2015/03/06

『こころのケア』は誰のためにあるのか 大川小学校の悲劇

もうすぐ3月11日がまたやってくる。3月11日が近づくにつれ、「悲しみはまだ癒えない」というような報道もきこえてくる。


ある人に「最近、被災地の『こころのケア』をめぐってすごいことがあったんだよ」と教えてもらった。


「宮城県石巻市にある『大川小学校』のことを知っているでしょう?」とその人は言った。


もちろん知っている。自分の息子も小学生だから、忘れたことがない。


もしも私が津波に流されたお子さんの親だったら・・・きっと同じように毎日海をさまよっているかもしれない。そして同じように「どうして駆けつけられなかったんだ」と自分を責め続けるだろう。そう思いながらテレビをみていたから。


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巨大津波が小学校を襲った ~石巻・大川小学校の6か月~ 2011年9月14日(水)放送 クローズアップ現代

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東日本大震災で多くの児童が犠牲になった小学校がある。巨大津波によって全校児童108人のうち、74人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校。地震発生から避難準備を開始、津波が到来するまでにおよそ50分の時間があったにも関わらず、高台への避難の途中に、子どもたちは津波に襲われた。なぜ、幼いいのちがこれほどまでに失われたのか。


二度とこのような痛ましい事態を起こさないために何が必要なのか。学校関係者、遺族、そして地域住民への丹念な取材を通じて、震災から半年たって明らかになってきた「あの日」をたどり、学校という「幼いいのちの場」を津波災害からどのように守っていくのかを考える一助としたい。

※    ※    ※


『全国自死遺族連絡会 』の田中幸子さんのブログに書いてあるそうだ。今、一部のご遺族が裁判をしておられる。(裁判に至るまでの経緯は、ダイヤモンド・オンラインの特集に詳しく書かかれています↓)


◇  ◇  ◇
大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~ 池上正樹 [ジャーナリスト] ダイヤモンド・オンライン
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【新連載】「避難途中に大津波」はウソだった? 石巻市教委の矛盾で明らかになる“大川小の真実” 【第1回】 2012年6月25日

「1人1人、いろんな事情や立場があります。昨日も夜遅くまで話し合って、最後の最後まで考えてきました」

(中略)

 6月16日、石巻市立大川小学校の児童遺族有志は、同市教育委員会に質問書を手渡した後、仙台市に場所を移して記者会見を開き、当時小学6年生の次女を亡くした佐藤敏郎さんが、こう苦渋の思いを語る。


地方の町の狭い地域の中では、当事者間の利害や人間関係が、複雑に絡み合う。最初に口を開いた佐藤さんもまた、子どもの遺族の1人でありながら、質問書を手渡した相手と同じ教育界の現場で教壇に立つ、隣の女川町の中学校教師だ。


「市教委にはお世話になった先生もたくさんいる中で、このような場に出るのは、大変つらいです。でも、子どもたちは寒空の下、先生たちの指示を待って、ずっと校庭にいた。黒い波にさらわれていった子どもたちのつらさや恐怖を思えば、大人が立場的につらいからを理由にしてはいけない。次の段階に進むためには、思っていることを話さなければならない。教員だからこそ言えることがあるのも確かで、その役割を果たそう。いまがそのタイミングだと思いました。


 学校は、信頼されるべきところだと信じています。今日ここに来ることで、いろんな人や、生徒たちにも迷惑をかけているのは承知しています。申し訳ないと思っている。でも、きっとわかってくれると信じ、我々はそれなりの覚悟と決意を持って、カメラの前に立ったんです」


◇  
大川小児童の国賠請求訴訟、第1回弁論始まる  原告遺族、現場検証とA教諭への証人尋問を申請 2014年5月19日

学校管理下にあった児童74人、教職員10人が、東日本大震災の津波の犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校。この惨事を巡り、児童の遺族が「もし、先生がいなかったら、児童は死ぬことはなかった。明らかな人災である」として、県と市を相手取り、懲罰的慰謝料など総額23億円の損害賠償を求めた国賠訴訟の初公判が5月19日、仙台地裁(高宮健二裁判長)で開かれた。
◇  ◇  ◇

どうやら、ご遺族は『こころのケア』にこころを痛めているらしい。


どういうことなの?


