2015/03/20

『アンダーグラウンド』と『こころのケア』 地下鉄サリン事件から20年 

今日はオウム真理教の起こした地下鉄サリン事件のあった日。


アンダ-グラウンドアンダ-グラウンド
(1997/03/13)
村上 春樹

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内容紹介

1995年3月20日の朝、東京の地下でほんとうに何が起こったのか。同年1月の阪神大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による地下鉄サリン事件。この事件を境に日本人はどこへ行こうとしているのか、62人の関係者にインタビューを重ね、村上春樹が真相に迫るノンフィクション書き下ろし。

内容(「BOOK」データベースより)

1995年3月20日の朝、東京の地下でほんとうに何が起こったのか。同年1月の阪神大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による地下鉄サリン事件。この事件を境に日本人はどこへ行こうとしているのか、62人の関係者にインタビューを重ね、村上春樹が真相に迫るノンフィクション書き下ろし。



1995年3月20日、20年前のこの日、私は夫とバハマに滞在していた。海で泳いでホテルに帰ってきたら、顔なじみになっていた女性従業員が近寄ってきてこういう。


「あなた達の国で、すごい事件が起きたのよ。すぐにテレビをみて!」。彼女は「オウム」といっている気がするけれど?


テレビをみて二人で呆然とした。テロ事件の首謀者として、オウム真理教の教祖、麻原彰晃氏が紹介されていたからだ。


それまで私の中では、オウム真理教といえば、JR西荻窪駅の近くでゾウのお面をつけ、不思議なダンスをしている人達、というイメージしかなかった。西荻や吉祥寺には、アジアの雑貨を扱う雑貨屋さんが多い。街に溶け込んでおり、どちらかというとほのぼのとした雰囲気で、危険とはほど遠かった。


テレビでは大勢の人達がうずくまって苦しそうにいているけれど、あのダンスとまったく結びつかない。


当時カナダに住んでおり、日本のニュースはほとんど入ってこない。何があったのか知りたくて、送られてきた週刊誌などを読んでみた。でも、センセーショナルに恐怖を煽るような内容ばかりで、なぜ凶悪な事件を起こすに至ったかが、いっこうにみえてこない。


数年後、夫がたまたま買ってきた村上春樹さんの『アンダーグラウンド』という本を手にした。


『アンダーグラウンド』は地下鉄サリン事件の被害者とご家族のインタビューを収めたノンフィクションだ。


社会を揺るがす大事件が起きた時、このような優れたノンフィクションが生まれればいいと思う。その時何が起きたのかを、冷静に記録し後世に伝えるために。きっと、時間がたって、はじめてみえてくるものがあるだろうから。


一番記憶に残っているのは、最後に登場する、旦那様を亡くした若い女性。事件当時、おなかにお子さんを宿していて、マスコミが一番関心をよせたそうだ。


「郊外住宅地のどこででも見かける若い幸福そうな奥さんにみえる。別れ際に何か言おうと思ったのだけれど、『元気で幸せにいてください』としか言えなかった」。村上さんはそのように表現しておられた。


その一文で、彼女の悲しみの深さを表現する。さすが村上さんだと思った。今の時代のトラウマやPTSDというものを的確に表現していると思ったからだ。


第二次世界大戦のように、皆が同じ大きな悲しみを背負ったわけではない。どんなに大きな悲しみを抱えていても、外からはなかなかみえない。だから彼女と、ご家族の悲しみが静かに伝わってくる。


私は彼女の姿を一度もみたことがない。にも関わらず、お子さんと二人、手をつなぐ幸せそうな姿が頭に時々浮かぶことがある。


昨日読み返してみたら、驚くことに彼女は、警察やメディアなどの対応に不満をもらしているし、最後に「涙を流した」とも書いてあった。


私の記憶がいつの間にか書き換えられていることに気づく。


私が彼女を覚えていたのは、亡くなった旦那様のご実家でお子さんを産んだからだった。「旦那様のご実家で」というところに、彼女と同じように結婚したばかりの私は引きつけられた。


義理のご両親は、地方都市で農家を営んでおられたため、事件後も仕事を続けておられたそうだ。私はお父様の言葉を今でも忘れたことがない。


「やらなくてはならない農作業があるから私達はやってこれたようなものです。(農家の仕事は)休みなく続きます。それで気が紛れるから頑張って生きていけるんです。そうやって働けば体が疲れるし、疲れればぐっすり眠れます。ノイローゼだ睡眠薬とか私達は言っていられません。農家というものはそういうものなのです」。


義理のご両親や他のご家族は、彼女と産まれたばかりのお子さんを温かく見守るのだ。その様子に、ほっとするとともに、「悲しい」「苦しい」というネガティブな言葉は消去され、いつしか「幸せ」なイメージだけが心に刻みこまれたようだ。


私が彼女が「幸せであるように」と、20年間願い続けてきたこともあるだろう。そうさせたのは行間から滲み出る村上さんのやさしさなのかもしれない。


このエピソードは精神科医の井原裕医師が『精神科臨床はどこへ行く』おっしゃっておられたことを裏付けているように思う。


人は深い悲しみの中にある時、自分の周りの時間だけ止まったように感じる。だからといって、いつまでも時間を止めたままの状態にしてしまうと、ずっとそのまま。取り残されてしまう。PTSD を乗り越えていくには、今まで当たり前にしてきた日常生活を、少しずつ取り戻していくことが必要です。だから、昔の人達が大切にしてきたような暮らし、人と人とのつながりが大切なんですーーーーー


私が『アンダーグラウンド』のようなノンフィクションが好きなのは、どこか疫学調査に似ているからだ。


人は、自分の力だけではどうしようもできない大きな困難に陥った時、それまでの自分自身の生き方が試される。多くの被害者の方の証言から、そういうことを感じた。


オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた年、阪神淡路大震災も起きている。この年から、「こころのケア」が盛んに必要だといわれ、いつのまにかブームのようになっていったように思う。


『アンダーグラウンド』の中でも「こころのケア」の重要性に触れており、最後に村上さんと精神科医との対談も収められている。「こころのケア」が社会に認知されたきっかけの一つは、この本だったのかもしれない。


しかし、「こころのケア」という言葉ばかり一人歩きし、そこで何が行われているのか、皆知っているのだろうか?


私が特別な専門家のケアなど必要だと思わなくなったのは、自分自身の経験と、「アンダーグラウンド」の女性とご家族を思い出すからだ。


先日『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』が届いた。今度はこの本から、どんな世界が私の前に広がるだろう。



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