2013/11/11

クローズアップ現代 続発するアレルギー事故 学校給食で何が?

“わたしは みんなとちょっとちがう
ちょっと しっぽが みじかいし
ちょっと ひげが ながい
でもママが「それでいいのよ」っていってたの”


給食を食べて激しいアレルギー反応に見舞われ、亡くなった女の子が作った、詩と版画です。友達とは違うアレルギーがある自分を例えているかのようです。病気を前向きに捉え、将来はアレルギーなどを研究する科学者になることが夢でした。



今年、2013年2月21日に放送された、放送クローズアップ現代「続発するアレルギー事故 学校給食で何が?」の冒頭で紹介された詩だ。


「続発するアレルギー事故 学校給食で何が?」

なんともいえない悲しい気持ちになった。今でも私の心をとらえて離さない。


子どもが退院したのは今日のような寒い日だった。あの日は雪がちらついていた。先生とスタッフは笑顔で見送ってくれたが、これからどうやって子どもを育ていいか途方にくれた。


医療の進歩で、重い病気や障害をかかえていても、赤ちゃんが生きていけるようになった。しかし、子どもは一人ではいきていけない。退院後の生活をささえる社会の支援は不十分だ。とりわけ、医療と教育との連携が上手くいっていないのは不幸なことだと思ってきた。医療の進歩に受け入れる社会が追いついていないのだ。


子どもがうまれるまでは、新聞で虐待事件をみるたび、「なんてひどいことをする親だ」と思ってきた。でも、ある日突然、未熟児の親になって、虐待する気持ちがわかるようになってしまった。そんな自分が恐くなった。


いつしか、「このままではいけない。誰かが訴えないことには何も変わらない」そう思うようになった。だから、この10年間私なりに訴えてきた。幼稚園や学校などの教育機関だけでなく、医療機関にも様々な働きかけをしてきた。シンポジウムに登壇したり、マスコミの取材に応じたり、本当にいろいろ。


そのなかで、お母さん達に話をきく機会があった。その時「大変なのは私だけじゃない」と思った。亡くなった女の子のように、重度の食物アレルギーがあるお子さんを育てるお母さん達は大変だ。もしかしたら私はまだ社会にみえるだけ、楽かもしれない。うまれた直後の写真をみせるだけで、「まあ、よくがんばったのね」などとやさしい声をかけてもらえるからだ。


翻って、食物アレルギーはどうだろう?ありふれた病と勘違いする人が多くはないだろうか。重度の場合は全く違う。主治医と意思疎通が上手くいかなかったり、親世代の常識と異なるため、お母さん達は孤立してしまう場合もあるという。必死になって育てる親は、虐待していると誤解されることも多いそうだ。


番組を見たとき、私はお母さんの苦労を想像したのだ。私が未熟児の親だからだろうか。自分の夫が、免疫に関係する研究者、ということも大きいだろうか。もし、アナフィラキシーショックの恐ろしさと、エピペン投与の重要性が教育現場に理解されていたら、そう思わずにいられない。


いろいろな思いが押し寄せ、「あぁ、間に合わなかった」と思ってしまった。自分にもどこか責任があるような、そんな気がしてならない。


番組で紹介されていた、アレルギーの授業があればいいのに。人が一人亡くなったのだ。「うん、それならいいや」と言ってもらえるように、努力しないといけない。残された私達は、何かを変えていかないといけない。

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