2014/12/30

今年一年、ありがとうございました

ひつじさんにまたコメントをいただいた。11月に出版されたばかりなのに、もう『どーもの休日』は出版元にはなくなってしまったそうだ。増刷されて、今度はNHKが取り上げてくれたらいいな。


なぜ「がん難民」は生み出されるのか 池上彰さんにお願いしたいこと


どーもの休日―元NHK記者と家族の“末期がん闘病記”どーもの休日―元NHK記者と家族の“末期がん闘病記”
(2014/11)
近藤 彰

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著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

近藤/彰

昭和23年(1948)年大阪生まれ。大学卒業後、1971年放送記者としてNHK入局し、鳥取放送局に配属される。静岡、名古屋局で遊軍や県政、市政を担当。東京局時代にはディレクターやNHKのTV情報誌『ステラ』の編集長も経験する。名古屋局報道担当部長、同局広報部長を最後に2006年、NHKを定年退職。2012年10月(財)NHKサービスセンター名古屋支局長を退職。同年12月すい臓がん末期ステージ4bの診断を受け闘病生活に入る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



クリスマスをいつものように野沢温泉スキー場で過ごした。往復の高速道路で『姥捨』というSAを通る。『姥捨』といえば昔話、『姥捨山』をどうしても思い出す。貧しさのあまり、年老いた親を山に置き去りにしたという話だ。


ブログでたびたび取り上げてきた『どーもの休日』。この本は、元NHKのジャーナリストで、末期のすいぞうがんの患者さんだった近藤彰さんが綴った闘病記だ。この本に私がひかれたのは、幼い頃に読んだ『姥捨山』を思い出したからだ。


「ここに書いてあるのは、将来のあなたや、あなたの家族の姿かもしれないですよ」と神様に現実を突きつけられた気がしたのだ。


もしも、近藤さんの闘病記をみなければ、目をつぶって過ぎてしまったかもしれない。「そうはいっても、医療費が膨れあがるのはどこかで押さえないといけないんだよ。将来の若い世代が大変だから」と。親が亡くなるという現実を受け入れるのも考えるだけで恐いけれど、さらに経済的な負担も恐くなる。


もしかしたら今後、お金を出せば受けられる治療の幅が広がる可能性があるからだ。悩むだろうな。


超低出生体重児だった息子が成長できたのは、子どもだからだ。私や家族の身の上にもう二度と、同じような奇蹟は起こらないだろうと思っている。だからこそ、こういう問題から逃げようとする。すぐに解決できそうにない困難には目をつぶってしまえば楽。


そういう考えたくない気持ち、逃げようとする心を、グッと捕まれる感じがした。


これは他の誰かの話ではない。いつか自分や家族が通る道、自分自身の問題。今はそう思っている。


だから静かに広がって欲しい。多くの方が自分のことと考えてくれたらいいな、と願っている。


今すぐに解決できなくても、ほんの少し平坦な道のりにすることはできると思うから。


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藤田正美の時事日想 団塊の世代に医療費が注ぎ込まれる時代 Business Media 誠 より引用


1割負担にするために毎年2000億円もの公費が投じられてきた。安倍政権は、法律どおり(もともと自民党と公明党の連立政権のときに、2割負担を暫定的に1割負担にしたという経緯がある)2割負担にするとしているが、結局、それが決まるのは7月の参院選後ということになるだろう(その前に争点になると票に響くという計算である)。


 それを前提としても、問題はその先にある。医療費が膨張し続けるのは、薬の無駄遣いや病院の検査漬け、過剰診療が主たる理由ではない。病気がある程度治るようになったから医療費が増加する。例えばガンでも、手術や投薬、あるいは放射線などの物理療法で延命率が上昇している。つまりガンを抱えたまま「普通の生活」を送ることが可能になっているということだ。


 もちろんガンだけではない。心臓発作や脳梗塞といったかつては「致命的」だった病気にかかっても、ある程度の生活を取り戻すことができるようになった。言い換えれば、医療技術や医薬品が進歩すればするほど医療費は増加するということである。つまりこれから日本は、高齢化による医療費や介護費の増加に加えて、医療技術の進歩による医療費の増加がすごい勢いで進むということだ。


 そうなる前に手を打たなければならないが、実際のところ、日本の政治は社会保障についていつも手をこまねいてきた。安倍首相が果たしてどこまでこの問題に切り込めるかは、まだ分からない。参院選の結果によっても変わるだろう。それでも安倍首相の歴史的評価は、まさにこの社会保障にどう切り込んでいくかで決まる。


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