2014/08/10

お盆になると思い出す

もしかして、とメールを確かめてみたら、ちょうど二年前の今日。東京新聞の記者さんにメールをいただいた。育児支援について話をききたいということで吉祥寺の駅の近くのカフェであったのがお盆。精神薬の被害について取材を重ねている方で、ご遺族にもあったと言っていた。


「天国にいる子ども達が私達をあわせたのかもしれない」と二人で話をした。


あの時私は「子宮頸がんワクチンにだって被害者がいるんですよ。今までにきいたことがないほどひどい被害みたいです」と言ったのだ。彼は驚いて「そうなんですか」と言っていた‥‥。


あの頃は、誰に言っても子宮頸がん予防ワクチンの被害を信じてもらえなかった。


でも、まさか二年たって社会問題になっているとは。こうやってブログを書いて、政治家と直接お話しさせていただいて、被害者の方々と交流しているとは思わなかった。


朝起きたら突然首が動かなくなったり、辛いこともいっぱいあったけれど、手に入れたものの方が大きいような気がする。


なによりも先日の神奈川県予防接種研究会。二年という月日は本当に長かったけれど、被害者のご家族が、推進してきた方達と会うことができてよかった。


私は亡くなった方のために活動してきたから、誰も「ありがとう」と言ってくれない。患者さんは生きていないから、会うこともない。たまーーーに寂しくなって、「幽霊でもいいから出てきてくれないかぁ」と真面目に思ったりする。


まだ子どもが幼稚園に入る前だった。


集団生活に慣れさせるために、週一回預けているプリスクールに連れて行く時だった。その日に限ってバスに乗り遅れてしまった。タクシーを拾おうと広いバス通りに出たけれど、なかなかみつからない。


途方にくれて近所のお寺まで歩いて行ったら、タクシーが一台すっと止まってくれた。


うれしくなって飛び乗ったら、運転手さんは息子のことをいろいろたずねる。どうしてなのかと思ったら、娘さんが私と同じように小さな赤ちゃんを生んだそうだ。


娘さんは、面会のためにNICUに一生懸命通ったけれど、赤ちゃんは亡くなってしまったという。


「600グラムしかなくて。かわいそうでね」と涙ぐんでおられた。


お盆だから、亡くなったお孫さんがあわせたのかもしれない。はじめてあった私の前で涙ぐんでおられたからそう思った。家族だからこそ、正直な気持ちを伝えられないと思うのだ。私が自己紹介をこっそり書いているようなものだろう。


考えてみればお寺の通りでタクシーがとまったのも不思議だった。人があまり歩いていない時間だからだ。それに私は、どうして広い通りから、わざわざお寺まで歩いて行ったのだろう。運転手さんにそう言ったら、運転手さんも頷いておられた。


最後に「あなただから話したくなりました。一生懸命育ててください」と言われた。私は「よいお話しをきかせていただきました。お盆だから、お寺の前に立っていてよかったです」と言っておりた。


毎年お盆になると思いだす。あの時の運転手さんはどうしておられるだろうか。


亡くなった人達は、天国で私達をちゃんとみているものなのだ。私達が良いことをしていたらプレゼントをおくってくれるし、悪いことをしたらその反対のことがおきる。そうとしか思えないことがこの二年間の間にたくさんあった。だからきちんと総括して欲しい。










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