2015/03/02

『私の履歴書』を読んで その2  グローバル化と熾烈な競争

日本経済新聞 『私の履歴書』を読んで その1 利益相反について の続き


父は会長が「お嬢さんをこの会社に入れたらいい」とすすめていただいた時に断ったそうだ。私のようにこれといって才能も取り柄のない者を『娘だから』という理由で採用するのでは、公私混同だと思う。父の判断は正しいと今でも思う。


東京大学医科学研究所にいらした中村祐輔教授がシカゴに行ってしまった時、世間は「頭脳流出」と騒いだけれど、友人の医師は私に言った。


「中村先生はアメリカに行ったほうがいいですよ」。


どうしてそう思うのか尋ねたら、「日本は、すぐにお友達を集めてしまう。優秀な人を集めてきて『新しいことをはじめましょう』とは絶対にならない。アメリカだったら中村先生のために、優秀なスタッフと資金をすぐに集めてくれるはずです」と言った。


『私の履歴書』を読んで彼の言葉を思い出した。下村大臣の疑惑に関する記事を読んでも「確かにそうだな」と思ってしまう。いつの間にか大きな「志」が特定の人たちのほうをむいた「利権」にすり替わっていくような気がする。


科学や技術は国境を越える。「オールジャパン」で世界を目指すといっても、もはやすべてを日本と日本人でやる時代でない、ということがよくわかる。


第21回  人材開発 グローバル化 意識促す 公平・鳥瞰 習慣が人を変える より一部引用


企業が成長するために最も重要な経営資源は間違いなく人である。モノや資金と違って人はそれぞれが意思を持つため難しさがある半面、意識をうまく引き出し、能力を高められれば大きな可能性を企業にもたらす。社長になって改めて人を育てることを考えるようになった。


当時すでに日揮は多国籍の人たちをまとめ、世界中でプロジェクトを展開するグローバル企業になっていた。ただ、やはり横浜の本社の意識や空気にはグローバル化が不足しているように感じた。人に新しい能力を身につけさせる「人材開発」の方法は研修や実地経験など明確だが、グローバル化にはすでにできあがった社員の考え、意識を変える「人材の再開発」が必要だった。そのためにトップとして私が語りかけたことが3つある。


「マルチ・ナショナル・マインド」。人種、宗教、文化などを理解し、お互いに尊重し合い、卑屈になったり、見下したりすることのないオープンで公平な心を持て。


「ヘリコプター・ビュー」。専門分野に閉じこもらず、高い場所から全体ろ見渡す視点を持て。「鳥瞰(ちょうかん)」と同じだが、地上の動きも確認できる程度な高さのヘリコプターで社員に説明した。


「欧州版の地図で考えよ」。(日本が中心ではない。世界的な視野を持て、ということ)



でも、ここに至るまでには厳しい時代があった。私が結婚する相手を大学教員の夫に決めたのは、グローバル化に四苦八苦していた頃の父の姿をみてきたからだ。


業績が悪化した時には、家まで記者が押しかけてきて「どうして業績が悪いんですか」などときかれたこともあった。通学のために電車に乗ったら、電車の中吊りに「不法高配当」と見出しが踊っていたこともあった。


「次の業績がどうなるのか」心配になり、会社四季報を読むのが習慣になった。次第に「どんなに一生懸命やっても、一民間企業の力ではどうしようもできないことがあるのに」というやり切れない思いでいっぱいになっていった。


一番苦しんだのは連載15回目にかかれている1985年9月22日のプラザ合意だったと思う。珍しく弱気になって「会社をやめて商社をやろうか考えている」と言っていた。実家が商売をしていた母は「お客様に頭を下げられない人に無理」と大反対した。


第15回 円高で赤字 海外調達へ 多国籍現場 率いる監督育成 より一部引用


プラザ合意後の円高は驚くべきスピードで進んだ。87年の年明けには140円台まで上昇した。毎月の海外出張で、アジア、中東などを飛び歩いていた私は受注がみるみる厳しさを増すことを感じた。実際、日揮は85年度から88年度まで4期連続で営業赤字に陥ったのだった。


私たちが受注する仕事は、総コストのうち、部材や機器の調達すなわち「購買」が50%、現地での「建設」が40%を占め、設計や管理など「エンジニアリング」が10%といわれる。まず購買と建設を日本から海外に切り替えなければ、勝てない状況だった。


実はそれまでもグローバル調達、発注の努力はしていた。70年代にはパリやニューヨークに調達機能を持つ事務所を開設している。だが、あくまで米欧のメーカーからしか購入できない部材の調達が中心。円高に対応して、コスト削減を進めるにはアジアを含めた全面的な購買のグローバル化が必要だった。


