2015/02/07

『私はシャルリではない』 テロと真の友情

これまでのことを駆け足で書いてきた。最後になぜ今、こうしてブログを書くことになったのか書いておこうと思う。


2008年、私は県立福島大野病院事件の後にはじまった『周産期医療の崩壊をくい止める会』の募金活動に参加した。


私は当初から一環して「医療が崩壊するから、萎縮するから、訴えてはいけない」などと思ったことはなかった。なぜなら、裁判に訴えないと救済されない被害者がいることを知っていたからだ。


募金活動とは、残されたご遺族とお子さんのための活動だ。無罪が確定した後は、医療者の側でなく、ご遺族とお子さんの方を向き、その方々のために何かしていくのだと思っていた。


でも私が思い描いていたような活動は、社会に見える形で行われていただろうか?ワクチンのキャンペーンなどは、あんなに熱心に行われたというのにーーーーー


あるとき、ご遺族がネットに書き込まれた医療者からの心ない書き込みに、精神的なショックを受けていることを知った。


私はたまらくなって言ったことがある。「こういうことをやめようと医療者に呼びかける活動もしましょうよ」。けれど、その話は全くすすまなかった。


「裁判は医療崩壊を加速させる」「裁判では真実が明らかにされない」というのなら、裁判をしなくていい方法を考えなくてはいけないはずだ。それをせずして、救済の道を閉ざしてしまうのなら、人権を侵害する行為だ。


「もしもお金を渡すだけなら、それこそ水俣病の見舞金契約みたいです」と訴えたこともあった。


私がわざわざ書かなくても、募金活動が、社会に知られていないことが何よりの証だ。社会を変えるとか、広めるとかいうのなら、まずは小さなことでも、歩み寄るなり、変わらないといけないんじゃないの?


私は今でも、苦悩に満ちたあるご遺族の姿が忘れられない。お金を受け取ったことで、かえって心に負担になったんじゃないかと思っている。だから、せめてもの償いに、こうしてブログを書き始めた。


先日、石原先生のブログに、私が思ってきたような記述を見つけた。こういう批判は、当時から医師の友人達にはよく言われていたけれど、時代の空気に流されず、ここまできっちり書いておられるのは、やはり石原先生だからだと思う。


石原先生は決して極端な意見を述べておられるわけではない。


私は友人の医師からも批判されたこともあったし、「大野病院事件を医療崩壊のプロパガンダに利用しただけじゃないか」と怒られたこともあったからだ。


何も言い返せず、その度に私は頭を下げていた。


今はあの当時の熱気が嘘のように、冷めている。大野病院事件を知らない人の方が圧倒的に多い。


それでも時々思う。もしも何か形になることが少しでもできていれば、状況はまた違っていたはずだ。石原先生の「権力のある側が被害者意識を振りかざしたらそれは一種の脅迫になるんですよ」「医療者は患者さんに対しては権力者でもあるんですから」という言葉はその通りだと思う。


先週NHKクローズアップ現代『“分断”の危機は避けられるか ~仏テロ 広がる波紋~』をみた。フランスのテロ後の様子を取材した特集だ。


番組の中で、少数派のアルジェリア系移民の男性の苦悩が取り上げられていた。フランス人の友人に信仰するイスラム教について語れば語るほど彼は孤立するのだ。彼がいくら言葉を尽くして友人達に語りかけたところで、「でもここはフランスだから、表現の自由がある」でお終い。

※    ※    ※



NHKクローズアップ現代『“分断”の危機は避けられるか ~仏テロ 広がる波紋~』


フランス全土で370万人が参加して大規模なデモが行われました。
参加者たちが掲げた「私はシャルリ」。表現の自由への支持の表明です。

女性
「表現の自由を守りたいからここに来ました。」

テロ事件からまもなく1か月。今も街の至る所で私はシャルリのスローガンが掲げられています。

「私はシャルリではない。」

一方で、割り切れない思いを抱えている人たちもいます。イスラム系移民たちです。300人が集まり、イスラム教徒は尊重されていないと声を上げました。

シャルリ・エブドは、イスラムの教えで描くことが禁じられている預言者ムハンマドの風刺画をたびたび掲載。告発しても、司法当局は「表現の自由」の範囲内だとして退けてきました。事件をきっかけにイスラム教徒の不満が噴出したのです。

