2014/12/12

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その1)

国立公文書館のサイトにアクセスしたら「江戸時代の『罪と罰』」という企画をやっている!それも「冤罪を防ぐにはどういう努力をしてきたか」も、テーマの一つのようだ。今の私のピッタリかも!さっそくでかけた。


国立公文書館
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思い起こせばはじめて出かけたのは大野病院事件の判決があった2008年の春。その時の特別展は『病と医療 病と医療からみた江戸から明治への軌跡』だった。今年は「江戸時代の『罪と罰』犯罪と刑罰の歴史」かぁ。


法務局の人権相談窓口の対応にはがっかりした。「あなたは確かに人権侵害を受けた被害者ですが、元気だから一人でもがんばれると思います。私達、サクラさんを応援してます〜」みたいに言われた。「ちょっとまって下さい!」と粘って、記録だけは残してもらったけれど・・・。法務局には「まもる君」と「あゆみちゃん」というキャーラクターまでいるのにね・・・。


さて、ご先祖様達はどうやって冤罪を防いでいたのかしら。とても興味がある。九段下の出口を出て、北の丸公園をぬけ約10分。皇居の周辺はいつきてもよいところだと思う。しかも公文書館は入場が無料だ。


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入り口のすぐそばには、江戸時代の刑罰が紹介してある。「鋸挽(のこぎりびき)」「磔(はりつけ)」「獄門(ごくもん)」「火罪(かざい)」など恐ろしい刑罰の数々が。


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「歯車が狂うと、どんなことが自分の身に起きてもおかしくない」という経験をした私には迫るものがある。冤罪でこんな刑罰を受けなくなったら、死んでも死にきれないだろうなぁ、悔しかっただろうなぁ、と思うと泣きそうだ。


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時代劇に出てくる「名裁き」が人々の話題になり、今日まで語り伝えられているのは、今とは比べられないほど「死刑」が執行され「冤罪」も多かったことの裏返しのようだ。


万治三年(1660年)に、鈴木正三という武士出身の僧侶の弟子が書いた『驢鞍橋 (ろあんきょう)』が紹介されていた。正三は、「安易に人を切るという戦国以来の武士の世界の悪習を払拭せよ」と非難していたそうだ。


荻生徂徠の門人である儒学者、松崎観瀾(まつざきかんらん)の随筆『窓のすさみ(須佐美)』には平岩若狭守親庸(ちかつね)という『火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)』が紹介されているそうだ。親庸は死刑が執行される前日、罪人を呼び出し「言い訳があったらのべよ」と最後のチャンスを与えていたそうだ。江戸時代にも冤罪を防ごうとする立派な人がいたようだ。


これは備前岡山藩士の湯浅明善が記した『天明記』


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天明7年6月に町奉行を拝命した石河誠武(いしこまさたけ)について記されています。町奉行を拝命した石河が、白木の箱に切腹の際の着衣と担当をい収め、これを居間の床の正面に起き、朝夕書かさず捧げ持ったというもの。町奉行の職務をしくじったら原を切る覚悟で日々つとめていたというものです。


真犯人を検挙し冤罪を防止するために中国では古くから裁判実話集という書物がつくられていたそうだ。そのため、展示資料には中国から伝えられたものがあった。犯罪捜査と冤罪を防止するために不可欠な法医学の知識も中国から伝来したそうだ。


これは江戸時代の大名尾張藩第七代藩主徳川宗春によって記された『温知政要(おんちせいよう)』。享保16年(1731年)に初めて国入れする際に施政方針を記したもの。宗春は死刑を執行しないなど、寛大だったそうだ。


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もし政策に誤りがあっても、即座に修正すれば、事態は改善されるだろう・・・。謝って(無罪の者を処罰したら)後の祭り。どんなに悔いても取り返しがつかない、したがって、取りしらべや審理は、かならず入念に行わなくてはならない。たとえ一千万人でも、冤罪で処刑される者がいれば、それは天理に背き、なによりも国を治める者の大きな罪である


旧松山藩士の服部嘉陳(はっとりよしのぶ)は冤罪で牢に入れられた経験がある。明治7年無実が判明し釈放され獄中記『忿悒録(ふんゆうろく)』を記すとともに、「冤罪の原因と防止対策」を政府に提言した。「保身を図り手柄をたてようとする官吏の悪習が背景にある」と訴えたそうだ。なんだ、今と同じ変わっていないと思った。


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これは『黄紙(きがみ)』


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重い罪は、江戸時代三奉行(寺社奉行・勘定奉行・町奉行)や火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の判断だけで決められわけではなかったそうだ。重い罪を申し渡す場合や、判断に迷う場合、老中に相談した。その際、犯罪の内容を記したものが『黄紙(きがみ)』。


こちらは『御仕置例類集(おしおきれいるいしゅう)』


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簡単にいえば『判例集』だ。10代の少女の放火事件。夫に不倫を疑われた妻の自殺事件。火災で老父を救出できなかった息子の罪が問われた事件が展示されていた。夫が「自死にいたる理由はいつの時代も、あまり変わらない」と言っていた。確かに、重い病、借金、浮気など今も昔も社会で起きる事件は似ているんだなぁ。


国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪




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