2015/05/20

第4回 自死遺族等の権利保護シンポジウム その1  野田正彰先生に直談判!

先日、息子の問題で電話をしたら「明日議員会館でシンポジウムがあるから来ない?自死遺族が、不動産会社や家主さんに法外な請求をされてとても辛い目にあっているんだって。どう?」というので、「行きます!」と伝えた。


衆議院第1議員会館

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全国自死遺族連絡会


第4回 自死遺族等の権利保護シンポジウム~改めて自死への差別・偏見を考える~

【日時】2015年5月18日(月)12時~15時

【場所】衆議院第1議員会館 多目的ホール

【プログラム】

第1部 12時~13時 人の死をいたぶる社会 野田正彰先生

13時~13時20分 自死遺族の体験から

休憩 10分

第2部 13時30分~15時 法律家の立場から 現状と差別・偏見について

和泉弁護士  大熊弁護士  斎藤司法書士  細川弁護士

主催 自死遺族等の権利保護研究会    共催 全国自死遺族連絡会



●自死遺族の訴え 『自死遺族を苦しめる行政の対応を見直してください』


自死遺族連絡会の代表の田中幸子さんは、「こころのケア」に反対の立場で、国の審議会の構成員だ。ナショナルセンターをはじめ医療者に要望しても、なかなか声が届かない。だったら、同じ考えで活動する田中さんにお願いしたり、一緒に活動したほうが早いと考えた。


当日、入り口で配布される資料の中に、過去に配布されたチラシが入っていた。『遺された人の苦痛を和らげるという前に自死遺族を苦しめる行政の対応を見直してください』とタイトルがついている。読んで驚く。「あっ、超低出生体重児(未熟児)の育児支援と同じ!」と思ったからだ。


いくつか抜粋すると・・・


「自死遺族は精神福祉保健センターに行ってください」

子育て支援を求めても、奨学金申請がしたくても、債務整理の相談がしたくても、労災申請の手続きが知りたくても、法的な相談がしたくても、「自死遺族」というだけで、「精神福祉保健センター」へ送られてしまうのは何故でしょうか。


心理カウンセラーによる傾聴では具体的な問題解決に結びつきません。「自死遺族=精神障害者」ではありません。心のケアよりも先に、普通の行政相談をさせてください。心のケアばかりに偏った自死遺族支援を見直してください。


「自死遺族だけの集まりは危険である」

自死遺族のわかちあいの会の運営について、「専門家」を自称する方々がおっしゃっていることです。自死遺族の多くは普通に社会生活を送っている普通の市民です。


全国で活動をしている自死遺族のセルフヘルプグループは今年既に20を超えています。偏見と誤解を生む根拠のない発言をやめてください。



誰が差別や偏見を生んでいるのか。『専門家』と呼ばれる支援者の方々に考えていただきたい。


田中さんがいらしたので、ナショナルセンターに送った『要望書』を手渡した。「田中さんと同じ考えだから、田中さんを応援しています」と言った。田中さんは私を覚えてくださった。


シンポジウムがはじまる。


●野田正彰医師の基調講演


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一部は、山口県光市母子殺害事件の精神鑑定などで有名な、精神科医の野田正彰医師の基調講演とご遺族のお話。


野田先生は、自殺の原因を『うつ』だとする現在の精神医療の考え方には、否定的な立場の精神科医として知られている。先生の活動の原点は、『サラ金』による自殺問題だったそうだ。


借金に追われ、精神的に追い詰められている方は、不眠、食欲不振、憂鬱の気持ちを抱えている。野田先生はとにかく一時的に病院で休ませた。その一方で、家族には借金の整理をするよう、説得したそうだ。単に休ませ、薬を投与するだけでは借金は膨らむ一方だ。


借金の事例はわかりやすい。


一口に自死といっても、死を選ぶ人はそれぞれが深刻な問題を抱えている。抱えている問題を軽くするなり、解消しなければ、『うつ』の状態からは抜け出せない。


●自殺者を大幅に減らした、新潟県東頸城松之山町の自殺防止対策


講演の中で、野田先生が『すぐれた自殺研究』として、新潟県東頸城松之山町での取り組みを紹介してくださった。夫の友人達が続けている、お年寄りの健康調査ににている。


(野田先生のご著書「うつに非ず うつ病の真実と精神医療の罪」を参考にまとめてみる)