「反イスラム主義と私は闘う。政府は我々を救わない。」

この表現の自由を巡る価値観の違いが、フランス社会に大きな溝を作っています。アルジェリア出身のイスラム教徒、ユネス・シャウイさんです。友人との会話ではシャルリ・エブドがいつも話題に上ります。

ユネス・シャウイさん
「預言者ムハンマドが裸の姿で描かれたら、それはとんでもない侮辱です。」

「でもそれを止めさせることはできない、表現の自由があるんだから。」
イスラム教徒ではない友人とは、いつも議論は平行線となります。

ユネス・シャウイさん
「そんなに過剰な“表現の自由”は必要ですか。」

「イスラム教を知らないフランス人には侮辱ではないのよ。」

ユネス・シャウイさん
「侮辱は侮辱です。」

「生っ粋のフランス人にとっては違うのよ。」



※    ※    ※



父の会社が、テロに巻き込まれたというのに、私には、彼の気持ちもよくわかる。


テロを生み出す構図は、『反ワクチン』『反医療』と呼ばれる人達を生み出す社会の構図にそっくりだと思ったからだ。


ワクチンや薬に不信を抱くには、様々な要因が重なる。10人いれば、10人違う場合だってある。御自身や家族が、薬やワクチンの被害にあって、ワクチンが嫌いになった人もいるだろうし、医療機関で嫌な思いをした経験がある人だっている。単に些細な、ボタンの掛け違いで不信を抱く場合だってあるだろう。


それらを一切考慮せず、一方的に「カルト」などと決めつけ、強い口調で非難する医療者は、 石原先生のいう「正義を振りかざす」という表現がぴったりだと思った。


なにより私は不思議でならない。


2010年6月6日の日経新聞朝刊に掲載された記事には、このように記されている。「医療者、患者側の双方の声を公平に聞き、対話を促す。そのプロセスにこそ、真の救済があると信じるからだ。人として、どちらからも信頼されること。それがもつれた糸を解くカギとなる。」ならば、「侮蔑的表現をやめよう」と、なぜ誰もおっしゃらないのだろうか。


私が訴えた募金活動の精神とは、言葉や文化の壁を越え、手を結ぶ真の友情。まさにこのようなこと。


※    ※    ※



内戦状態でも撤退しなかった日揮「アルジェリアの真の友人」 ニュースポストセブン

アルジェリアでは1969年にアルズー製油所プロジェクトを受注・成功させた。それを機にアルジェリアで信頼を得て、以来40年あまり、関係を深めてきた。

アフリカ北部に位置するアルジェリアは、1989年に民主化されたが、1990年代からイスラム過激派によるテロが深刻化し、軍との間で内戦に近い状態に陥った。1999年以降、内戦は徐々に収束していったが、混乱の中でも日揮は撤退せず、工期を守ってきた。それゆえ「アルジェリアの真の友人で、いかなる困難に遭遇しても必ずやり抜く会社」とさえ評されているほどだ。



※    ※    ※



あれほど、私はワクチンを有り難いと思い、啓発だって熱心にやってきた。しかしその私から『心』が消えたのだ。


その事実をどうか重く受け止めて欲しい。


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

福島県立大野病院事件についての私見 六号通り診療所所長のブログより一部抜粋

(略)

福島県の大野病院の事件がありましたね。

29歳の女性が、
帝王切開の手術中に、
大量出血を起こして亡くなったのです。

その2年後に、執刀した産科の医師が、
警察に逮捕され、裁判になりました。

産婦人科医の学会を初めとして、
医者の団体が全国的な抗議行動を展開。
錚々たる専門医達が被告医師の証人として出廷。
被告医師の医療行為の正当性を証言しました。
一方で検察側の証人として証言をする医師は、
殆どいなかったのです。

