2015/01/29

『高度成長の時代』から『コンクリートから人』へ 若年性乳がん患者『ペコさん』のご命日

1月21日、ある人からメールが届いた。雲の上のような方が私が追ってきた『見えないビジネスパブリックアフェアーズ』について興味を持ってくださっているそうだ。「急いでまとめてくれませんか」と連絡をいただいた。


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大野病院事件の時に、先頭にたった先生と私




大野病院事件の時に福島地裁に手紙を送った「配達記録」



毎日、パソコンとにらめっこをしながら、なんとか書類を完成させた。


実はその数日前、私はある重要なことが書かれた文書を発見した。日付は2009年11月。一番下に引用させていただいた、斉藤貴男さんの取材した元経産相バイオ科の官僚A氏の証言を裏付ける内容だった。


「子宮頸がんワクチンのロビー活動」は、2006年頃からはじめられていったという。


私はその書類をヒントに、10年以上かけ集めた膨大な資料と、記憶を頼りに、一つ一つ、キーワードになりそうなものをピックアップしていった。すると、たちまち点が線になる。ある一つの流れがクッキリ浮かび上がった。


ざっくりいうと、『大野病院事件』から『民主党政権』の誕生。そして今の『医療を産業に』(がん医療において、がんワクチン・免疫療法など、新たな治療法の確立を目指す)という流れだ。


昨年の終わりに出かけた国立公文書館『江戸時代の罪と罰』の記録をブログにアップしたことがきっかけだった。


国立公文書館に行って、私が書いたのはこの三つ。下の二つは実際にみて写真をとって、調べて書いたものだ。最後の一つは、パンフレットを買っただけ。ところが、せっかく写真をとって時間をかけてアップしたのに、なぜか感想だけを書いた『高度成長の時代へ』へのアクセスが伸びていく???


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  1. 国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その1)

  2. 国立公文書館平成26年度特別展 江戸時代の『罪と罰』~犯罪と刑罰の歴史~ (その2) 江戸時代の児童虐待事件 未成年の犯罪

  3. 次の時代 コンクリートから人へ


父がお世話になった鈴木会長とご兄弟は、まさに『高度成長の時代』に日本を牽引した大企業の経営者だ。パラパラめくりながら考える。


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鈴木竹雄 wikipediaより引用

日本の商法学者。東京大学名誉教授。

【親族・家族】

鈴木商店(現味の素)第2代社長の鈴木忠治の三男。鈴木商店創業者の2代目鈴木三郎助は伯父。妻は子爵の井上勝純の娘。兄に三楽オーシャン(現メルシャン)社長・会長を務めた鈴木三千代や、工学博士で昭和電線電纜会長を務めた鈴木松雄。弟に通商産業省重工業局長等や日揮会長を務めた鈴木義雄や、経済同友会副代表幹事や昭和電工社長・会長を務めた鈴木治雄、三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現・三菱自動車工業)社長を務めた鈴木正雄、大蔵省国際金融局長や国際通貨基金理事等を務めた鈴木秀雄がいる。娘は日本放送協会報道局長やパリ日本文化会館初代館長等を務めた磯村尚徳の妻。


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ちょうど今は「コンクリートから人へ」という次の時代への転換期。一つの時代が終わり混乱の中にいる、という感じだろうか。そこに私が連れてこられたことは、意味があるのかも。


集英社インターナショナルの斉藤貴男さんの記事を読んだ時に「やっぱりね!」と私は思ったわ。ロビイストは厚労省ではなく、経済産業省に働きかけていたのだ。なんだかそっくりだな、と思ったのだ。ただし『フェア&リーズナブル』が座右の銘だから、全く違うけれど。


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ブログにアクセスして下さる方の中には、お役所やメディアの方もいらっしゃる。やっぱりそういう方々が関心があるのは『高度成長の時代へ』に書いてあることなんだろうなぁ。


ちなみに、上の写真で私が身についているのが、このペンダント。チッソの顧問弁護士にいただいたもの。


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「わが会社に非あり~水俣病と向き合った医師の葛藤~」 (1)その時歴史が動いた





もう一つ思い出したことが。


昨年私はあるジャーナリストにお目にかかった時に、こう尋ねた。「『子宮頸がんワクチン』の普及が、目的ではないですよね?もともと、『医療を産業』にという流れがあって、日本発の『創薬』などを目指したいんじゃないですか?そのために、外資系製薬企業と技術提携などをするのが本当の目的じゃないですか?」。


その方はあっさり「ああ、そうだと思いますよ」と頷いた。そのために、強引なキャンペーンが『必要』だったのだ。


問題は、『子宮頸がんワクチン』の向こう側に隠されている思惑を、国民が理解しているのか、ということだ。確かに患者さんにとったら、使いたい薬が使えるようになるかもしれない。しかし、その一方で受け入れないといけないリスクもある。インタビューの中でA氏が危惧しておられたように、「(医療が)他の産業と同じような競争的環境におかれて、つまり戦場になるんですよ」ということだ。


私がロビイストを不誠実だと思うのは、リスクにはほとんど触れようとしないことだ。お年寄りにとったら、今までは自分の頭で考えなくてもいい添乗員つきの『集団バスツアー』だったのに、ある日突然「もうお金がないから、ここから先は、自己責任で個人旅行して下さい」と突き放されるようなものだ。そういうことを、きちんと説明する責任はないのだろうか?


