2014/09/10

DV法は本当に正しいの? 暴力をみて育つということ 暴力を奮う男性『だけ』が悪いんですか?

アクセス数が増えてきたから、更新を減らして内容を充実させようかな。このブログはいつまで続けられるんだろう?だんだん心配になってきた。



心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり
(2012/08/20)
夏苅郁子

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でも、あるところで私が知らないうちに、書いた記事が紹介されていた。


DV シェルターの実態と『虐待冤罪』 『女性利権』が何をもたらしたのか その2 証言者は皆同じことを訴えている 


「ああ、よかった」と心から思った。DV法に疑問を持つ人が増えれば、一方的に「悪い」と決めつけられてきた男性達も、堂々と声をあげられるようになるだろう。自分の人生なのに、「違う」と意思表示できないなんておかしいよね。


私がDV法に疑問を持ったのは「超低出生体重児の母」が理由ではなかった。私自身が、祖父の暴力に悩まされていたからだ。


母方の祖父は、よく祖母に手をあげていた。飲むと暴れてどうしようもなかった。もともと裕福な商家に跡継ぎとして生まれたけれど、実家が廃業してからも祖父は定職についたことがなかった。働かなくても、祖母の実家が裕福だからだ。幼い頃、いつも思っていた。「ここにはお金はあるのに、大切な何かがない」。


「火宅」という言葉がぴったりの家だった。


でも、あんなに大嫌いな祖父だったのに、亡くなってから夢の中に出てくるようになった。祖父だけじゃなく、大きな家や祖母も毎日のように夢に出てくる。


そのたびに目がさめ、「あの家もなくなったし、二人とももうこの世にいない」と気づき、ホッとするのだ。


ある時、「私が、『この世からいなくなればいいのに』と思い続けてきたからなのかな」と夫に相談したら、こう言った。


「小さい頃、自分を育ててくれた場所や、人だ。強く想う気持ちがあるんだよ。夢にみるのは当たり前じゃないか」。


その日を境に夢を見なくなった。


いつか夫が言っていた。「人は、辛いことがあったり、悩んでいる時、こころの向きをほんの少し変えてあげるといいんだよ」。


「こころのケア」を、私達が必要としているとしたら、きっとこういうことなんだろう。でも、これができるのは、友人や家族など、その人と苦楽を共にしてきたような人。あるいは、お寺の和尚さんや神父さんなど、人の心に寄り添う訓練をしてきた人じゃないのかな。


私に子どもが生まれてから母が教えてくれた。祖父の父である曾祖父には祖父や兄弟以外に、血のつながった子どもがいたそうだ。


祖父の実母は幼い頃亡くなったと聞いている。すぐに後妻がきたけれど、継母は血のつながった子どもだけをかわいがる。祖父や兄弟達は、いつもいじめられたそうだ。まるで、シンデレラに出てくる継母のようだったらしい。


祖父が祖母と結婚した後も、祖母は食事を出してもらえないこともあり、よくお腹をすかせていたそうだ。「だから、私があなたのお祖母ちゃんのために、電車に乗って食べ物やお金を持っていったのよ」と祖母の妹の叔母さん達もよく私に言っていた。


そういう複雑な家庭だったから、祖父は暴力を奮うようになってしまったんだろうと思っていた。でも、まさか曾祖父に婚外子までいたなんて。


私の曾祖父はどうしようもない冷たい人だと思った。平気で家族を捨てるような人だから、地獄にいると思うけれど、もしも、あの世で会うことができたら、嫌みの一つも言いたい。絶対に、絶対に許さないつもりだった。


でも今から10年ほど前だった。


(祖父の兄弟の)叔母さん達は、曾祖父と一緒に暮らしていた女性の自宅を訪ねたそうだ。その時に、仏壇の写真をみたらびっくりしたと言っていた。曾祖父があまりにも素敵な男性だったから‥‥。


曾祖父はその女性と、二人の間に生まれた女の子を籍に入れ大切にしていたそうだ。だから、亡くなった後も、曾祖父は二人に大切に想われていたそうだ。今では母の実家の姓を受け継ぐのは、その女性達しかいない。


一方で叔母さん達は、自分の父親がどんな顔をしているのかさえ知らなかったのだ。


その時私は、決して埋まらない、ジグソーパズルの最後のピースが埋まった気がした。


それまでずっと不思議に思っていたのだ。どうして、継母は祖父や祖母に必要以上に辛くあたったんだろうーーーー


継母は地元の有力な政治家の娘で、初婚だった。いくら裕福とはいえ、なぜ商家に後妻なんだろうと私はずっと不思議に思ってきたのだ。


もしかしたらお見合いの席かなにかで、曾祖父を一目見て好きになってしまったのかもしれない。でもお嬢様育ちで気位の高い人だから、男性の心をどう掴んだらいいかわからなかったのかもしれない。


なるほどね。


多くの女性は、「愛人をつくるなんて許せない!」と思うかもしれない。でも、私は愛人とその子どもを大切にしてきた曾祖父を見直してしまった。一昔前は、「好きだから」だけでは一緒になれなかったのだろう。


私は「ひいおじいちゃんは、立派な男性じゃない!」と思っている。


夫は、母の旧姓が珍しいから、同じ苗字の人とを見つけると、いつも私に教えてくれる。「あの人は、親戚かもしれないよ」と言いたいのだろう。でも私は、もしもその人が本当に、私と血がつながっていても、会いたいと思わない。「曾祖父が女性に大切に想われていた」と聞いた時、私の中で何かが終わったからだ。