私はびっくりする事実を知った。


なんと、裁判をしている相手が、ご遺族のところに『こころの専門家』を一方的に派遣しているそうだ。


「考えてみてよ。訴えている相手が、ケアの専門家を派遣しているんだよ。あり得ないでしょう?」


今まで被災地では様々なサポートをする人を募集をしてきたそうだ。でも、被災地で暮らす方々が本当に必要としている日常生活の支援や、ちょっとした介助をするような人を募集してもなかなか集まらないそうだ。


それなのに、『こころのケア』を募集するとなぜか『こころの専門家』だけはすぐに集まるそうだ。



今は、大学生が『こころのケア』をするNPO団体をつくって活動するくらいだから・・・。


でも、私もいつも思っていた。例えば全国オルタナティブ協議会代表理事精神医療被害連絡会代表の中川聡さんの勉強会に多くの人達が参加するのは、中川さんご自身に奥様を亡くしたり、会社を清算したという辛い経験があるから。「この人だったら」と皆思うのだろう。だから、社会経験の乏しい大学生に、簡単にこころを開く被害者や遺族がいるとは私にも思えない・・・。


自治体が募集をして集まる人は当然カウンセラーや臨床心理士。そして精神科医と呼ばれる方々。


想像するだけで、ご遺族が困っている姿が目に浮かぶーーーーーー



突然見知らぬ人達が「お焼香をさせて欲しい」と押しかけてくる。「あなたにはこころのケアが必要だから」と。


しかし、彼らに心を許したところで、その先に何があるというのだろう。『こころの専門家』と呼ばれる方々は観察するように、空気のように接する。一緒に泣いたり、怒ったり、笑ったりはしない。しかも、一番つらくなる夜には話し相手にはなってくれない。悲しみは、いつ、突然襲うとも限らないのに、派遣されてくる『専門家』は土日、祝日はお休み。営業時間も決まっている。


もしも私だったら、と考え言葉を失う。


ご遺族や被害者の方のケアをするには重久さんの「私の履歴書」にあったように、「恋愛のように高度なコミュニケーション」が必要。でもこれは誰にでもできるものではないし、中途半端なケアならないほうがいい。まして悲しみの淵にある人の心を、さらに傷つけるようなケアなら、やめて欲しい。


そもそも、ご遺族が行政に望んでいるのは、良いことも悪いことも含め、詳細な報告であり、「心のケア」ではない。逆にいえば、聞き取り調査を行い、情報公開をすることこそが「こころのケア」になるんだと思う。


ダイアモンド・オンラインの連載を読むと、行政は裁判を恐れたのだろうか。情報を出そうとしない姿勢が隠蔽ととられ、いつしか取り返しのきかない亀裂を生んでしまったように思う。


それにしても、遺族や被害者とよばれる立場になったら、こういうケアにも「ありがとう」と言わないといけないのだろうか?「親切の押し売り」という言葉が頭をかすめる。


本物の『こころの専門家』なら、「こういうケアはやめましょう」というはずだと思う。しかし、そういうことがいえる人は『こころの専門家』にはならないものだ。


どうしても何かしたいと思うなら、掃除や買い物を手伝うとかいろいろあるはずなのに・・・。


ご遺族や被害者に、こんな言葉をいわせてはいけない。


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田中幸子のひとりごと ~自死で子供を~  酷い支援がここにもあった  2015-02-24  より引用

書いては消してを繰り返し・・・・

   今日は朝から教育委員会に電話

午後は猫さんの講演を聞きに行く

   宮城県教育委員会と石巻市教育委員会が協力して
      臨床心理士を含めて6人で
石巻市立の小・中学の児童生徒をつなみで亡くした親の支援をするという事業
   が 
昨年、震災後3年過ぎて活動を始めた
 当面3年だが6年・9年と継続することが決まっているということでした

