2015/01/14

天国の近藤彰さんへ届け!

日本は人が死なないと変わらないといいますが あと何人死んだら変わるのでしょうか


これは私がはじめて書いた手記の言葉だ。NICUを退院した母親がわが子を殺めたり、心中する事件があとをたたない。殺される幼い子ども達は、「助けて!」なんて言えない。


ボスニア戦記ボスニア戦記
(1996/07/01)
水口 康成

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内容説明 紀伊國屋書店ウェブストア

旧ユーゴスラビアにたった一人で潜入、セルビア勢力側からの報道を続けてきた、戦場カメラマンの記録。戦火のボスニアに取り残された、ただ一人の在留日本人・中屋敷郁子さん一家の救出に見た、外務省の「邦人保護政策」を告発する。

目次

プロローグ 東欧革命の嵐の中で
第1章 旧ユーゴスラビア内戦
第2章 ボスニア戦記
第3章 外務省への質問書~救出はなぜ遅れたか
第4章 邦人保護とは何か
第5章 「明石の和平」を考える
エピローグ 国際政治がつくった悲劇の国ボスニア



一市民、患者に何ができるというのだ。私達は医療者や、そうでなければメディアに『選んでもらわない』と、声が社会に届かない。役所や医療者だけでは解決できないことをメディアも知っているのに、なぜ問題を深く掘り下げようとしない。なぜいつまでも放置しているのだ、というやり切れなさを込めた。


『テレビジャーナリズムの現在―市民との共生は可能か(第三章 生活情報からみたテレビ)』にこんなくだりがある。


ジャーナリストには時代の動きを敏感に察知し、問題の背景を独自の視点で読み解いていく先見性や透視力が必要だ、とされている。ところが教育問題を取材していて痛感するのは、現実に次ぎ次ぎ起こる出来事を追いかけるだけで精一杯、という取材側の状況認識の遅れである。


子どもの自殺、登校拒否、家庭内暴力、いわゆる非行、いじめ、校内暴力、体罰、学校の管理主義など、私が作った教育関係の番組は30本近くになるが、これからの多くは、何らかの不幸な事件がニュースになったのをきっかけに取材を始めている。


すると事件は氷山の一角に過ぎず、その背景には同じような問題が山ほどあって、沸点に達したところで起こった出来事だということがわかる。

(中略)

いくつかの問題に関しては番組を放送したことでプラスに評価できると思うが、大半は出口のない息苦しさと、無力感が残るほうが多い。


それでも教育現場から離れられないのは、ここに日本社会がかかえ持つ深層部分が露出していると感じているからだ。子どもの世界や学校現場に見られる病理は、この国の企業社会や地域社会にある歪みや矛盾に通じている。



私も同じことを思ってきた。


ある本のインタビューの中で「周産期医療にはこの世の矛盾が凝縮している」と発言した。母親が起こす虐待や心中事件を私が追い続けてきたのは、そこに社会の矛盾が凝縮されているからだ。最悪のケースから目を背けず、ほんの少しだけでもプラスに変えられれば、今よりも良い社会になるのではないか。それが私の考え方だ。


はじめて手記を書いた時には、「あなたのお子さんは軽度の障害があるかもしれない」とメールを送ってくる医師までいた。一度もあったこともないのに、「なぜ?」と仲介した医師を問いただすと「喜ぶと思った」と言われ絶句した。


息子の発達の遅れは障害ではない。私が求めているのは医療的支援ではなく社会的支援だった。だから、医療機関の外に声を届けて欲しかったのに、これではまた外に届く前にかき消されてしまう。


それでも「社会的支援が充実するなら」と実名でインタビューに再び応じた。


ところが、医療者から書き込まれた感想は「私達バッサリ切られましたね」「社会を変えるなんて無謀」「助けてやったのに、心中しようが殺そうが、知ったことではない」というようなものだった。誰も一人で変えていこうなんて言っていないのに。朝起きたら、クビがまわらないほど精神的なダメージを受けた。


私は発言したことでかえって社会から孤立していった。当時繰り返しみたのは暗い牢獄に閉じ込められる夢だった。私を『ここから出して欲しい!』とパッと目が覚めるのだ。


生活に密着する社会問題は、一つ一つは目立たないため社会に埋もれていく。もしもそこが戦場なら、世の中も放っておかない。だからこそ、勇気を出して実名で発言したはずだった。


夫の大学院時代の知人に水口康成さんという戦場カメラマンがいる。彼は世界を放浪するうちに、この世の矛盾に気づき、いつしかジャーナリストを目指すようになったそうだ。邦人を保護すべき外務省が全く頼りにならないから、戦火のボスニアで、リビチ郁子さん(中屋敷郁子さん)をたった一人で救出したのだ。


今でも記憶に残っている。当時国連の仕事をしておらた明石康氏がボスニア・ヘルツェゴビナに視察にくることを知り、彼は明石さんに直談判したはずだ。「この人は、リビチ郁子さんは日本人なんです!助けて下さい!」と声をかけたのだ。その様子はテレビで放送され翌日の新聞は一面で報じた。


私が『ジャーナリスト』とという言葉をきき、真っ先に思い浮かべるのは水口さんのような人だ。ジャーナリストとはただ伝えるだけではなく、取材対象者の人権や命を守るのが使命だと信じてきた私には、耐えがたい経験だった。


『テレビジャーナリズムの現在―市民との共生は可能か』は、天国の近藤彰さんが私に読ませてくれたのだろう。


近藤さんは天国にいっても、ジャーナリストなのだ。「あなたは間違っていない。あなたが考え、してきたことは、決して無駄ではない」と私に教えたいのだと思った。なによりも同じような思いで番組をつくっておられたジャーナリストがいらしたんだと目頭が熱くなった・・・。


私が傷ついたのは報道されたことではない。


誰にでも失敗はある。予期せぬ結果になったっていい。結果が問題なのではなく、どうしてそうなったのか、これからできることはないのか、一緒に考えて欲しかったのだ。そういう姿勢が私には最後まで感じられなかった。感じられないということはつまり、『市民の側を向いていない』というあらわれなのだ。


『テレビジャーナリズムの現在―市民との共生は可能か』には、報道の限界や、報道する側の苦悩が書かれている。本のテーマも『市民との共生』。


これはあとがきにある、津田正夫さんご本人の言葉だ。


テレビがこのままでいいはずがない。


影響の大きいわりには、ことの核心に迫る番組や議論が少ない。学者や弁護士たちの議論の多くは現実性がない。市民運動の思い込みもリアリティーに欠ける。事情を知っている専門家は黙っているか、核心を外した論を張る。自分たちでとりあえず、"テレビの今"を記録しておかなければならない、そう思ったのがこの本のはじまりだった。



私は報道で傷ついたけれどそれでも報道に失望していない。人の『心』や『命』を救うのもまた報道だと信じている。


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