2015/04/10

『うつを治したければ医者を疑え! 』を読んで 

発売前から何かと話題の『うつを治したければ医者を疑え! 』をイッキに読んだ。


うつを治したければ医者を疑え!うつを治したければ医者を疑え!
(2015/04/06)
伊藤隼也と特別取材班

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今、思い出すのは『こころの専門家』に言われた一言だった。「あなたなんかに何ができるのか!」 という言葉だ。あの言葉が、私の心に火をつけたのだ。


『報道』と『インターネット』の力 マイナスの経験をプラスに変える


あれから10年近くたって、こうしてとうとう、一冊の本になった。あの言葉がなければ、この本は誕生しなかったのかもしれない。


友人の医師達は、私が要望書を出したり、テレビに出たりするたびに意見をきかせてくれた。いつも私を応援してくれていたけれど、ある時から、「(サクラさんの言うことはその通りだけれど)元主治医がかわいそうだよ」と言うようになった。


なんで!


そもそも、私は慣れない育児と、子宮筋腫のために、体調がすぐれなかったのだ。それを何らかの手違いで、(育児心理科)精神科に送り込まれたのだ。投薬されたら、良くなるはずがない。


何かがおかしいと元主治医に意見したら、私に逆らったから、という理由で『障害者』にされてしまった。


それが明らかに間違った診断であっても、私には名誉を回復する手段が全くなかった。途方に暮れた。


しかもやっかいなことに、元主治医は、向精神薬だといわずに私に処方し続けていた。向精神薬は、断薬しようと思っても、すぐにはできない。時間がかかる。生命保険に加入できないなど、私には失うもののほうが多かった。


これを人権侵害と言わずして、何を人権侵害というのだろうか?


だから、友人達の「かわいそう」という言葉に反発した。「私のほうが、ずっーーーかわいそうじゃない!」と思っていた。


この本を手にするまでは・・・。


最後に収められている井原裕医師と、著者の伊藤隼也さんの対談を読んで、はじめて友達の医師達が言っていたことがわかる気がした。


ある友達は、以前、私にこう言ったことがあったからだ。


「サクラさんの主治医になった精神科医は、今まで精神病棟にいるような、会話が成立しないような患者さんばかりしか知らなかったんでしょう。その先生は、今までひたすら鎮静させるようなことしかしてこなかったんだと思います。


それなのに、ある時から、厚労省の意向で、『母親のこころのケア』をしなさいと言われた。


その外来に来たのは、今までの患者さんとは全く違う、サクラさんのように元気な人だった。きっと心の中では、今までのやり方でいいのか悩んでいたかもしれない。でも投薬以外、学んだこともないし、社会を知らない。『母親のこころのケア』といっても、投薬しかできなかったんでしょう。


まあ、モノをハッキリ言う、サクラさんのような人を前にして、どうしていいかわからなくなったんでしょうね」。


だから、『かわいそう』というわけだ。


同じことを井原先生が最後の対談でおっしゃっておられた。


伊藤

今後、患者側に必要なのは医師をコンサルタントして、自分のおかれた状況を整理してもらことではないでしょうか。医者「に」何ができるかじゃなくて、医師「と」何ができるか考えるべきです。


井原

素晴らしい提案です。精神科医は一般市民がまさかこんなにも批判の声をあげるとは思っていませんでした。昔は統合失調症の患者さんばかり。幻覚や妄想を薬で押さえ込めば、あとはいたって従順な人ばかりでした。


ところが、伊藤さんの精神医療問題を追及する記事や、インターネットなどを介して、「モノを言う患者」が増えてきた。精神科医はびっくりしたわけです。「薬さえ飲ませておけば、患者は大人しく言いなりなる」と思っていたわけですから、迂闊だったのですね。一般市民の良識ある発言こそが現状を変えます。


これからも、声をあげて欲しいですね。



私は井原先生のご発言を読んで、可笑しくてたまらない。なぜなら、「日本の精神医療にはモノを言う患者がいない」と考え、私自身、「モノを言う患者」を目指してきたからだ。


「モノを言う株主」という言葉がある。


私は父が株主総会で苦労した姿をみて育ってきたけれど、総会屋やハゲタカと呼ばれる人達を必ずしも『悪』だと思っていない。批判記事を書くメディアも同様だ。総会屋や、ハゲタカ、メディアに批判されないと変われない、変わろうとしない経営陣だって、私は『悪』だと思っているからだ。


今、ネットなどでは伊藤さんへのバッシングがあるから、最後に書いておこう。


息子は800gで生まれた超低出生体重児(未熟児)だった。


「このままでは、小学校に入学したら、成績が悪くなるだろう。勉強ができないと、いじめにあうかもしれない」と、発達検診でさんざん脅されてきた。


小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その11」 子どもの生きる力を引き出すのは医療なの?教育なの?

