2014/09/03

島根県の旅(その3) 出雲大社門前町 神門通りと『島根県立古代出雲歴史博物館』

島根県の旅(その2) 『一畑電車』に乗って古き良き昔の日本へ の続き

旅行に行く前に、『出雲大社』について調べてみた。でも『出雲大社』に関しては情報が沢山あるのに、その周辺にどんな店があるのか、近くにどんな観光地があるのか、などの情報は少ないようだ。だから私は、『出雲大社』ではなく、周辺の様子を記録に残しておこうと思う。


最近、テレビや雑誌の情報を信用していない。マスコミが宣伝するような物や場所ほど、実際に手にとったり、目にするとがっかりすることが多いからだ。ただそうはいっても、情報そのものが少ないと、「ここにどうしても行きたい」という意欲がなかなかわかない‥‥。


ところが、実際に行ってみると先月行ったばかりの古都鎌倉よりずっと、歴史的景観が守られている。ブログを書くために振り返った時に、良い思い出しか頭に浮かばない。


例えば、一畑電車の「出雲大社前駅」は昔のままの建物で、古い教会のような雰囲気。この駅を出ると遠くに大きな鳥居が見える。高いビルがほとんどないせいか、遠くまで見渡せる。


鳥居の側には勾玉を抱えたうさぎさんが。こんな感じの、古いものと新しいものが混在したお店がたくさん並んでいる。そういった出雲の良さが、少しでも伝わりますように。


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(出雲観光協会の公式サイトでこの地図がでダウンロードできます↓)


出雲大社門前町 まち歩きマップ 【 出雲観光協会の公式ホームページ 】

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参道入口の「勢溜の大鳥居」に目の前には、「スターバックス」があった。「普通のお店と違う」と、雰囲気のある外観に足をとめる人も多い。それもそのはず。特別な場所に、特別なコンセプトでつくられた「コンセプトストア」というそうだ。東京にもあったのに気づかなかった。


コンセプトストア スターバックスストア


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ところで、『出雲大社』は、去年60年の一度の『大遷宮』が行われたそうだ。知らなかった。「どうせ行くなら、去年行けばよかったな」とがっかりした。


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でも、ブログを書くために調べていたら、有り難いことを知ってびっくり!有名な江戸末期の社会現象の「おかげ参り」とは「遷宮翌年にお参りすること」だそうだ。出雲大社は今年が「遷宮翌年」ということになる。


ご利益が増す「おかげ年」に出雲へ 出雲大社本殿遷宮一周年 星野リゾート 界出雲


2013年は出雲大社が60年に一度の本殿遷宮を、伊勢神宮が20年に一度の式年遷宮を、そろって迎えた記念すべき年でした。遷宮翌年となる2014年は「おかげ年」。お伊勢参りから始まった風習で、遷宮翌年にお参りすれば、神様から特別なご利益(おかげ)を授かることができるとされています。江戸時代には「おかげ参り」として社会現象にまでなりました。出雲大社でも、これまでには景気が好転したり、縁結び効果で婚姻率が上昇したとか。


高円典子様と出雲大社祢宜の千家国麿さんの結婚が決まり、お祝いのメッセッージが街中に掲げられていた。これから本当に良いことが沢山あるかもしれない。


出雲大社は、私の写真の腕前ではどうしても素晴らしさが伝わらない。改修は引き続き平成28年まで続けられるため、シートがかけられ残念ながら目にすることできないところや、別の場所に移されていたり。またいつか訪れてみたい。


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午後は、すぐ近くにある「島根県立古代出雲歴史博物館」へ。あまりの暑さに「ここなら涼しくすごせる」という、ヨコシマな理由で行ったけれど、素晴らしい内容にびっくり。


上野の国立博物館にも埴輪や勾玉はたくさん展示してある。私は大好きでこれまで何度も見学したけれど、やはり島根県の博物館は違う。


特に、常設展の入り口のすぐ側の復元された「平安時代の出雲大社」。本殿1/10の模型だそうだ。皆が思わず声をあげるほど、素晴らしい。「昔の出雲大社を、もう一度復元して欲しい。すごーーい!」と言って喜んでいたら、ボランティアの方が教えてくれた。この模型はあの大手ゼネコン、『大林組』がつくったそうだ。