先週に地方裁判所の判決が出て、
被告医師は無罪となり、
学会の偉い先生は、
「これで医師が不当に萎縮し、
あるべき医療が行なわれないような状況が回避された」
と、勝利宣言のようなコメントをされました。

この事件のために、医療崩壊が進み、
産科医不足が深刻になった、
みたいな発言をされる方も複数いて、
そうした記事も出ています。

何よりも、診療中に逮捕されたのが不当だとして、
「医者の聖域が土足で汚された」、
みたいなことを言われる先生もありました。

僕は医者ですから、
本当はそうした意見に賛成するべきなのかも知れません。
でも、何かこうした発言には違和感を覚えます。

そんな大層なものですかね、医者の診察というのは。
それが本当なら、患者さんは皆、
ひれ伏して医者の診察を受けなければなりません。

(中略)

この事件に関してだけ言えば、
結果的に死を招いたこの医療行為の必然性については、
難しい問題ですよね。
治療方針を切り換える時期が少し早かったとしても、
違う結果が出たかどうかは、
何とも言えないでしょう。
でも、何度か決断を変えるタイミングがあったことは事実だし、
その結果として別のより良い経過のありえたことも、
また事実ではありますよね。
判決でも、
「判断が全て正当だった」、
とは言ってはいないのです。

それを、
「絶対に正しい」、と言わんばかりの偉い先生方の発言は、
ちょっと乱暴過ぎやしないでしょうか。
「専門の俺様の言うことにケチをつけるな。
医療にはリスクがつき物なんだよ。
そのくらいのことは覚えときな」、
みたいなニュアンスを感じますね。

「これで有罪になったら、医療は萎縮して、
誰も危険な手術なんてやらなくなるぞ」、
というのは、確かに意味は分かりますけど、
一種の脅迫ですよね。
そんなことを言われたら、
誰も医者に文句なんて言えなくなるじゃないですか。

「この事件で医療崩壊が進んだ」、
なんて言うのは、いくらなんでも言い過ぎですよ。
そんな大層なことを言う根拠が、
一体何処にあるんですか?
確かに医者叩きのマスコミの報道は酷いと思いますよ。
でも、医療者は患者さんに対しては権力者でもあるんですから、
そのことを忘れてはいけません。

権力のある側が被害者意識を振りかざしたら、
それは一種の脅迫になるんですよ。
「そんなにぐちゃぐちゃ文句を言うなら、
もう診てやらないよ」、
と言うのと同じ意味になるんですから。

違いますか?

この問題はね、
本来はもっとパーソナルな1人の医者と1人の患者の問題として、
処理されるべきものだったのだ、
と僕は思います。

それが、検察や警察の側が行き過ぎた権力を振りかざし、
それに対して今度は医療者の側が、
医療者の権力を振りかざして、
応戦した訳です。
一種の権力闘争ですね。
戦争と同じ醜い理屈です。

それで誰が犠牲になったんでしょうか?

亡くなった患者さんのご家族と、
被告の医者本人じゃないんでしょうか。
双方とも、こんな大事になることを望んでいたでしょうか。
そんなことはなかった、と僕は思います。

亡くなった患者さんのお父様が、
会見をされていましたね。
初めて実名を明かして会見された、というところに、
お父様の覚悟のようなものを感じます。
今1番辛いのは誰ですか?
このご遺族じゃないんでしょうか。
そのお気持ちを考えたら、
「医療の正当性が守られた」、なんて、
口が裂けても僕には言えません。

何かボタンの掛け違いのようなものが、
あったのだと思うんです。
人間同士のことですからね。
すぐにきちんとした説明がなかった、とか、
誰かが心無い一言を口にした、とか、
情報を隠されたと感じた、とか、
ひょっとしたらもっと些細なことかも知れません。
でも、医療行為そのものとは違って、
確実に回避出来た種類のことです。
被告の医師も、その点については反省されている何かが、
きっとある筈です。

医療崩壊を防ぐためには、
その反省されている何か、の方が、
今回の無罪判決や専門医の声よりも、
ずっと大切なことだと思うんですが、
皆さんはどうお考えになりますか?


