2014/11/04

ひつじさんにコメントをいただきました 『がん医療』と『メディア』のあり方を考える

連休中、長野県の戸隠に行ってきました。あいにくの雨でしたが、森の中を歩き、戸隠神社の奧社にお参りしました。


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着いた日の夜、ブログにコメントが届きました。『ひつじ』さんという方から、一年前に書いたこの記事へのコメントでした。ひつじさんに許可していただいたので掲載させていただきます。


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『どーもの休日♪~しかしなんだね。ガンだって~』とアンドレイカさん


『どーもの休日』がついに出ました。風媒社@名古屋からです。私はたまたま序文を書かせていただきました。実用本としても?文学?としても、なかなかのものだと思います。一度店頭で手にとって眺めてください。


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はじめは「いたずらかしら?」と思いました。でも、「風媒社@名古屋」を検索したら実在する出版のようです。


翌日私は「ブログをはじめてよかったなぁ」と思いながら、戸隠神社で手をあわせました。


東京に帰ってから、ひつじさんのコメントを掲載しようとしましたが、カギマークがあるので掲載できません。メールアドレスを教えていただいたので、早速お礼を差し上げました。序文を書いていらっしゃるということは、親しいお友達だと思いました。一言、お礼の気持ちをつたえたかったのです。


すぐにひつじさんからメールが届きました。やはり想像していた通り、元ジャーナリストの方だそうです。それも、「ネット」と「パブリック」そして「コミュニケーション」に関するご著書がある専門家でした。


そうなんです。


父は日揮に勤めていました。もしもアルジェリア人質事件が起きなければ、私はブログをはじめていなかったでしょう。やはり『どーもの休日』を書いておられたのが、元NHKのジャーナリストだった。そのことが心を動かされた大きな要因のように思います。


anms1024さんのお歳が、亡くなった父の友人新谷正法さんとほぼ同じ歳、ということも関係しているかもしれません。


自己紹介に書いてあるように、私が立ち直ったのは、NHKの報道の力が大きいのです。どういう方が報道番組をつくっていたのだろう、といつも考えていたのです。


そして、私も超低出生体重児の母で、苦労して子どもを育てた経験があります。『どーもの休日』に共感するのは、同じ経験をした患者さんの闘病記が励みになったという部分でした。私も同じことを考えてきました。今、がんの啓発は盛んに行われています。しかし、果たして本当に患者さんや支えるご家族のための活動といえるのでしょうか?


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105 人生のバランスシート(2)信じる力 より一部引用


医師からすい臓がんの宣告を受けた患者は絶望感に打ちのめされる。
そして真っ先に自分の前途がどうなるのか調べることになる。

その時一番頼りになるのが同じ患者が書いた手記・闘病記である。
医師の書いた立派な本はたくさん出版されているが一部には売れれば良い。
あるいは自分の治療方法のPRといった出版物もあり
必ずしも全幅の信頼がおけない。


その点患者が記録した手記には真実の声が闘病の現実が記載されている。
私も患者になって真っ先に取り組んだのは同じすい臓がん患者の
数々の記録を読むことだった。
そしてどんな症状が出るのか。どうやって対応しているのか。
患者の立場からの痛切な声を知ることが出来た。

そして時には勇気をもらい絶望感から救われた。
それくらい闘病記には社会的価値があると思っている。

もし宇宙を創造した神がいるとしたら私に最後の社会貢献をさせる為に
運命を変更させたと思うことにしたのである。



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医療者のため、製薬企業のため、あるいはスポンサー企業のイメージアップのため、なんだかそんな感じがしてならないのです。「薬やワクチンの普及」あるいは「検診の普及」など、結局最後は商業ベースに乗るところばかりが、取り上げられるというのは言い過ぎでしょうか。


私はanms1024さんが書いておられるように、がん医療は多くの患者さんの力で前進してきたと思います。



余命1ヶ月の花嫁余命1ヶ月の花嫁
(2007/12/13)
TBS「イブニング5」

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がんの患者さんへの理解をすすめるため、メディアに取り上げてもらう、そのこと事態、悪いことではないと思います。しかし「余命一ヶ月の花嫁」に代表されるように、メディアが取り上げるのは、女性や子ども(若い方)、あるいは有名人がほとんどではなかったでしょうか?


夫が私に言っていました。「余命一ヶ月の花嫁」には、「がんの闘病」というストーリーの他に「結婚」という若い女性が憧れるもう一つのストーリーがある。同年代の女性の多くは「悲しい恋」というストーリーに共感していたんじゃないのか。


私はあの時思いました。「余命一ヶ月」とメディアが宣伝することはとても残酷ではないでしょうか。同じ末期がんの患者さんや、ご家族の心を乱したりしなかったのでしょうかーーーーー


「余命一ヶ月の花嫁」への疑問から、私はもっと、普通の市民の声がききたい。できるなら、一人ではなく、多くの方の声がききたい、と思うようになりました。そういった声を取り上げることが、「公共」であり「教育」ではないかと考えるようになっていきました。


