2014/12/03

偉大な先輩 高倉健さん

母校の大先輩高倉健さんが亡くなった。高倉さんといえば「反骨の人」「権力に立ち向かい弱きを助ける」という役柄のイメージがある。追悼の記事を読むと、実生活でも同じだったようだ。日本を代表する一流の俳優になっても権力とは距離を置き、仕事では気配りを忘れない。


母校の見学の精神である『権利・自由』『独立・自治』とは、こういうことだぞ、と私達後輩にお手本を見せて下さった。


映画『野性の証明』より "戦士の休息"

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高倉健 wikipediaより
(2013年10月25日 文化勲章受章についての発言)

「日本人に生まれて本当によかったと、今日思いました」
「今後も、この国に生まれて良かったと
思える人物像を演じられるよう、
人生を愛する心、感動する心を養い続けたいと思います」

(週刊文春12月4日号 NHKの番組での発言)

「一番(仕事を)やっている人達が
一番お金をもらっていない人達なんだよね。
おかしいんですけれど。反省しますね。
本当は後ろの人達の努力なんですけれど」



高倉さんの経歴を見ていたら、相撲部のマネージャーをしていらしたようだ。芸能界に入るきっかけも、監督の紹介と書いてあった。


夫は「もしかしたら、ラグビーの北島監督だったかもしれないぞ」と私に言っていた。北島監督も相撲部の出身でスポーツ界だけでなく芸能界にも知り合いが多かったそうだ。


北島監督もまた私の同級生のお祖父様だった。私が見えないビジネス「パブリックアフェアーズ戦略」が好きになれないのは、偉大な人生の先輩の姿をみてきたからだ。


回り道をしても、一つのことをコツコツやり続ける。見えないところでこそ、手を抜かない。いつから私達のまわりから、そういう美徳が失われたのだろうか。メディア戦略で特別扱いしてもらい有名になって、それで本当に実力がつき人がついてくるのだろうかーーーー


親戚の叔父も芸能界で活躍しているがメディアに露出しない。時間があれば海外に出向き、日本文化の素晴らしさを紹介をしていたようだ。幼い頃、かわいがってくれた後に人間国宝になった陶芸家の三浦先生も同じだった。やっぱりそういう生き方に憧れる。日本人として『魂』を売らないとは、こういうことじゃないかと思う。


国際交流基金 平成26(2014)年 受賞者

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私はこれからも先輩達の大きな背中を追いかけて生きてこう。昨日、大きな役割を与えてもらった。目指す目標は大きいけれどがんばっていこう!


高倉健さんのご冥福をお祈りいたします。


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中国人も熱狂、高倉健さんの「生きる流儀」「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見て思う 佐藤 智恵 :作家・コンサルタント  2014年11月27日 東洋経済オンライン

(略)

最近、ちまたでよく言われている「ワーク・ライフ・バランス」などとは無縁。「仕事もプライベートも充実させて器用に生きよう」と喧伝される世の中で、プロフェッショナルたちは、愚直で不器用。それでもひとつのことに懸ければ、トップになれるのです。


高倉健さんの回をご覧になった方ならご存じだと思いますが、高倉さんの日常はとにかくストイック。現場では座らないで立っている。体を鍛える。ウォーキングを欠かさない。食べ物に気を遣う。酒・タバコはいっさいやらない。それでいて、ロケ現場に見学にきた人たちや撮影スタッフには、限りなく気を遣う。自分には厳しく、他人には優しい。


過去には、3年間、ほかの仕事を入れずに「八甲田山」に集中。おカネがなくなりマンションやベンツを売り払う。雪山で凍傷になっても文句を言わない。40歳で離婚してからは独身を貫く。そして、肉親の葬式には参列したことがない……。葬式に行かなかった理由について、番組内で次のようにおっしゃっていました。


「今、考えたらね、肉親の葬式、誰も行ってませんよ。それはけっこう自分に課してる。オレはそれで撮影中止にしてもらったことはないよっていう……オレの中では、それはね、プライドですね」(「プロフェッショナル 仕事の流儀」)。



このドキュメンタリーを見て、筆者は、カメラで撮影しているかぎり、いつでもどこでも高倉健なのだということに気づきました。映画であろうが、密着ドキュメンタリーであろうが、高倉さんは高倉さんを演じている。

(中略)

中国で異例の報道


高倉健さんの逝去のニュースを受けて、筆者は海外がどんな反応をするかに注目していました。高倉さんは、『ブラック・レイン』(1989年公開)など、ハリウッドのヒット映画にも出演していたにもかかわらず、欧米メディアはほとんど放送しませんでした。


対照的に大々的に報じたのは中国です。中国では18日夜、国営の中央テレビが、25分間にわたって高倉さんを惜しむ特集を放送。これには驚きました。普段は日本のことを批判してばかりいる放送局が、高倉さんを大々的にたたえたのです。


その後も、外務省が哀悼の意を示したり、共産党系の新聞が追悼記事を掲載したりなど、異例の対応が続いています。そして、よく反日デモの参加者からペンキや卵を投げつけられていた、あの北京の日本大使館に、今、ファンから花が届けられています。


高倉さんは、近年、海外の映画人と映画を制作することに取り組んでいました。NHKのインタビューでも、「いろんな国の人と映画を撮りたい。日本だけじゃなくてね」と夢を語っていました。そうした中で、チャン・イーモウ監督の『単騎、千里を走る。』(2006年日本公開)に出演しました。


しかし、中国人にとって、高倉さんといえば、何と言っても映画『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年)です。この映画は、「文化大革命」(1966~1976年)後に中国で初めて公開された外国映画。無実の罪を着せられながらも、真実を追求していく検事を演じ、中国の民衆から圧倒的な支持を受けました。高倉さんは自由の象徴であり、あこがれでした。プロフェッショナルの仕事は国境を超えるのだと、今回の中国での報道を見て思いました。


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