2015/02/02

私の使命 未来の国立公文書館『病と医療』展

『高度成長の時代』から『コンクリートから人』へ 若年性乳がん患者『ペコさん』のご命日は、とても多くの方が読んで下さったようだ。


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病と医療 病と医療からみた江戸から明治への軌跡 -国立公文書館 デジタルアーカイブ

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『病と医療』


健康で長生きしたい。人類共通のこの夢は、しかしながら飢饉・災害・戦争そして疾病の流行によって容易にかなえられませんでした。今回の展示のテーマは「病と医療」。さまざまな病の記録と、医療の改善に努力した人々の足跡を、多様な展示資料でたどります。

ひとたび感染症が大流行すれば戦争や災害以上に多数の生命が奪われ、有効な治療法が見いだされないまま無数の人々が若くして(あるいは幼くして)亡くなっていた江戸時代。

悲惨な現状に対して意欲的な医師たちは何を試み、幕末から明治にかけて、わが国の医療体制はどのように改革されたのか、病と医療のドラマチックな歴史を振り返ります。



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なぜ、この話題について書くとアクセスが増えるのかを考えている。やはり、私自身が『子宮頸がんワクチン』のロビー活動の渦中にいたから、と考えるのが自然だ。


福島県立大野病院事件の判決のあった平成20年(2008年)、国立公文書館の春の企画展は『病と医療-江戸から明治へ-』だった。


福島県立大野病院事件とは現役の産科医師が逮捕・起訴され、刑事裁判で裁かれるという、現場で働く医師にとって前代未聞の大事件だった。


しかし一般社会での認知度は低く、当時、新聞の一面に大きく掲載されていたのに、私の家族ですら全く知らなかった。私が亡くなった妊婦さんと同様に、前置胎盤で救急搬送され、緊急帝王切開手術を受けたというのにーーーーー


今から考えれば、メディアに取り上げられたこともすべてがロビイストの戦略だったのかもしれない。


例えば昨年週刊誌に報道された、舛添さんが元愛人のお母様に言ったという『2千万でいいですか』という発言。この発言について私の疑問を書いた時にも、アクセスがかなりあった。


『2千万円でいいですか』 政治資金が還流か 舛添都知事の団体、自宅に事務所費531万円


そこで、ある報道関係者に思い切って、私の疑問を伝えてみた。


「舛添さんが厚労大臣だった頃、兵庫県にある小児病院に視察に行きましたね。でも、都知事選の時に、週刊誌を読んでおかしいと思ったんです。舛添さんには、愛人との間に生まれた重度の障害のあるお子さんがいて、かなり冷たくしていたことが暴露されたからです。私には舛添さんが小児医療・周産期医療にそこまで関心があったとは思えません」


するとその方は「なるほど。確かにおかしいですね」と私に言う。ブログに書いていることは、先日提出した文書に書いた内容の10分の1以下でしかない。しかし、その程度でもアクセスが増えるのは、私だけでなく「何かがおかしい」と思う人が多いからだろう。


さらについ最近、決定的な出来事が。これまで報道されてきた、ある人の発言を、根底から覆すような内容が記されている文書を発見した。日付は2009年11月。日本中さがしても私の手元にしかない。2009年11月といえば、4ヶ月という異例のスピードで、グラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」が承認された直後だ。


これまで感じてきた疑問という点が、一本の線につながっていくような不思議な感覚ーーーーーーーー


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2014/01/17 【東京都知事選】子宮頸がんワクチンを「優先承認」していた舛添氏、ワクチン推進の公明党が推薦 IWJ Independent Web Journal より一部引用


舛添氏が大臣を務めていたのは2007年8月27日から2009年9月16日。日本が認可している子宮頸がんワクチンの1つ、「サーバリックス」の製造販売を厚労省が承認したのは、2009年10月16日だが、承認申請が出されたのは2007年9月26日だ。

舛添氏が厚労大臣を務めていた期間に、ワクチンの導入が決定づけられたことは言うまでもない。舛添氏が「優先して承認したい」と明言した子宮頸がんワクチンは、当時、「優先審査品目」に指定され、10月16日に日本で初めて導入されることになった。



