2014/09/20

メルマガの感想 ネットで意見を書く、難しさと意義

医療系のメルマガに、HPVワクチンに関する記事が掲載されていると聞き読んだ。私への批判かもしれない、とある人が教えてくれたからだ。


読んだ感想は、書かれていることは正しい意見だと思った。


このブログで書いてきたことは、このままだと「戦後最大の薬害裁判」になるかもしれない。「薬害」と主張し、活動されておられる方々がおられる以上、そうなる可能性が大きいと思っている。だから、もしも、なるのなら、何が原因なのか。それを記録に残しておきたい、ということだ。


そしてもう一つ。


友人や知人が、被害者の姿を見た時に教えてくれた「中枢神経に影響があるかもしれない」という意見。それが、どの程度正しいことかどうか、見届けたい、ということ。


メルマガに書かれていたようなことは、「水俣病」の認定を巡って、同じようなことを父が私に言っていた。


ただ、被害者の中には、すでに4年間も支援がない状態で置き去りにされている方がおられる。被害者のおかれた厳しい状況を考えると、早くいろいろなアプローチで支援をして欲しいと考えるのだ。症状の重い被害者の中には、脳に炎症がある方がおられるそうだ。そういう被害者は家から出られない。お母さんが一日中つきっきりで看病しないといけないそうで、仕事をやめた方もおられる。だから、因果関係があろうとなかろうと、一日も早く医療的支援を、と切実に思う。


一つの考え方として、早期に治療体制をつくることも正しいと思う。「かもしれない」で研究をすすめておくことだって。そもそも、副反応が出るというけれど、それを治療する体制はほとんどないのだ。今は手探りでも、様々なアプローチがあってもいい。


そういうことを、反対派と推進派とで集まって議論する場がないのだ。


私は裁判じゃなく、話し合いで解決を、ということを目指してきたから思う。


どうして1年前に被害者にあって、話だけでもきいてくれなかったんだろう。政治家にお願いしないと、あってもらえないのはどうしてなんだろう。


もう一つ、避けて通れないのが「利益相反」。製薬企業との金銭のやり取りだ。これが、コミュニケーションを難しくさせているように思う。


ここから先は、対話など成り立たなくなる可能性もある。


次に何がおきるかというと、断絶だ。推進している人の意見など、もう知りたくない。聞きたくない。見たくない。反対している人の中には、そういう人も出てくるんじゃないかと思っている。


私も正直なことをいえば、ワクチンのポスターを目にすると、今は見たくないと思う。心が受け付けなくなってしまった。


このブログに対しての批判はいただく。けれど、批判よりも多いのは「たった一人で、よく、真理に近づいていった」というものだ。


ある人が昨日教えてくれた。「批判が出る、ということは、それだけ真理に近くなっている証拠でもあるんだ」。そうなのかな。


斉藤貴男さんの記事を読んだ時に、印象に残ったのは土屋先生のご発言だった。ここまで先生がおっしゃるなんて、と驚いてしまった。


きっと先生も私と同じなんだと思う。巻き込まれた人にしかわからない「やるせなさ」を感じた。


そういう気持ちを、正直につづるのが、このブログの目的だ。はじめの約束と違うのは事実だもの。それに、個人が見てきたこと、感じてきたことを、残しておくことだって、意義があるだろう。


それにしても。


斉藤さんの記事を読んだ時に、「勇気を出して、ブログをはじめてよかった」と思った。私の中では、一つの区切りになったから。


そして、気になる話も教えてもらった。ネットで数万人ものフォロワーがいるという有名な人。何か書くと、たちまち「いいね!」が山のようにつく。


でもその人は「もう裸の王様かもしれない」と言っていた。


被害者の方も私に教えてくれた。「(推進してきたある医師は)私達のことをとても恐れている。私達を生み出したのが、自分達が立てた戦略だとわかっているんだろう。とても罪悪感を感じているようだ」。


だから話しあえればと思っていた。「お金にならないから冷たくするわけじゃない」ということを、少しでも被害者に知ってもらわないといけないからだ。


人は本来善良だから、悪いことをしたと思う気持ちが強いと、心に何かのスイッチが入るようだ。どんなに「善意からしたんだ」と思っていても苦しむ被害者の姿を見ると、心は乱れていくだろう。


情緒不安定になっていった人にも私は言ったことがあった。「もう少し抑えて生きていけば楽になれるのに」。でも、そういうことを言う人ほど離れてしまったようだ。今まわりにいるのは「いいね!」を深く考えずに押す人ばかりだ。自分達がダメにしている、ということに気づいていない。まわりからは、面白おかしくやっているようにしか見えないから「裸の王様」と言っていた。


ショックだった。いつかこうなると思っていたからだ。


肝心な時にその人の心に届かないんじゃ、しょうがないけれど、いつも考える。本当の「誠実さ」とは、なんなんだろう。うすうすそうなるとわかっていても、何も言わずにいて、後から「私はやっぱりこうなると思っていた」と言うことなんだろうか?


昨日は、ネットで自分の意見を書く難しさと、その反対の意義とを、いろいろ考える一日だった。







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