2015/01/13

『ジャーナリズム』とは多様な意見を創出すること

子どもにも『人権』がある  管理教育の恐ろしさ の続き


私が「子宮頸がんワクチン」のロビー活動、「見えないビジネス『パブリックアフェアーズ戦略』」を追い続けてきたのは、民主主義の根幹を揺るがす行為だと思うからだ。


フランスで200万人行進、反テロへ結束 各国首脳らも パリ=高久潤、ベルリン=玉川透、エルサレム=渡辺丘2015年1月12日01時23分

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社会を動かすのは世論。


今、特定の企業の利益に結びつけるための「世論形成」を「メディア戦略」で作り上げている人達がいる。メディアの中にいる人達も知らないうちに利用されている。


ブログをはじめたのは「このまま看過していいのか」という危機感からだった。私が大野病院事件の時に、福島地裁に手紙を書いたことと全く無関係というわけではないはずだから・・・。


配達記録

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福島県立大野病院産科医逮捕事件 wikipediaより一部引用

2004年12月17日に福島県双葉郡大熊町の福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡したことにつき、手術を執刀した同院産婦人科の医師1人が業務上過失致死と医師法違反の容疑で2006年2月18日に逮捕、翌月に起訴された事件である。

2008年8月20日、福島地方裁判所は、被告人の医師を無罪とする判決を言い渡し、検察側が控訴を断念したため確定した。医師は休職中であったが同病院に復職した。

マスメディアによる報道では「大野病院事件」といった呼称も用いられている。



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当初は「肩書きのない一市民にどんなことができるのだ」という無力感に苛まれることもしばしば。しかしどんなに悪条件が重なっても、肩書きのない一市民でも自らの意見をいえるというのは幸せな時代だ。


例えばグーグルで「超低出生体重児」と検索すると一目瞭然。私が書いた文章と、専門家の論文が並んで表示される。こんなことは、ほんの十年前にはありえなった。当事者の意見はもはや無視できない。それなりに価値があるのだという証だ。


国立公文書館でみた公文書は素晴らしい財産だと思った。しかし今、また違うアーカイブ(archive)の時代に突入した。ブログを通じて知り合った、ひつじさん(元NHKプロデューサーの津田正夫さん)が教えてくれた御著書『テレビジャーナリズムの現在―市民との共生は可能か』(現代書館)・『パブリック・アクセスを学ぶ人のために』(世界思想社)を読んだ。まさに「市民も情報発信しよう」ということなのかな。


国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その1)

国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪


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アーカイブ wikipediaより一部引用


重要記録を保存・活用し、未来に伝達することをアーカイブ、アーカイブズという。アーカイブ (archive) とは、日本では一般的に書庫や保存記録と訳されることが多いが、元来は公記録保管所、公文書、または公文書の保存所、履歴などを意味し、記録を保存しておく場所である。公文書館を参照のこと。

国立国語研究所による「外来語」言い換え提案では、アーカイブの言い換え語として「保存記録」や「記録保存館」とされている。



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中にはきっと「匿名で意見をいっても意味がない」という方もおられるだろう。


私はこの数年間、知らなくていい社会の裏側をたくさん知った。そこには「匿名じゃないと恐い」という現実があり、「あなたはジャーナリストじゃないんだから、もうやめなさい」とプロのジャーナリストに忠告を受けたことも。


おととし「家から出ていってやってくれ」と私を怒った夫だったが先日「陰謀論は嫌いだけれど、実際に『ディオバン事件』は起きているじゃない!陰謀に近いものは確かにある。それなのに騙された人が悪いの!」と言ったら黙ってしまった。少しは私を認めてくれたのだろうか・・・。


たびたび取り上げてきた、2013年にNHKが放送した『風疹大流行 遅れる感染症対策』の問題点は、厚労省の姿勢を問わなかったからだ。MMR訴訟がなぜおきたのか調べていくと「厚労省の対応に全く責任はないのだろうか」という疑問につきあたる。