新潟県東頸城松之山町(現・十日町市)で行われた取り組みで、後に新潟大学医学部教授となった後藤雅博氏ら国立療養助所犀潟病院(現・国立病院機構さいがた病院)の精神科医と東洋大学の社会学者が1980年代後半から1990年代後半にかけて行った。


日本の高齢者の自殺率は一環して高いことが知られている。都市部よりも農村部、特に雪の多い東北や新潟で多いことがわかっていた。


松之山町も雪深く、お年寄りの自殺率が高く、1973年から1984年までの12年間における65歳以上の自殺率は222.7であった。1984年382.1、全国の高齢者平均の47.8の自殺率に比べて8倍も高かった。


この事実に注目した研究チームは、町の保健師とともに調査をはじめる。


当時、高齢者の自殺が多い理由は、農村部では子ども達が都市へでていき、高齢者は生きる意欲を失い亡くなっていくと考えられていた。


しかし実際は、独居世帯には一人もおらず、二世代、三世代が一緒にくらす家族に、自死が多いことがわかった。息子や孫などと一緒に住むお年寄りが、脳梗塞なで体が不自由になると「迷惑をかけたくない」と縊死をするのだ。

裏山の木にヒモをかけて縊死するため、「瓢簞病」という隠語さえあったという。


そこで研究チームが目指したのは、文化を変えることだった。


「働けないのなら死んだ方がいい」「子ども達に迷惑をかけたくない」という価値観を変えるため、集落全体に働きかけた。老人クラブをつくって連日食事会をひらき、歌って騒ぎ、温泉へのバス旅行を企画した。「楽しく生きる」という価値観に変えるためだ。


同時に、保健師がふさぎがちな人を、見つけ、集中的に働きかけるという取り組みを行った。その結果、自殺者はいっきに減少した。


この事例は精神科医によって紹介されることもある。だが、自殺について論文を書く精神科医たちは、医療の視点でしかものを見ないために、「保健師たちが訪問して自殺リスクが高い人を見つけたから」「うつ病対策がすすんだから自殺が減った」などと書くのだ


彼らが、地域の文化を変えたことは理解していない。


松之山町の事例をそのまま模倣すればいいというわけでもない。後藤医師や東洋大学社会学の研究チームは個別の地域で何が問題であるかを実証的に捉えたうえで、見いだした課題に取り組んだ結果、自殺が減ったのである。


ところがこのような取り組みを髙く評価する力が日本の社会にはなかった。



●自殺者を増やした静岡県富士市の「富士モデル」


次に、自殺対策が、逆に自殺を増やしてしまった失敗例として、有名な静岡県富士市と、大津市の取り組みが紹介された。再び、野田先生の本から引用する。


静岡県富士市は、「富士モデル」と呼ばれ、県と市、市医師会、富士労働基準監督署が共同して「パパちゃんと眠れてる?」という呼びかけを。リーフレットポスター、路線バスの広告、地場産業のトイレットペーパーで繰り広げた。薬局も加わった。睡眠薬を買いにくる客に、リーフレットを配ったのだ。

(略)

医師で労働衛生コンサルタントの櫻澤博文氏が、2011年5月の日本精神神経学会総会におけるシンポジウムで(「富士モデル」を)厳しく批判した。


櫻澤氏は自殺へ至る要因分析を経て抽出された対策ではなく、科学的な裏付けもなかったと指摘する。「不眠」を根拠に精神科医による加療をさせたことが、自殺者増につながったのではないかと批判した。


加えていかに自殺者増という不都合なデータを隠したのかも指摘している。


2008年に富士市の自殺者は前年比1.37倍増になったことが、翌09年7月の「一般医から精神科医への紹介システム」運営委員会で報告されていたにもかかわらず、そのまま富士モデルは続けられた。問題を検討するどころか代わりに同年9月の「自殺対策シンポジウムinしずおか」では富士市の自殺者は「不明」として公表せず、静岡県のホームページ上では削除されていたという。


結果を隠し、検証もしないまま、富士モデル、つまり睡眠薬キャンペーンと一般開業医(かかりつけ医)、精神科医の連携運動は、内閣府の自殺対策推進室や各字自体の自殺対策として行われ続けてきた。


富士モデルを見習って、09 年から滋賀県大津市が内閣府の地域自殺対策緊急強化基金を使い、「こころやからだの不調」なるものを精神科医につなぐ、キャンペーンを行った。しかしはじめた翌年の自殺者は前年比15人増の81人となった。

