2014/11/07

サマリーを書いてみる 患者と遺族、被害者の人権について

いつもの文体に戻します。

映画『レ・ミゼラブル』予告編 シネマトゥデイ

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「民衆の歌(Do You Hear the People Sing?)」 

列にはいれよ 我らの味方に 砦の向こうに 世界がある
戦え それが自由への道

戦う者の歌が聴こえるか? 鼓動があのドラムと 響き合えば
新たに熱い 生命がはじまる 明日が来たとき そうさ明日が!



大学生の時、カンニングをして捕まった恥ずかしい過去がある。何をやっても続かないダメ学生だった。でも、そんなダメ学生も、何かきっかけがあると変わる。


「『患者の人権』について取り上げてあげるからサマリーを書いてみて」とある報道関係者に声をかけていただいた。


「えっ本当ですか!」と嬉しくなった。でも「この前の散文みたいなのじゃダメだからね」とダメ出しされた。


ここまで来るのに時間がかかった。本当に長かった。もう10年以上訴えてきたけれどやっと「人権」をストレートに取り上げてもらえそうだ。


私の母校は、もともと『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」にうたわれているような精神をめざし建学されたそうだ。封建的な社会から、近代社会に変貌する時代、スランスの法学を学ぶ法律学校として誕生した。個人の権利を確立し自由な社会を実現するために。まさに、市民からうまれる改革を目指して。


ずっと「言論の自由がない」「外の世界に声を届けて」と言い続けてきた私にぴったりじゃない。がんばってみよう!


振り返ると悲惨だ。


「小さくうまれた子ども達のために、予算をつけてあげられるかもしれないから」とある医療系メルマガに手記を書くよう、すすめてもらった。


喜んで書いたら、発表された途端、意地悪な医療者のコメントがずらずら。それでも仕方がないと思っていたけれど、メルマガが他の医師専用のサイトの転送されたら、なんと副題が消されている。


医療側に不都合だから消したのだ。


それだけではなかった。ある医師が医療者専用の掲示板で私の手記を紹介した。自由に転載していいからそこまではいい。問題はその後。そこに書き込まれた医師の感想をどんどん転送してくる。私がお願いしたわけではないのに・・・。


それが良い意見ならいい。でもそうじゃない。


「社会を変えるのは無謀」とか一度も息子にあったこともないのに「軽度の学習障害があると思う」と決めつける内容がほとんど。


呆然として、「なんでこういう意見を送ってくるんですか?」とやめるようにお願いしたら「サクラさんが喜ぶと思った」と言われ絶句した。あの時、「そうか、医療者と一緒に活動する限り、いろいろなことに我慢しないといけないんだな」と思った。


この後にも似たような出来事が続いた。インタビューが実名で掲載された本がネットで公開されたら、バッシングがさらに激しくなってクビが動かなくなった。


医師と思われる人が『助けてやったのに文句をいうな。心中しようが知ったことではない。』というような意見を書いていたからだ。


さらに周産期の先生方で議論をしてもらっても、なかなか退院後の育児支援に話がいかない。「今は周産期医療にも女性医師が増えた。だから、まずは女性医師の労働環境改善を」というような感じになっていく。はっきりいって、医師が男性だろうと女性だろうと私達にはあまり関係ない。それこそ議論のすり替えではないだろうか。ため息が出た。


どうしてこうなるんだろうとずっと真実を追い求めてきた。


ちょうど、2011年の今頃、ある医師からメールが送られてきた。そこには、「サクラさんの目的は何か、どうすれば満足なんですか」と書かれている。


けれど真実を知った。手記を一生懸命書いたところで無駄だったのだ。当時の記録をあたってみたら、ちゃんと書いてあった。「政権交代をしても医療費は200億しか増えなかった。子育て関連予算はワクチンに流し込まないといけない」


私は薄々気づいていたのだ。だから「私は何のためにいるのですか。本当は何か別の目的があるんじゃないんですか」と何度も尋ねたのだ。


ブログに書けることは実際に経験したことのほんの一部。私の経験を学会発表してくれた社会学者の方が、私が言っていることが本当だと知り泣いたそうだ。医師の許可がないと何もできない構造。そこが問題だと指摘していた。


海外に住む知人に私の経験を話したら驚かれた。日本はそれだけ人権意識が希薄なのだ。それも「善意」でやっているから悪意がない。そろそろこういうマイナスの経験もちゃんと世の中に知らせないといけない。いつまでたっても改善されないから。


「医療を産業に」というのなら、人権意識も向上させて欲しい。


私達は(活動する)医師を有名にするためにいるわけではないし、社会的インパクトのために使い捨てにされるためにいるわけではない。言論や表現の自由はある。けれど何をしてもいいというものではないはずだ。「サマリー」にはそういう気持ちを込めた。


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自殺遺児:心の叫びの文集、WHOが世界に紹介 毎日新聞 2014年11月06日 21時46分(最終更新 11月06日 23時28分)


14年前、自殺で親を亡くした子供たちが「心の叫びを聞いてほしい」と訴えた小さな文集が、日本の自殺防止対策の出発点だったと世界に発信されている。世界保健機関(WHO)は今秋、「世界自殺リポート」を初めて公表し、この中で日本の自殺対策を世界の先進事例として取り上げた。そのきっかけとして紹介されたのが文集の存在。ここで胸の内を明かした自死遺児の一人は「個人の責任と片付けられていた自殺が、社会の問題だと思ってもらえるようになった」と振り返る。


 世界自殺リポートは、WHOが掲げる「2020年までに各国の自殺率を1割下げる」の目標達成に向け、世界の現状と課題をまとめたものだ。個別事例として特徴的な4カ国の対策が紹介され、日本が最も大きく扱われた。かつて「社会的タブー」だった自殺の問題は、00年に遺児たちが語り始めたことで変化が起きたと解説している。


 文集「自殺って言えない」は、親を病気や自殺で亡くした子を支援する「あしなが育英会」が発行。家族が自殺した17人の高校生、大学生、妻が匿名で思いをつづった。長野県の久保井康典さん(33)は当時大学2年。中1の時に借金苦から自殺した父を助けられなかった後悔、仲間に過去を打ち明けるまでの葛藤を書き「僕たちと同じ境遇の人たちに“一人じゃない”と伝えたい」と結んだ。


 A5判でわずか36ページの文集は反響を呼び、NHKが特集番組を制作した。そのディレクターだった清水康之さん(42)が退職して設立したNPO法人「ライフリンク」は、自殺防止や遺族支援の活動を全国に広げた。


 久保井さんらは01年12月、小泉純一郎首相(当時)に面会できることになり、首相官邸で対策の必要性を訴えた。これを機に国の取り組みが加速し、06年の自殺対策基本法制定につながった。専門家は「法律に基づき各省庁や自治体が横断的に自殺対策を取っている国は、世界でまだ少ない」と指摘する。


 大学を出た久保井さんは郷里に戻って自治体職員になり、結婚して2児の父になった。生活保護を担当した際は人を支援することの難しさを実感した。家族の自殺を抵抗なく語れる社会になったとも思えない。それでも「自殺を個人の問題と考える人は減り、社会全体が解決に向き合っている」と感じるという。


 1990年代後半に急増し、03年にピークの3万4427人に達した自殺者は10年から減少に転じ、12年にようやく3万人を割った。久保井さんは「国が対策を進めなかったら、自殺者は今よりも多かったかもしれない」と思う一方、現状を喜んではいない。「自殺は『減った』のではなく、今も毎年2万人以上増え続けている。その数倍の自死遺族が生まれていることを忘れてほしくない」【清水健二】


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