2014/09/08

あれから16年 天国の友人と『がんワクチン』

毎年この季節になると、亡くなった友人の実家にお花を送る。亡くなった年は、台風の当たり年で、今年のように雨が激しく振っていた。あれから何年になるのかと思って数えてみたら、もう16年。



これでいいのか、日本のがん医療これでいいのか、日本のがん医療
(2013/02)
中村 祐輔

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その友人は、夫がお世話になっている研究室に所属していて、実験の採血をいつも手伝ってくれていた。免疫学の研究者であるととともに、外科医だった。研究と仕事に打ち込むあまり、気づいた時には末期だった。


被験者になるのは運動部に所属する学生だ。「学生だからと手を抜かず、聴診器をあててくれる。とても丁寧に採血をしてくれる先生だ」と夫がいつも私に言っていた。


亡くなった年のはじめ、研究室の先生が「奥さんもどうですか?」と、スキー旅行に連れて行ってくれた。誘ってくれたのは、亡くなった友人と一番仲が良い、血液内科の先生だった。すすんで「骨髄移植のドナー」になるような誠実な医師だ。


スキー旅行はとても楽しくて、お礼状を出したら誘ってくれた先生も喜んでくれた。


でも、それから間もなくしてからだった。「ずっと風邪が治らない。体調が悪い」ときいていたけれど「もしかしたら『がん』かもしれない」と教えてもらった。夏のはじめだった。


はじめは信じなかった。宿泊した宿で「がん治療」の番組を皆でみた時、「僕だったら、こんな治療をしてみたい」と熱く語っていたからだ。スポーツも得意で、スキーも一番上手だった。


人一倍勉強熱心で、患者さんの治療にも一生懸命だったのに。


ふと、悪い予感がした。


だから体を壊してしまったのかもしれないと思ったのだ。


その頃の私は、日本のどこかに画期的な治療法があると信じていた。今の医学はすすんでいる。免疫の研究をしているし、がんの専門医を目指しているのだから、必ず助けてくれる医師がいるはず。私はそんなことを考えながら、毎日近くのお寺にお参りし手をあわせた。夫には秘密だった。子どもの頃にみた日本昔話に、「願いごとを誰かに話してしまったら、叶わない」とあったからだ。


亡くなる前日、彼は私の夢に出てきた。私は夢の中で大喜びした。「治ったんだよ」と報告しに来てくれたと思ったからだ。


彼は私が何をたずねても、ただニコニコ笑っていた。何も言わずに去っていった。


毎年この時期にお花を送っているけれど、私はちょっとだけ嘘をついている。本当は亡くなったと夫に教えてもらった時、頭が真っ白になってしまって記憶が飛んでしまっているのだ。命日がいつだったのか、覚えていないのだ。


お葬式の後の「精進落し」に、私に用意された席は亡くなった友人の婚約者の前の席だった。ほとんど男性しかいないのに、なぜか私の前だけ若い女性が座っている。その時、「あの女性は婚約者だよ。結婚と留学が決まっていたんだよ」教えてもらったのだ。


それまで「勤勉で誠実な人には、ふさわしい未来が約束されている」と信じてきた私には、記憶が飛んでしまうほどショックな出来事だった。


数年経って、お線香をあげさせていただくため、東北の実家まで行ったのに。泣いているお母様を目の前にしたら、結局、最後まで本当のことを言い出せなかった‥‥。


それにしても、いつも思う。研究室には、私よりもずっと親しい先生がいたはずだ。どうして私にお別れを言いにあらわれたんだろう?


「残していく家族が心残りなんだよ。でも皆忙しいからさ‥‥」と言いたかったのかな?それとも、「勤務医は激務だから、後に続く人達のために変えて欲しい」と伝えたかったのだろうか。16年間、私が何をしたら天国の友人が喜んでくれるのか考え続けているけれど、よくわからない。


ブログに『がんワクチン』について書いたらアクセスが増えた。


私を選んだ理由があるとしたら、もう一つあることを思い出した。この『がんワクチン』かもしれない。


偶然なことに、私をスキーに誘ってくれた血液内科の先生は、私がはじめて医科研に行った頃、医科研で働いておられた。2012年12月3日に放送されたNHKスペシャル「がんワクチン~"夢の治療薬"への格闘~」には知り合いの先生が出てきて驚いた。