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神奈川県に在住の被害者のお母様のブログ


マグロちゃんの入院でわかったこと  2015-02-06


マグロちゃんはちょうどステロイドパルスの治療開始から1年が経過しました。


4回のパルス治療を受け、現在は点滴治療を定期的に続けながら過ごしています。


症状は改善してきて、以前のようなひどい脱力や、不随意運動が24時間何日も続くことはなくなりました。


症状には波がありますが、毎日学校に通い、高校3年生のマグロちゃんは1月末の学年テストも無事終え、2月からは自由登校となり、後は卒業式を待つだけとなりました。


去年の今頃は卒業ができることなんて考えられませんでしたが、様々な方々に支えられここまできました。


感謝です。


ちょうど1年目ということもあり、脳の血流異常が起こっていないかということと、障害者申請のための測定が必要となり今回入院し検査、測定をしていただきました。


以前の時と同じに血流が悪い側頭葉部分はあまり変わらずでしたが、全体的に見れば昨年7月測定時と変わらない安定した状態で、悪化は見られませんでした。


ホッと一安心でした。


障害者申請の計測では瞬間的筋力はあってもそれを維持するだけの筋力がないことがわかりました。物を持っていても徐々に脱力し震えが出てしまいます。


認定はきっと難しいのかもしれませんが、HPVワクチン接種後にこういった被害(症状)が出るんだということを多くの方に知っていただきたい、接種した自治体や国に知ってもらうことも大切だと思うので申請することにしました。横浜市では話し合いがされ、さらなる調査と計測をして欲しいと連絡が来ました。


そうやって話し合われていくことで症状に対する理解も増えてくるといいなと思います。


しかし、瞬発的な筋力があってもそれを持続させる筋力がなければ、やはり普通の生活をするのはなかなか困難であるとおもいますが…


横浜市の判断はどうなるでしょうか?そして突然現れる大きな不随意運動や瞬間的全身の脱力症状の判断は…


難しいでしょうね。


入院して病院の先生と話してわかったことは、マグロちゃんの遺伝子は免疫機能の暴走を止めるのが弱い遺伝子であるということ。そしてその遺伝子は、日本人の40%が持っているということ。


HPVワクチンは海外での治験結果によって導入され、日本での治験結果は不十分なままでした。マグロちゃんのような遺伝子を持つ日本人が40%もいるのに海外のデーターによって日本で接種されたことはリスクが高くなると思います。そして10代で接種することでより抗体反応が高く出る。


また多くの被害を訴えている方たちは、2011年の震災後に接種した方たちではないだろうかという話も聞きました。


このHPVワクチンは温度管理が重要であった。震災後にその温度管理はしっかり行えていなかったのではないかという疑問が出てきた。計画停電もあり、一定の温度を保ちながらの製造、保管、移送はできていたのだろうか?薬液が変化していたという可能性もあるのかもしれない。


さまざまな角度から調査、検討して欲しい。


いろいろなことに気づき感慨深い入院となった。


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コメント

非公開コメント

No title

周産期の崩壊をくい止める会の活動は、遺族の方の家族のこと、お子さんのこと、いろいろを含んでいます。プライバシーも含むのでネットで公開しません。
地道な活動は現場にあります。
本当はそういう活動をあなたと一緒にやりたかった。
でも、あなたの興味は地道なそこにはなかったし、ご自分の問題があったので、かないませんでしたね。

いつか、こう書くんだろうと思っていました。
自身の考えと同じ文章だけを載せることができるブログで発散できるのは、あなたにとっては楽で居心地良いでしょう。
けれどせっかくの資質をいかして、人間的に成長いただければ良いのにと思います。あなたのお幸せを祈っています。

Re: No title

関係者様

コメントをありがとうございます。
一瞬掲載するのをやめた方がいいのかと思ったのですが、
やはり掲載することにします。

ここは私のブログですから、自分の意見を書いています。
楽で心地がいいのは、確かにその通りです。

しかし、私が後悔し続けていることは事実であり、
何かが間違っていると考えていたことも事実です。
そして、募金活動について、意見されたことも、事実です。
このことを、伝えることも、とても重要なことではないでしょうか?

