2015/04/06

青森県八甲田山へ その1 雪の八甲田

3月の終わりに青森県八甲田山に旅行に出かけた。


八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)
(1978/02/01)
新田 次郎

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確か昨年の秋には、「鶴の湯温泉に行こう」と行っていたはずなのに、いつのまにか八甲田山に行くことになっていた。「海外のサイトで『八甲田ホテル』がとても安い料金で出ていたからすぐに予約した!」と夫が私にうれしそうに言う。


『八甲田ホテル』といえば、フランス料理がおいしいと評判の高級ホテル。そんなことがあるのかしら?


八甲田ホテル ホームページ


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でも私は青森に行ってみたかった。今から8年ほど前に一度、家族で出かけたことがあった。季節は夏。その頃はまだ息子が病気がちだったから、人混みに出かけられない。全国にある秘湯巡りをしていた。


日本秘湯を守る会 公式Webサイト

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『日本秘湯を守る会』という会があり、会に所属している温泉では、宿泊すると一つスタンプを押してもらえる。会で発行しているスタンプ帳に10個スタンプを集めると、一泊無料で招待してもらえる。この頃の私は各地にある山奥の秘湯をたずね、スタンプを集めるのが唯一の楽しみだった。


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東北には秋田県の『鶴の湯温泉』をはじめ有名な秘湯がたくさんある。青森では『谷地温泉』に泊まり八甲田山を少しだけ歩いた。。写真にあるように、八甲田山には手つかずの自然が残っている。GPSを携帯していたけれど、息子は夫の背中に乗らないと山に行けない。天候が悪化する時に子どもを背負って歩く場所ではないと泣く泣く引き返した。


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八甲田山といえば、思い出すのが「雪中行軍」の遭難事故だ。日本の山岳遭難事故史上、最悪といわれる遭難事故だ。ちなみにウキペディアには「冬季軍事訓練における最も多くの死傷者が発生した事故であるとともに近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故である」と書いてある。


遭難した場所の近くにある、小さな山の売店には資料館が併設されている。たまたま入った資料館の展示物をみて、私は兵隊さんの中に、生還した方がおられたことをはじめて知って驚いた。特にあの猛吹雪の中で、早く救助してもられるよう目印となり、命をかけて立ち続けておられた兵士の姿には胸を打たれた。


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青森県観光情報サイト アプティネット より引用

1902年(明治35年)1月に、歩兵第5連隊第2大隊210人が八甲田山で遭難した際、雪の中に仮死状態で立つ兵士の姿(後藤房之助伍長といわれている)を捜索隊が発見し、救援活動のきっかけとなったと伝えられています。


カナダで過ごしていた時に、私も少しばかり、野外活動の楽しさと厳しさを知った。そして、私自身、生死の境を彷徨った経験がある。だから心に響くものがあったのだろうか。


記念館を訪れた時に痛感した。多くの人の命を奪った事故そのものは悲しいけれど、後の世の人のため、死を無題にしないためにもデータ収集は大切なんだと。


夫が留学したカナダのトロント大学も、雪中行軍の資料を収集したそうだ。カナダだけでなく海外の研究者が興味を示すそうだ。世界的に注目されるような大事故を、日本人の私が知らないなんてーーーーーーー


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青森市内にある『八甲田山雪中行軍遭難資料館』に展示されている『八甲田山雪中行軍遭難の絵』

イタリア・ミラノ市で当時発行されていた絵入り新聞「ラ・トメニカ・デル・コリューレ」で紹介された雪中行軍事件。海外でも関心の高かったことが伺えます。



青森からもどって新田次郎さんの『八甲田山死の彷徨』を読んだ。「冬の八甲田山と街にある大きな資料館にも行ってみたい」とあれ以来、いつも私は言っていた。


夫もまた、運動生理学者として興味を持ったようだ。


あれから8年。私達は雪の八甲田山を再び訪れることにした。




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