2015/06/03

自衛隊員の自殺増でパソナが儲かる“戦争法案”の利権構造

『こころのケア』の改善を訴えてきた私にとって、黙っていられないようなニュースを発見!





私がPTSDという言葉を知ったのは、大学生の時だった。テレビでベトナム戦争の帰還兵のドキュメンタリーをみたからだった。


その数年前、ベトナム戦争を描いた映画『ディア・ハンター(The Deer Hunter)』をみたことがあった。ここに動画がある。はじめは、若く未来のある若者達がはしゃぐ様子が映し出される。しかし突然戦場の場面に切り替わる。



私が最も印象に残った場面は、捕虜となったアメリカ人の若者がベトナム兵とロシアン・ルーレットに興じる姿だった。



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戦争は狂気だとよくいわれるけれど、まさにそんな表現がピッタリの映画だった。しかし本当の戦争は人の心や絆をもっとズタズタに切り裂くに違いない、と深く考えさせた。


その数年後、帰還兵がPTSDの症状で苦しんでいる姿を、NHKのドキュメンタリーでみた。すぐに『ディア・ハンター(The Deer Hunter)』が頭に浮かんだ。映画が投げかけたことは、社会問題化していたんだと思ったのだ。その男性は、「自分の母親が朝おこしにきて軽く肩に触れただけで戦争を思い出す。『殺される』と身体が反応して母親の首をものすごい力で絞めてしまうんだよ」と頭を抱え苦しんでいた。


戦場に行くということは、日常を二度と取り戻せなくなるかもしれないということなのだと思った。戦場でもしも誰かの命を奪ったなら、死に向かうスイッチが入るほどの罪悪感を抱えることになるに違いないと想像した。


これほどの壮絶な体験をするかもしれない自衛官に、電話相談?それも、なんでまたあの『パソナ』なのだろう?


夫はもともと職場のメンタルヘルスに興味を持ち、運動生理学から免疫の研究に入っていった。人の心など数値化できないことがわかり、もっと科学的な裏付け、データが欲しいと新たな道を目指したそうだ。運動生理学は軍隊のトレーニングと関係が深い学問だ。そのため一緒に仕事をする研究者の中には、軍に所属しておられる方も多いし、留学先も軍の関連施設だった。だから「戦場に行った兵士の心のケアなど、はじめからできないと考えないとダメだ」と私によくいう。


その通りだと思う。せいぜい『見守る』、そんなことしかできないと思う。中途半端なケアなど、はじめからないほうがいい。ケアを受け、もしも絶望したら、かえって心の傷が深くなるからだ。


こころの専門家のケアを受け心に深い傷を受けた人の言葉を、どうして国は真剣にきこうとしないのだろう。


父の会社がアルジェリア人質事件に巻き込まれたこともあり、自衛隊の“戦地派遣″には複雑な思いが正直ある。だからこそ、このパソナの電話相談はあんまりだと思う。


浜松にある自衛隊の広報官に行けば、自由時間に滑走路を走っている自衛官の姿がみられるはず。竹中さんは、自衛官が黙々とトレーニングする姿を見たらいいと思う。あの人達には大切な家族がいるんだよ。本当に、いつからこんなに人命が軽くなってしまったんだろうと悲しく思う。


最後に、日刊ゲンダイの記事と、野田正彰先生の『自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む』を引用させていただく。


アフガン・イラク両戦争への派遣任務を経験し、帰国後に自殺した自衛隊員は54人に上ると報道があったばかり。遺されたご遺族は、こういう差別や偏見に苦しんでいるかもしれない、ということも報道して欲しい。


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自衛隊員の自殺増でパソナが儲かる“戦争法案”の利権構造 日刊ゲンダイ 2015年6月2日


安保関連11法案が成立すれば、自衛隊の“戦地派遣″の範囲は地球規模に拡大する。同時に自衛隊員の「心の闇」も広がるのではないか。イラクやインド洋に派遣された隊員が異常な頻度で自ら命を絶っている実態も判明したが、自殺する隊員が増えるほど、確実に儲かりそうな企業もある。竹中平蔵・慶大教授が取締役会長を務め、ASKA事件では政官との不透明な関係が露呈した人材派遣大手のパソナグループだ。


 アフガン・イラク両戦争への派遣任務を経験し、帰国後に自殺した自衛隊員は実に54人に上る――先週、衆院の安保法制の衆院特別委員会で防衛省が明かした数字はショッキングだった。


 両戦争に派遣された隊員の総数は、延べ約2万2560人。単純計算で418人に1人の割合で自ら命を絶っており、激務から自殺者が多いとされる自衛官全体(13年度)と比べても約7・1倍、国民平均(14年内閣府統計)の実に約11・9倍という高確率である。


 この異常な実態に、中谷防衛相は「(後方支援の拡大後は)さまざまな措置を講じて、隊員のメンタルヘルスケアの機関を充実させていきたい」と約束したが、防衛省はすでに自殺防止を含めた隊員の「心のケア」に取り組んでいる。


 防衛省共済組合は「あなたのさぽーとダイヤル」と称する365日24時間対応の電話相談窓口を設置。この業務を04年度から独占的に受注してきたのが、パソナグループの「セーフティネット」(本社・東京都千代田区)なる会社だ。


■海自OBと防衛省のもたれ合い


「『セーフティネット』は海自の元幹部で退官後にパソナに再就職した山崎敦社長が、同社の南部靖之代表のバックアップを受け、01年に立ち上げました。ASKAの覚醒剤事件で、今年1月に1審で有罪判決を受け、現在は控訴中の栩内香澄美被告が逮捕当時、在籍していたことでも知られています」(人材派遣業界関係者)