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その13」 退院後の子どもの支援を通して考える 真の国際化とは

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その14」 母親を追い詰めるもの


小学校をつい最近卒業した。最近、息子のことを書かなくなったのは、思春期にさしかかってきたからだ。そろそろ、プライバシーに配慮しなければならないと思うからだ。


でも、本の中でもネットでも教育への「早期介入」が大きなテーマになっているから、発達について書いておこうと思う。


勉強ができるとはいわないけれど、発達検診医が心配していたような結果にはならなかった。


なんで、あの頃、私をあれほど追い詰めるように脅したのだろうか。はっきりいって、発達検診のあり方には今でも不信を感じている。


私を追い詰めたのは、息子の発達ではなく保健師やソーシャルワーカーそれに発達検診医など、支援に関わる人達の言葉だったからだ。


息子をいつも診ている小児科の先生は、「僕は療育も必要ないと思うけどな」と首をかしげていた。友達の医師がみかねて、「病院に行くから『障害があるかもしれない』と疑われるんです。そんなところに近づかなければいいじゃないですか」と私に言うほどだった。


「『近づかなければいい』と言うけれど、検診に行かないといけないシステムになっているんです。支援が病院しかないんです。それに行かなければ行かないで、育児放棄していると今度は、虐待を疑われるかもしれない」と言ったら、「確かにそうですね」と言ったきり黙ってしまった。


子どもを出産してから、私は常に観察されているな感じがして落ち着かなかった。「虐待がないか」「発達に遅れがない」という支援者の疑いのまなざしが、何よりも苦痛だった。


私が必要なのは、発達検診でなく、社会支援、教育支援なのにーーーーーあの頃は、おかしなことが沢山あるのに、どこに何を伝えていいかわからなかった。


こうして本になれば、また変わるだろう。


井原

学者が危険なのは統計学を政治の道具に使うから。統計学は最強の学問という本がありましたが、あの書名には学者のパワー志向が露呈しています。ともあれ、常識的に考えて、子供に向精神薬を使うのはおかしい。この感覚が大切です。最終的には、科学者の意見よりも、市民感覚を優先すべきです。医療は市民の価値観に奉仕するためにあるのであり、その逆ではありません。



発達検診に関わる方々に知って欲しいことがある。私は、教育がすべきことまで、医療がカバーする必要はないし、カバーして欲しくない。子どもの可能性をかえって奪うかもしれないからだ。


3月の終わりに八甲田山にスキーに行った。八甲田山スキー場は、山頂までロープウェーで行き、山を滑り降りる。フォレストコースと、ダイレクトコースという、二つのコースがあり、どちらも初心者には、ちょっと難しいコースだ。


私はフォレストコースを滑った時、下をみたら怖くなって足がすくんでしまった。


息子も最初は怖がっていたのに、最後はもっと滑りたいと言い出した。


ロープウェーの駅でイモトアヤコさんとイッテQ登山部!のメンバーに出会ったからだ。私が「仕事の邪魔をしたらダメ」と言ったのに、息子はこっそりイモトさんに握手をお願いしたそうだ。イモトさんは、快く応じてくれたと息子が喜んでいた。


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青森県八甲田山へ その2 イモトアヤコさんとイッテQ登山部!


だから「僕も、イモトさん達と同じように、バックカントリーに入って、酸ヶ湯温泉に行きたい」と言い出したのだ。


「それには、もっと練習しないと行けないよ」と夫が息子に言ったら、「絶対にもう一度来るんだ」と何度も往復するようになったのだ。


「これをしなさい」と無理にやらせるものではなく、自分から「やりたい」と思わせることが、教育だと思う。テレビと変わらない態度で接してくれたイモトさんの優しさと、地道にトレーニングをしている姿を知ったことが、息子のやる気を引き出したのだ。


勉強も同じだと思う。発達検診医がいうように、指先の訓練は必要だけれど、絶対ではない。「勉強ができるようになる」ということは、様々な要因が複合的に重なり合って、導かれるものだと思う。


超低出生体重児(未熟児)の退院後の支援は、まだまだ充実しているとは言い難い。訓練したからといって思うようにはならないし、すぐに伸びるものではない。乗り越えないといけない厳しい現実もたくさんある。


だから、イモトさんのような優しさ、受け入れる社会の温かさが大切なんだと思う。10年間私が訴えてきたことは、とてもシンプルなことだ。


今私は、あの時、目の前の医者を疑って、心から良かったと思う。

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