2014/12/17

次の時代 コンクリートから人へ

国立公文書館で『江戸時代の罪と罰』の資料を買った。一緒に売っていたのがもう終わってしまった春の特別展『高度成長の時代へ』の資料だった。「資料だけも面白いですよ」とすすめられ迷わず買った。200円なの。


国立公文書館 平成26年春の特別展 高度成長の時代へ 1956 ー 1972

2014-12-16.gif



何度か書き直して、今日ある文書を完成させた。「プロの目からみて合格ですよ」と言っていただいた。やっとこれでスタートラインに立てる。私は本物の専門家が登場するまでの前座のようなもの。本物に登場してもらまでが、本当に長く険しい道のりだった!


楽観的かもしれないけれど、私は最後の落としどころを考えはじめている。


父がお世話になった鈴木会長とご兄弟は、まさに『高度成長の時代』に日本を牽引した大企業の経営者だ。パラパラめくりながら考える。


※    ※    ※



鈴木竹雄 wikipediaより引用

日本の商法学者。東京大学名誉教授。

【親族・家族】

鈴木商店(現味の素)第2代社長の鈴木忠治の三男。鈴木商店創業者の2代目鈴木三郎助は伯父。妻は子爵の井上勝純の娘。兄に三楽オーシャン(現メルシャン)社長・会長を務めた鈴木三千代や、工学博士で昭和電線電纜会長を務めた鈴木松雄。弟に通商産業省重工業局長等や日揮会長を務めた鈴木義雄や、経済同友会副代表幹事や昭和電工社長・会長を務めた鈴木治雄、三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現・三菱自動車工業)社長を務めた鈴木正雄、大蔵省国際金融局長や国際通貨基金理事等を務めた鈴木秀雄がいる。娘は日本放送協会報道局長やパリ日本文化会館初代館長等を務めた磯村尚徳の妻。



※    ※    ※



ちょうど今は「コンクリートから人へ」という次の時代への転換期。一つの時代が終わり混乱の中にいる、という感じだろうか。そこに私が連れてこられたことは、意味があるのかも。


集英社インターナショナルの斉藤貴男さんの記事を読んだ時に「やっぱりね!」と私は思ったわ。ロビイストは厚労省ではなく、経済産業省に働きかけていたのだ。なんだかそっくりだな、と思ったのだ。ただし『フェア&リーズナブル』が座右の銘だから、全く違うけれど。


※    ※    ※



子宮頸がんワクチン問題を追う ワクチンビジネスの作法 HPVワクチンを起爆剤にしよう 2014年9月16日ジャーナリスト斉藤貴男 集英社インターナショナル


新日本PAはすでに2006、7年頃、GSKとの間でロビイングの委託契約を締結していたことがわかった。HPVワクチンに定期接種への道が開かれたのは民主党政権の時代だが、それはたまたまそのようなタイミングに当たっただけで、種は以前の自公政権下で小原氏らによって撒かれていたという。

永田町の事情通に聞いた話だ。

「HPVワクチンはGSKとMSDの独壇場。どちらも外資ですから、もともと厚生労働省の主流派はやる気なんかなかったんです。国内のワクチンメーカーを、いや、天下りをはじめとする業界との既得権益を守りたかった、ということじゃないですか。

(中略)

GSKに近い関係者に聞いた。

「新日本PAがHPVワクチンのロビイングを始めたのは、経済産業省のバイオ課が示唆を与えたからです。もっと言えば、GSKに繋いだのがバイオ課でした」

バイオ課は通称だ。正式には経産省製造産業局生物化学産業課。1989年に新設されたバイオテクノロジー関連事務を統括するセクションで、彼らはMMR薬害事件以降の予防接種行政のありように、産業政策の見地から頭を悩ませていたという。

日本のワクチン業界は確かに閉鎖的だった。競争にさらされていないので時代に対応した再編成も進まず、メーカーの規模も小さい。戦前の体質を色濃く引きずってもいるようだ。



※    ※    ※



歴史を振り返れば、「戦後最大の薬害」が生まれたのは必然だったと思う。なぜ私達は同じ過ちを繰り返すのだろう。私が問題だと考えてきたのは、ワクチンを普及させる方法だ。推進した方々が反省や総括をしないかぎり、しばらく混乱は収まらないだろう。


※    ※    ※



国立公文書館 『高度成長の時代へ』第二部 高度成長成長の展開 より 一部引用


昭和35年(1960)7月に成立した池田勇人内閣は、「寛容と忍耐」を基本に掲げ、新日米安全保障条約をめぐって二分した政治対立の修復を図るととも「国民所得倍増計画」を制定し、国民の関心を「政治」から「経済」へと変換させました。第36回国会において池田が述べたように、目標を10年間で実質国民総生産を2倍と設定し、経済成長の具体策として、社会資本の充実、石油・鉄鋼を中心とした重化学工業への転換、輸出の拡大、科学技術の振興を掲げました。



急激な高度成長の負の側面

  • 石炭から石油へのエネルギー政策への転換 

国内の石炭業が斜陽化 
昭和35年戦後最大の労働争議三井三池争議が起きる


  • 昭和34年農業基本法が改正 大型農業機の導入で農業が近代化

余剰が生じた労働力は都市部に流出
農村部は農業人口の減少、
都市部は過密が生じ、生活環境の悪化や教育・福祉問題の要因となる


先進国の例を見ないスピードでの経済成長は「経済優先」であり、
「水俣病」「新潟水俣病(第二水俣病)」
「四日市ぜんそく」「イタイイタイ病」といった四大公害病が発生
拠点開発地域や都市部における自然環境の破壊を招いた



※    ※    ※




コメント

非公開コメント