 防衛省共済組合との契約額は年間約5000万円程度。民間調査会社によると、この間、セ社の売上高は約3億円前後で推移しており、自衛隊員のメンタルケア事業は大きなウエートを占めている。


 従業員12人というセ社にとって、社長のかつての職場は上のつくお得意サマだろう。


 セ社は自衛隊の幹部OBの再就職の受け皿となってもいる。受注開始の04年に調達実施本部に勤務経験のある空将補を皮切りに、11年には海上幕僚監部総括副監察官だった海将補を、12年には陸自中央会計隊副隊長だった陸将補を、13年には航空教育隊の空将補を、いずれも部長職で迎え入れているのだ。


 海自OBの経営会社が古巣の業務を一手に請け負い、防衛省は幹部の再就職先を確保する。この「もたれ合い」関係が新安保法制で深まるのは必至だ。戦地派遣で“心の傷”を負う隊員が増えれば、防衛省のメンタルケア事業も増額される。積み上がった“自殺利権”をセ社が手にするのは、ほぼ約束されたようなものではないのか。


 産業競争力会議などのメンバーとして、安倍政権の成長戦略の作成に関わる竹中氏は、安保法制のウラでパソナのグループ企業が潤う構図を承知しているのだろうか。安倍政権の中枢には文字通り「死の商人」が、まるで巣くっているかのようにも見えるのだ。




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平成25年(2013年)4月11日 中外日報 論壇

自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む 精神病理学者 野田正彰 より一部引用
 

どうして死んだのか、民事上の手続きで書き残されたものや証言等から自殺した人への精神鑑定書を作成するよう頼まれたとき、私は故人に向かって語りかける。どんなに無念な思いを残して亡くなっていったことか、私たちの社会はあなたの苦しみを聞きとる力がなかった、私は少しでも貴方の死の意味を知り伝えます、と手を合わせる。


日本社会は毎年3 万人ほどの老若男女を死に追い込んできた。ところが、故人を苦しめただけでなく、亡くなった後、遺族をさらに追い詰める社会であることを知っておられるだろうか。遺族は故人の思い出を整理しながら、遺失の悲哀に耐えていかなければならない。


同時に経済的な困難にも耐えていかなければならない。精神的にも、社会=経済的にも、二つの喪の仕事をやり遂げなければならない遺族に、私たちの社会はさらに非情な仕打ちを加えている。


(中略:家主や不動産会社からの補償要求に、自死遺族が苦しんでいる事例がいくつか紹介される)


借り主が損耗したものを回復するための費用請求は当然のことであるが、それをはるかに超え、お祓い料、過度のリフォーム費、精神的苦痛への慰謝料、近隣への慰謝料、数年にわたる家賃補償金などが請求されている。これらの法令上の裏付けとなっているのは、国土交通省による賃借契約に当たっての重要事項説明書であり、心理的瑕疵は告知しないといけないことになっている。


自殺は心理的瑕疵であり、告知しなければならず、告知すれば大きな損害が生じるというわけだ。国交省の法令は、自殺は心理的瑕疵とするという最高裁の判例によるとされている。


自殺がなぜ心理的瑕疵なのか。病死や孤独死した場合と、どのように違うのか。ここには死を差別し、自殺を穢れた死とする考えが流れている。


遺族がなぜお祓い料を支払わないといけないのか。一体、何をお祓いし、何を清めているのか。家主や不動産業者は借り手が遠のくことを理由に、過剰な補償を求めているが、それを動機づけているのは彼ら自身の差別や偏見ではないのか。


さらに自殺のあった建物を特別に忌み嫌う人々は、その理由を振り返ってみたことがあるのだろうか。病院に近づくのを恐れず、人の亡くなったベッドや病室で治療を受けることを拒んだり、入院費の減額を請求しないのは何故か。


国交省や裁判所は、自殺をなぜ重要な心理的瑕疵と主張するのか。私たちは切腹や特攻隊の自爆死のような権力の側によって強いられた死を美化しながら、私たちの社会の矛盾が強いた死を差別するのだろうか。


多くの宗教者は葬儀にたずさわっている。とりわけ僧侶は徳川時代からの宗門改め制度により、ほとんどが日本人の葬儀で読経などの重要な役割を果たしてきた。


1998年度より2011年度まで14年間、毎年3万人を超す自殺者を出してきた日本社会。自殺された葬儀で読経し、遺族と会話をもたれたお坊さまは少なくないと思われる。


これらの亡くなられた人が、なぜ死ななければならなかったのか。そして遺族はどんな社会的、経済的負荷をかけられているか、関心を持っていただきたい。亡くなられた人への悲苦を想うよりも、自殺を穢れた死とする習慣がどれだけ遺族を苦しめているか、各宗教教団で調べ、それはいけないと教えてほしい。各宗門、全日本仏教会がそれを教えるだけでも、大きな力になるだろう。


遺された遺族への重圧は、借家の場合に尽きるわけではない。自宅で死亡し医師に往診してもらっていなかった場合、検死となる。県によっては、診断書を十数万の死体検案料を即金で要求するところもある。葬儀の後、遺族が子育て支援、奨学金申請、債務整理の相談、労災申請の手続き、法的な相談などを求めても、自死遺族と告げるだけで精神保険福祉センターへ行くように言われ、結局うつ病扱いされると訴えている。


私たちの社会は亡くなった人に対してだけでなく、遺族に対してもあまりにも理不尽である。せめて遺族への負担を少しでも減らすことで、故人に「安らかに」と手を合わせられる社会に変わっていこうではないか。






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