2014/10/22

「騙されたかもしれない」と泣くのはもうやめよう

弁護士さんのところに伺うにしても、やっぱりエビデンスを出さないといけない。


公共経営入門―公共領域のマネジメントとガバナンス公共経営入門―公共領域のマネジメントとガバナンス
(2008/09)
トニー ボベール、エルク ラフラー 他

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私が気になっているのは学生の人権だ。学生が製薬企業のプロモーションに言葉巧みに誘い込まれ、いざ副作用などの社会問題が起きたら本当に悪い大人は逃げてしまう。責任問題に発展した時に、誰が守るのだろうか?


子宮頸がんワクチン問題を追う ジャーナリスト斉藤貴男 集英社インターナショナル 第二回 ワクチンビジネスの作法 「予防接種は国家経営そのもの」 より一部引用


──ああいうことになって、今はどのような活動を。


「個人的には、子宮がん検診を勧める活動に絞ってでも続けたらいいと思います。でも、あの子たちは、もうどうしていいかわからなくなっている。だって、まじめにやったら叩かれた。もう時代に求められていないってことなんじゃないか。おかしいでしょう。ワクチンと言えばフルボッコだ。また子宮頸がんになって悲しむ人が増えていく。モラルが低いんですよ」


──世間の受け止め方はともかく、與田さんご自身は、HPVワクチンをどう評価されているのですか。被害者だと言っている女の子はたくさんいるが、それでも接種を推進するメリットのほうが大きいということですか。


「それはもちろん、自分の家族だったら、とも考えます。もしも娘がいたとして、副反応が出たら、辛い。でも、そのワクチンで2人が助かるのであれば、(接種を)やるべきだ。それがワクチン政策というものです。あのね。あんたたちは男で、自分が子宮頸がんになることはあり得ない立場で、カネのために科学的根拠も何もない記事を書く。カネが貰えなかったら書かないでしょう。どうなんですか」


──仕事ですからね。


「こっちは違うんだ。カネなんかもらわない。ボランティアでやってる。少しは恥ずかしいと思えよ!」



著名な医師や政治家もおられたはずなのに。何の反省もないのだろうか。


だったら、ルールを決めるなり、あるいは入り口を閉じることも必要だと思う。今回の出来事から学ぶべき教訓はそういうことじゃないかと夫に言ったら、頷いていた。


教育は「大人はずるい」と思わせたらいけないのだ。


ある報道関係者に資料をつくって渡して相談したら「良く調べているけれど、もう一押し足りない。ちゃんとした裏取りが必要」と言われた。


「かもしれない」「だとされている」では、私が批判してきた「心の専門家」と同じだ。きちんとしたデータ、エビデンスの出し方を教えてもらった。


結局私は振り出し「公共経営」に戻ることに。今学生だったら先生をつかまえてバンバン質問するんだけれどなぁ。


この前、ある場所である情報を出して下さいと私は食い下がった。


はじめは「今は仕事が立て込んでいて、なるべくならご遠慮して欲しいんです」と言われた。


でも諦めなかった。「お願いします。多くの人達の人生がかかっているんです。確実なものがどうして必要なんです」と訴えた。


すると最後は「わかりました」と言ってくれた。


「騙されたかもしれない」と泣くのはもうやめよう。


ある政治家が私に「失敗は成功の母」と教えてくれた。


そういえば私は法科大学院に行こうかと考え、夫に相談して今の活動に入ったのだ。今のほうがその先生にいろいろな質問ができるし、自分の考えもいえる。


遠回りをしたとしても、たとえ間違っていたとしても、得たものは大きかった。そう思える日がきっとくるね。





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