いつも思うけれど、厚労省は被害が出た時の初期対応が遅いし、情報公開も不十分だ。報道されないと厚労省は動いてくれない。そもそも裁判をしないと救済されない厳しい現実があるのに、まるで裁判が悪いかのような印象を与えた。「いかに接種率をあげるか」に重点がおかた内容も気になった。


イソップ寓話の『北風と太陽』を思い出せばいい。


私は、夫と友人の免疫学者が言っていた「被害者は免疫学者にとって宝物だ。ワクチンを、より安全により確実なものへと導いてくれる、有り難い存在」という言葉をいつも思い出す。同じように接種を推進する立場でも、彼らのような温かな眼差しを持つのが、公共放送の使命だと思うからだ。


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風疹大流行 ~遅れる日本の感染症対策~ クローズアップ現代 2013年5月9日(木)放送 より一部引用

実はこのとき、ワクチン行政の大きな転換がありました。予防接種を受けたあと、死亡したり後遺症が残ったりするケースが相次ぎ、1980年代から90年代にかけて、国は裁判で次々と敗れました。

「ばんざーい!」

それまで予防接種は受ける義務がありましたが、国は法律を改正し、受けるよう努めると個人の判断に委ねることにしました。その結果、接種率が大幅に低下したのです。

厚生労働省 結核感染症課 正林督章課長

「世論もかなりワクチンに対して、残念ながら、ネガティブなイメージを持たれました。副反応あるいは健康被害に対して、国民の注目が集まれば、われわれ行政府としては、それを全く無視して、何も考えずにワクチンを前に進めることはできない。」



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MMR大阪訴訟 原告被害者の訴え より一部引用

私たちはかけがえのない息子をなくし、MMR接種と死亡との因果関係をたった3~4枚の簡単すぎる書類で否定され、何度も奈落のそこに突き落とされました。そして裁判をはじめ、提訴から4年経ち、審査請求への結果が出て行政上の認定を受けることができましたが、現在係争中であるためか謝罪の言葉は全くなく、予防接種をあんなに勧めつづけた人たちの、被害を受けてしまった家族への対応は一貫して冷たく、お粗末で誠意も人間味も全くないものでした。


平成5年の末に提訴して、9年という長い長い年月をかけて、ようやくこの裁判は地裁での判決を迎えようとしております。この判決が次の世代を担う子どもたちのために活かされること、ひいては予防接種行政が子どもたちの方を向いたものとなるよう、そして事故から1年1ヶ月間の入院中、私たち親に心配をかけまいとするように、1人で病院のベッドで一生懸命頑張ってくれた息子に対して、応えていける親であるように、語りつづけていこうと思います。



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予防接種の参考書 ワクチン被害 救済制度について 転載 より一部引用

被害者の親を足蹴にする、国と阪大微研

国・阪大微研は、死亡障害の原因をMMRワクチンではないと裁判で主張するために、被害児の体質や親の介護の責任を持ち出している。親は、ただでさえ子どもにこのワクチンを受けさせてしまったことに責任を感じ、後悔しているのに、親が自分の病気を子どもに感染させた、介護が不十分だったと主張し、再び被害児の親を足蹴にする。予防接種健康被害救済制度やこれまでの予防接種裁判の蓄積をまったく無視しようとする態度だ。


 現在、個々の事件の因果関係についての証拠調べが終わった。原告は欠陥ワクチンの製造承認取消・販売中止・回収といった処置をしなかった国・阪大微研の責任を追及する局面に入ろうとしている。同じ構図で繰り返されている薬害と予防接種行政そのものを追及することになる。



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これから新たな薬剤は次ぎ次ぎ認可されるだろう。がんを防ぐワクチンもどんどん定期接種化されるかもしれない。しかし「被害報道のせいでドラッグ・ラグ、ワクチン・ラグが起きる」という世論が形成されたらどうなるだろう?


