2015/03/04

『私の履歴書』を読んで その3 日本の医療の素晴らしさ

『私の履歴書』を読んで その2  グローバル化と熾烈な競争 の続き


重久さんの『私の履歴書』には繰り返し出てくる言葉がある。「自社の利益だけでなく、社会をよくするために誠実な仕事をするのだ」という言葉だ。私は最終回にかかれていた「利他主義」という言葉を全く知らなかったけれどよい言葉だと心から思う。


第27回 人に役立つ仕事 世界で 「利他主義」の心でともに発展 生きる道 より引用


最近、中国や東南アジアなどを訪れると、大気や河川の汚染、道路や空港の渋滞、住宅や医療の不足、劣悪な衛生環境など深刻な都市問題を目の当たりにする。そうした問題の解決はまさにエンジニアリングの仕事であり、人の役に立つ仕事だ。これこそ日本や日揮の生きる道になると確信している。


日本全体を見渡すと、最近は少子高齢化、人口減少など問題ばかり指摘されるが、街の住みやすさ、便利さ、食の安全、治安など日本がトップクラスのよい社会であることは間違いない。私は今も年間数十回の海外出張に出かけ、外国の街を歩くのも好きだが、やはり日本はすばらしい国だと感じる。


日本のよさ、日本人の美質を経済や社会の活性化にどうつなげるかが、若い世代に与えられた課題だ。今の若い人たちをみていて一番気になるのは、耐える力の弱さだ。何か試練があると折れてしまう人が多いようにみえる。


韓国に在住していた30 歳代の初め頃、私は中村天風を知った。結核にかかったのを機に真理を求めて世界の思想家を訪ねて歩いた末、ヨガの聖者と出会い、悟りを得た人物だ。病や貧乏などに苦しむ人を救おうと「心身統一法」を考案、天風会という組織を設立し、多くの人に影響を与えた。


とりわけ私は天風の「利他主義」の考えに深く共鳴した。エンジニアリングを儲けるためにだけにやるのなら、手抜きにも走りかねない。「人のために役立つものを提供しようと」という気持ちがなければ、企業や国家を永く繁栄させるよいプラントはできないし、誠実な仕事は必ず多くの人々に届くものだ、という信念を抱くようになった。



今、国は「医療を産業に」と考えている。しかしその前にやらなければならないことがあるはずだとずっと考えてきた。日本の医療には日本にしかない良さがある。けれど、それをどれほど多くの国民が気づいているのだろうーーーーー


私の友人は、地方の国立病院でがん医療にも長いこと関わってきた。


自宅に遊びに来ても、病棟に残してきた患者さんのことをいつも心配している。「あの時、こうしたらよかったかもしれない」と私の目の前で、サラサラとペンを走らせ、私に説明したこともあった。


まだ若いのに、もうすぐこの世を去らないといけない患者さんだそうだ。


地方の国立大学病院には、末期のがんの患者さんをはじめ、重い病を抱えた患者さんが押し寄せてくるのだそうだ。そのため、一人の医師が抱える仕事の量と中身は一言では言い表せないほど大変なようだ。心を病んでしまう若い医師も多いという。


私がこのような活動をするようになったのは、彼の存在が大きい。


民主党政権下ではがんの患者さんとご家族のために、がん診療連携拠点病院に『相談窓口』を整備した。彼が喜ぶかと思って「相談窓口ができたのよ」と知らせたら、以外なことに「そのような窓口は僕には必要ありません」といわれた。


彼は、自分の患者さんを、がん難民にさせないよう、最後の最後まで努力しているのだ。驚くことに、明日どうなるかわからず、悩んで眠れないほど苦しんでいる患者さんには自宅の電話番号だけでなく、携帯番号まで教え相談にのっていたのだ。「だから相談する窓口はいらない」というのだ。


精神科やカウンセリングを紹介しても、患者さんがまた外来に戻ってきてしまうから、いつの頃からかそうすることにしたようだ。


そういえば・・・あるエピソードを思い出した。


末期のがんで余命宣告を受けた患者さんのために臓器移植をしてくれる病院を探し出し、急いで手配したことがあった。手術が無事成功した患者さんの病院に駆けつけ、手を取り合って喜んだと言っていた・・・。


ところが、ある時、ある検査を患者さんにしたら、患者さんの意識が戻らず、彼は責任を感じ辞表を書いたことがあった。私が大野病院事件の時に、裁判所にかいた手紙を彼に読んでもらった時に、私に教えてくれたのだ。幸運なことに意識が戻ったそうだけれど、私はこの話を思い出すといつも泣いてしまう。


日本のがん医療は、彼のような勤務医が社会のみえないところで命を削って支えている。彼がしてきた仕事は、重久さんと同じように立派な仕事なのに、社会にはなかなか見えない。


「体がもたないから、もっと楽でお給料のよいところにいけばいいのに」といったら「それでは理想の医療を患者さんに提供できなくなります。僕の外来にくる患者さんは経済的に大変な人も多いから、お金の心配をぎりぎりまでかけたくありません」といわれてしまった。


私が近藤彰さんの闘病記にショックを受けたように、医師だけでなく患者さんの声がなかなか社会に届かないという構造的な問題も依然として横たわっている。だからこそ本当は彼のような医師にがん医療を語って欲しいし、改革などについても提言をするべきだと思ってきた。しかし実際は彼のような医師の意見はなかなか汲み上げられず、中央にいる一部の人達の意見で物事が決められていくような気がしてならない。


私は、日本の医療の素晴らしいところは、彼のような医師が、地方の公立病院にいることだと思ってきた。お金や名誉のためでなく、患者さんのほうをむいて誠実に仕事をしていることだ。


間違いなく彼のような医師は日本の宝だと思う。


世界を目指すのならば、彼のような医師が、第一に報われる日本であって欲しいと心から願う。もしも日本の医療が激しい競争にさらされ、彼のような医師がいなくなってしまうなら、何のための改革なのかわからない。

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