2014/08/29

島根県の旅(その1)『玉造温泉』 疫病と信仰と

山陰地方にはたぶん、「行かないだろうな」と思っていた。山陽と違って『陰』という漢字が地名につくし、『ゲゲゲの鬼太郎』の故郷(鳥取県)もある。「暗く」「寂しい」イメージが私にはあるのだ。


ゲゲゲの鬼太郎(昭和46年10月/1971年)

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昔の『鬼太郎』は今ほど明るくなかった。


学生時代、夏休みにいつも再放送をしていて、宿題を後回しにしている私は、「お化けには学校も試験もなんにもなーーい」という主題歌をきくたびに「宿題どうしよう」と不安が募っていった‥‥。だから、義理の母が「出雲大社に行きたい」と言わなければ絶対に行かなかっただろう。


新幹線で岡山まで行き、特急「やくも」に乗り換える。列車から見える風景はどんどん寂しくなっていく。岡山から終点まで二時間以上走るのに車内販売も自動販売機もない。夏休みというのに乗っているお客さんも少ない。


そういえば、日経新聞に「島根や鳥取の人口減少に歯止めがかからない」という記事があったことを思い出す。車窓から見える風景は、あの報道が嘘ではないという証拠のようだ。


『玉造温泉』に到着すると駅舎は今時珍しい木造。でも、歴史のある『温泉街』だというのに駅の周辺は民家はまばらだ‥‥。どこに温泉があるのかしら?


玉造温泉 wikipediaより引用

玉造温泉(たまつくりおんせん)は、島根県松江市玉湯町玉造(旧出雲国)にある温泉。平安時代より三名泉(『枕草子』)とされ、規模、歴史ともに島根県随一、城崎温泉や皆生温泉、三朝温泉らと共に山陰を代表する温泉地である。


大雨の影響で列車が遅れ、旅館の車が来るまで駅の待ち合い室で待つことになった。暇を持て余して駅舎の中を見ていたら、看板が目に入る。よくみないとわからないけれど、駅員さんがつくったものではないようだ。横に置かれた棚も、色やロゴ、デザインが統一されているのだ。棚には、若い女の子が好みそうなフリーペーパーも置かれていた。

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山陰の旅に役立つたまなび 姫神さまのふりぃぺーぱー (フリーパーパーがダウンロードできます)

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宿の車で駅をあとにする。5分ほど小さな川沿いをすすむと、温泉街が広がる。昔ながらの落ち着いた温泉街だけど、若い人達がおおぜい歩いている。そういえば、と、観光情報に書いてあったことを思い出す。別名「女神の湯」というほど、古くから「美肌に良い」とされる泉質だと書いてあった。


歴史や、古き良き町並みを売りにする温泉街は多いけれど、駅舎がその観光地に似合わないほど近代的だったり、周辺が乱開発されてがっかりすることが多い。駅前に何もないということが逆に有り難く思えてくる。


こちらが宿泊した旅館「界 出雲」。数年前、私の後輩が星野リゾートに就職。当時、彼女が働いていた軽井沢に双方の親と一緒出かけた。私の両親だけでなく、義理の母も「星野リゾート」が気に入ったので、それ以来お世話になるように。親孝行をするには、いい宿。


界 出雲 | 星野リゾート【公式】

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神話通り 神話の情景オブジェクト


川沿いに「神話通り」という通りがあって、神話の故郷にちなんだオブジェが点在している。私の泊まった宿の前には「因幡の白ウサギ」のオブジェがあった。(本当は全部で八つあるそうです)


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玉作湯神社


触って祈れば願いが叶うと言われる『願い石』があるということで、多くの人がひっきりなしに訪れていた。この地方では有名なパワースポットのようだ。神社の入り口で行列が出ている。拝観料を払うために並ぶのかと思ったら『願い石』について、説明を聞く人達の行列だった。さらに階段をのぼったの本殿横の『願い石』の前にも行列が‥‥。今のところ強くお願いしたいことがない私は断念してしまった。


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おしろい地蔵さま


駅に置いてあったフリーペーパーにあった『おしろい地蔵さま』が気になって行ってみることに。温泉街から10分程度のところにある『清巌寺』という小さなお寺だ。お地蔵様の下に小さな引き出しがあって、筆と白い粉が入っている。お化粧をする時のように、筆で白い粉をお地蔵様に塗ってお願いごとをするそうだ。