   訪問しているという
 二人で・・

   断られることも多いそうだ

    宮城県内で児童生徒が亡くなっている地域はたくさんあるのになぜ石巻だけ

     大川小学校が 市や教育委員会を相手に 闘っているから・・・だそうだ

      教育委員会を相手に闘っている親が
  教育委員会から派遣された人に心を許すだろうか
     遺族の気持ちを逆なでしていると思う
 断られても断られても何度も訪問する…という考えが
     あまりにも自分勝手だと思う

  ご焼香に…ご焼香に・・と何度も言う

   断られる方も大変でしょうが
2人に訪問されて 断る遺族の気持ちもしんどいと思う

   ご焼香という行為が絶対的な善意だと思う気持ちが傲慢

   ご焼香なので、家にあがることが前提

  突然見も知らない人がきて、ご焼香をさせてくださいと言われて
     快くあげるだろうか
 私は不愉快になると思う

    家にあげて焼香してもらったら

   お茶もお菓子も 出さなければならない

     亡くなった子供の話もしなけれなならない

    嫌がる遺族に 頼んでもいないのに
 なぜ無理やり個人情報を集めて 訪問するのか・・・

  こんなに遺族のことを思い努力しています・・というアリバイのための事業としか思えない

  ただ話を聴くだけ・・・・だという

   追及したら

 専門機関にもつなぐという

    専門機関って?どこ?

医療機関!

医療機関?内科・眼科・?

   んんん・・・・・精神科・・…

    教育委員会と臨床心理士が 文科省という後ろ盾の下に
     子供を亡くした親のケアといいながら

 無理やり訪問し、調査し 精神科につなぎ

    遺族をどうしたいのだろうか

 明日以降~教育委員会の担当者が連絡をくれる予定

今日は担当者不在のため……お話にならず・・・でした

遺族の支援?夜中も聴いてくれるの?
いいえ5時までです
 日曜日・土曜日・祭日お休み?
はい!
 9時から5時まで平日のみ?
はい!
個人の情報を教育委員会から伝えたら遺族が問題にする
市役所も同じ

だから 責任を個人の私にするために  私に情報を求めたのだと思う

  教えない   

静かに話人だが
   カウンセラーや精神科医にありがちな話し方で
  イラつく人だった
 
感情をあらわさない・・……手法

 人間としてのあたたかさのない人

      こんな支援が税金を使い行われている

   なんと傲慢で卑しい人たちだろう

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コメント

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偽善者の傲慢

臨床・心理・心のケア…云々の旗を掲げ、政治家や官僚の無策を「有策」に装うために用いられているにすぎないのに、何者かであるかのような役者顔、したり顔でストーカーのように忍び寄る。心理家の看板を掲げるならば、この傲慢さそのものを自己分析しなければならない。臨床心理士の肩書きを持った者として、かつてこの傲慢さを持った者として、恥ずかしいかぎりである。

Re: 偽善者の傲慢

金田恆孝様

コメント、ありがとうございます。

あるところには、ご遺族の携帯に突然電話がかかってくることもある、とあり驚きました。

電話番号や住所などを、行政が許可もなく、そのような目的で使うことがあるのでしょうか。不思議でたまりません。

自己紹介にあるように私の父の友人は、アルジェリア人質事件で亡くなりました。ブログをはじめた目的の一つは、私にもお焼香に、と思う気持ちがあるからです。しかし父にきいたら、「ご家族にお目にかかったことがないから」と言われました。

ブログを書いていたら、いつかどこかでつながって、もしかしたら、と思ったのです。

「こころのケア」には、私自身良い思い出がないので、どうしても不満や批判が多くなってしまいます。しかし必ずしもすべてを否定しているわけではありません。ある自死遺族の方が、「どうしても私はケアが欲しい」というようなことをお話しされていました。その時に、そうなんだろうな、と思いました。

ですが、今回の「こころのケア」は、何か別の目的があるのかな、と考えてしまうほどおかしなケアだと思いました。

金田さんのように、真剣に考えてくださる方が増えて下さると、変わっていくかもしれません。ブログを書いていてよかったな、と思いました。ありがとうございました。