子宮頸がんワクチンの被害者の救済をはやくして欲しくて、議員さんを訪ねた時に言われた。「あなたがここに来たのは、はじめから決まっていた。すべては必然」。


そうかもしれない。もしかしたら、はじめから点と線でつながっていたのかもしれないな。


中村祐輔先生のブログ、「シカゴ便り『変革期のがんワクチン療法-2』」を興味深く読ませていただいた。私と息子は、免疫の研究者である夫のアドバイスがあったからこそ、今健康でいられるのだ。免疫学は素晴らしい学問だと思う。


でも、私も日本の「がんワクチン」は、たぶんこのまま頓挫してしまうと思っている。だから、区切りをつけるために、記録を残しておこうと思いたった。


私は「周産期医療の崩壊をくい止める会」の先生方と同じようなことを訴えてきたと思うけれど、決定的な違いがあると思っている。それは、被害者に対する姿勢だ。


私が伝えたこと 免疫学者にとって被害者は『宝物』


議員さんのところに伺った時にお土産にした、日本免疫学会が編集した「からだをまもる免疫のふしぎ」という本。夫は「『MHC』は難しいから、なくていい」と言う。


「そうかなぁ」と中村先生のブログを読んで思う。中村先生が伝えたいことも、『MHC』が重要じゃないかと思うからだ。


絵本にはこのように書いてある。


「からだをまもる免疫のふしぎ」から一部引用

上に書いた「台」には「MHC」という名前がついています。Major Histocompatibility Complex (主要組織適合遺伝子複合体)の略です。生きている動物に臓器などを移植をしたときに、うまくくっつくかどうか(つまり組織が適合するかどうか)を左右するものとして発見されたので、このような名前になりました。免疫の研究は、移植医療や再生医療の進歩にたいへん大事なのです。



説明にあるように移植医療や再生医療にも関わる。これを省いてしまって免疫学の「素晴らしさ」「可能性」そして「重要性」をどうやって伝えるの?


絵本の最後は「免疫療法でがんとたたかう」だ。


免疫の監視をかいくぐってがん細胞でも、なんらかのがん抗原を持っていることがあります。そのがん抗原に対して免疫反応を引き起こせれば、がんを治せることができるかもしれません。そこでいろいろな試みが行われています。


以下の4つの治療法が紹介されている。


「がんワクチン療法」「樹状細胞療法」「T細胞療法」「抗体療法」


この絵本のキャッチコピーは「世界で活躍する免疫の先生が書いた本」だ。つまり世界で活躍する研究者がこれらの治療法には、「可能性がある」と言っているのだ。夫が私に言ったように、「免疫療法」というものが「まだ発展途上にある」ということを、もう少し社会に理解してもらわないといけなかったんだと思う。


「発展途上」だからこそ、私はこういう批判が出てくるのは「当たり前」だと思っているし、批判は「正しい」と思っている。


NHKがんワクチン報道がダメな訳(2012年11月18日) - Togetterまとめ


この治療法は、従来の枠組みでは成功しない。本当は、反対する人や、対立する人達と、もっともっと、丁寧な対話が必要だったんだろう。


がん免疫療法(4):変革期のがんワクチン療法-2 中村祐輔のシカゴ便り


最近のコンピュータープログラムでは、遺伝子異常とHLAを組み合わせて、変異を起こした部分を含むペプチドが、HLA分子に結合するかどうかを予測することが可能となってきている。遺伝子解析技術とこれらのプログラムの進歩によって、患者ひとりひとりに異なるペプチドを合成して、動物実験なしで(ワクチン療法はその安全性が非常に高いことが世界的な常識となっている)利用する試みも始まりつつある。タンパク質が分解する過程は、まだまだ未知の部分も多いので、私はそれほど簡単ではないと考えているが、すでに現在進行形で進んでいる。

このような患者ごとに異なるペプチドを投与する場合、これまでのような臨床試験の規定ではその有効性を評価することはできない。まず、規定ありきの日本では絶対に無理だろう。科学の進歩に規定・規制が全くついていっていないし、メディアも築地の新聞社を筆頭に科学的に思考する能力が欠落しているのだからなおさらだ。限られた命を宣告された患者さんを前に、安全性が確認されるまで、1年でも、2年でも待つべきだという(あなたは静かに死になさいと同義語であるとわかっているはずなのに)、非論理的なことを平気でのたまうのだろう。


(中略)


特定のHLAが非常に多い日本では、これまで試みられてきたペプチドワクチンをうまく利用することが、患者さんの利益にも、医療費の高騰を避けることにもつながると思うのだが、海外ブランドを尊ぶ傾向の強い人たちを説得するのはなかなか難しい。