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『おしろい地蔵さま』と書かれた
祈願のお札





『おしろい地蔵さま』

その昔、和尚さんがこのお地蔵様に白粉を塗って祀ったところ奇麗に治ったということでした。それからこのお地蔵様に白粉を塗り、自分の顔につけて祈願すれば美人になると言われるようになりました。

また、自分の体の病気のあるところと同じ部分に白粉を塗って祈願すると治るとも言われ、今も病気平癒の祈願のために白粉を塗る参拝者があり、今も信仰が続いています。

清巌寺住職記す



ところで、日本で古くから行われていたこのような『病気平癒の祈願』と、感染症とは深い関係がある。今は「かかっても治るからワクチンを打たない」という方もおられるが、有効な治療法、薬やワクチンがない時代、ひとたび感染症が猛威を奮えば、戦争と同じか、それ以上の人命が奪われたそうだ。栄養状態も衛生環境も悪いかつての日本では、それこそお祈りするしか方法がなかったのだ。


2008年の国立公文書館の特別展「病と医療-江戸から明治へ-」で公開された公文書が、デジタルアーカイブで一部公開されている。公文書館で資料を実際に目にした時、渡された『いのち』のバトンの重さに圧倒された。「あなたは今の時代だから生きているのよ」と言われているようなものだからだ。


病と医療からみた江戸から明治 国立公文書館

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小児必要養育草 より一部引用

平均寿命が短かった江戸時代にも、長寿をまっとうした人々はすくなくありません。しかし『官府御沙汰略記』など当時の記録に見える死亡記事の多くは、乳幼児や子どもたちのあまりに早すぎる死を伝えるものです。

ハシカや天然痘が流行するたびに、身分の高下にかかわらず多くの幼い命が失われ、出産時や産後に亡くなる女性もあとを絶ちませんでした。



昔の人達は、こんなにかわいらしいお札でお願いする余裕などなかっただろう。公文書館で見た記録が甦る。「有り難い世の中になったな」と感謝し、手をあわせた。


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島根県の人口70万人割れ 4月、55年の93万人から25%減 日本経済新聞 2014/4/28 11:21


島根県は28日、4月1日時点の推計人口が69万7489人と、70万人を下回ったと発表 した。国勢調査で最も人口が多かった1955年の93万人弱に比べ25%減少した。都道府県では鳥取県に次いで全国で2番目に少ない。


3月1日時点より2636人減った。4月は卒業や入学、転勤などによる社会減が多く 、減少幅が大きかった。県は2000年ごろから都市部との交流や移住誘致など定住促進政策を進めているが、引き続き人口減に歯止めをかけるための対策が重要課題となる。


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エボラ出血熱:「逃げ出す医師も」リベリア派遣の医師報告 毎日新聞 2014年08月28日 21時37分


 エボラ出血熱の感染が拡大している西アフリカのリベリアに、世界保健機関(WHO)の治療チーム員として約20日間派遣されていた国立国際医療研究センターの加藤康幸医師が28日、厚生労働省で記者会見し「感染を恐れた医師が逃げ出し、医療機関の閉鎖が相次いでいる」などと現地の状況を報告した。


加藤医師によると、今月3日の入国時、首都モンロビアにも流行が広がり、感染者の多い地域周辺にはバリケードが築かれて住民の移動が制限されていた。病院の閉鎖で医療は崩壊状態にあり、加藤医師は主に臨時の治療場所の開設や医療関係者への研修を担当した。20床を確保した施設に60人の患者が押し寄せ、屋外のストレッチャーに寝かされたまま死亡するケースもあったという。


 出血した妊婦を受け入れる病院がないなどエボラ熱以外の医療にも影響が出ており「日本からも支援ができるのでは」と指摘した。


 WHOによると、リベリアでの死者数は20日現在624人で、今回の流行では最多。加藤医師は、家族が医療不信から患者を受診させないことが感染拡大の一因になっているとして「病院に来れば最善の治療が受けられるというメッセージを伝えられれば」と語った。

【清水健二】


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