2015/02/26

日本経済新聞 『私の履歴書』を読んで その1 利益相反について

重久吉弘さんの『私の履歴書』をかかさず毎日読んでいる。「魑魅魍魎」などと書かれていたけれど、それだけスケールの大きい立派な仕事をしてきた方だな、と思う。私の最大の不幸とは、(幸運かもしれないけれど)こういう人、考え方が当たり前だと思って生きてきたことにあるのかもしれない。


遺族のためのケアを考え時、私が一番大切にしていきたのは「裁判はいけない」などの考えを持たず、無心で接することだった。「ありがとう」などという言葉など、求めたこともない。泣いている人がいたら、どうすれば笑顔になるのか、はじめはそこから考えた。


そのためには、お渡しするお金には政治的なメッセージ、利益相反はできるだけないほうがいいと思う。なぜなら、遺族にとってのちのち心の負担になるかもしれないからだ。


お金を受け取ったことで言いたいことが言えなくなる、ということはできだけ避けたいものだ。利益相反の中には、なかなか社会に見えないものがある。お金を渡す側は熟考すべきだ。


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●第五章 癒着をひきはがす処方箋

◆その1 “見えざる利益相反”との闘い  神経内科医/TIP正しい治療と薬の情報代表 別府 宏圀 より引用


たとえば、同じ学閥、同じ医局の出身者が他の医師・研究者を排除するような行為。学会の権威筋が他の学説を力で押さえ込むような圧力。医療過誤訴訟の原告や薬害被害者に対する感情的な誹謗・中傷なども心情的利益相反にあたるでしょう。


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『私の履歴書』の中で、特に印象に残ったエピソードや言葉を書き出して、記録していこうと思う。


一番はじめは、連載8回目。「事故対応で通じた誠意」。1967年10月、韓国の大韓石油公社(現SKエネルギー)蔚山製油所で、常圧蒸留装置の建設中に起きた事故について触れた部分だった。


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日本経済新聞 『私の履歴書』 重久吉弘 「事故対応で通じた誠意」 韓国赴任 納期遅れ最小限 取引先驚く より一部引用


蒸留塔の事故で私は三つのことを学んだ。


ひとつ目は、誠心誠意。


事故処理や遺族との補償交渉は、反日感情の強い時代だけに罵倒されたり、ネクタイをつかまれたりと激しかった。私はただただ忍耐し、誠意を尽くし続けるしかなかった。実は事件直後、私は現地責任者として警察の取り調べも受け、留置場で数夜を過ごした。「なんで自分がこんな目に遭うんだ」と恨む気持ちがなかったといえばウソになる。事故の処理が済むのに1年半かかった。遺族の方は最後には私の手を握って感謝してくれた。


2つ目は、組織の力量だ。


倒れた蒸留塔はつくり直さざるを得なかったが、社内と協力会社が不眠不休で働いてくれ、納期遅れは1カ月未満ですんだ。これには先方が驚いた。米欧の会社なら遅れは当然だったのだ。仕上がりも評価された。組織は緊急時にこそ力量が試される。事故後も韓国で受注が続いたのは「禍を転じて、ブランド力となす」ことができたからだろう。


3つ目は、事故原因だった。


蒸留塔の最上部にはクレーンをかけるための金具が用意されており、本来なら十分な強度があった。ところが現地に運び込んで、クレーンと合わせてみるとサイズが合わない。仕方なく現場判断で金具を削って穴を広げた。これで強度が低下したのだった。「安易な対応は致命的な失敗につながる」。エンジニアリング業界では常に肝に銘じなければならないことだ。



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思い起こせば、今から10年ほど前。


世間を騒がせたある事件があり、私は一年間、自宅に帰らなかった。手錠姿で連行される男性社員の姿がどうしても許せなかったからだ。その男性の歳から察するに、彼には小学生ぐらいのお子さんがいるだろうと想像した。奥さんと子供は、どんな思いでテレビ画面を見つめているのだろうか。私はたまらなくなり「利益を確保するためにこんな仕事をさせているのか」と父をなじったのだ。


こういう事件を経験してきたから『利益相反』を重く考えてきた。極端にいえば、「利害関係者から、お金を受け取ったら最後」という気持ちが私にはある。


事件からちょうど一年ぐらいした頃、横浜のみなとみらいに家族で出かけた。車を止めた駐車場が、たまたま日揮のビルのあるクイーンズスクエアだった。


クイーンズスクエアの目の前には遊園地があり、家族三人で大きな観覧車に乗った。窓から外を見ると、父の会社が目の前の大きく見える。あの頃は、アルジェリア人質事件もなかったから、何をしている会社なのかよくわからず、きっと悪いことをしてお金儲けをしていると思い込んでいた。


でも。


窓の外に広がる大きなビルを見た時に、丸の内にあった古いビルが、いつのまにかこんな大きなビルになっている。すごいな、と思う気持ちが私の中に出てきた。あの時、私も文句ばっかり言っていないでがんばってみようと、と思った。同じようなビルを建てるのは難しくても、心の中に建てることはできるはず、と。



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