もしも未知の被害が出た時に、それこそ救いようのない人権侵害になるかもしれないのだ。国民の生命・財産を守るはずの役所は頼りにならない。政治家も票につながらないことにはあまり関心がないだろう。


最後の頼みの綱は、『報道』。『報道』は被害者にとって『命』だ。そして被害者になるのは、私や家族、友人かもしれない。


先日、フランスで起きたテロ事件の報道をみて背筋が凍った。見方はいろいろあるけれど、私はこんな時代だからこそ、真の『ジャーナリスト魂』を持つ人達を応援したい。権力者にとって都合の悪い意見や、少数意見を排斥する世の中にしてはいけないと思う。


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『テレビジャーナリズムの現在―市民との共生は可能か』第六章 視聴者と共生するテレビへ ジャーナリズムは本来どういうものか より一部引用


世論形成のための重要な「要素」であることだけが、ジャーナリズムの全く唯一の任務である。だからこそ、ジャーナリズムは政府・権力の代弁をするべきではない。


ジャーナリズムに求められているのは、意見をトランスパレート(伝達する)だけではなく、自ら多様な意見を創出して、社会の世論形成に資することである。それを政府・権力と同じ意見しか伝えないのは、ジャーナリズムとしての責務を放棄し、政府・権力の言い分をそのまま伝達するだけの怠惰に陥っていることに他ならない。


政府・権力と同じ思想を伝える新聞・雑誌・放送は立場が権力よりだからいけないのではなく、自ら多様な意見の創出を放棄して怠惰であり、ジャーナリズムとして機能してないから、軽蔑されるべきなのである。あるいはそれらは、ジャーナリズムとは呼べないのである。



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フランスで200万人行進、反テロへ結束 各国首脳らも 朝日新聞デジタル 1月11日(日)21時48分配信


連続テロ事件が起きたフランスの各地で11日、テロに屈しない決意を示す大規模な行進があった。仏メディアによると計200万人超が参加したという。イスラム過激主義を背景に、表現の自由を踏みにじり、17人の命を奪った現実に抗議の意思を表明した。オランド仏大統領ら欧州の首脳に加え、イスラエル、パレスチナのトップも顔をそろえた。ただ、ドイツでは11日も新聞社への放火があった。


【写真】行進に参加するため、共和国広場に集まったひとたちは、犠牲者のための花や表現の象徴であるペンを手向けた=11日、パリ、マリー・ギトン撮影


 100万人に達したとされるパリでの行進は約3キロにわたった。テレビ演説で「団結こそ力だ。国民よ立ち上がれ」と訴えたオランド大統領は、各国首脳らに参加を呼びかけていた。


 独メルケル、英キャメロンの両首相らが腕を組んで行進を始め、イスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長の姿もあった。ウクライナのポロシェンコ大統領らも含め56の国・地域・国際機関の代表らが出席者リストに名を連ね、ロシアのラブロフ外相も加わる予定だという。


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テロに屈せず、世界へ訴え=信条超え連携―パリ大行進 時事通信 1月12日(月)1時23分配信


【パリ時事】「テロは容認しない」「言論の自由を守れ」。フランスの連続テロ事件を受けてパリで開催された11日の大行進には、宗派や信条を超え、フランス国民のみならず各国首脳らも参加。テロには決して屈しないとの断固としたメッセージを世界に送った。


 仏当局は行進の警備だけで2200人の警官を配置。厳戒態勢の中、150万人が連帯し、市内を練り歩く。オランド大統領やドイツのメルケル首相ら40カ国を超える国のトップは互いに腕を組み、時折立ち止まりながらゆっくりと歩を進めた。犠牲者を悼み、1分間の黙とうもささげた。


 行進の起点となった市中心部レピュブリック広場中央では、銃撃された風刺紙シャルリー・エブドへの連帯を示すため、「私はシャルリー」と書かれたプラカードが多く掲げられた。また、移民国家を反映して、フランスだけでなく、さまざまな国の国旗が翻った。


 行進に参加した男性技師(25)は「誰もが自らの意見を言える機会が重要だ」と居ても立ってもいられず参加した心境を語った。ルーマニア系移民のクリスティアナ・ピエネスクさん(62)は「宗教や肌の色にかかわらず、平和に共存できるはず」と訴えた。 


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