ずっと心にひっかかっていたことがあと一つ。ある一人の報道関係者の動向だ。


有り難いことに、「どんなに些細なことでも、サクラさんが疑問に思うことを入れて下さい」と言っていただいた。その人のことも追ってみた。


するとやはり、ある一つの線が浮かび上がり、最後は『がんの啓発』に行き着く。はじめの出発点は確かに「がんの患者さんを少しでも減らしたい」という純粋な使命感があったようだ。


しかし、それがあるところですり替わっていく。ビジネスチャンスを求める人達の欲望が、純粋さを少しずつ歪めていったのだろうか。


『ピンクリボン運動』など、その典型だと思う。一体、何のために、誰のためにある活動なのだろうか。患者さんはかやの外で、まるで企業や、タレントさんのイメージアップのためにあるようだ。


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ピンクのリボンをつけて  若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記より一部引用

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9月ももう終わりに近づいてきました。
もうすぐ、ピンクリボン月間が始まります。

私だって本当は、
こんな記事、書きたくないんです。

本当は、ピンクのリボンを失った胸の上につけて
街頭に立ち、多くの人に検診を促したいんです。
友人達にも、小さなピンクのリボンをそっと手渡したいんです。
この気持ち、わかってくれますよね?

(中略)

「何で私はこんなことで悩んでいるんだろう?」
「一体、私は何がしたいんだろう?」

一生懸命考えました。
そして、ひとつの結論に達しました。

乳がんの人が、不快であることを不快だと
堂々と言えないのであればそれは、
立派な人権蹂躙であるということ。

「人権」なんて言葉、今までの人生の中で考えたこともありませんでした。
当たり前にあるものであると思っていたし、
脅かされたこともありませんでした。いや、なかったと思っていました。

でも、今だけは言わせていただきます。

私は今、片胸を失っているし、再発もしているけど、
まだ、一人の人間として生活しているわけですし、
セミヌードによって傷つけられた私の、私たちの
人権を守っていただきたいんです。

私たちの心までも傷つけるような表現を使わないでほしい。
そして、傷つけられた時に、声を上げる自由を奪わないでほしい。



※    ※    ※



ふとあることを思い出した。もしかしたら、この『ピンクリボン運動』に苦言を呈しておらた『ペコ』さんのご命日かもしれない。せっかく、ブログが念願の本になったのに、ちょうど書店に並んだ頃、この世を旅立たれた。とても寒い季節だったと記憶している。


調べてみるとやっぱり、1月21日はご命日だった!


なぜ、ペコさんの『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』や近藤彰さんの『どーもの休日~しかしなんだね。ガンだって~』はあれほど盛り上がったのだろう?私がパスをまわして広めた『うつ 薬 多剤大量処方 わたしの場合』も今や75万9千以上のアクセスだ。


うつ 薬 多剤大量処方 わたしの場合




ずっと考えても、その理由が私にはよくわからない。でも、もしかしたら私のような、当事者以外のパスを回す人の存在がカギを握るのかもしれない。


ペコさんがピンクリボンをチェーンにしてしまった理由が私にはよくわかる。日本のがんの啓発活動は、どこかおかしいよね。天国のペコさんも私を応援しているかもしれない。なんとなくそんな気がしている。


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子宮頸がんワクチン問題を追う 「予防接種は国家経営そのもの」 ジャーナリスト斉藤貴男


(経産省の出身で、新日本PAがGSKのロビイング委託契約を結んだとされる時期、まさにバイオ課の幹部であったA氏の証言から一部抜粋)


バイオ課にいたら、薬屋さんから相談を受けた。要するに自分たちの世界には経産省の産業政策に当たるものがない、このままではどうにもならないから、なんとかしてくれと言う。


その代わりに護送船団で守られてるのと同じじゃないですか、我々のやり方だと、他の産業と同じような競争的環境におかれて、つまり戦場になるんですよ、と返しました。それでもいい、日本がダメになるよりはと仰るんで、じゃあお手伝いしましょうということになったわけ


──とは言っても、医薬品の所管は厚労省です。縄張りを簡単には侵せませんよね。


そうなんです、事務的にはどうすることもできないので、どうすべえかと考えていたら、当時はアメリカの製薬業界が、日本市場にものすごく関心を示していて、年に2、3回はトップがやって来るんですよ。イーライリリーとか、ファイザーの社長さんとか。だからそういう人が来日したら、経産大臣に相談してみたらどうか、と言いました。ただし、日本のマーケットが閉じてるなどという言い方ではなく、世界中で使われている薬が日本では使えないという点を、国民にとっての価値をしっかり伝えてはどうか、とアドバイスして。

(中略)

『それなら文部科学省と厚労省の大臣に声をかけるから、がん対策3大臣会議をやろう』と言ってくれたんです。文科相というのはこの分野の研究や大学を所管しているからですね。


大臣が集まって何を話し合うのかといえば、製品の出口の部分です。つまり承認審査体制の整備と迅速化。最初は経済産業省の所管している医療機器の分野から入って、薬のほうも含めて、という。厚労省の事務方にしてみれば、自分たちの所管なのにと、非常に嫌だったと思うけど。でも、やらざるを得ませんわね

(中略)

はたして同年8月、厚労省「薬事・食品衛生審議会」の「医薬品第二部会」は、GSKのHPVワクチン「サーバリックス」を優先審査に回すことを了解している。この日の議題だった5つの案件の中でもいの一番に審議され、いくつもの疑問が呈されていたのに、最終的には異議が発せられなかった模様が、議事録を読むとわかる。晴れて「サーバリックス」が承認されたのも同じ2009年の10月だった事実は前回も述べた通りだから、いかにも早い。わずか4カ月間のスピード審査だった。


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