この16年間、私は亡くなった友人のことを忘れずに生きてきた。裁判所に手紙を出したり、ご実家にお花を送ったり、薬害被害者の救済をお願いしたり、いろいろなことをやってきた。これからも「忘れない」という気持ちは変わらない。


私はつい最近、はじめて、中村先生が外科医出身であることを知った。亡くなった友人も外科医で免疫を研究していた。きっと、「がんワクチン」が世に出ることを望んでいるだろう。


でもその一方で私は、日本はこのまま変わらない、と思いはじめている。中村先生がおっしゃっておられるように日本の基礎研究のレベルは高いのに「もったいないな」と思っている。でも、変われないのも運命かもしれないと思うようになってしまった。


あれから16年がたった。


友人はあの時、本当は私に何を伝えたかったのだろう。彼は今、天国でどうなふうに私を見つめているんだろう。


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ペプチドワクチン開発 中村祐輔教授に聞く(上) ワクチン療法 (2013年2月26日) 【中日新聞】【朝刊】


免疫高めがん抑える


患者の免疫力を高め、がん細胞の増殖を抑える「ワクチン療法」が世界的に注目されている。このうちの1つ、ペプチドワクチン開発の中心人物で、元内閣官房医療イノベーション推進室長の中村祐輔シカゴ大医学部教授に、ワクチン療法や日本のがん医療について聞いた。(伊東治子)


 −著書「がんワクチン治療革命」(講談社)で、ペプチドワクチンなどを用いたワクチン療法を、外科療法(手術)、放射線療法、化学療法(抗がん剤)に次ぐ「第4の療法」としている。


 「本来は免疫療法というべきだが、日本で免疫療法というと怪しげなものも含まれる。あえてワクチン療法と呼んでいる。米国では既に前立腺がんの治療用ワクチンが認可された。世界には科学的に実証されつつある免疫療法がたくさんある」


 −研究はどの程度進んでいるのか。


 「2006年から国内約60カ所の病院に声を掛け、臨床研究を進めてきた。対象とした患者は約1700人で、うち約1000人が進行がん。中には5年以上も進行を抑えられている人がいるし、まれに肺がんや、膵臓(すいぞう)から肝臓に転移した腫瘍が消えた人もいる。治験の最終段階まで進んでいるものもあり、近く実用化されると信じている」


 −実用化に向けて問題は?


 「ワクチン療法の特徴は、腫瘍が小さくならなくても、がんの増殖が抑えられ、長生きできること。米国の食品医薬品局(FDA)はこの観点で治療効果を評価するルールを作ったが、日本にはない」



(右)膵臓から肝臓に転移し、増殖した30代女性のがん。ワクチン治療前は病巣が3センチを超えている (左)ワクチン投与を終えてから13カ月後、がんが消滅した(千葉徳洲会病院浅原新吾副院長提供)
 

 −日本では、何で評価しているのか。


 「例えば、抗がん剤は腫瘍が小さくなることで『効果がある』と評価される。だが、放射線でも抗がん剤でも、免疫力が加わって効果が出るというのは、世界的な常識になりつつある。日本では権威ある所が最初にワクチン療法を『だめ』と信じたら、何を言おうが耳を貸さず、目を向けない。大きな問題」


 −ペプチドワクチンの副作用は。


 「約1700例のうち、全身的副作用の可能性が否定できないものは2、3例。患者は週1回、皮下注射に通うだけなので、負担は小さい。抗がん剤で一時的に腫瘍は小さくなっても、副作用で患者が弱り、生存期間が延びていないケースはたくさんある。患者のために医療はどうあるべきかを、もっと考えなければいけない」


 ワクチン療法に関する問い合わせは電子メールで東京大医科学研究所中村祐輔研究室=cancerpv@ims.u−tokyo.ac.jp=へ。電話での問い合わせには応じていない。


 なかむら・ゆうすけ 1952年大阪府生まれ。大阪大医学部卒業後、同大付属病院などに外科医として勤務。94年東京大医科学研究所教授。2012年からはシカゴ大医学部で研究活動。現在は同大教授。


 ペプチドワクチン療法 免疫力を高めてがん細胞を退治する治療法。がん細胞の表面には特有のペプチド(アミノ酸が連なったもの)があり、それを目印に免疫細胞が攻撃する。人工的に大量のペプチドを作って注射することで、免疫細胞は「敵が大量に押し寄せた」と勘違いし、特定のリンパ球を大量に増やして、がん細胞を攻撃する。大腸、肝臓、膵臓、肺、頭頸部(けいぶ)などのがんの他、女性の卵巣、子宮頸、乳のがんなどで臨床研究が進められている。