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これまで記したことを時系列で並べるとこうなる。


〜『福島県立大野病院事件』から『子宮頸がんワクチン』公費助成運動〜


  • 2006年
    2月18日
    福島県立大野病院事件 現役の産科医が逮捕され翌月起訴される


  • 2006、7年頃
    新日本パブリックアフェアーズはグラクソ・スミスクライン社との間でロビイングの委託契約を締結していた。グラクソ・スミスクライン社に繋いだのは経産省バイオ課


  • 2007年
    8月
    舛添要一氏が厚生労働大臣に就任(8月27日〜2009年9月16日)
    「医療崩壊」が時代のキーワードになる。民主党政権が誕生した2009年頃まで続く

    9月
    グラクソ・スミスクライン社「サーバリックス」の承認申請が出される


  • 2008年
    1月7日
    舛添厚生労働大臣主導で「安心と希望の医療確保ビジョン」会議が発足

    7月3日
    舛添厚生労働大臣 県立柏原病院を視察

    8月29日
    福島県立大野病院事件 福島地検が控訴断念。無罪が確定


  • 2009年
    2月
    「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」が本格的に活動開始

    4月
    ~PhRMA 米国研究製薬工業会 特別セミナー「薬価制度改革に大切なこと」

    9月
    民主党を中心とした連立政権が誕生

    10月
    グラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」が異例の速さで承認される


  • 11月 ←私の手元にある文書

  • 2010年
    3月2日
    「子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進実行委員会」発足

    5月28日
    公費助成を求めて患者団体など12団体が、民主党小沢一郎幹事長に要望書を提出

    7月21日
    公費助成を求めて患者団体など23団体が、長妻昭厚生労働大臣に要望書を提出

    8月
    厚生労働省が「子宮頸がん予防対策強化事業」の予算約150億円を財務省に概算要求



あの時、なぜ隣に掲載された広告が、メルク社の「ガーダシル」ではなくグラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」の広告だったのかーーーーー単なる偶然ではなくそこにも理由があったようだ。ちなみに出版は2010年。公費助成運動が最も盛んだった頃だ。


送られてきた年賀状と松本清張の「波の塔」

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この文書を見つけて以来、考えるようになった。「未来の国立公文書館で『医療』に関する企画展が行われたら、どんな展示内容になるのだろう?」。


そこでは、『福島県立大野病院事件』は扱われなくても、『子宮頸がんワクチン』のロビー活動は取り上げられるだろう。


子宮頸がんワクチンの導入は、単に新しいワクチンを普及させることではなく、日本を方向転換させるための『起爆剤』。医療が産業に変わるための、いわば『トリガー』『スイッチ』のような役割を担ったのだ。


そして今、医療のあり方そのものが変わろうとしている。治療から予防へと変化していく転換期。


だとしても・・・


たとえ『子宮頸がんワクチンの被害』が、この先『戦後最大の薬害裁判』になったとしても、数多く並べられる展示物の中でたった数行で触れられるだけだろう。歴史の流れからみれば、どんなに大きな事件であっても、一つ一つは通過点にすぎないからだ。


しかし、たった数行で示される出来事の、その後ろには、多くの人の汗や涙、ドラマが隠されている。


そういった歴史に埋もれていく出来事を後世に記録として残す。それがこのブログの使命だと思っている。


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高度の臨床研究支援拠点整備へ 神奈川県立病院機構 2015.01.01 カナロコ 神奈川新聞


県立病院機構(土屋了介理事長)が、高度な専門的人材をそろえた「国際共同臨床研究支援センター(仮称)」を来年度に整備する方向で準備に入った。革新的な医薬品や医療機器の開発・実用化に欠かせない高水準の臨床試験(治験)や臨床研究を行う基盤を整え、国家戦略特区の強みを生かした県内での最先端医療関連産業の創出を支えていく。


 日本の医学・生命科学分野は、国際的に基礎研究はトップレベルだが臨床研究で劣り、実用化で後れを取ってきたと言われてきた。特に県内には「臨床研究中核病院」(全国で15病院)に指定された病院もなく、最先端医療の開発と臨床応用を促進する上で臨床研究の基盤強化が課題だった。


 同機構は現在、県のヘルスケア・ニューフロンティア推進局とセンターの機能や態勢などを協議中。同機構が経営するがん・こども・精神・循環器呼吸器の四つの専門病院と、総合病院の足柄上病院を統括する形でセンターを設置する予定。