コメントを読んだ時に、意外なことに、自分自身が冷静で穏やかでにびっくりしています。
もしも、このような意見の相違があるということを、あの時、
十分伝えられたら良かったのに、と思っています。

今まで本当にありがとうございました。





Re: Re: No title

自分のコメントに誤字があるので、訂正しようとしたのですが、なかなか難しくて。
こういうやり取りは、誤解を招くから、このままで失礼いたします。

最後の最後で、こうやってやり取りができるなんて。

私は、鳥集さんの「ネットで暴走する医師達」を読んで考えたんです。
募金活動に参加する前から、ずっと考えていたことだったのです。

「なんでこの本を読むんですか」と言われたことがありましたね。

もし私の良いところが、あるとしたら
反対側の意見、批判に目を通すことだと思っています。

鳥集さんの批判は、ある部分はその通りだな、と思いました。

「現場にあるんだ」と言われたら私はグーの音も出ないかもしれない。

しかし、最後に私からお願いがあります。

被害者やご遺族が辛く思うような言葉を、
出来るだけ使わないようにしていただけないでしょうか。

実はここまで強く書いたのは、昨年私自身がネットへの書き込みをみて、
食事が喉を通らないほど、ショックを受けたからです。

医療者の言葉は、それだけ重いのです。

また、今やネットは日常生活の一部ですね。
私達市民や患者にとったら、十分「現場」になるんじゃないでしょうか。

それを変えていくだけでも、きっと違うと思っています。

No title

関係者様

二回目のコメントをありがとうございます。
今度は掲載したほうがいいのか
私にはわからないのでこのまま保留されて下さい。
実は関係者様がどなたなのか、私にはよくわからないのです。
わからないけれど、かつて一緒に行動を共にしたどなたかな、
と思って書いています。

募金活動の精神とは、
私がブログに書いたことだと思ってきました。
これはいつかのシンポで、自分が発した言葉でもあるので、
私はそう思ってきました。

関係者様御自身がそのような言葉を発したかどうかではなく、
「カルト」などという言葉を使うのをやめよう、
そうまわりの人達に呼びかけるのも、
私はこの活動の一つだと思ってきました。
もっともっと大きな意味でです。
鳥集さんの本に書いてあることと、
募金活動は、私は全くないと考えてきませんでした。

その部分はご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。
ごめんなさい。

ところで、先ほど、ある方にもコメントをいただきました。

そこには、私の知らない事実が書かれていて、
「あなたのやりきれなさがわかる」とありました。
「でも、そういう感情を抱えていても、
隠してがんばって改善のための努力しているんだ」とあったのです。

騙されたんだと思い込んでいた自分が恥ずかしいです。
いつか謝らないといけませんね。

何て書いたらいいかわかりませんが、
やっぱり同じものをみていても、人の数だけ違うのかな、と思いました。

あの時、こんなことを、などと列挙しないけれど、
同じことは私もずっと思ってきました。

あなたが、どなたかわからないので、
あまり深く考えても仕方がないのですが、
それでも昨日の夜は、誰なのかな、
と、ほとんど寝ないで考えていました。

一つだけいいでしょうか。

被害者や遺族にしかわからないことがあります。

ですから、お金を受け取ることで、心に負担になる、
ということだってあると思います。

募金活動が良いものかどうか、
決めるのは、私でもあなたでもないのではないでしょうか。

もしかしたら人の一生を左右するかもしれないから、
私は、「良いと思えない」という正直な気持ちを、
表に出すこともまた意義があると思っています。