さった。


でもその一方で最近、いろいろなメールをいただくようになった。いろいろなお子さんがいて、それぞれ悩んでおられる。医療と教育の連携はやっぱり必要だと痛感する。排除することが必ずしも最善策だと言い切れない。


どうすればいいのだろう?


今月28日は亡くなった佐藤先生のご命日だ。募金活動の精神である『互いの歩み寄り』を考えなくていいのだろうか。


人を批判する時に忘れてはならないのは自分自身への批判だと思っている。それを怠ると、誰もが同じ過ちをおかすのではないだろうか。


私には、旧日本軍の失敗が最悪な人達の最悪な失敗とは思えなかった。今日、ここに書いたことは自分自身への戒めでもある。


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昭和陸海軍の失敗―彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか  (文春新書) より


陸軍に呑み込まれる〝恐怖〟


海軍は作られたエリート集団。戦争末期、陸軍は人数では倍ほどの開きがあり、そのため海軍はアメリカよりも陸軍を恐れるようになっていったーーー


海軍の利益を優先させてしまった。それが昭和の海軍最大の過ちだった。


海軍は官僚としても弱い。陸軍の調整会議などになると、海軍からは人数の担当者が出席するだけなのに対して、陸軍は大人数でやってきて、会議の主導権を握ってしまう。しかも、陸軍は事務処理に長けた連中に膨大な書類を用意させて挑む」


貴族的仲良しクラブの失敗


海軍と陸軍はある意味、対照的な性格を持っている。徴兵制によってひろく国内から兵を集まる必要のあった陸軍が民主主義的な性質を持たざるを得なかったのに対して、海という国際的に開かれた環境を舞台にし、近代テクノロジーを駆使する海軍には、厳しい階級制度に基づく一種の貴族主義的なカルチャーが根底にあった。


たとえば食事にしても、海軍では水兵と将校はまったく別のものを食べていて、雨降るなか水兵を甲板に立たせたまま、将校が軍楽隊の演奏を聴きながら食事をとっていた。


一方、陸軍のルーツは高杉晋作の騎兵隊なので、四民平等の軍隊として出発した。


これに対し、明治の海軍を形作ったのは西郷従道以下山本権兵衛、東郷平八郎といった薩摩派閥。身分制度が根強くのこっていて、その序列意識が海軍の組織にも大きな影響を与えていた。


そのため海軍は、一般国民から遊離した存在になり、自閉的な仲良しクラブとなってしまったのではないか。海軍の首脳部は自己の組織防衛ばかりを重視して、しばしば国民全体の運命に無頓着だったのではないか、という指摘があるが、それは日頃、広く国民と接する機会が少ないことの反映だったのかもしれない。


能力主義の抜擢人事も失敗し、将官の更迭人事もきわめて不十分。日本の海軍は最後まで抜擢を行うと序列が乱れて人事に支障をきたすのではないかと考えていた。



まるで戦争に破れても、海軍という組織が永遠に存続するかと思っているよう。それは、今の官僚組織にも当てはまる。


昭和の海軍はたとえてみるならば、エクセレント・カンパニーの悲劇。


栄光の日本海海戦があって、世界の三大海軍の一角を独占するようになった。大和やゼロ戦、酸素魚雷のように、世界に冠たる兵器を自前で開発できるようにもなった。日露戦争から日米開戦まで戦力をとうじなくてはならない戦争もなく、負けを意識せず済んできた。


その結果長老が人事を壟断し老害がはびこり、年功序列と学校の成績が幅をきかせて、内輪で固まり、外の目を意識できなくなった。


日本海軍は作られたエリート集団。日本のベスト&ブライテストを目指したはずなのに、気付いてみればムラの論理で組織が回っていた。ムラの論理は既得権擁護だから強い。それをくつがえすだけの行動力と説得力、そして勇気を兼ね備えたリーダーをもてるかどうか。



これはこんにち、我々に課せられた課題。


同一性の強い集団主義は日本人の長所でもある。しかし一歩間違えると組織そのものを滅亡させてしまう危険があることを、日本人は肝に銘じるべき。


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「医師 一斉退職の名門病院で セクハラ・パワハラ」 サンデー毎日 2014年5月25日 より一部抜粋

(略)

5人の医師が退職したことで、PICUのスタッフ体制は4月以降、28人から19人に減り、重症の救急患者などの受け入れ病床も20床から12床に縮小縮小せざるを得なくなった。重症の救急患者は都立小児総合医療センターなどに転送し、他からの搬送は断るなど、「拠点」と呼ぶにはほど遠い状況だ。


同センターは一斉退職の理由について口を閉ざしているが、3月までPICUのもう一人の医長だった同センター教育研修部の中川聡医師は「残った医師の拘束時間は長くなり、プレッシャーも強くなっているだろう」と現場がさらなる悪循環に陥る危険性を認める。


PICUは、小児医療死亡率の改善を目標に全国に広がりを見せている。国も4月からPICUの診療報酬について条件を緩和するなど、普及に力を注いでいる。


PICU拠点の一つ、静岡県立こども病院の植田育也小児集中治療センター長は「今回の騒動で、10年かけて徐々に広がったPICUにネガティブなイメージをもたれ、子ども達への医療投資に逆風が吹くことを懸念しています」と語る。

(略)

同センターは厚労省から複数の出向者を受け入れ、彼らは総務部長、財務経理部長など要職に就く。国の補助金である運営交付金で現在、年間30億円という「血税」がつぎ込まれている。


昨年から今年にかけ、国内六つの医療研究に関するナショナルセンターでは、不祥事が続発。国立がん研究センターでは、不祥事が続発。国立がん研究センターでは研究費不正流用、国立循環器病研究センターでは、入札を巡り受注業者が官製談合防止法違反の疑いで大阪地検特捜部の捜査を受けた。いずれも内部告発が端緒だ。



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