2015/03/11

亡くなった方を忘れずに

今日は、大震災のあった11日。


あのとき、大川小学校で何が起きたのかあのとき、大川小学校で何が起きたのか
(2012/10/24)
池上 正樹、加藤 順子 他

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大川小学校の悲劇が気になり、ダイアモンドオンラインの特集を読んでいる。ご遺族の言葉はどれもが重く、胸が苦しくなることも。


『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』という本を読んでみたいと思い早速注文した。


鍵を握るとされるある人の証言がどうしても気になる。住民の証言からも、私にはその人の証言が真実だとは思えないからだ。


この本の表紙の写真をみれば誰もが思うはず。大川小学校は低い土地にある。にも関わらず地震から津波が到達するまでのおよそ50分の間、子ども達は校庭にとどまっていたそうだ。


なぜもっと早く、もっと高い場所に行かなかったのーーーー


しかしその一方で教員にも多数の犠牲者が出ている。この事実をどう捉えたらいいのだろうか。


私には教員や行政が津波を想定してこなかった、あるいはできなかった証のような気がしてならない。だから今でもこの悲劇から一体何を学べばいいのわよくからない。


一ついえるのは、行政や学校が、裁判を恐れずに、もっと正直にもっと速やかに、何があったかを話せればよかったのに、ということだった。


ところで3月9日、フジテレビの「スーパーニュース」で「”老人ホームに落とし穴格安…1カ月で病院になぜ妻は死にかけた?」という特集をみた。


問題が多いとされる施設では、日常的に掃除がいきとどかず、介護の知識のあるスタッフも不足しているようだ。調べていくと経営する会社が利益確保のために、現場に人手とお金をかけないようだ。


これから、高齢化で行き場のないお年寄りは増えていく。誰もが、同じような被害にあうかもしれない。被害にあっても、行政は頼りにならない。もしも、頼れる家族がいなかったら地獄のようだ。


「人の命や健康は右肩上がりで成長するのか」という私の疑問に対する答えのような内容だった。


「経験がないのに、参入しようとする企業が多い。すべてとはいわないけれど、株式会社というものは、どうしても株主のほうを向いてしまう」ということを取材されたジャーナリストがおっしゃっておられた。


その言葉になんだか泣けてきた。


重久さんの「利他主義」や「自社の利益だけでなく、社会をよくするために誠実な仕事をするのだ」という言葉がまた頭に浮かんだからだ。


どうして私は自分の父を信じることができなかったのだろうか・・・。


この日良いことが一つあった。日付がかわったばかりの深夜にある方からメールをいただいた。


何年ぶりだろう。本当に久しぶりだった。


私がブログを書き始めたのは、いつかその人が見つけてくれるかもしれないからだった。


「見つけてくれたんだ・・・」。メールにその人の名前をみた時、涙がこぼれた。


その人はある報道機関に所属している。先日書いた事件を伝える報道の中で、唯一といっていいほど、あるご遺族の意見を丁寧に伝えておられた報道機関だ。私はすべての報道に目を通していたら、よく覚えていた。こういうところに届いて欲しいと思いながら、書いていた。


あるものをみて欲しいと伝えた。『エビデンス』だ。


夫が「松本清張の推理小説の良いところは、事実と証拠で追い詰めていくところ」と私に言っていた。


今なら夫が何をいいたかったのかよくわかる。


あの時は、松本清張の小説のような出来事が、まさか私の身の上に起きるとは想像もしなかった。


だから夫は、医学部にお世話になることにしたのだろう。医学論文もまた、そうやってかいていくものだから。


私は数学が苦手だったけれど、唯一好きで良い点数がとれたのが『証明』だった。ほんの少しだけ才能があったのかもしれない。私も『エビデンス』が持つ力をはじめて知った。それまでバラバラの点にみえていたものが、一本の線へとつながるのだ。


ふと思う。この日、メールをいただいたのは、亡くなった方の力かもしれない。どうしても、伝えたいことがあったのかもしれない。


ああ、本当によかった。


少しはやいけれど、春休みにしようと思う。


ブログを少しの間お休みしようと思います。

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