 センターは、高度な知識や経験が求められる治験や臨床研究を計画実施できる専門的人材をそろえ、横浜市立大学など県内大学や他の医療機関とも連携し、臨床研究を支援する。複数の国で行う国際共同治験実施に向けた準備も進める。


 センター長には臨床研究の責任者を経験した人材を迎え、当面は5人前後のスタッフを想定。国内外の製薬会社・大学に眠る基礎研究を開拓し臨床研究につなげるデベロッパー、進捗(しんちょく)管理や他施設との連携などで病院を支援する臨床試験コーディネーター(CRC)、結果の信頼性を担保するデータセンターを管理する専門家らをそろえる。


 また、知財・法務の専門家による支援体制のほか、適正な臨床研究が実施されるよう監査・コンプライアンス部門を整備する。


【神奈川新聞】


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神奈川県立がんセンター・がんワクチンセンター 膵がんや食道がん治療免疫療法の実証に全力 2015.01.28 夕刊フジ


 医学が進歩しているとはいえ、手術、放射線療法、化学療法の集学的治療法を駆使しても、克服できないがんはある。そんな治療困難ながんに対し、新たな治療法として注目されているのが「がんワクチン療法」。がん細胞のペプチド(アミノ酸が9~10個くっついた化合物)を目印として、自らの免疫細胞を活性化させ、攻撃するように仕向ける治療法だ。20年以上も前に登場したのだが、科学的な実証が乏しく、一般的な治療としての普及には至っていない。


 しかし、近年、有効な薬剤の開発が進み、臨床応用への弾みをつけている。そんな中、有効性を検証し、効果的ながんワクチン療法への道筋をつけるため、2014年9月に開設されたのが、神奈川県立がんセンターがんワクチンセンター。現在、3つの臨床試験(一つは医師主導治験)を行っている。


 「膵(すい)がんに関する有効な薬剤を札幌医大が開発し、第1相臨床試験において安全性が確かめられたことで、がんワクチン療法への期待が高まっています。世界で認められている免疫療法は、まだ4つしかありません。私たちは、有効性と安全性を確かめる世界の拠点として、がんワクチンセンターを発展させていきたいと思っています」


 こう話す和田聡がんワクチンセンター副センター長(40)は、長年、免疫療法の開発に力を注いできた。しかし、免疫療法が標準治療の第4の柱となるには、薬剤の開発や科学的な検証など、超えるべき山がいくつもある。それを乗り越えるべく、同センターで奮闘中だ。


 「現在、行っている臨床試験のひとつは、膵がんに対し、『サバイビン2B』という薬剤を用い、免疫細胞を活性化させる治療法です。がんの司令塔ともいうべきがん幹細胞をターゲットとし、札幌医大、東大医科研、当センターで、多施設臨床試験を行っています。この有効性が確かめられれば、日本オリジナルの治療法になるのではないかと思っています」


 和田副センター長は、さらに別の膵がんと食道がんに対しても、がんワクチン療法の臨床試験に参加している。ただし、いずれも臨床試験ゆえに適性基準があり、他の治療が有効でない患者の誰もが、臨床試験に参加できるわけではない。それでも、がんワクチンセンターの開設以来、全国から問い合わせが絶えないという。


 「早期発見の難しい膵がんや、再発すると予後の悪い食道がんの患者さんなど、たくさんの方からご連絡をいただいています。しかし、科学的な検証は始まったばかりです。今後、それらを明らかにすることで、多くの患者さんのお役に立ちたいと思っています」


 がんワクチンの効果が科学的に検証できれば、治療のひとつの柱として、早期の段階から集学的な治療に加わる可能性も秘める。応用範囲は広い。


 「効くか効かないかをはっきりさせることが第一歩です」と和田副センター長。標準治療への遠い道のりを前進中だ。 (安達純子)


〈データ〉2014年(9月-11月)実績
・問い合わせ総数325件
・来院者数46人
・臨床試験登録10人
・病院病床数415床
〔住所〕〒241-8515 神奈川県横浜市旭区中尾2の3の2
 (電)045・520・2227(がんワクチンセンター直通)



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