2015/02/10

ライフ・イズ・ビューティフル 『私もあの汽車に乗ります』

フランスは、新たなテロ予告に揺れているというニュースをみた。イスラム系の移民への排斥がますます強まりそうだ。


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何が差別にあたるのかは人や文化によって違う。しかし、誰にでもわかるような、差別や偏見を助長するような表現を、できるだけ使わないようにする。これは、コミュニケーションにおいて、一番大切なことだと思う。そう強く思うようになったのは、「ライフ・イズ・ビューティフル」という映画をみたから。


これは1930年代イタリアの小さな田舎町の物語。ユダヤ系イタリア人への迫害を描いた作品だ。カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞をはじめ、第71回アカデミー賞で主演男優賞、作曲賞、外国語映画賞を受賞。





ライフ・イズ・ビューティフル wikipedia より一部引用


第二次世界大戦前夜の1939年、ユダヤ系イタリア人のグイドは、叔父を頼りに友人とともに北イタリアの田舎町にやってきた。陽気な性格の彼は、小学校の教師ドーラと駆落ち同然で結婚して、愛息ジョズエをもうける。


やがて戦時色は次第に濃くなり、ユダヤ人に対する迫害行為が行われる。北イタリアに駐留してきたナチス・ドイツによって、3人は強制収容所に送られてしまう。


母と引き離され不安がるジョズエに対しグイドは嘘をつく。「これはゲームなんだ。泣いたり、ママに会いたがったりしたら減点。いい子にしていれば点数がもらえて、1000点たまったら勝ち。勝ったら、本物の戦車に乗っておうちに帰れるんだ」。絶望的な収容所の生活も、グイドの弁術にかかれば楽しいゲームに様変わりし、ジョズエは希望を失うことなく生き延びることができた。


ナチスの撤退後、ゲームの「シナリオ」通り収容所に連合軍の戦車が現われ、ジョズエたちを解放する。ジョズエは母と再会することができたが、そこに最後まで息子を守りぬいたグイドの姿はなかった。



我が家は、映画に出てくる家族と同じ3人家族で、男の子が一人。夫はイタリア系ではないけれど、同じように子どもと私を大切にする。どこか似ていている。


主人公のグイドは、美しい教師ドーラという女性が好きになる。しかし時代はムッソリーニによるファシズム政権下。彼はユダヤ系で、ドーラの家族は猛反対。ドーラは家族を捨てグイドと結婚する。


一人息子が生まれ、幸せな生活が続く。しかし、しだいに迫害がひどくなり、やがて小さな田舎街のあちこちにも、張り紙が溢れるように。家にも「帰れ」「出ていけ」など、ユダヤ系住民に対する侮蔑的表現がかかれた張り紙が貼られるようになる。


そんな中で、ドーラの留守中に叔父が夫と息子を強制収容所に送ってしまう。


ドーラは、必死になって強制収容所行きの汽車をみつけ、駆け寄る。見張りの兵隊が、ドーラがユダヤ系ではないことを知り引き留めようとする。しかしドーラは兵士にこう言うのだ。


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『私もあの汽車に乗ります』


この映画でよく覚えているのは、街中に溢れる張り紙とドーラが汽車に飛び乗るシーン。そして強制収容所の死体の山。コメディタッチの映画で悲壮感はあまりない。でも、だからこそ、差別や偏見の恐ろしさ、愚かさが余計際立つのだ。


いつも思う。私はこういう性格だから、ドーラと同じように、きっと汽車に飛び乗るだろうな。


私は政府専用機を出して下さった総理や、官房長官に今でもとても感謝している。でもこの微妙な空気の時に、「ありがとうございます」と言い過ぎることも違う。権力につながるんじゃないか、とずっと考えてきた。政治的なものに巻き込まれていくかもしれないし、私が前に出ることで、沈黙せざるをえない方が出てくるかもしれないからだ。


フランスのイスラム系住民の苦悩をみていたら、やっぱりそう思った。民主主義というけれど、彼らがどんなにがんばったところで圧倒的に人数が少ないからだ。すぐに声はかき消されてしまう。


この前の特集では、日本に住むイスラムの方々にも影響が出ていることを、伝えていた。私には、イスラム系の友人はいない。でも、もし私でよければ、何か出来るかもしれないと思う。


隣にいる夫にそう伝えたら、「そうだな」と頷いていた。


と、ブログに書いておいたら、『ひつじ』さんのような親切な人がどこかでみていて、声をかけて下さるかも。落ち込むこともあるけれど、やっぱりブログはいいなぁ、と思う。



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