2014/12/15

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その1) の続き


江戸時代の判例集、『御仕置例類集(おしおきれいるいしゅう)』に記してある事件の紹介。一つ一つの罪にはそれぞれドラマがある。事件を通してみえてくるのは昔の女性の人権。かなり軽く考えられていたようだ。


  • 数え年で15歳(満13、14未満)の少女の犯罪 放火事件


2014-12-11-8.jpg


【罪】

気分がすぐれないので休ませて欲しいと主人にお願いした少女に、雇い主は冷たく突き放した。少女が「やめさせて欲しい」と願い出ると「支払い済みの給与を倍にして返せ」と言われる。やめることもできず、とうとう過労のためにすり鉢の水をこぼしてしまった。そんな少女に、主人は棒で打ち付け罰を与える。

「このままでは殺されてしまう」と思いつめた少女は、家に火をつけた。焼き払うつもりはなく、解雇してもらうつもりだった。


【罰】

本来であれば火罪であるが、15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を兄に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 妻の不倫を疑い自害させてしまった夫


2014-12-11-9.jpg


【罪】

銭湯や買い物に出かければ、帰宅が遅く、酒に酔うこともしばしばだった妻を不倫をしていると思い込み、いつしか妻に無理難題を押しつけるように。たまりかねた妻は「疑いを晴らすために自害します」と喉に剃刀を押しつけた。「どうせ脅しているだけだ」と、止めずにいた夫の前で妻は絶命。


【罰】

自害をとめようとしなかったことと、妻が自害に至った経緯を偽って申告したことの二点が「不届」とされ、中追放に。しかしその後、自害したのはやはり不倫した事実があったのだ、ということになり、急度叱(きっと叱り)の軽微な処分になった。



  • 嫁ぎ先で夫と姑とうまくいかず、殺人を犯した数え年15際未満の少女 放火事件

2014-12-11-17.jpg


【罪】

後妻に入った嫁ぎ先で妻は妊娠。しかし夫と姑から「これ以上子どもが増えたら育てられない」と堕胎を強要された。さらにその後、姑は「自分と息子が堕胎を強要したという噂が迷惑」と何かにつけて、妻に辛くあたるように。しまいには二人だけで寝かせないようにした。

「こんな家にはいられない」と家を出た妻に、夫と姑は辛くあたり、謝罪しても聞き入れない。嫁入りに持参した品も返さず売り払った。耐えきれなくなった妻は、家を焼き払った。


【罰】

15歳以下なので遠島の刑に。15歳になるまで身柄を親に預け、15歳に達した時に、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)に申し出るように。



  • 江戸時代の親による子殺し 児童虐待


2014-12-11-10.jpg


6歳の娘が夏から下痢気味に。「ウンチをしたくなったら教えて」と言ったのに、またおもらしをして着物を汚してしまった。(もう冬になり)厳しくしつけなくては。躾のために夜中に裸にして外に出したところ、娘の姿が見えなくなった。

以前姿が見えなくなった時には、お向かいの家にいたから、今回もそうだ。でもお向かいに声はかけなかった。翌朝家の入り口に凍え死んだ娘の屍が・・・。

極寒の夜中に裸で外に出すとは慈悲のかけらもない。母親には斬罪が申し渡された。躾ではなく虐待とみなされたのだ。



こちらは身につまされたコラム。ちょうど私も同じような経験を昨年したばかりだ。やってもいないのに一方的に決めつけられる苦しさはされた者にしかわからない。私はたまたま手を差し伸べる方があらわれたからよかったけれど。それでもいつまでも忘れないし、苦しい思いを抱えたまま生きていくことになる。江戸時代の冤罪は=死罪をはじめ拷問のような重い刑罰が待っている。考えると恐ろしい。


2014-12-11-18.jpg


尋問の達人と評判の与力が思うところがあり、帰宅後与力の服装のままで下男を呼び、盗んでいないことを承知の上で「金を盗んだな」と詰問した。下男は驚いて否定したが、厳しく詰問されるうちに罪を認めた。罪を犯していない下男の自白する様子に与力は衝撃を受けた。

自分は、今までどんな強情な囚人も自白させてきたが、なかには冤罪の者もいたのではないか・・・そう気づいたからだ。恐ろしくなった与力は職を隠居した。



その一方で、ささいなことで何でも重罪かというと、そうでもなかったようだ。江戸幕府の基本的な法典は『公事方御定書』というものだ。上巻・下巻の2巻からなり下巻は『御定書百箇条』と呼ばれていた。御定書には密通(不倫)した人妻は相手の男性とともに『死罪』と定められていた。例えばラブレターのやり取りだけでも『中追放』という重罪だった。


しかし、多くの場合は示談(お金)で穏便に済まされていた。間男(不倫相手)の男性が、夫に支払う首代(謝罪金)には相場まであった。面白いことに、江戸は7両2分なのに、大阪は5両2分と安かったそうだ。奉行も忙しく、いちいちお裁きをしていたら、大変ということは今も変わらない。


  • 江戸時代の手錠


2014-12-11-12.jpg


  • 江戸時代の囚人の食事


2014-12-11-13.jpg


池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公「鬼平」のモデル、長谷川宣以(はせがわ のぶため)に関する展示。火付盗賊改方の長である火付盗賊改役を務めたそうだ。今、人の心のつかみ方やマーケティングに関する本は数多く出版される。しかし、こうやって後世に伝えられるほど、人心掌握術に長けてる人はそういない。


2014-12-11-15.jpg


長谷川は以前はあまり評判がよくなったが、町人に人気があった。老中(松平定信)もしだいに長谷川ならば、と思うようになった。

長谷川は人気取りが得意で、借金がかさんでも配下の与力同心に酒や食事をご馳走し、夜中に罪人を連れてきた町人にも蕎麦をふるまった。お茶漬けを出しても喜ばないが、人を蕎麦屋にやって蕎麦を取り寄せると、町人はご馳走になったと有り難がるからだ。



  • あの『ねずみ小僧』の犯した罪一覧表


2014-12-11-14.jpg


「公文書」で後世に記録を残すということはとても良いことだ。国立公文書館は地味で目立たないけれど、素晴らしい施設だと思う。しかし公文書は今、次ぎ次ぎ廃棄されているそうだ。今は昔では考えられないほど、情報を保管する手段や媒体、場所が多様になった。人手も足りないから追いつかないのだ。


でも、その代わり個人でブログが書ける。ブログは、後世に何を残すのだろうか。『戦後最大の薬害』裁判が来年はじまるといわれている。なぜ『薬害』が生み出されるのか。後世の人達が考える一つのヒントになるかもしれない。





コメント

非公開コメント