「あなたは男性が浮気をしたり暴力を奮ったら、男性が悪いと思うかもしれない。でも、男性が浮気に走ったり、暴力を奮うのも、複合的な要因があるかもしれないのです。ネットには心の専門家に、一方的にDV夫だと決めつけられた、と訴える男性の声もあります。女性の申告だけで、一度も会ったこともない男性を一方的に『DV夫』と決めつけていいんですか」と元主治医に怒ったことがあった。


元主治医にはそういう複雑な人の感情がわからないのだ。自分を見失うほど誰かを好きになるなどなかっただろうし、そんな女性を軽蔑していたのだろう。だから家族を簡単にバラバラにできるのだ。


祖母は暴力を奮われてきたけれど、祖母にも悪いところがあったのだ。愛情がないから、どうしても祖父をぞんざいに扱ってしまう。どんなに心が広い男性でも、自分の夕食のおかずは干物だけなのに、たまに遊びに来る孫は高級ステーキというあからさまなことをされたら、怒りたくなると思うのだ。


以前ブログに書いた精神科医の井原裕医師の「精神科臨床はどこへいく」を読んで一番印象に残ったのは、児童精神科医である夏苅郁子医師の手記だった。


夏苅医師のお父様は家庭をかえりみず収入を家に入れなかったそうだ。夏苅医師が10歳の時に、お母様は統合失調症を発症してしまう。この手記を読んだ時に、私は昔を思い出して泣いた。


心の奥底にしまいこんだ、忘れていたはずの苦い記憶が甦ったからだ。


このような手記を紹介する井原医師は、元主治医とはきっと違う。人間に対する愛情を持っておられる方なのだと思った。


浮気をしたらいけないに決まっている。しかし、わかっていても、いけないことをしてしまうのが人間だ。「浮気はいけない」と教条的に伝えるよりも、こういう手記を世の中に出す方が伝わるものがあるだろう。心の専門家には、私達の苦しみを代弁して欲しくない。カミングアウトすることだって、心の回復には必要な課程だからだ。


私は、こんな風に、これから先もずっと、行ったり来たりしながら、心を回復させていくんだろう。それが「生きる」ということ、「大人になる」ということなんだと思っている。


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統合失調症の母との歩み 児童精神科医が本出版 つなごう医療 (2012年8月15日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】


偏見なくし、同じ境遇の人の力に 「人薬」や「時間薬」が大切


母が統合失調症と公表している静岡県焼津市の児童精神科医、夏苅(なつかり)郁子さん(58)は23日、母の病気で自身も心を病み、そこから回復した過程をつづったエッセー「心病む母が遺(のこ)してくれたもの 精神科医の回復への道のり」(日本評論社)を出版する。「統合失調症の親と暮らし、同じように悩んでいる人の力になれば」と、書き上げた。(佐橋大)


 夏苅さんが10歳のころ、母は発病した。


 昼夜逆転し、夜になると目つきが鋭くなり、意味不明な独り言を言いながら、部屋を歩き回っていたという。きれい好きだったのに、掃除や外出をしなくなった。父も家に寄り付かず、買い物などは一人娘の夏苅さんがこなしていた。


 エスカレートする奇行に振り回され、母への感情は悪化した。中学生のころから「まともなしつけを受けていない」との劣等感に悩まされた。何をするにも自信が持てず、特に人付き合いは苦手に。母の病気で人付き合いの経験が乏しく、周囲と適切な距離を取れず、医学部生になっても友人はできなかった。生きることに絶望して2度、自殺未遂をした。抗うつ薬が処方され、拾われるように精神科医になった。


 10年間、断絶していた母親と30歳で再会、その後、一緒に「やきつべの径(みち)診療所」を開く夫、直己さん(60)との結婚…さまざまな人との出会いや出来事を経て、夏苅さんの精神の状態は徐々に良くなった。だからこそ「精神疾患の治療には薬物療法だけでなく、人が丁寧にかかわる『人薬(ひとぐすり)』と、焦らず見守る『時間薬(じかんぐすり)』が大切」と思う。


 回復とともに、母への嫌悪感は「かわいそう」を経て、「尊敬」に変わった。母は6年前に死亡した。


 4年前、漫画家中村ユキさんの自伝漫画「わが家の母はビョーキです」と出合い、心が解放された。そこには、統合失調症の母と過ごした幼少期からの日々が描かれていた。自らと重なるエピソードや感情に「私だけじゃなかった」と涙した。


 それまで母の病気を公にしていなかった。社会に残る偏見が怖かったから。患者の家族に「病気を受け入れましょう」と言いながら、自分自身が受け入れていない矛盾。偏見があるから、家族は周囲に悩みが言えず、ストレスがたまることも実感していた。


 この漫画でやるべきことが見えた。母の病気を公表し、病気への偏見を取り除き、中村さんの漫画で元気になったように、同じ境遇の人の力になりたいと各地で講演している。自身の経験を語り「人が回復するのに締め切りはありません」と呼び掛ける。


 本は1365円。書店で予約するか、インターネットで書名を検索すれば購入できる。


 統合失調症 幻覚や妄想などの陽性症状と、意欲や活動性の低下などの陰性症状が出る精神疾患。100人に1人が発症し、10〜20代で起きやすい。


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