2013/11/10

はじめまして 亡くなった方のためにできること

昨年2012年12月20日、私のすむまちで事故はおきた。給食を食べた食物アレルギーの小学生がアナフィラキシーショックで死亡したのだ。同じ小学生の親として心が痛んだ。


私は超低出生体重児という1000g以下でうまれた未熟児の母だ。自分自身が瀕死の状態から救命されたことから救えなかった命のために活動をしてきた。人は命の危機に陥った時、何かせずにはいられなくなるものなのだ。亡くなった方とご遺族のためになっているのか自信はないけれど今も迷いながら続けている。


今年2013年1月16日、アルジェリア人質事件がおきた。日揮は父が勤めていた会社で私を育ててくれた会社だ。見慣れたみなとみらいのビルがテレビ画面に映し出された時のショックは今も忘れられない。


父もアルジェリアに出張に行ったことがあった。まさか軍と一緒に仕事をしていたなんて。父の友人は最後に民間機で帰国した。報道で伝えられている通り、責任感が強く部下思いの技術者だったそうだ。


アルジェリア人質事件


私は献花に行こうとしたけれど電車にすら乗れなかった。車内には中吊り広告が踊っているからだ。言葉にできないほどの悲しみを癒やしたのは、見知らぬ方々が献花や記帳に訪れ手をあわせる姿だった。


NHK特集まるごと 
アルジェリア人質事件が問いかけるもの


御自身のブログに
「私も国際貢献をしていきたい」
「命を大事にして、1日1日一生懸命生きたい」
と書いておられる方がいることを知った。


マスメディアのコマーシャリズムにのった盛り上がりではないことが、私の心を癒やしたのだ。父や友人は、真の社会貢献とはこういうものだと、命をかけて私に教えてくれたような気がした。


アレルギー死亡事故に関する報道を、一年間ずっとみてきた。市のサイトにある報告書を何度も読んで考えた。


私をつき動かした大野病院事件を思い出す。大野病院事件は12月17日、アレルギー死亡事故は12月20日。亡くなった方はクリスマス間近に天国にいってしまった。イルミネーションで街が華やぐ季節だ。残されたご遺族はさぞお辛いことだろう。


私にできることはないのか、何をしたらいいのか考えていこうと思う。


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アルジェリア人質事件が問いかけるもの おはよう日本 NHKニュース 2013年2月15日


阿部


「先月(1月)16日、アルジェリアで起きた武装勢力による人質事件。現地でのプラント建設に携わっていた日揮の社員ら、日本人10人が犠牲となりました。」



鈴木


「その事件から明日(16日)で1か月となります。日揮の本社には、これまでにおよそ1万人が献花や記帳に訪れています。事件は私たちの心に何を投げかけているのでしょうか。」


アルジェリア人質事件 遺志を継いで


横浜市にある日揮の本社です。訪れる人が後を絶ちません。その中に日揮の元社員の姿がありました。高橋順之(たかはし・よりゆき)さんです。



高橋順之さん


「無念だったろうなと感慨がわいてきます。机が向かいあわせで同じチームでした。」


事件の犠牲になった、日揮の最高顧問、新谷正法(あらたに・ただのり)さんです。高橋さんの大学のひとつ後輩で、新谷さんが入社すると同じプロジェクトに配属されました。新谷さんはよく休日を返上して働いていたと言います。


高橋順之さん


「ものすごく忙しく準備して、その結果、建ち上がったものが顧客から良い評価を受けているのは単なる技術ではなく、追い求める彼の気概というか真摯(しんし)な態度、そういったものができる。自分達が会社を大きくするという誇りは当時から持っていました。」


入社3年目でアルジェリアの仕事に携わって以来、海外でのプロジェクトを数多く手がけてきた新谷さん。
去年6月に最高顧問となってからも陣頭指揮を執り続けていました。志半ばで、自分よりも先に逝ってしまった後輩。高橋さんは、日揮に戻り、働くことを決めました。


高橋順之さん


「彼もまだ仕事を続けたいと思っていたと思うので、彼の遺志を継いで出来る限り続けていきたい。」


日揮には、全国から数多くの手紙やメッセージが寄せられています。


“どうして優しく穏和な日本人が標的にされてしまったのでしょうか。”


“企業戦士としてプライドを持って働いていた皆様。日本の誇りに思います。”


海外で志半ばで犠牲となった10人の日本人。その遺志を継いで国際貢献の道を模索する人がいます。38歳のシステムエンジニア・高橋信悟(たかはし・しんご)さんです。この日、JICA・国際協力機構を訪れました。自分にできる国際貢献はないか、探し始めています。


高橋信悟さん


「私が今まで持っている技術をいかして、国際貢献をやっていくにはどうすればいいのか…」


以前から社会に貢献したいと考えていた高橋さん。しかし、日々の仕事が忙しく、なかなか踏み出せずにいました。今回の事件を知って感じた怒り。それが高橋さんの背中を押してくれたと言います。


高橋信悟さん


「命をかけてそこに築いてきたものがあったのに、なぜ不遇な死を遂げなければいけないのか。私がかわりに出来ることは微々たるものでしょうけれども、同じような志を無駄にしないで自分も世界的に貢献できるような、そういう意思表示をしたかった。」


ネット上に犠牲者への思いを綴っている人もいました。


“アルジェリアの地で汗を流していたあなた方のことを私は忘れない。”


“家族をいっぱい愛そう。いっぱい笑おう。”


ブログを書いた奥井奈都美(おくい・なつみ)さん、39歳です。仕事をしながら2歳の娘の育児に追われる日々。いつの間にか子どもに笑顔で接することができなくなっていました。今回の事件で奥井さんが感じたのは、一瞬にして家族を失う辛さだったと言います。


奥井奈都美さん


「遠い異国の地で、砂漠の地で汗を流して一生懸命働いている方が、どうしてこんな目にあってしまったんだろう。誰かの父親だったり、家族の大切な誰かであるわけですよね。」


この日、献花に訪れた奥井さん。1分以上、祈り続けていました。


奥井奈都美さん


「私たちは、その方の死を無駄にしないように、今ある自分の命を大事にして家族をいっぱい愛し、一日一日、一生懸命生きたい。」


阿部


「人質事件から1か月がたち奥井さんがたどりついた、『命を大事にして、1日1日一生懸命生きたい』という言葉。改めて胸に刻みたい言葉です。」


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