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ペプチドワクチン開発 中村祐輔教授に聞く(下) 日本のがん医療  (2013年3月5日) 【中日新聞】【朝刊】


治験の情報開示必要


がんのワクチン療法で知られるシカゴ大医学部の中村祐輔教授。ワクチン療法について紹介した前回に続き、日本のがん医療の問題点について聞いた。(伊東治子)


 −日本では、納得できる治療を求めてさまよう「がん難民」と呼ばれる患者がいる。


 「国立がん研究センターを筆頭に旧帝大系の病院は、標準治療である外科療法(手術)、放射線療法、化学療法(抗がん剤)に終始している。開発中のペプチドワクチンのような、患者の希望をつなぐ新しい治療法に、患者がアクセスできるようになっていない。がん難民の切実な思いが、医師に届いていない。その結果、ネット上には、科学的根拠がない、怪しげで高価な民間療法の情報がはびこり、患者や家族を誘い込んでいる」


 −米国ではどうか。


 「国立がん研究所(NCI)のホームページに郵便番号を打ち込むと、近くの病院で行っている治験の全リストが出てくる。患者は『一定の根拠に基づいているが、まだ確立していない治療法』について、自分でリスクを判断して受け入れる。オバマ大統領は新しい治療法にアクセスできる人を現在の5%から10%に増やすと言っている。それが医薬品の進歩にもつながっている」


 −日本ではどうか。


 「臨床研究や治験に関する情報が一元的に管理されておらず、患者に必要な情報が届かない。そういう意味では、明らかに医療の発展途上国だ」


 −2011年1月、内閣官房に設置された医療イノベーション推進室の室長に就任した。


 「医薬品の輸入が急増して、当時でも貿易赤字は1兆円を超え、去年は1兆6千億円以上になった。とんでもない額だ。薬品の開発現場で海外との差を実感していたので、国の仕組みを変えるつもりで引き受けた」


 −ところが、1年で辞任した。


 「基礎研究から創薬までにかかわる文部科学省や厚生労働省、経済産業省などの役人は、自分の部署に予算を取ることしか考えていない。予防医療や高齢化に伴う医療費の増加などの課題にも、急いで対応しなければならないが、役所にも政治家にも危機意識がない。自分の仕事を見いだせなかった」


 −なぜ日本の医薬品開発が遅れたのか。


 「2000年ごろから薬を作る手法が変わった。抗がん剤の分子標的薬のように、ゲノム(全遺伝情報)解析でがんやウイルスといった標的を見つけ、狙い撃ちする薬を作るようになった。ところが、日本ではゲノムが医療にとって大事だという認識が薄く、この発想の転換に乗り遅れた。その結果、分子標的薬市場は、欧米の製薬会社に席巻されている」



 −ゲノムは医療にどう生かされるのか。


 「『肺がんだからこの薬』というマニュアル化された医療の時代は終わった。患者ごとにゲノムを解析して、遺伝子の特徴によって、より効果が高く、副作用が少ない薬を選べるようにする。1人のゲノムを調べるコストが今年中にも10万円を切る。これに向けて、米国の医療機関ではコンピューターのメモリーを増やす準備をしている」


 −日本でもゲノム医療が進むのか。


 「日本ではいまだにゲノム医療が過小評価されて、研究支援体制が格段に貧弱だ。厚労省や医療イノベーション推進室でゲノムの話をしても、ABCを知らない人に英語を話しているみたいに通じない。悲惨な状況を通り越して、絶望的。患者たちが立ち上がらない限り、国に期待しても動きません」


 治験 


医薬品開発の最終段階で、製薬会社などが国の承認を得るために病院で行う臨床試験。製薬会社などは服薬量や回数などを厚生労働省に届け出て、専門家らによる委員会の審査を受ける。医師は治験に参加する患者に期待される効果や副作用を説明し、同意を得る必要がある。治験中に発生した重大な副作用は国に報告しなければならず、必要に応じて治験計画が見直される。


 ゲノム(全遺伝情報)医療 


 2003年に人間の全DNA配列の解読が終了し、医療への応用が急速に進んでいる。原因不明だった病気のメカニズムが判明し、病気に関係する遺伝子やタンパク質組成を特定することで、短期間で医薬品の開発が可能になったほか、特定の遺伝子を組み込み、がん発生を抑制する遺伝子治療なども研究されている。患者一人一人の遺伝子情報を調べ、より効果が高く、副作用が少ない薬を選べるようになることで、医療費の軽減が期待される。


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