がんに限らず大病を患った時、多くの方が口にする言葉があります。「私の経験を活かして欲しい」。私は、患者さん一人一人が主役であって欲しいと思います。


日本はすでに、三人に一人はがんで亡くなるという時代になりました。がんという病は、私達が考えているよりも、ずっと身近な病だと思います。


そろそろメディアに関わる方々は、これまでの報道のあり方を振り返る時にきているのではないでしょうか。『どーもの休日』は、そういうことを私達に教えてくれた気がするのです。


最後に以前書いた記事を再掲いたします。


公共放送であるNHKには、これからも埋もれがちな市民の声を届けて欲しいと思います。


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[『あなたを一人にしない』というアメリカのピンクリボン運動 ]



若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記
(2011/02)
藤谷 ペコ

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ある時、アメリカのピンクリボン運動について書かれた新聞記事を読んだ。私は羨ましくなった。告知の時に、「あなたを一人にしない」と言って、かばんにたくさんの情報誌をつめて渡すそうだ。これは大切なことだと思う。なぜなら、がんに限らず深刻な病を抱えた患者にとって正しい情報は命と同じだからだ。


一方、日本のピンクリボン運動は、患者のための活動といえるだろうか。いつの間にか、検診の重要性を訴えるキャンペーンにすり替わっているように感じてしまう。


キャンペーン期間中、街には「早期」「検診」「安心」などの文字が書かれた広告が並ぶ。その後には「私はがんでなくてよかった」と続くのだろうか。もし私ががんを告知されたばかりの患者だったたら、いたたまれない。これでは検診で早期発見できたとしても、その人はかえって社会で孤立していくのではないだろうか。誰のために、何のためにある運動なのだろう。


かつて世間を震撼させた、新興宗教団体の霊感商法があった。なぜ被害者は簡単に騙されて大金を差し出すのかずっと疑問に思ってきた。しかし自分が超低出生体重児の親になった時、悲しいことに騙される側の心理も理解できるようになった。


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1999年12月1日 「法の華」一斉捜査が行われた日 日テレDON!一部引用


「最高ですかー?」
 
東京・渋谷の街頭で叫ぶ白装束の集団。彼らは宗教法人「法の華」の信者たち。「法の華」は、その教祖福永法源が詐欺容疑で逮捕されるまでどのような活動をしてきたのか。950億円ともいわれる被害はどのようにして生まれたのか。

1999年のきょう、12月1日は、「法の華」一斉捜査が行われた日。

■法の華の活動

<アンケートによる勧誘>
 法の華が出す本にはさまれたアンケートを出すと、福永法源の講演会に参加しないかという電話がかかってくる。これが法の華に信者をよびこむ手口である。

<ターゲットは120の病院>
 アンケートによる勧誘以外にも、あたかも病が治るような嘘を病院の周りで吹聴し、信者を呼び込んでいた。


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彼らがターゲットにしていたのはがんなどの重い病を抱えた患者さんや家族だったからだ。いつの時代でも騙す者の方が一枚も二枚も上手だ。大きな病院に潜り込んで患者さんを見つけるのは容易に違いない。その後をつけ、敷地を出た所で偶然を装い本を渡し勧誘したそうだ。病院側が気づいても敷地外であれば咎めることは難しい。何から何まで、すべては計算ずくだ。私は胸が痛んだ。
 

息子がNICUを退院する時に「私は一人になった」。そう思うのは私だけではないはずだ。実際にNICUから出た後、事件の被害者や加害者になった母親は少なくない。せめてアメリカのピンクリボン運動のように「あなたを一人にしない」という活動があったらと思うのだ。


〜ここまでは2012年に書いた手記。ここから先は今回私がつけたしたもの〜


乳がんの患者さんだったペコさんのブログから引用させていただく。ペコさんは生前ピンクリボン運動に苦言を呈しておられた。私も乳がん撲滅のセミヌード広告にはムカムカしてしまった。セミヌードはどう考えても乳がんの患者さんへの配慮が足らないだろう。


活動するタレントさんやスポンサーの皆さんは気づいておられるだろうか。患者さんから様々なものを搾取しておられることを。御自身の好感度をアップするために患者さんがいるのではないのだ。私はあのセミヌード写真騒動以来、ピンクリボンのマークが入った商品は買わないようになった。友人の医師がいうように、日本の患者会の活動が治療研究に結びつかないのは、「日本のピンクリボン運動」をよしと思ってしまう私達市民に問題があるのだと思っている。


夫は大切な研究者仲間を乳がんで失った時、私に言っていたよ。「乳がんは『早期治療できてよかった』というような簡単な病じゃないんだな」と。


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若年性乳がんになっちゃった! 「治るのに」はどれだけ危険か

乳がん検診の際に「治るのに。」というポスターを見て検査して、
ステージ1で手術したら「治った!」って思っちゃうじゃないですか~。

(中略)

何と、「ごく早期」の条件で計算しているにも関わらず、
10年で10%以上再発すると出ました(;・∀・)
思った以上に再発率が高くて私も((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルです。

これでも、「治るのに。」というポスターを
都の施設に貼ることができるのでしょうか?
95%が治癒します、って言えるのでしょうか?
その言葉を信じて、でも再発してしまった人に対しての配慮はないのでしょうか?