問題はQCDだった。品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)である。このうち品質、納期では日本企業は圧倒的にすぐれていた。だが、ドルベースでの価格はプラザ合意で2倍に跳ね上がっており、とても使えない。私も含め、いい品質の部材や機器を期日どおりに納入できる企業はないか世界中を必死に探し回った。だが、長年の付き合いがあり、信頼もできる日本のベンダーから乗り換えるわけだから切なさも残った。外国為替とは無情なものだ。



その次はバブル後。世界的な価格競争の波にさらされた時。私は今でもよくおぼえている。「どうしても人員削減しなくてはならず、がんの治療をしている人にもやめてもらわないといけなくなってしまった」と苦しそうに言っていた。


第18回 交際事業を統括 アジア成長 他社も関心 過当競争で急激に採算悪化 


アジアでの受注が泥沼の乱戦に転じたのは93年ころからだ。

(中略)

東南アジアで多くの競合相手と熾烈なコスト競争の末に受注したプロジェクトは、結果的には採算の悪いものが多かった。受注競争の激しさは「価格破壊」と形容してもいいほどで業界全体が熱にうかされていたような状態だった。日揮だけではなく、世界のエンジニアリング会社が案件の先細りの中で目先の受注にばかり目が向いていた時代だった。



第19回 社長就任 厳しい業績 試練と奮起 創業来初 やむなく人員削減


(96年6月に社長に就任)さらに、盛り返そうと期待していた東南アジア市場にも異変が起きた。97年7月のタイ・バーツ暴落に始まったアジア通貨危機だ。各国の新規プロジェクトは中止され、仕掛かりの案件でも工事中断や代金未払いが多発した。日揮もタイ、フィリピン、インドネシアなどのプロジェクトが中断、窮地に立たされていた。エンジニアリング業界全体が同じ苦境にあえいでいた。


この時期に最もつらかったのは創業以来初の人員削減に踏み切ったことだ。選んだ人を呼ぶと、「なぜ、私なんですか」と怒る人、「まだ働きたい」と泣く人。こんなことをするために社長になったのかと思うと本当に情けなく、心のなかで涙を流した。



「もう、グローバル化は避けられない。高度成長の頃とは時代は違う。技術さえ残れば、国籍がどこの国になってもいいじゃないか」と父は私に言っていた。


第22回 会長に就く 政府会議 狭い視野痛感 広い視点でグループを経営


社長時代に視野をより広げなければと思った出来事があった。経済産業省のある会合で、業界のあり方について意見を求められた時に、「これまで我が社は政府のお世話になったことが一度もありませんが」と切り出した。正直な考えを言ったつもりだったが、経産省幹部の居並ぶ会議は一瞬で、静まりかえった。


これが私の認識不足であることは、後ほど様々な技術開発、事業家調査などで政府、官庁の支援が協力を受けるなどなかでわかった。


業界にどっぷりつかり、海外をトップセールスで回り、自社の利益しか考えないようでは経営者としては限界がある。そう感じてからはできるだけ公的な会合に出席、政府との関係も深めるようになった。


そうしたなかで、後年私の意見を政府にも取りあげて頂いたのが「コア・ジャパン」だ。それまで日本の産業界は「オールジャパンで世界へ」という発想だったが、現地のニーズに沿った、コスト競争力のあるえりすぐりのものを世界から集めなければ、海外勢との競争に負ける。事業のコア(中核)さえ日本企業であればいいのではないか、という趣旨だった。



集英社インターナショナルの斉藤貴男さんの連載を読んだ時に私が危機感を持ったのは、日本の医療が激しい競争にさらされるかもしれないことを、国民は本当に理解し、覚悟しているのだろうか、と考えたからだ。日本の医療には、きちんとマネージメントする人がいるのだろうか。儲けるためるだけではなく「人のために役立つよいものを提供しようと」という信念や哲学があるのだろうか。ーーーーーー


子宮頸がんワクチン問題を追う 第二回 ワクチンビジネスの作法 「予防接種は国家経営そのもの」 ジャーナリスト斉藤貴男 集英社インターナショナル


(経産省の出身で、新日本PAがGSKのロビイング委託契約を結んだとされる時期、まさにバイオ課の幹部であったA氏の証言)


バイオ課にいたら、薬屋さんから相談を受けた。要するに自分たちの世界には経産省の産業政策に当たるものがない、このままではどうにもならないから、なんとかしてくれと言う。


その代わりに護送船団で守られてるのと同じじゃないですか、我々のやり方だと、他の産業と同じような競争的環境におかれて、つまり戦場になるんですよ、と返しました。それでもいい、日本がダメになるよりはと仰るんで、じゃあお手伝いしましょうということになったわけ」



私が雲の上の方々に伝えて欲しいとお願いしたのは、こういうことを考えてきたからだった。

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