2013/12/31

年賀状の季節になると思い出すこと

こねこのななこちゃんが歌になりました。しばらく一番上に掲載します。

ちょっと ちがう(こねこ ななこ)

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東京新聞に掲載されたお母さんの言葉

「クラスのみんなも娘の急死がショックだったと思う。歌で心が癒やされるなら、うれしい」と母親は友だちのことをおもんぱかる。そのクラスメートたちも来春には小学校を卒業する。「それまでに、にしむらさんと一緒に歌える機会ができたら、親としてもうれしいですけど」と話している。


年賀状の季節になると毎年考えてしまう。子どもの写真を使うことがいいのかどうか。知り合いには子どもが欲しくてもできない人もいるからだ。もし私が出産で子宮を失ってそのうえ子どもも失っていたら、どうやって生きているんだろう。でもなぁ、小さく生まれたから成長を楽しみにしている方もいるし・・・。毎年そんなことを考えている。


プラレールカレンダー2009



家族ぐるみで仲良くお付き合いしていた女性がいる。私は子どもを産んでしばらくしてから子宮筋腫の手術を受けた。その女性も検査で筋腫が見つかり大学病院で手術をするようだと夫に聞いた。


しばらくしてどうやらただの筋腫でないようだと知らされた。詳しく話してくれないけれどがんかもしれないと夫が言っていた。頭が真っ白になってしまった。家族に病人を抱えながら、専門職と家庭を両立している私のあこがれの女性だったからだ。子どもはいないけれど家庭的で料理がとても上手だった。いつも他の誰かのために雑用を引き受けるような人だから病気になってしまったのかもしれないと思った。


その年は年賀状をどうしようか迷った。


夫と相談してやっぱりいつものように家族三人の年賀状を送った。そのほうが私達らしいと思ったのだ。


それからしばらくしてこのプラレールのカレンダーが送られてきた。病気はやはり・・・。それもまれな種類で治療法がないらしい。手術をして体が弱ってしまって家に籠もる生活が続いていたけれど、息子の写真を見て「あんなに大変な状態だったのに、こんなに元気になったんだ」と元気が出たそうだ。まさかこんなに元気になるとは思わなかったから嬉しくなったそうだ。「私も外に出てみようと」と急に思いたち、外出して買ったのがこのカレンダーだった。


私はその話をきいて泣いてしまった。彼女のことだから、私のためにそう言ってくれたのかもしれない。そういう人なのだ。「ああ、よかった」と思った。息子には「いつまでも大切にするんだよ」と言い聞かせている。


一緒にアメリカで買い物をしたことがあった。母の日がすぎたばかりなのに母の日のプレゼントを買うという。どうしてなのかきいてみたら「私は母の日のためにプレゼントがあるんじゃないと思うのよ。買い物をしていてこれはあの人にピッタリと思ったら、誕生日や母の日じゃなくてもプレゼントを買っておくの。いつも大切な人達のことを考えているほうがいいと思わない?」と言っていた。


カレンダーを見た時、あの時のことを思い出していた。息子はプラレールが大好きだったからだ。特に黄色いドクターイエロー。歩くのも大変な時に、それも感染症がはやっている季節に人混みのなかに出かけていって選んでくれたのだ。


今でもなかなか病気のことは話してくれない。もしかしたら具合が悪いのかもしれない。でも、話したくない気持ちはよくわかる。


最近、テレビや雑誌ではがんの患者さんが取り上げられるようになった。「いのちの授業」もさかんに行われている。ブログを書いたり、患者会に所属し活動する患者さんも増えた。でも、多くの患者さんは、かつての私のようにまるでジェットコースターにのっているように不安と闘っているのではないだろうか。今よくても明日どうなるかわからない。だったら良いことを考えない方が心の均等が保たれる。私は誰かに話してしまったら、両手ですくった砂がこぼれてしまうように、幸運が逃げしまうような恐怖があった。


障害のある子どもを育てているお母さんが私に言っていた。「健常児のお母さんは皆『がんばっているね 』としか言わないからね」。それがすべてなんだろう。本当に支援が必要な人や困っている人はなかなか本音を言わないものだ。だから悲しい事件があとをたたないのかもしれない。


急に寒くなり感染症がはやりだした。がんの患者さんのためにもワクチンを打って欲しいと願ってきたんだけど。上手くいかなかったなぁ。今頃どうしているんだろう。大丈夫かなぁ。少しでも私に何かできればいいんだけど。もし余計なことをして傷つけたら、と思うと思うことしかできないな。





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