2014/09/01

島根県の旅(その2) 『一畑電車』に乗って古き良き昔の日本へ

島根県の旅(その1)『玉造温泉』 疫病と信仰と の続き

体の弱かった息子は、地元のクリニックに通ううちに電車が好きになった。先生が電車好きで、目立つ場所にドクターイエローのプラレールを置いていたからだ。病院なのに「さようなら3000系」という京王線のポスターがはってあったりする。(診察室の写真もあります。嘘だと思ったら見て下さい↓)


※    ※    ※


『 ちょこっとネット ちょこっとインタビュー 』より先生のインタビューを一部引用

はい、とくに新幹線が。日本の技術の粋を集めた、まさに王道というところが好きです。子どもの頃は、父といっしょに浜松町に新幹線を見に行きました。浜松町は新幹線が通過するだけでなく、引き込み線がありまして…。


※    ※    ※



どうして男性は大人になっても鉄道好きが多いのだろう?


RAILWAYS [レイルウェイズ] [DVD]RAILWAYS [レイルウェイズ] [DVD]
(2010/10/14)
中井貴一、高島礼子 他

商品詳細を見る



内容紹介


49歳で電車の運転士になった男の物語 『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ企画・制作のROBOTが贈る、勇気と希望の感動作。


<ストーリー>


ただ、がむしゃらに生きてきた。気がつくと、多くのものを失っていた。だから、私は決意した。自分らしさを取り戻し、私らしく生きるために。

一流企業に勤める49歳の筒井肇は、家庭を顧みず、忙しく仕事に追われる日々を送っていた。会社での立場は確立するが、妻や娘の心は離れるばかり。

そんなある日、故郷の島根で一人暮らしをしている母が倒れたとの連絡が入る。追い打ちをかけるように、同期の親友の事故死の知らせが・・。それをきっかけに仕事一筋の人生に疑問を抱き始めた肇。「俺は、こんな人生を送りたかったのか・・・」

そして、肇は、子供の頃の夢だった一畑電車通称“バタデン”の運転士になることを決意する。その時、家族は・・・。




息子がまだ二歳ぐらいの頃、東京駅に新幹線を見に行った時に、入場券を駅員さんに渡したら『ドクターイエロー』の定規をプレゼントしてくれた。


「JR東日本は商売が上手だな」と思う。なぜなら、あれ以来息子は日本全国の新幹線を乗るようになったからだ。今では九州、東北など遠いところまで、新幹線以外の列車にも乗りに行く。


三年生の夏休みの自由研究 『リニア・鉄道館見学』

2014-4-4.jpg



「出雲大社に行くなら『一畑電車』に乗りたい」と息子が言う。『一畑電車』とは、宍道湖沿いを走る電車で、古い京王線をはじめ昔の古い車両が走っていて、鉄道好きにはたまらないそうだ。


「どこが珍しいの?地方の鉄道会社は、都会と違ってお客さんが少ないの。お金がないから古くなった車両を購入しないとやっていけないの。それに、せっかく田舎に行くのに『通勤電車』に乗りたくない!」


しかし私の意見はあえなく却下された。


2011年に公開された『RAILWAYS 』という中井貴一さん主演の映画を私は全く知らなかった。一畑電車の運転士になる物語だそうだ。私はてっきり『ALWAYS三丁目の夕日』がヒットしたから、中井さんにお願いしてポスターだけ作っちゃったのかと勘違いしていたよ‥‥。


実際に行って、乗ってみると「気がつくと、多くのものを失っていた」というキャッチコピーの意味がよくわかる。古いといっても、私が想像していたよりも、ずっと昔の電車が走っている!これだけ古いと一生懸命、手入れしないと動かせないだろう。


あの京王線の通勤電車がこんなに大切にされ、第二の人生を歩んでいるとは思ってもみなかった。京王線に乗って毎日通学していた私には信じられない光景。感激してしまう。


2014-8-18-5.jpg
2014-8-18-6.jpg

【 車両のご案内 】
2100系(元京王電鉄5000系)


この電車は東京の京王電鉄で活躍していました。1963年(昭和38年)〜1969年(昭和44年)に製造され、通勤電車としては日本で初めて冷房導入した車両です。

一畑電車へは1995年(平成7年)に移籍しワンマン化改造して走り始めます。元は3扉でしたが、2扉化し座席が増えています。

また、京王電鉄と一畑電車では線路の幅が違うため、台車を東京地下鉄から購入し使用しています。同じ型の電車は、富士急行(山梨県)・伊予鉄道(愛媛県)・高松琴平鉄道(香川県)でも活躍しています。