(中略)

富士モデルと共に自殺者が増えているという事実が知られてくると、富士モデルはまるでなかったかのように自殺対策のなかで言及されなくなった。


だが、施策によって引き起こされた事態には責任がある。亡くなった人への責任もある。何が問題であったのか、キャンペーンを行ってきた者たち、内閣府自殺対策推進室やライフリンクは答えなければならない。


眠れないとか不調ということから不安にさせて、それを「うつ」につなげたことをふりかえらなければならない。


自分たちの都合の悪い結果が出ると、それを検討しようとはぜず、隠す。社会の病理はこのようなことから拡大していく。



●日本の精神医療は一体、どうなってしまったんだ!


次はご遺族の講演。昨年の6月に、20代のお嬢さんを亡くしたお母様の講演。


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亡くなる前日、お母さんとメールで言い争いになったそうだ。お母さんはすぐに返信をせず、翌日メールを送ろうと考えたそうだ。しかし、なぜか翌朝、妙に胸騒ぎがして連絡をしたところ、返事がない。急いでお嬢さんのアパートに向かうと、部屋の中にはいない。


「出かけたのか」とホッとしたのも束の間。背中に視線を感じる。振り返ると、クローゼットの中で縊死したお嬢さんの姿が・・・。


やはりお母さんは、お嬢さんが通院していた精神科と薬に疑問を持っておられた。精神科に通院した途端、人格が変わったようなことをおっしゃっておらた。


不動産屋さんをはじめ、アパートのオーナーの対応や、請求される金銭について、いろいろ考えさせられた。タブーにされているから、遺族は二重三重に被害にあうようだ。


自殺防止対策というものの、自死した人への差別や偏見には、行政は目を向けようとしない。キャンペーンをさんざんしてきた製薬企業は自社の利益のためばかりでなく、遺族のためにもお金を使ってよ、と思ってしまった。


一部が終了し、野田先生のもとに行き、要望書を読んでください、と訴えた。


「私は先生がおっしゃるようなことを、訴えたのですが、全くとりあってもらえませんでした。それどころか、『精神障害者』にされ『出ていけ』と追い出されたんです」。


野田先生はびっくりして、「どうしてあなたが精神科にいかないといけないの?」とおっしゃるので「超低出生体重児(未熟児)は育てづらいために、虐待や心中する母親が多いといわれています。国の自殺対策防止法と関係があるのかもしれませんが、『虐待防止対策』もいつの間にか『精神科の受診』にすり替えられたんじゃないでしょうか。


特に私が要望書を書いたナショナルセンターには『日本トラウマティック・ストレス学会』の幹部が複数いました。予期せぬ出産や超低出生体重児を授かったことを『トラウマ』や『PTSD』にし、投薬の対象にしたかったのでしょう」。


野田先生は絶句して、「日本の精神医療は一体、どうなってしまったんだ」と叫ぶようにおっしゃった。


「私はこうやって、要望書を一生懸命書いたりしたんですが、そのたびに声がかき消され、届きませんでした、今日、ショックを受けました。こんなに多くの方が亡くなっていたことを知ったからです。亡くなった子どもや、お母さんはおおぜいいるのですが、何もいうことができません。せめて、先生に、要望書だけでも読んで欲しいです」。


私は話しているうちに、泣いていた。悔しくたまらなくなったからだ。


すると先生はある女性の診療記録のような書類を見せてくれた。「あなたのような女性が、はじめは『うつ』だとわれたのに、すぐに何十もの病名をつけられ投薬され、電気ショックを受けさせられた。今、●大学病院で意識不明になっているんだよ」。


私は、精神医療の中でも、とりわけ産後うつの被害は大きいのではないかと考えていた。なぜなら、産後うつで自殺した女性アナウンサーや、虐待や心中の事件報道は何度もされているのに、被害者として名乗りをあげる人が少ないからだ。「私は、精神医療の問題を取材をしてきたNHKのディレクターさんにも、『サクラさんはよく生きていますね』と言われたことがあったのです」と言った。


野田先生は大きく頷いて、「必ず要望書を読む」と約束してくださった。


要望書を送った時に、ナショナルセンターはあたり前のように、話し合いに応じてくれなかった。夫が「仕方がない。被害者をふやすしかない」と私に言った。


日本はこの先いつまで、不都合なことに目をつぶる国であり続けるのだろう。


久々に、たくさん泣いた。


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