再発だって「早期発見、早期診断、早期治療」が必要なのに、
どうして「既に罹患してしまった人」には情報を提供しないのですか?

治療方法や日々の生活のヒントを提供するだけで、
「乳がんになっても、仮に再発してしまっても、
治療をしながら、長い時間、今までと同じ生活を維持できる」ということを
アピールできるのに、なぜそういう方向に向かわないのでしょうか?



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そしてもう一つ、腫瘍内科医の勝俣範之先生の記事から一部引用させていただく。私がインタビューに答えたのは2010年だった。この手記を書いたのは2012年だ。こうした意見が腫瘍内科医から出てくることはとても嬉しい。少しずつ啓発キャンペーンも変わっていくのだろうか。そうであるといいなぁ、と思う。ペコさんが天国で喜んでくれれば私も嬉しいんだけれど。


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ピンクリボンキャンペーンに思う-勝俣範之 投稿日: 2013年09月27日 12時20分 ハフィントンポスト日本版 より一部引用


海外のピンクリボンキャンペーンは、「乳がんに対して理解を深める」というキャンペーンであり、あまり「検診」について強調されていません。また、キャン ペーンで得られた寄付金は、乳がんの治療研究に主に使われます。「海外では検診は既に普及しているので、検診を訴える必要がないからだ」とお叱りを受けそ うですが、もちろん、日本では検診がすすんでいないので、まずは、検診を広めることが大事であると思います。


では、「検診を広めるためにはどうすればよいか?」、考えてみたいと思います。現在、日本で行われている検診を広めようという運動は、ほぼ啓蒙活動のみです。国民への啓蒙が一番大事なのでしょうか?確かに啓蒙は大事です。どのピンクリボンキャンペーンを見ても、「検診に行きましょう!」と皆が口々に唱えて います。


日本のピンクリボンキャンペーンが盛んになってきたのは、2000年代に入ってからです。2000年(平成12年)10月に「あけぼの会」が東京 タワーをピンク色にライトアップしたことがきっかけと言われています。その運動の規模は年を追うごとに急拡大しており、りそな銀行、アストラゼネカ、アテニア化粧品、エイボン・プロダクツ、東京海上日動あんしん生命、ワコール、オーティコンなど、協賛する企業、市民団体は多数存在するようになり、大変な盛り上がりを見せています。企業もキャンペーンを奨めることにより、イメージアップを図ることができるので、企業宣伝にもつなげられるということなのでしょうか。


では、その結果、検診を受ける人が飛躍的に増えたのでしょうか?乳がん検診率を見てみると、2006年から、2010年までに、13.41%から、22.86%と確かに増えてはいますが、目標とするがん検診50%以上までにはほど遠い状況です。



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コメント

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No title

「どーもの休日」を紹介していただき、ありがとうございました。今月2日彼の一周忌を終え、昨夜、名古屋で友人たちが集って、この本の出版を記念する会がありました。デパートにお勤めの娘さんが駆けつけて、出版のための原稿整理や「あとがき」を書くことが、どんなにつらかったか、涙ながらに話され、僕も改めて「生き方/逝き方」を深く考えました。治療を受けなければ、あと5年は生きたかも、という友人もいました……。出版社の編集長さんも、いのちを記す本のスタンスの難しさ、大切さを語られました。ミーハーながらあの池上彰さんから、オビもいただいちゃいました!

Re: No title

ひつじさんコメントありがとうございます!

昨日、出版社から本が届いたばかりなんですよ。おっしゃるようにオビがあの池上さんで私も驚きました。

何冊か購入させていただきました。あるところに置いていただけないかお願いしてみようと思います。

私は私自身が報道被害というような経験をしたことがあります。そのため、患者さんの声をストレートに世に出す難しさをよく知っています。私も自分が未熟児の母になってから始めて知りました。この世では個人では解決できない厳しい現実があります。こういうところは誰かが訴えていかない限り変わりません。

だからこの本を出るだけ多くの方に読んで欲しい!そう思ったんです。

ところで、ひつじさんの「はじめに」を読ませていただきました。anms1024さんはプロのジャーナリストだからやっぱり考えてブログを書いていらしたんだ、さすがだな、と思いました。「読者の共感を得るには、感情表現を削ったほうがよい」と文章の書き方の本に書いてありました。しかし、私のような凡人にはなかなかできないのです。

本が思ったよりも小さくて、表紙も感じがよく、そしてオビがあの池上さん・・・。書店に並んだら多くの方が手にとるかもしれない。そして心を掴むかもしれない、掴んで欲しいと思いました。

今、ベストセラーの「おかげさまで生きる」を書いた矢作直樹先生は夫の知り合いなんです。「おかげさまで生きる」を手に取る方が多いということは、「ど~も」も手に取る方がいらっしゃるんじゃないかと思います。

「いのち」を考えるということが、今求められているような気がします。それも、若い女性や有名人から、男性の時代に変わっていっているのかもしれません。

ネットでは傷ついたこともある一方、「ひつじ」さんのような方に巡り会うきっかけも運んでくれるので、続けてきてよかったな、と思います。