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父が仕事をしてきたプラント業は建設業だ。私は学生時代、設計事務所でアルバイトをしていて、その時に建築模型をつくるお手伝いをしたこともある。一口に建設業といっても、ピンからキリまであって、中には私のようなアルバイトに模型作成を手伝わせてしまう設計事務所もあるのだ。だから、見た瞬間「一体どんな人達がつくったんだろう?」と興味を持ったのだ。


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こちらは、島根県の荒神谷遺跡から出土した銅剣と、同じく島根県の加茂岩倉遺跡から出土銅鐸。どちらも弥生時代のもので国宝だそうだ。


青銅器と金色の大刀  島根県立古代出雲歴史博物館


黄金色に輝く銅剣を写真撮影していたら「下を写真にとりましたか?下にあるのが本物ですよ」と言われた。上のほうには弥生時代の輝きを再現するために、レプリカが展示してあるのだ。つい先ほど説明をきいたはずなのに‥‥。輝きに目を奪われ、レプリカばかりをしっかりとっていた。(真ん中と下が本物です)


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今まで何回も上野に行っているのに、「写真をとってもいいんですか?」なんて尋ねたことなど一度もない。あの地味な銅剣や銅鐸が、これほど神々しいものとは思いもしなかった。


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トロントに住んでいた時に、家の近くに大きな美術館があってよく通っていた。日本では混雑して諦めてしまったゴッホの作品もゆっくりみることができた。鑑賞する人のことを考え、混雑しないよう予約制になっているからだ。


その他にも、パーティーのために貸し出したり、リピーターを増やし、寄付を集めるために様々な工夫をしていた。美術品を後世に伝えていくためには、お金が必要なのだろう。


最近日本でも博物館には、それぞれの展示室の前に募金箱が置かれている。


しかし、寄付文化というものは、お金を集める側にも、創意工夫や努力が求められるものだと思う。ただ箱を置いたところで、一体どれくらいの寄付が集まるのだろうか?「どうすれば、喜んでもらえるか」「どうすれば寄付を続けてもらえるか」という観点が足りないように感じる。


その点、島根県の歴史博物館は工夫してあっていいな。


最後に、「島根の人々の暮らし」という展示室にあった、一畑電車と北松江駅復元模型。古い電車も置いてあってそこだけ時間が戻ったよう。なんとなく「松本清張」の小説に出てきそうだな、と思ったら‥‥


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松本清張のお父さんは山陰の出身で、幼い頃、山陰の良さを繰り返しきかせたそうだ。そのため作品の舞台としてたびたび取り上げられてきたという。松本清張の作品で、山陰地方を舞台にした一番有名な作品といえば「砂の器」。


「砂の器」名作の舞台を歩く・島根県亀嵩ロケ情報 島根観光ナビ


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松本清張は様々な社会問題を小説のテーマにしているが、「砂の器」では、ハンセン病患者への差別や偏見を取り上げている。山陰地方に対する私の「暗く寂しい」イメージとはこの作品からも来ているに違いない。らい予防法違憲国家賠償訴訟がおこされ、日本政府よる謝罪決議が出たのはつい最近。平成13年だった。山陰地方に対して、私が間違ったイメージを持ったとしても、仕方がないような気がする‥‥。


ハンセン病 wikipediaより一部引用


社会的側面

外見上の特徴から、日本では伝統的な穢れ思想を背景に持つ有史以来の宗教観に基づく、神仏により断罪された、あるいは前世の罪業の因果を受けた者のかかる病と誤認・誤解されていた(「天刑病」とも呼ばれた)。


  • 「ハンセン病は、感染元がらい菌保有者との継続的かつ高頻度に渡る濃厚な接触が原因であるという特徴がある」ことから、幼児に対する性的虐待や近親相姦などを連想させ、誤解・偏見が助長された。


  • 「非常に潜伏期が長いため感染症とは考えにくい」「政府自らが優生学政策を掲げた」ことから、「遺伝病」であるとの誤認・誤解が広まった。


  • 鼻の軟骨炎のために鞍鼻(あんび)や鼻の欠損を生じるが、同じ症状を呈する梅毒と同じと信じられた時期があった。ハンセン病に罹患したダミアン神父もまた、女たらしなどという非難があったのは、梅毒とらい病が同じであると誤解されていたからである。


歴史的にはハンセン病は治らない病気で視覚的な変形や身体障害が影響し伝染性の強いものであると誤認・解されていたため、ハンセン病患者は多くの社会から強制的に排除された。



時間があったら、もっといろいろな場所に行ってみたい!絶対にいつかもう一度行ってみよう。



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