朝一番はじめに乗った一畑電車の「しまねっこ号」。まず、JR「玉造温泉」駅から特急「やくも」で出雲市駅まで行き、一畑電車に乗り換える。川跡駅で乗り換えて出雲大社まで行く。たまたま来た電車に乗ったら「しまねっこ号」だった。車内はピンク色に統一され、ハート模様のシートも‥‥座席に「しまねっこ」が乗っている。


この電車は元京王5000系だそうだ。


2014-8-18-1.jpg

 島根県の観光キャラクター
 「しまねっこ」♥


2014-8-18-2.jpg


『ご縁電車しまねっこ号』快走中! ご縁の国しまね 島根県公式観光PRサイト


2014-08-29-3.jpg



川跡駅から出雲大社前駅までは、南海鉄道だったかなり古い電車が。


2014-8-18-3-2.jpg


【 車両のご案内 】
3000系(元南海電鉄21000系)


この電車は大阪の南海電気鉄道高野線で活躍していました。1958年(昭和33年)〜1964年(昭和39年)にかけて製造され、高野山へ向かう急行電車として活躍した車両です。急な坂を上がり下がりする路線を走っていたので、「ズームカー」の愛称があります。

一畑電車へは1996年(平成8年)に移籍しワンマン化改造して走り始めています。同じ型の電車は、大井川鉄道(静岡県)でも活躍しています。



終点「出雲大社前駅」。


2014-8-18-3.jpg
2014-8-18-9-6.jpg


駅舎も昔のまま。ステンドグラスがはめ込んであり、木造のベンチが並んでいて教会のような雰囲気。思わず写真を撮りたくなる。北米の田舎に行くと、同じように、昔のままの駅が街の人達に大切にされていて、観光名所になっていることがある。海外から観光客を誘致するには、鉄道は便利になればいいというものじゃないと思ってしまった。


ちなみにこちらは、昨年アメリカのヨセミテに行った時に乗った『スカンクトレイン』という観光鉄道。(海に面した街にあり、ヨセミテとはかなり離れています)私達は日本から、わざわざこんな遠くまで乗りに出かけたのだ。でも考えてみれば、日本ほど鉄道が発達している国は珍しい。地方の鉄道だって、こんなにがんばっているんだったら、今に世界中からお客さんが来るんじゃないかしら?


Welcome to Mendocino County's Historic Skunk Train


2014-8-29-1.jpg
DSC0211.jpg



最後は、帰りの川跡駅で停車していた『のんのんばあ』電車。


『ゲゲゲの鬼太郎』列車がJR にあり、水木しげるさんの故郷の鳥取県の境港駅から米子市まで走っている。でも、こちらのほうが昔の車両をつかっているから、「妖怪」という言葉にぴったり。本当に妖怪の世界に走っていきそう。


2014-8-18-7.jpg


「のんのんばあ」とは、水木さんの幼少期にお手伝いにきていた景山ふささんさんのことだそうだ。


のんのんばあとオレ wikipediaより一部引用


境港では神仏に仕える人を「のんのんさん」と呼び、ふさは拝み屋の妻だったため「のんのんばあ」と呼ばれた。のんのんばあはしげる少年にお化けや妖怪の世界を語って聞かせ、後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を作ったとも言える人物である。のんのんばあは1933年(昭和8年)に肺結核で死去した。


「のんのんばあ」は一畑薬師を信仰していて幼い水木さんを連れて、よくお参りしていたそうだ。一畑電車が、一畑薬師で行われた「 のんのんばあまつり」と「のんのんばあ」をPRするために走らせたのが、「のんのんばあ列車」だそうだ。


『のんのんばあ と一畑薬師』 一畑薬師 


2014-08-28-2.jpg



「電車に乗りたくない」と息子に言ったはずなのに‥‥。帰る頃には、もっと時間があったらなぁ〜、と思ってしまった。歳をとるのは悪いことばかりじゃないのね。ギューギュー詰めの通勤電車の思い出が、こんな風に、良い思い出に「上書き保存」できるかもしれないから。






コメント

非公開コメント